第2ー2 ヘロン種 パイキー

第2世界・工業コンビナート地帯ザハーク侵攻、3回目最終日。

「偽史の膨張」と呼ばれる本の類、今回はカセット・CDの回収だが、終了時間まで残り僅かとなった。

索敵は初日にゴタゴタあっただけで、それからは滞りなく、回収は着々と進められてきた。

スーフィーは負傷者達を待機とした。

その為に大多数のメンバーが入れ替ったが、ミリタンの総数は変わらずで、効率や索敵進行に支障を来す事もなかった。

場所が西へと移っていると言うのも、理由の1つではあるだろうが、今のところ忌まわしいフルフェイスの男に出くわす事も無く…。

西の場所は、砂に埋もれた廃墟だった。

やはり人はいなかった。

需要があるかも分からない作業を、延々と続ける機械は何体も目にしてきたが、生身の動物1つ見てもいない。

建物は風化と老朽化が酷く、錆び付いた鉄で覆われた牙城だった。

劣化の度合いは、コンビナートよりもこちらの方が、はるかに上回っていた。

廃棄処分の機械や、鉄屑が山になった所の近くには、10cm程の小さなサボテン種っぽい植物が点々と自生していた。

もう随分とここが使われていない場所で、年月だけが経っている事を垣間見れる風景だった。

以前はここで、資源採掘が成されていたとスーフィーは言っていた。

当時の第2世界と第4世界の活動資源は、ほぼここだけで賄われていたとか。

だから、ここまで巨大なプラントになったのかと納得した。

まるで、1つの街のような建物。

今は砂に埋もれている鉄の塊でしかないが、ここに沢山の人でごった返していたと想像するだけで、ロマンに溢れていると思えるのだった。大きさ的には、直径が自分の世界での、女性の平均身長程の太いパイプ。

それが何本も柱のように立っていたり、建物と建物を繋いでいる。

以前は憩いの場として、噴水があったであろうところも、今では水の代わりに砂が噴き出していた。

今までの砂漠の景色とは異なる場所。

その為、砂の舞う量が半端なくて、マスク無しではやりきれない。

空も晴れて雲ひとつない空を仰ぐだけで、干上がりそうな思いだった。

「このままいけば、早めに帰れそうですね。あれからあの鉄面皮も出てこないし。キリコが全部倒しちゃったんじゃ?」

「無駄口叩いでないで、手を動かせ。ナダル」

「もう後はさ、ミリタンに任せても問題ないでしょ?ここは面白いですよね。他に何かあるかも?キリコ、一緒に探検しませんか?建物の中に興味あるんですよ」

フルフェイスの男には名前がなく、みんなは「鉄面皮」や「ジョン・ドゥ」と言った名称で呼んでいた。

ナダルは最近やたらと、ザハーク侵攻初日の話を持ち出してくる。

自分が鉄面皮を沢山倒した事を、楽しそうに話すのだ。

それほど凄い事をしたと言う自覚は、自分には全くないのだが…。

その度に、何故か引け目を感じる自分も悪いと思うが、中々素直に喜べない気持ちもあった。

困惑する表情の自分を察したか?

ベラベラと軽口を叩くナダルに、シャーが苦言を呈した。

ナダルは人は良いが、目を話すとサボる事が多いと、前にスーフィーから聞いた事があった。

注意されても、余り動じないのもナダルのいいところだと、自分はそう解釈している。

何棟も連なる牙城を、再び見据えた。

確かに中に何があるか?

その好奇心は分からなくもない感情だった。

「そうだね、後で探検してみよう。あのパイプが今も生きているのか?興味はあるから見てみたいとは思うよ」

ナダルとシャーは、ミリタンによって集められた、本の仕分けとナンバリングしていた。

まだ増えるだろうが、今現在の総数662個。

自分が担当した中で一番多い回収数だが、ここを全て回収した訳でもない。

新たな種類の本も必要な事と、再度あの鉄面皮との遭遇リスクも考え、今回は3回で侵攻は終了と聞いていた。

スーフィーはまだまだあるだろうと、推察していたが…。

この決断は、英断だと自分は思っている。

胴をうねらせる蛇のような、パイプの列を眺めながら答えると、ナダルは作業の手を止めて歩み寄ってきた。

そして、急かすように自分の背中を押した。

「ナダル?」

「なら、今から行きましょう!それ、俺も気になっていたんですよ。ね、ね?後は頼むよ、シャー。キリコ、早く行きましょう!」

ナダルに腕までも引っ張られる始末。

そこまで見たいのか?と、失笑してしまった。

「分かった。すぐここに戻るなら、行っても構わない。シャー、ナダルもそれでいいね?」

「キリコが言うなら、仕方がないですね。早くここに戻って下さい。何かあれば、すぐに連絡を」

はしゃぐナダルの向こうにいる、シャーに向かって自分は首を縦に振った。

それを見るや否や、シャーは溜め息つきながら、こちらに背を向け作業に戻っていく。

笑顔が絶えないナダルとは、全く違う反応に苦笑した。

「キリコ、ここから南西11時の方向へ行くといい。敵性存在皆無だ」

「今、俺もそこがいいと言おうとしたのに!」

「ここから約3km?そんなにないか?でも少し遠い…。早く帰れば問題ない?ありがとう、シャー。すぐ戻るから」

提示された位置をレーダーで確認すれば、少し離れたところに、ここよりもっと大きなプラントがあると分かった。

いささか不安は過ぎったが、早々に退去すれば問題ないと踏んだ。

(ここも建物は大きいけど、何故か中に入る場所が見当たらなかった。向こうも同じかもしれないけど、一見の価値はあると思う)

乗りかかった船でもあり、自分も行くと決めた事として腹を決めた。

自分の表情を複雑と見たナダルは、さっきまでご機嫌の顔色がまた一変する。

ナダルとは反対に、シャーは変わり無く、黙々と作業を進めていた。

作業を邪魔しようと、ナダルはシャーに色々と些細な意地悪をしていたが、まともにシャーは取り合わなかった。

(落ち込んだり騒いだりと、ナダルは本当に忙しい)

見てるこちらは、退屈しなくてもいいが…。

シャーへの当てつけも飽きたのか?

