第2ー1 コンビナート・ザハーク
どんより薄暗い空。
高い煙突から白い煙が幾筋も、空に向かって流れている。
暗い空のおかげで、煙の白さが一段と際立って見えた。
「カンカン、カンカン」
走る度に鉄板を踏み鳴らしていく。
足音が多数響いていた。
通路も壁も、全て鉄で出来た街−第2世界、工業コンビナート地帯ザハーク。
自分が参加する、第7394回目の大規模索敵が始まっていた。
ここは道が似たようなところばかりで、入り組んでもいた。
広さもまだ無確定で、地図も当てにはならないらしい。
広大な面積を索敵していたら、この回数まで来たと、スーフィーが話してくれた。
今までは個別で本の探査していたが、今回は自分達以外も参加するらしい。
たまにこういうのもあると、ナダルも言っていた。
だが自分は、まだ誰にも遭遇していない。
今回の索敵に、何人参加していかは知らない。
出立前にやたら、スーフィーに何度か釘を刺された。
喧嘩をするなと、口を酸っぱくしていたのが、気にはなるのだが…。
最初に出会った、赤と金の部屋の事を「ワタン」と、スーフィーは呼んでいた。
本集めの前はそのワタンで、スーフィーの小言を聞く事になるのだ。
『今回は数がとても多いです。「偽史の膨張」と呼ばれるカセット・CD。個数は未確認です。万が一、本の取り合いになっても、今は身を引いて下さい。第4.6根源種は、焦らなくても沢山本はゲット出来ますからね』
『スーフィー、今回は相手は人じゃないんだよね?そんなに広くて、数も多いなら、ロッシャンのところのジェノ・カナを使えば、すぐに終わるんじゃない?あの子達、大量にいるんでしょ?』
『そんな事しなくても、4.6がいればもっと効率化出来ます。何でもかんでも、見境なく食べまくるとか、優雅さの欠如!品性下落!ぼ、僕の計画にはあり得ませんね!それにもっといいモノを、キリコには…』
『?』
ルーペ形眼鏡が、鼻の頭の上で忙しなく動く。
スーフィーの言葉にも、少しトゲを感じた。
その後に続く不穏な笑みが、妙に引っかかるが、それ以上は口を閉ざした。
(隠し事しないって言った癖に。ま、要は使いなくないって事だな。本当にロッシャンとスーフィーは仲が悪いんだね)
『ぼ、僕はロッシャンの考え方には、一部賛同出来かねます。人類平等、それはいいでしょう。ですが、何事も前提が無ければ、言葉だけが独り歩きします。この場合、その分ける区切りが血統であると、ぼ、僕は考えています。努力しない平等なんてあり得ませんから』
『血統は努力で出来ないよ?スーフィー』
『キリコ、いいですか?平等に満遍なく、と言う意味はありません。平等はッ』
『みなまで言わなくても、分かってるよ。真理的観点から見れば、すべて同一であり、第1根源種から第7根源種への、回帰ラウンドとして、布石のドクトルンなんでしょ?』
『さすがです、キリコ。ちゃんと覚えていますな』
スーフィーはご満悦な笑みで、何度も頷いていた。
教えて貰った事は、大概覚えている。
何の事かは覚えてないけど…。
一生懸命話すから、覚えなくちゃって思ってしまうのだ。
(モノなら集めて終わりだ。血を見なくても済む。今日も早々に帰ろう)
その思いを必ず守ると、密かに誓い、前へと進んで行った。
自分とナダルは東へ、シャーは中央へと、二手に分かれて索敵を開始した。
砂漠の砂とは違い、鉄のいぶし銀色はハードな感じで、黄昏という渋い赴きを感じた。
錆びたところや、機械の油がこびりついた場所。 無尽蔵に置かれた、朽ち果てかけの積み上がったコンクリート。
手入れしてあるところと、そうでないところの違いも鮮明だった。
新旧入り混じった鉄板は、グラデにもなっていて、幾何学的な中に人間っぽい曖昧さも感じる。
工業地帯らしい、機械の匂いのするところだ。
スーフィー曰く『ここには人が1人もいない』と言うのが、本当だとは信じ難い。
未だ尚、工場は動き、たまに見るロボットも仕事しているから、誰かが動かしているのでは?と、思ってしまうのだった。
(この広さで、誰もいない寂し過ぎるだろ)
ただひたすら走る事に疲れた自分は、地面が割れ、砂が盛り上がったところで一息つけた。
淡々と続く、代わり映えの無い灰色の景色を見て、ボソリと呟いた。
「新しい通路かと思えば、また元来た道に舞い戻る…。これ何回目?まぁこれだけよく似たり寄ったりの道を作れるもんだ。迷子にならないの?ここは地図も曖昧なんでしょ?ナダル」
「地図は一応ありますよ?どこに何があるか?分からないのは、いつもの事ですけど」
「そうだね、いつも臨機応変に対応するしかないもんね。とりあえず先に進もう」
「ここから500メートル程進むと、以前本が見つかった場所に到着します。そこまで行きます」
「それでいい、行こう」
自分の言葉の後、ナダルは後ろに続くミリタン(民兵)に、前に行くよう指示を出した。
まだ、時間は昼過ぎなのに、空の色はより濃さを増していた。
ここにある鉄と、空の色が同化しそうな雲行きは、雨が降りそうな気配を予感させた。
大して暑くもないが、気分は鬱蒼としてくる。
上がったり下がったりの道に、似たような角を何回も回りながら、ナダルの設定した目標地点へと向かった。
高い煙突が立ち並ぶ間の、小さな脇道を銃を片手に潜り抜け、目的地まで目と鼻の先だった。
目的地に近くなると、トラップが多くなった気がする。