ナダルは自分を、11時の方向へと腕を引っ張って行く。

その時はもう拗ねた表情は無く、好奇心に満ちた笑顔のナダルだった。

子供のように、拗ねて喜ぶナダルの仕草には、悪意は感じられない。

そんなナダルを、真正面から相手にしないシャーの対応。

いいコンビだと、つくづく思うのだった。


少し離れたプラントへの道中、移動手段として

バキー2台、シャーによって手配された。

四輪駆動で基本1人乗り。

剥き出しの配線や、ゴツいタイヤが特徴。

舗装されていない道に、砂漠や浅瀬の川だってガンガン走れる走破性の良さは、この地形にもってこいの代物だ。

道路状況に左右されず、どこでも横断出来るのがいい。

そこまでスピードは出ないが、倒れても問題ないのが気に入っている。

さしづめオフロード専用の、四輪原付バイクみたいなもんという認識だ。

砂を波飛沫のように巻き上らせて、目的地まで一気に進む。

途中で砂を食い込み、若干往生したが、バキーの機動力で何とかなった。

「着きましたね、キリコ。本当に大きいですね、天に聳える《そび》ような高さだ」

「見上げないと見えない城だな。ここがコンビナート近くとは想像しにくい」

砂漠の中に巨大な鉄の塊。

風が西から東へと吹き荒び、辺りで砂塵が巻き起こっていく。

視界も少々悪い。

何とも言えない、哀愁を感じるのは自分だけのようだった。

遠足にでも来ているかのようなナダルのはしゃぎ振りに、今日も平常であると改めて実感させられた。

バキーを止めて、目の前に大きな入り口のところまでやってきた。

元はコンビナートと同じで、鉄板で舗装されていた街のように思うが、砂に埋もれた鉄板があちこちで見え隠れしている。

中には垂直に、地面に刺さっている鉄板の瓦礫もあった。

どれも、中肉中背の男性2人分以上の直径のようだった。

(何が起きると、こんな巨大なものが地面に突き刺さるんだろう?)

これ程の砂も、一体何処から来たのか?

ここら一帯に積もった砂の量は、想像出来ない程の量と推測する。

入り口には扉も無く、開けっ放しの状態だった。

門から先の奥まで見通す事が出来、目の前にタンクのような建物が乱立していた。

ナダルと2人で、中へと進んで行く。

「ここも以前は、水が流れていたんでしょう。代わりに今は、砂が滝のように流れていますけどね。あれ見て下さいよ、鉄が花びらみたいに…」

「本当だ!どうすればあんな風に出来る?鉄板が捲れて、へし曲がってるよ。あんなの見た事ないな。巨大なパイプも全部繋がっている訳でもないみたいだ。工事の途中か何かで、寸断されているのもが目につく。碁盤の目程でも無いが、まだ素直に造られている道が多いね。しかし、この荒廃っぷりは半端ない。シャーといた所よりも、確実に劣化は進んでいる」

広大な敷地の中の、特徴ある施設を指差しながら歩いて回る。

ここにいた人達が途中で放り出した、中途半端感が拭えなかった。

折れ曲がる巨大パイプの列に、それを支える鉄橋の数々。

どれも圧倒的存在感に、具の根も出ない。

これだけの施設を、風砂で失うかも知れないのは、とても勿体無いとさえ思うのだった。

歩みを進めていくと、建物に入る入り口があったが、ここも開けっ放しだった。

何と無用心なのか?と思ったが、開けっ放しでも構わない理由はすぐに理解出来た。

ナダルは、唇に人差し指を当てて見せる。

それを見た自分も、無言で頷いた。

同時に、地面と建物を繋ぐ巨大なパイプの影に隠れ、2人で辺りの様子を見る事にした。

「何かいますよ?機械ですね。5.6〜10はいる?

群れで動く、見回り用機械ですかね?」

「ネズミ?まるでドブねずみだな。ここで叩いた方が良いかな?」

「壊れてもまた製造されるでしょうが、このままだと、俺たちの通行の障害でもありますね」

「なら、決まりだね」

前方を軽く指差しながら、ナダルは言った。

風砂が西へと流れ、辺りの視界は曖昧になる。

こちらの気配に気づいたのか?

のそりのそりと砂を蹴りながら、風砂に紛れる、機械種数体が向かって来ていた。

色も最初は白かったと思うが、砂埃で薄汚れてショボくさえ見える。

互いに意見を確認し合うと、敵を迎え撃つ為に同時に前に出向く。

「ガガガッ」

既に射撃体勢に入った自分は、低姿勢のまま連射すると敵もすぐ順応し、こちらに2.3体突進してきた。

それを寸での差で交わし、「ガガッ」と相手の背後に回り込んで連射していった。

(敵は最大10…いや、違う!)

「ナダル、気をつけろ!奴らは地面からも這い出てくる」

横に回転しながら、撃ち放つ弾丸の先に、地面から飛び上がり、沸いて出てくる夥しい《おびただ》敵の数を確認。

最初よりも、3倍以上増加と目測した。

攻撃を交わしながら、すぐさま次の連射へと移動していく。

少し前進すると、配管の影に隠れて状況を精査していった。

ここで確認出来るのは、3種の敵。

全体的には、目の前の敵に反応するが、背後の敵への認知は手間取るようだった。

どれもそれほど能力は高くないが、数が多いのに癖々する。

2mまでもいかないが、一番大きい機械は4足歩行で、動きはネズミのように素早かった。

だが、見た目はモグラのフォルムで、背中から1本乃至2本の砲台を抱え、こちらに撃ち放ってくる。

砲撃もそこまで脅威では無く、真正面からぶつからなければ軽いと判断した。

音波でも出しているのか?

時折、口のような部位を開いてみせる。

その際は何故数がこちらも近づけず、放った弾も相殺されてしまった。

その隙にこちらへ、カウンター狙いで突っ込んで来ると言った周到な所動だ。

タイミングが掴めず、対処が後手になり手こずってもいた。

物陰に隠れながら発砲するナダルの口からは、また愚痴が始まった。

この言動は、シャーに対してだけだが。

「シャーは嘘つきだ!ここには敵がいないと言ったのに」

「未開地なんだから、イレギュラーは想定内。それにナダルも、ここが良いと進言していただろ?お互いさまだ。それよりこの数をさっさと駆逐しろ」

撃っては身を隠す。

そんな事を繰り返していると、自分で吐いた言葉に思わず手が止まった。

だが、すぐにそれは払拭させた。

数は3倍どころか、その倍は行く勢いまで膨れ上がっていたからだった。

(どれだけ地中に埋まってるんだ?こいつら。それに、事前に聞いていない敵ばかりだ。7000回以上も行ってるのに、何故自分には知らされていない?いや、新種とも考えられる。なら…)

「ナダル、敵は然程強くない。特攻と自爆に気をつければ、一網打尽に出来る。敵のサンプルを持ち帰りたい、出来るだけ損傷のない程度に倒せ!」

「善処します」

だが、こちらの思惑など、相手はお構い無しだ。

地中から飛び出て来ると、一気にこちらの間合いを詰め寄ってくる。

距離を取っての攻撃もままならなかった。

一番厄介なのが、円球の敵だ。

丸になったかと思えば、体を伸ばして地面を煽動運動していく。

音無く敵の側へ忍び込み、気づいたら自分の足元で自爆すると言う、迷惑千万な輩だ。

地面を這いずり歩く姿は、正に丸虫か?

台所でカサカサ動く、嫌われモノのように思えてくる。

「ダダダッ、ダダダダダッ」

横に回転しながら、放射と移動を繰り返す。

少し離れたナダルまで、近づく事に成功した。

お互い道を挟んだ両脇の配管に陣取り、認識を擦り寄せる作業に入った。

「あれはポンティアか?似てるけど…仲間か?同種、若しくは未発見の上位変換種?」

「それっぽいですね。ポンティアより少し大きいけど、機械っぽくない。行動もポンティアに似てます。でもこれは群れでも動くし、単体でも動けるみたいです。優雅に動く4つの羽根は、こちらに狙ってくれと言わんばかりです」

「形も色もほぼハエ。生物みたいな滑らかな動きだ。面倒を引き起こすのは、こいつが原因だね。あれから出る赤い光線に引っかかると、仲間招致と自爆を誘発するようだ」

「どうします?」

「煽られても逃げるのは手だけど、サンプル欲しいからね。ナダルはネズミと丸虫を。厄介なハエ軍団には、自分が射線を通す。突発的副産物は臨機応変に対応」

「キリコ、今日は刀は使わないんですか?」

「さっさと終わらせよう。終了次第、ここから退去だ。go!」

「…了解です!」

掛け声と同時に敵前へと出る。

持参していた閃光弾1発、敵の群れに投げつけてやった。

「キリコ、援護アリです!」

カッと一瞬強い光が放つと、敵陣の動きが止まった。

オールラウンダーのナダルはその隙に乗じて、中心に向かって突撃して行く。

接近戦に持ち込んだナダルは、そのまま敵を悉く《ことごと》排除していった。

腰に携えた2本の剣を手にすると、抜いた瞬間に相手の懐に飛び込む、対象物を真っ二つに搔っ捌く。

リーチの間に合わない敵には、ブーメランのように剣を投げつけ、相手を討伐していった。

助走をつけ、宙を浮いた時の素早く、手数の多さは圧巻モノだった。

両手の剣を縦横無尽に回す型は、優雅な踊りのようでもあり、ただサボるだけの男じゃない事を証明していた。

止まっていた機械種が目を覚ますと、ナダルは一旦その場から離脱し、間合いを図った、

ゆっくりした動きで、こちらに向かう機械のネズミ集団が、また大きく部位を開ける。

その度に足止めを食らうが、それは前方の見える範囲のみと推測される。

後ろを取れば簡単に倒せる。

だが数が多い為、結局、乱射で相手の隙を突く方法を取ってしまう。

「キリコ!砂地だから相手が増えるかも?あの建物の中なら、これ以上増えないかもしれませんよ?」

弾丸を飛ばしながら、ナダルの指差す先を見る。

また別の巨大プラント建造物が、口を大きく開けているかのような佇まい。

この建物には、以前扉があったようだ。

周辺あちこちに砂に埋もれた、扉と思しき残骸が見え隠れしていた。

(ナダルの発言の根拠はないが、試す価値はあるかも?苦肉の索だが仕方ない。弱くても集団で来られると厄介で、時間も取ってしまう)

「分かった!とりあえず、中に入ろう」

自分は、早急に有事を終えようと考えた。

ナダルが頷くのを確認すると、同時に巨大プラント建造物へと向かった。

一気に駆け抜けようと、全力で走る。

オブジェの如く展開する、砂地に突き刺さる瓦礫達の中を掻い潜って行った。

「ダダダダッ」

ネズミから連射される砲撃を避けながら、何とか中へと潜入する事が出来たのだった。


「ナダル、ナダル?」

(2人同時に入ったはずだが、一体どこではぐれたんだろ?迷うところは無かったと思う。何度も叫んでるのに、ナダルから返事が全くない)

「ゴゴゴー」

中に入ると自分の身長以上の、巨大なファンが至る所で騒音を立てて回っていた。

引っ切り無しにうるさい訳ではないが、ファンは数分毎に大きな音を立てていくようだった。

それのせいもあり、ナダルに自分の声が聞こえないのか?と、かなり叫んでみたのだが…。

意外と中は、涼しく明るかった。

一部の瓦礫は、砂に埋もれた山になっていた。

でも歩く場所は殆ど鉄板が見えており、砂で埋もれていないかった。

「カンカン」と響く靴音が久しぶりに聞けて、ある意味新鮮な気持ちになる。

「なるほど。天井は吹き抜けで、自然光を取り入れてるのか?ここは鉄がこんなに錆びつく程、雨が降るって事だな」

明るい原因は、天井に開いた穴だった。

(意外と広いし明るい、切迫感もない。まるで寂れた体育館のようだ。早くナダルを探さないといけないが、敵も追従して来ない。彼の意見は、ある意味正しかったと言う訳か?)

後ろを振り返っても、3種の敵の追っ手も無く、地上へと飛び上がってくる敵もいなかった。

この場にナダルさえ居たら、そのまま撤収出来た事に、少し口惜しく思ってしまうのだった。

仕方なく、辺りを歩いて見る。

「しかし、配管やパイプの数が凄いな。ここで襲われたら、逃げるのも一苦労だ。まずこの配管に、足が引っかかってつまずきそうだ」

歩くのもままならない程、配管がうねるように配置されている。

それは壁から床にかけて、その奥へと続いているようだった。

この行き道と中身が知りたかったが、その時間は今となっては、次回のお楽しみとなった。

「たまに湯気を出してる、煙突みたいのがあるけど、何を湯がいてるんだろう?」

壁の角で、配管が群がりうねる中、湯気を出している瓦礫の山が発見した。

目に留まり、すぐ近寄って行った。

本体がどれか?

配管や瓦礫・砂のせいで、イマイチ大きさも把握は出来ないが、両腕を広げて測ってみた。

おおよそだが、自分を10倍したくらいの大きさに、自分を3倍した程の高さがありそうだ。

その中から貝のように2本、天に向けて突起のような煙突を出している。

息するようにプカプカと、規則的なリズムで交互に湯気を出していた。

「あれ?小さな枠ある?中が見えるかな?」

砂で曇る、半透明の窓枠らしいのも見つけた。

中を見ようとしても、大きな配管に阻まれ、じっくり見ることが出来ずにいた。

(まるで配管がこれ自体を守ってるみたいだ。一部の砂を掻き分ければ、見れるかも?)

「これ…は?」

「ここにいた、4.6が。どれもつまらない4.6だったけど、君はどうかな?」

「?」

砂を払い、窓枠を軽く拭き、やっと中を覗けると気持ちが勇んだ時!

急に、背後から声が聞こえた。

すぐさま振り返ると、そこには少年が…。

背後にあった、瓦礫の上で片膝抱えて座り、こちらの様子をニヤニヤしながら見物していた。

「ゴゴー」

(背後を取られるとは失態だ!ッて、あれ、いない?)

またファンが爆音を響かせる。

彼はここの住人だろうか?

第一印象で、どうしてもそれは思えない。

自分と敵対するような、予感しかなかった。

ファンに少し気が取られていると、忽然と少年の姿が消えたかのように思ったが…。

彼は自分に近づき、2.3m離れて立っていた。

「僕はパイキー。あんたが4.6でイマームンって聞いてる。僕と一緒に来てくれない?」

唐突に話始めるパイキーと言う少年は、背丈も自分と変わらない。

160あるかどうかと言ったところ。

彼の特徴はそこでは無く、出で立ちにあった。シルクハットに黒い燕尾服、白い手袋。

そして何より、黄色い球に骸骨が彫られた顔をしていた。

右手にはステッキ、左手には本を抱えている。

ギザギザの歯を見せながら、ニヤリとこちらを見て笑う表情には、寒気さえしてくるのだ。

(意外と声は低いんだ。格好はまるでハロウィンの仮装だ。場違いにも程があるけど、自分とどうしても比べてしまう)

自分の汚れた格好に比べて、小洒落た感のあるパイキーに、小さな嫉妬を覚えるのだった。

言いたい事は色々あるが、正直に質問への疑問を投げかけた。

もちろん、銃は相手に向けたままだ。

「どうして行かなきゃいけない?こちらは用事があるんだ、人を探してッ」

「探し者はこれ?」

「ナダル!まさか、おまえ…」

「いやだなぁ、その目。僕を疑ってる?彼はまだ息があるよ?でも僕に逆らうと、この人どうなるかな?」

ジロっと睨んだ目に、見下す視線。

自分としては、パイキーのななめ上的態度が鼻につく。

機械のネズミがナダルの服を噛み、パイキーの側まで引きずって来た。

ナダルは気を失っているようだった。

(これじゃ返事のしようがないはず…)

銃に触れる指先に、力がこもっていく。

扇情され、メラメラと闘志が湧き起こる。

その有り様を見たパイキーは、更に深く抉れた笑みを零して見せた。

「やたらメラメラしてるね、君は。やっぱり君が、真のイマームンだったんだ?その闘志、初代を彷彿させるよ」

「少しは口を慎め。おまえがナダルを罠にかけたのか?3種の機械はおまえのペットか?」

「失敬な言動も、その闘志に免じて許してあげるよ。僕は罠にかけるなんて、卑劣な事はしない。たまたま居たから、ご同行願っただけだ」

「そういうのを、拘束って言うんだ。一般に拘束する権利なんてない!」

「一般かどうか?イステドア《召喚者》の僕自身を知ってから宣って欲しいね!」

パイキーはステッキで、鉄の床を数回小突いて見せる。

「コン」と言う音と共に現れたのは、3種の機械では無く、人型機械が地中より飛び出してきたのだ。

(こ、今度は何を?)

次から次へと姿を現し、この面積を埋め尽くし兼ねない程、大量に出現してきた。

この量に度肝を抜かれ、少しプライドたじろいでしまった。

だがすぐに正気に戻ると、同時にその場から退却したのだった。

砂で薄汚れたボディに、ゴツゴツのフォルム。

鉄面皮も大概な風貌だと思ったが、まだ鉄面皮のがカッコいいと言えるかも知れない、

いや、見た目どうこうより、完全にあの数に圧倒されていた。

(笑えない数だ。あれだけの数を一気に出せると言う事は、かなりの力があるって事だ。少しプライドを傷つけたって事かな?)

土地勘のない場所を、ひたすら真っ直ぐ走る。

道は長く続いていた。

どこも剥き出しの配管だらけで、焦るあまり、何度も足元に引っかかってこけそうになる。

つまづきを必死で堪え、体制を戻す。

そして、また走っていく。

途中で一旦外に出てしまうが、道はまだ続いており、また大きな口を開けた建物の中へと向かって行った。

「ダダダッ」

「ガガガッ、ガガッ」

人型機械が一斉に、自分を追いかけてくる。

また、待ち伏せのように、走ってる最中も目の前から大量に現れ、自分に向かって乱射する。

逃げては物陰に隠れ、応戦していても、数は増える一方だった。

それに3種より、スペードもパワーも数段上だと感じた。

(応戦する暇がない。あの人数に囲まれて、自爆でもされたら最悪だ!でもキリがない。ナダルも向こうの手にあるし、どう対処するのが正解なんだろう?)

ここまで数が増えると、楽はさせて貰えない。

逃げるだけでは埒があかないのも、分かってはいるが…。

「ハァハァ…、ッ!い、行き止まり?」

走り抜けた先は、天井が今までの倍はあるような広間に出た。

殺風景だが、今までの場所とは少し趣きが違った。

鉄壁ではなく、幾何学的な文様が刻まれた石壁で造形されていた。

床も同様に出来ており、ここには一切砂が入っていなかった。

小綺麗な場所は、何か宗教的な意味ある場とも感じさせた。

(感心してる場合じゃなかった!ヤバくなり過ぎている!またあの数がうじゃうじゃと…)

細かい彫刻に、どんな意味合いがあるのか?

見惚れている間に、敵が押し寄せて来ていた。

ここもがらんどうだった。

当然、身を隠せる場所もなく…。

いや、一応ある事はあるが…。

鉄の瓦礫を組み合わせて作った、2mくらいの光る塔が2.3個あった。

だが、役に立ちそうとは到底思えない。

(数発食らったら、あんな柔いのはすぐアウトだ。盾にもならない)

考える時間が惜しいが、そんな間さえ無くなっていく事態に苛立ってくる。

既に敵は、自分を円形に取り囲んでいった。

心身共に、どんどん追い詰められていく。

冷ややかな視線1つ感じた。

すぐに反応すると、最奥でパイキーはこちらを見ていた。

目に映ったパイキーは、右目から黒い炎が出している。

口元は三日月のような形で、笑っているように見えたのが、あからさまにバカにされた気分を煽っていく。

(目から炎とか、マジで気持ち悪い奴。多分互いの歩み寄りは、一生無さそうに思うよ)

人型機械が間合いを詰めようと、にじり寄ろうとしている。

間違いなく、四面楚歌の状態だ。

(いやいや、これは仕方ない事だ。こうなるのは目に見えていた。やはり応援を呼ぶべきだったかな?シャーにこれ以上迷惑かけたくなかったし、それに自分には…)

確認するように、左のポケットの上から手を這わせた。

お守りのように片時も離す事無く、あれから慈雨吾とは常に一緒にいた。

(ナダルがいるから、本当は使いたくないけど、今はとやかく言ってられない!)

「…ガッ、…ガガッ」

急に聞こえる変な音。

それは次第に大きくなっていく。

「ガガガッ…」

「な、何の音?」

慈雨吾に触れようとした手が止まった。

パイキーも、辺りを見回す素振りを見せた。

(これはパイキーの仕業じゃないのか?銃の音でも無さそうな?じゃ誰が?まさか、ナダルやシャーとか?)

何が起きようとしているか?

この場にいる者全てに於いて、想定外の事態だった。

自分も含めて次第に大きくなる音に、右往左往する。

不安がピークに達した時!

「ガシャーンッ!」

「な、何だ?」

「⁈」

自分もパイキーも、一斉に天井を見た!

(音は上から?天井とは想定外だった!)

「ドンドンッ!」

「キャッ!」

衝撃と、大きな破片が一挙にやって来た。

どこにも逃げ場のない自分は、頭を抱えてうずくまっていた。

突然の動揺が隠せない中、衝撃はすぐに止んでくれた。

恐る恐る顔を上げると、自分ににじり寄ろうとしていた、人型機械は潰れていた。

目の前には大きな破片が、散らばっていた。

一体何が起きたか?

状況把握するにも、今は頭が混乱し過ぎていた。

現実を見れば、一刻の猶予もないのは歴然だっが、頭と心を整理するのに、どうしても手間取ってしまった。

おぼろげに上に視線を向け、1人つぶやく。

「これはガラス?上の吹き抜けは、これで出来ていたのか?」

「ガサッ」

「⁈」

(もう囲まれている!更に悪い状況が…)

後ろに控えていた多々の人型機械が、また新たな円陣を作り上げようとしていた時。

人の声がしたのだった。

「イテテッ、ちょい登場が派手だったかな?もうそんなに若くないし、無理は良くないね」

(これは男性の声?誰)

落ちてきた破片の中から、腰に手を当てながら、こちらに向かってくる人を見た。

同時に何故か、人型機械の動きが止まった。

少し危機が減ったのはいいが、勝手にペラペラ喋る男に戸惑う自分だった。

「パイキー、今日はこの辺で帰る気ない?桐子を倒しても、今のおまえにはデメリットしかないだろ?追い詰めても、桐子がおまえに妥協する姿が、俺には全く見えないんだわ」

男の言葉を聞いた途端、目を大きく見開いた。

男から、目が離せない心境に陥っていた。

(桐子って…、何故自分の名前を知ってるの?この人は自分の味方なの?何者なんだ?)

会話の内容に驚き、自分の戦意も消え失せた。

呆然となって座り込む自分に、ニカッと笑う。

でも自分は反応出来ず、ただ起きた現実を垂れ流すだけだった。

見た感じ、パパと同年代か、それより少し上。

30代前半ギリギリ?

目視出来る武器は両脇に2本の偃月刀に、背中ライフル2丁。

手入れ不要のボサボサ頭に、砂まみれの服。

自分とそう変わらない汚れた格好は、パイキーよりも共感持てる気がした。

こちらに向かって来るパイキーを目の端で捉えると、足取りは落ち着いていてゆっくりだ。

表情は…分からないが、静かだと感じた。

男の側に立つパイキー。

パイキーからも敵対心が減ったよう…。

2人の距離が近い事にも驚いた。

顔馴染み?という推測は、外れていなかったようだ。

頭を掻きながら、男はパイキーを諭すように話に始めるが、パイキーも話をちゃんと聞いている。

このパイキーも一目置くような人物に、自分も興味も沸いてくるのだった。

「俺の言ってる事、分からないおまえじゃないだろ?その方法は、向き不向きがあるよ?こいつはそういう性格じゃない。普通に話せば分かる奴だ。それより、修羅はどうした?一緒じゃないのか?」

「あいつは裏切り者だ。僕より先にイマームンと接触したんだから」

「うーん、それはおまえの為じゃないのか?おまえには勿体無い子だと思うけどな。一回失敗で邪険にするのは子供の理屈だな」

「…」

「あの…、一体何の話かッ」

「おぅ!すまん。こいつがあまりにも、女の扱いが下手だから、指南してたところ。知ってるだろ?修羅は」

勢い余って、思わず話を割って入ってしまった。

自業自得だが、話を振られて答えに窮した。

だが、返答可の質問だったのが幸いだった。

男自身も気になるが、2人の話の内容にも興味が沸いてくる。

自分に無関係とは思えない内容を、もっと聞きたくて、詳しく知りたいと思ったのだ。

膝を抱え直し、自分はボソッと答えた。

話すうちに、自分が酷い盲点を残していた事に気づいてしまった。

今更慌てても、どうしようもないのだが…。

「彼女にしろとか、結婚しろとか言われました。すぐに仲間が助けに来たので…。そう!今思い出した!その保名が言うには、ここで人に会えば、知りたい事を教えてくれるとッ」

再び2人を見直した。

(そうた!あの時言われたんだ。どうしてこんな大事な事を忘れていたんだろう…。聞き取りにくいかったのは確かだけど)

自分と目が合った男は、バツ悪そうにまた話し始めた。

「それ…、間違いなく俺の事だわ。名前は…ともかく、なんたって俺が原本の保名だからな」

「原本?オリジナルって事?あのヤスナは…」

頭がこんがらがってくる…。

「うーん」と何度も呻きながら、冷静さを保とうと必死だった。

(あれ、見られてる?)

呻くのを途中でやめた。

感じる視線の方には、あの男が…。

だが、こちらも見ているのに気づくと、すぐ目を逸らされた。

ふと、その時思ったのだ。

(どうしてこの男が、困った表情をするのか?

困惑し、あたふたしているのは、こちらの方だと言うのに…)

何とも言えない表情は、言葉を選んでいる為?

それとも、これから知らされる内容に、動揺する自分を憐れんでいるのか?

何とでも考察出来る男の挙動に、目が釘付けになっていった。

あの保名が言った、会うべき相手はこの人だろうと確信した。

「あいつら全員、俺のコピーなんだ。俺が現役引退する時に、存在を惜しまれてさ。沢山作った人がいるんだよ」

「コピー?じゃ…」

「保名は昔の方が、もっと強かったよ。今はタダの呑んだくれだよ」

「パイキー、おまえはいつも一言多いよ。召喚者に推挙してやった恩を忘れたのか?」

「ま、待って!じゃ、砂漠で傷を負った2人の保名・朧砂漠のヤスナと、修羅といた保名は、今どうしてる?」

(2人共人間じゃない?でも意志を感じて、人間そのものだった。あんな精巧なの、自分の世界にはいないよ!)

自分の知識とかけ離れた、想定外の答えをすぐ信じる事は出来なかった。

言葉を出そうにも、頭の中で文字が上手く繋がらず、ちゃんと伝わったかも分からなかった。

頭と心がバラバラになりそうで、これ以上聞いたら本当におかしくなると思ったのだ。

苦虫潰す顔色の自分に、原本と言う保名が答えてくれた。

それは自分が、是が非でも知りたかった内容。

しかし、それだけではなかった。

ここがガチの戦場であり、その中で甘い認識の自分と言う立ち位置を、改めて思い知らさせる話だった。

目の前でじゃれ合っていた2人は動きを止め、交互に話し始めた。

「あの2体についてはもう…」

「修羅と一緒にいた保名は、僕が始末したよ。イマームンが殺そうとしたって、修羅から聞いたしね。僕の時には、もう息絶え絶えだった」

「パイキー、もう少し言葉を選びなさいよ?ストレート過ぎでしょ?」

「言葉変えても、やってる事は同じだよ。保名は回りくどいんだよ」

「し…まつ?」

(始末って殺したって事?)

その内容に、度肝を抜かれた。

愕然とし過ぎて、一気に憔悴が体を襲った。

今一番、聞きたくなかった言葉だった。

頭が真っ白になり、微動だも出来ない自分。

(やれやれ…こうなるから、この話は避けたかったんだ)

自分の姿を見兼ねた、この場の保名が補足を入れ始めた。

話が始まっていても、パイキーは何度もステッキで床を小突く。

あからさまな苛立ちだった。

どうしてそんなにイライラしているのか?

自分には全く理解出来なかった。

「あの自立型はコピーしまくって出来た、最悪の劣化版だ。創造主の思考も強く反映されている。少数派だが、まだいるにはいるからな。律法支配原理主義って奴がな。まぁ、昔の昔、この俺もその1人だったけどな」

頭の中で文字だけがグルグル廻ってる。

勝手に、1人でブツブツ呟いていた。

(自立型とか創造主とか、聞いた事もない言葉がまた出てきた。あの2人はこの人のコピーで、それをコピーしまくると劣化が出来て、劣化が自分を助けてくれて、慈雨吾はそれを100年目の敵みたいに見てて…ダメだ!分かんない!)

もう、話が見えなくなっていた。

この時ばかりは薄っぺらい内容を、ベラベラ喋っていた。

本来なら恥ずかしくて、絶対言わない内容だ。

だが、そんな自分の緩い感覚を、パイキーが覚ましてくれた。

それだけ自分は混乱していたのだ。

「忘れてはいたけど、その保名がここに行けって言ってくれた。それも創造主とやらの思惑って事ですか?各保名達の意志では無かったと?助けてもくれたのに、それが劣化なんて思えない。気に入らないから始末ってッ」

「僕は君の方が分からないよ。どうしてそんなに必死なの?朽ちたのはたった2体だ。まして量産の末の劣化版。害になっても、実にはならない。毎日大勢の人が死んでるのに、今更何言ってんの?大半が死ぬ原因も、君の仲間のAMOのせいじゃないか!」

「おい!パイキー、身勝手な独断は止めろ。種同士の小競り合いもある。全部おまえらと一緒って訳じゃない。ここでAMOの話は無意味だ。桐子はガイバから来たばかりだからな」

自分を外して、2人は言った言わないの小競り合いをしていた。

置いてかれた感は拭えないが、その方が自分には都合良かった。

少しでも、頭を整理する時間が欲しかった。

ごもっとも過ぎるパイキーの言葉に、具の根も出なかった自分。

確かにこの世界では、小さな事だったかも知れない。

比べていい内容とは、決して思わないが…。

扇情的で一方的過ぎた、自分の態度と言動を反省した。

この話は、ここで論ずるべき内容ではないと。

そして、それとは別に自分の意識は、パイキーの言葉を遡る方へと動く。

(AMOは聞いた事ある。スーフィーが教えてくれた。この世界の最大派閥だと。仲間って、メンバーはこの世界の人全てじゃないの?)

「あ、あのッ」

「ま、とりあえず顔見せ終わったんだし、もうおまえは撤収しろよ?数時間で決めようって事自体、無謀で無理な話だ。そんな柔な内容じゃないだろ?早くこのガラクタを、地面にでも埋めてくれ。邪魔で仕方ない」

止まったままの人型機械をペシペシ叩きつつ、この場の保名はパイキーに言った。

パイキーの顔色が見えない分、声にその表情が出ているように見えた。

今はとても気分を害し、コケにされた分をどう仕返ししようか?って感じに聞こえてしまう。

「解せないね。前イマームンには、全く関与しなかったあんたが、何故今回はこんなに関与し、手まで出すんだ?もう現役辞めたんだろ?外野こそ退散すべきじゃないの?」

「俺が何しようが、それこそ勝手だろ?現役辞めても、おまえ程度に負ける訳ないだろ。イマームンってのは、おまえらが勝手に総称してるだけで、その証拠は誰も列挙していない。分かっているのは、4.6であると言う事だけだ。逼迫するヘロンの事情も分かるが、桐子に協力して欲しいなら、力でなく言葉でもって制しろ。それがおまえらの言う、イマームンへの礼儀じゃないのか?」

「ッ…」

「は、話だけなら聞いても…」

「桐子、気を使わなくていい。こいつは甘えてるだけなんだ。ごり押しすれば、みんな言う事を聞くと思ってる。それはヘロンを、ここまで弱体させた蛮族と同じやり方だ。おまえまでそれをやるのか?それでおまえ自身、本当に納得出来るのか?」

「うるさい、うるさい!おまえに何が分かる?

今更、親代わりでもしようってか?何もかも、あんたはいつも一歩遅いんだよ!」

「技術だけ磨いた脳筋は、お呼びじゃないよ。向こうで死んだ親父に詫びるか?」

パイキーは、パイキーなりの深い事情があるのだと理解はしたが…。

互いの言葉に熱が入り、よろしくない雰囲気が漂い始めていた。

ジリジリと足を擦り、間合いを計る2人。

今にも武器に触れようとする動きが、また話を割る行動へと駆り立てられてしまうのだが、それをこの保名は目で合図する。

『その配慮は必要ない』と…。

それを言われると何もする必要がない。

これ以上は口を挟まず、静観しようと思った。

「…」

少し間をあけ、パイキーは怒鳴り声で言った。

「あー、くだらねー。あんたと遣り合うなら、帰って寝る方がマシだ!」

「おー、帰れ、帰れ。それが一番だ。修羅もご飯作って待ってるぞ?」

(一気に場が和んだ。一時はどうしようかと思ったけど、いつものやり取りだったんだ。男同士は難しいなぁ)

このやり取りと聞いて、1人心の中で胸を撫で下ろした。

自分だけが、極度の緊張をしていたようだった。

さっき程の敵対心は、微塵も感じられない。

(この人は、人を説得するのが上手いのかな?それとも年の功ってやつかな?)

「修羅とはそんなんじゃないし、あいつより僕のが家事は上手い。…分かったよ。今日はあんたの顔に免じて、この場から撤収してやる。保名、1つ貸しな?イマームンとは長い付き合いにした方が、僕が得なのは確かだしね」

「計算と決断の両方が出来るから、ヘロンの皆はおまえについてくんだよ。今は前と違って、おまえだけの体じゃないんだ。無理はするな。そんな柄じゃないだろ?」

「…あんた、いちいちうるさいよ。そんなの、こっちも分かり過ぎてるさ。こいつらを埋めてやるもんか!こうしてやる!」

『ゴツンッ』

『ガタガタガタッ』

「あっ!」

岩でも砕くような音が1発、地面から聞こえた。

それはパイキーの持つ、ステッキが床を小突く特大の音だった。

パイキーが出した音を合図に、人型機械は物凄い騒音を立てて、粉々にクラッシュしていく。

この騒音は数分ほど、引っ切り無しに続いた。

その間は耳を塞がないと、鼓膜が破れそうな音量だった。

「あ〜あ、また壊して…。まぁ、部位で壊れてるし、再構築可なんだろうけど、余計目障りになったな。こうしないとあいつは、撤収出来ないのかね?」

「本当だ、いない…」

騒音に気を取られていた間に、パイキーは既に姿を消していたようだった。

辺りを見回しても、ガラクタになった人型機械の残骸しか残されていなかった。

鉄塊を蹴りながら、こちらに歩み寄ってくる。

手を差し伸べてきたので、その手を取り、自分も立ち上がった。

思った以上、この保名は背が高かった。

体格もがっしりしていて、引退したような体型には思えなかった。

(パパよりも視線が上だ。180cmあるかな?)

「パイキーの事は許してやってくれ。親父さんも同じイステドア《召喚者》だったんだ。パイキーはヘロン種と言って、当時は第4派閥と言う大きさ種だった。でも見て通り、小細工の好きな派閥でね。AMOに煙たがられて潰された。今じゃ絶滅種だ。パイキーはイマームンの力があれば、種の復興が出来ると信じてるんだ」

「自分はイマームンとかじゃない。そもそもイマームンって何?種がどうこう言われても、本来兄や家族を助ける為に、ここに居るだけッ」

「おまえはイマームンだよ。間違いなく」

「…」

決定事項の如く言われ、返す言葉が無かった。

(その自信は一体どこから来るんだろ?ヤケにリアリティがある言い回しだ)

彼は、こうも言葉が付け加えていった。

「ただそれはさ、本当に証明の方法がないんだ。イマームンは種の伝説だからさ。イマームンは救世主?いや、指導者って感じだな。ガイバ《不可視界》より現れしイマームン《指導者》が世界を導くって、ある文献の一節があるんだよ」

「何の証拠ないのに、イマームンとか、指導者とか、勝手な妄想に当てはめられて迷惑だ。それにスーフィーは、この世界の人はみんたAMOだと言っていた。でも一つで成り立つのは困難だから、早く本を集めないといけないって…」

「AMOと言うか、色んな種がいて、派閥があるのは、どこの世界も同じだ。それさえも許さない、合理的選民煽動者もいるんだよ」

「それがAMOと言う事?」

「AMOやTALIKAは派閥の1つだ。同じ趣味持つ仲間でも、ちょっとした感覚の違いは誰にでもある。この世界の派閥なんてその程度の意味しかないが、それ以上があるんだよッて、まだこの辺の話は、桐子は知らなくていい事だ。パイキーとは仲良くしてやってくれ。あいつは1人で背負って苦しいんだ」

この時のこの保名の目は、パパに似ていた。

パイキーを大事に思う気持ちが、凄く伝わった。

(あ、いけない!これ聞かなくちゃ!)

また自分は、肝心な事を忘れようとしていた。

本当に聞きたかった事を思い出し、その問いをこの保名に投げかけたのだ。

「あなたは、どうして自分の名前を知ってる?ママが会ったと言う保名は、あなたの事?いつどうやって、ママやパパと知り合ったの?兄は今どこにいるの?連れ返す方法はあるの?」

「一気に言うね〜、てか、やっぱり覚えてないかぁ。仕方ないか?おまえ達は小さかったもんな。よく遊んだよ、おまえら兄妹とは。だから名前も性格も分かってる。それに桐子の両親を向こうに連れて行ったのは、この俺だ。2人は元々こっちの人間だからな」

「え?どういう事?そんな話聞いてないし、信じられる訳がないッ!どうして?」

(何だって?今日はなんて心臓に悪い日なんだ⁈両親がこっちの人間って?どうして)

和んだ雰囲気をぶち壊す内容が、一気に目の前を真っ暗にさせた。

代わりに頭は真っ白になる。

動悸が激しくなっていくのが分かる。

卒倒しそうになるのを、何とか堪えて耐えてみせた。

でも話は自分が聞くに堪えない方向へと、進んでいった。

「どうしてか…、かなり核の内容にぶっ込んできたな。知りたいのは分かるが、今話す時期じゃない。言える事は、そうしないといけない現状があったんだ、発症と言う現実がね。そう意味では、おまえの兄貴も発症者だ。だが、あいつのお陰で、発症者も今までとは違う形で、世界に貢献出来るのが分かった。今はこの世界の良き協力者だ、おまえの兄貴は」

「だから連れ帰るのは断念しろと?発症って兄は病気なの?どんな病名なの?兄は無事なの?重体とかではないよね?」

「うーん、そういう発症じゃなくてね、簡単に言えば、ある種の能力開花って言えるかもな。俺は認めてないけどね。しかし、それだけではイマームンにはなれない。イマームンには強さが必要だ。これから色んな4.5以上が桐子を狙ってくるが、そいつらが発症していたら、迷わず頭を撃ち抜けよ、いいな?」

またもや物騒な話になって来た事に、嫌悪感で胸が詰まる。

もしその時が来たら、本当に自分はどうするのか?

何度考えても、答えは全く見えてこない。

そんな日が来ないように、願うしかなかった。

「撃ち抜くとかやめて欲しい。それに医者でもない自分に、どうやって発症してるかなんて分かるの?無茶言わないで!」

「それが分かるんだよ、血統ならでは!ってやつでね。分からない者が、本の見分けなんて出来るはすないんだから」

「…」

(血統って、パパ達はそんな凄い家の人達だったの?また分からない事が増えた。聞いて良かったのか、悪かったのか…)

グッと唇を噛み、拳にも力が入る。

この保名は、そんな自分に笑顔を見せた。

「桐子は常に狙われる立場だ、そのまま男で通しておけ。ま、難しい話だらけだが、俺はおまえの味方のつもり。たまに協力出来ない事もあると思うが、桐子の危機には、俺が助けに行くよ。桐子、改めてよろしくな」

「…よろしく、原本さん」

手を差し出されたが、握らずにおいた。

特に理由はないが、話を聞いたすぐ後に、ニコニコ出来る余裕は無かったのだ。

「原本?」

「自分にとっては、保名はあの2人で、あなたはその原本なんでしょ?なら原本でいいと思う。容姿も拘ってないけど、どうしてみんな男でいろって言うの?こんなところでチャラチャラする気は毛頭ないけど、ここで狙う奴がいるとは思えない。何だか蔑視されてるみたいで嫌だな」

「俺はチャラチャラしてくれても構わんけど、おまえは孕まされて大変だぞ?ここは基本、男社会だ。女のイマームンで発症無し、健康な第4.6根源種なんて、激レアどころじゃない。狙われる比率も半端ないぞ。自分の血統を良くしようとする、低種の輩も追従するだろうし、パイキーも態度が変わるだろう」

「…それは絶対嫌だ。この話は止めだ。信じられない話ばかりだけど、嘘は言ってないのよね?それは信じてもいいのよね?原本さん」

何度も首を縦に振る、保名こと原本。

これから後、彼を「原本さん」と命名する事にした。

今更保名と言うのも、少し気恥ずかしくもあったのだ。

「ここに自分が来るように、あなたがあの保名に指示したの?」

「たまたまでしょ?この辺よく彷徨うろついてるし。今日は侵攻あるって聞いたから、桐子に会い来ただけ」

「…そう」

この答えだけは、自分でもしっくりこず、いささか疑いの目で、原本さんを見てしまっていた。

彼にはもっと他に、狙いがあるような気がしてならなかったのだ。

「朧砂漠のヤスナがいた街はどうなってるの?

街の人は無事なの?」

「あそこは、もう新しいヤスナが赴任している。住民には前のが死んで、新しいのが来た事は知らされていない。また行く機会がもあるだろうが、それは絶対に言うなよ。秩序が崩れる」

「みんなが無事なら、それでいい。良かった」

「うう…」

「え?あッ」

微かに聞こえた呻き声。

自分も原本さんも、後ろを振り返った!

今日の自分は抜けまくっている。

無かった事にしたい1日だった。

(忘れてた!ナダルが居たのを、すっかり忘れていた!)

「な、ナダル無事?えッ、げ、原本さん?」

ナダルは自分の後方、パイキーがこちらに寄ってくる前に、立っていた辺りで倒れていた。

機械に埋もれて、小さくしか見えなかったが。

傍に駆け寄ろうとした時、いきなり腕を掴み上げられた。

思わぬ力の強さに、自分の体が強張った。

「な、何?」

「今日の俺とパイキーとの会話は内緒だ。この距離だから、聞かれてないと思うけど。いいね、聞かれてもとぼけるんだ」

初めて見る力強い眼差しに圧倒され、何度もうなづいていた。

それを見ると、原本さんの表情は一気に緩み、いつもの笑顔へと変わった。

『ピーピー』

急遽連絡が入る。

あれこれと忙しない一連の動きに、少し焦りが出ていた。

1人バタバタする中で応答した。

「は、はい。その声はスーフィー?」

「キリコさん?やっと繋がりましたぁ。ぼ、僕はスーフィーです。大丈夫ですか?砂嵐が凄くて、連絡が遅れました。やっと、居場所が確定して安心しましたよ。こちらの方が通信網は良いので、シャーと交代しました。本の回収は終了です。時間も少しオーバーしています。向こうは向こうで引き揚げさせますので、キリコさんはそこで待機して下さい。転送準備します。き、聞こえます?キリコさん、お怪我とかはッ」

「スーフィー、ナダルが倒れてる。どうしたらいい?」

「じゃな、桐子。まただ」

「え、え?待って、あ…」

「ナダルがどうしたんです?キ、キリコさん?どうしました?返答を!何があったんでッ」

スーフィーとのやり取りに、気を取られていると、原本さんは自分に別れを切り出してきた。

ボソっと告げると、彼はそのまま外への道を、そそくさと走り出して行った。

振り返った時は、もう姿は小さくなっていた。

(原本さん、行っちゃった…。バイバイも言えなかったし、姿も見えなくなった。足早いんだな。もっと話も聞きたかったけど、仕方ないか)

スーフィーの言う通り、砂嵐が酷く、通信の声も途切れる状態だった。

原本さんは当の前に、風砂に紛れて、跡形も見えなくなってしまった。

「…」

柄にもなく、少し心名残り惜しく思ってしまい、見えない後ろ姿を見送っている自分。

『ジージジジーッ、ジージジジーッ』

「そうだ、ナダルを助けなきゃ!」

ナダルの事もあり、スーフィーは特別にこちらにも、転送を用意してくれるとの事で、気持ちが少しだけ楽になった。

(いろいろあったけど、とりあえずみんな無事だ。良かった…)

ナダルの傍に駆け寄り、そこで転送を待つ事にした。

開いた天井を見つめながら、1人の世界にのめり込む。

今日のことを思い返すのだった。

(少しは分かってきたかな?兄の単なる好奇心もあっただろうけど、それだけじゃないって事が分かったから…)

「とりあえず、ラストの侵攻が終わった!みんなお疲れ様ッ、今はそれだけでいい」

「…」

自分はゴロンと横になり、その場で体を伸ばす。

力を抜くと、一気に気だるくなってきた。

少し瞼を閉じ、迎えが来るまで眠る事にした。

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ミャウヒハウゼン 二 一 ( にのまえ はじめ) @nerommero

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