足首スレスレの高さに配備された赤外線や、遭遇すると音が鳴り、仲間の応援を呼ぶトラップなど多種に渡った。
細かな赤外線の網の目も、やたら多くなった。
注意していても、途中から突然トラップが発生する。
設計者は、中々用心深い人間だと感心した。
トラップ対応は、もちろん全て機械だ。
その意図は、コンビナートに進入する者全て、排除しようと見えた。
「あれはポンティアと呼ばれる、群れで動く変換種です。上位はポンティアーナ。宙に浮いたまま、チョロチョロ動くので、撃ち落とした方が早いです」
目の前にいる、自分達を待ち構える品種を指して、ナダルが説明してくれた。
情報源はもちろんスーフィーだが。
「見た目も蝿っぽいね。機械版途中しきりにブザーが鳴ってたけど、これから出てるレーザーに引っかかった?それで他の型もわんさか出てきた?」
「他の品種との連携は分かりませんが、こいつがここの門番であるのは間違い無いでしょう。そこまで強くも無いみたいですから、排除して先へ」
「出来るだけ早く終わりたいしね。シャーを待たせているかもしれないし、急ごう」
10体近く群れだって動くポンティアは、頭から常に赤い光線を出していた。
倒しても次から次へと湧いてくるので、気づいたらそこら中にブザー音が響いている。
レーザーに引っかかりっているのは、自分だけで無いという事だ。
音は気にせず、撃ち落としながら前へと進む。
追撃しても、然程手応えもない相手だ。
これなら、少々撃ち漏らして放置しても大丈夫と踏んだ。
その時、雑音共に少し焦った感のシャーから連絡が入る。
(ザザサーッ)
「…リコ、キリコ、聞こえてるか?」
「シャー?どしたの?声が聞きとりにくい」
通信の状況はいいはずだが、シャーのいる場所からは雑音が混じり、掠れて聞こえにくい。
焦り気味のシャーの声に、気を引き締め直したのだった。
「キリコ、済まない。すばしっこいのが、単騎で暴れている。そいつで2.3名負傷したが、別状ない。こいつは複数確認済みだ。こっちはこれらの処分をしてから合流する」
「負傷者が無事ならそれでいいよ。群れない単騎で複数存在か?面倒だね。対処頼むよ。こっちは回収を早める、終わり次第合流してッ」
(ザザ!)
会話で終盤で雑音が酷くなり、負傷者とシャーの安否が気になり始めた。
焦るシャーは、見た事がなかったからだ。
「シャーなら大丈夫。仲間がやられて、ムカついてるだけです。その単騎以上に暴れてきますよ。こちらもその単騎に気をつけましょう」
「シャーなら大丈夫だね。ナダル、この単騎の情報をスーフィーから貰って」
「もうやってます。スーフィーは、少し待ってくれとの事です」
ナダルの言葉を聞き終わると同時に、前へと進んだ。
自分の前に行かせた、ミリタンが妙に気になったからだった。
心の動揺を隠すように、足取りも早くなっていった。
カンカン音鳴らして、瓦礫の残骸を飛び越えて、
長い一本道をひたすら走った。
途中、割れた鉄橋や道に垂れ下がる電線をかいくぐり、着いた前の発見場所には先発隊ががいるはずだった。
目標地点は長い一本道を超え、少し上がった高台に座標を示していた。
自分の逸る気持ちを抑えきれず、駆け足で上がって行った。
(大丈夫、自分よりも強く頼りになる仲間だ。彼らならあっと言う間に、片付けるはずッ)
「これは…。お前がやったのか?」
「う…」
(一応、息はある!良かった…)
足元に転がる自分のミリタン達。
小さく呻き声が聞こえた。
息がある事に、胸を撫で下ろしたが、怒りの矛先は目の前の鉄面皮へと向いた。
顔全体にメタル調の全ヘルメットをしており、表情は一切読み取れなかった。
体も金属のテカリで光っている。
(メタルの体で黒いコートを着る必要性が、自分には全く感じられないが…)
羽織っているコートとメタルの体との相性が、チグハグ過ぎて違和感が半端なかった。
人間のようでもあり、機械でもあるような、大層変わった姿の輩。
背も高そうで、雰囲気から男だと感じた。
(こいつ、銃と合体した剣を持ってるのか?シャーから聞いた、単騎のじゃじゃ馬はこれか?銃剣で動きも速いとなれば厄介だ、どうする?)
半分のミリタンが、このメタルに潰されたようだった。
自然と、自分の手にも力が入る。
「キリコ!もう2体現れた。一旦捜査は中断、これの対処に回る」
(一気に2体も増えた?ここじゃ狭すぎて、このまま争っても、倒れたミリタンにも二次被害が起きる。ここは仕方ない)
「ナダル、各自応戦で!現場の判断に任せる!このメタルの情報はまだ?」
「スーフィーと連絡がつかないんです」
「?」
(シャーの時と同じ。やはり妨害はこいつが原因だったか?)
「ダダダダーッ」
「キリコ、危なッ」
「こっちは大丈夫、早くみんなの介抱を!速いとシャーにも連絡取って!」
必要最低限の指示さえ与える間もなく、超至近距離からの銃撃戦が始まった。
相手の射撃は狂いがなく、逃げ回るのが精一杯だった。
「ダダダダダッ」
身を交わして、こちらも応戦するが、周りに気を取られる為、本気で対応出来ずにいた。
(このままじゃ、埒があかない)
「ダッ」
「き、キリコ!どこへ?1人は危なッ」
ナダルの声も聞かず、高台から下に見える、砂が湧き出た道へと飛び降りた。
メタルの輩も、自分に続いて、飛び降りる。
(1人付いてきたから、引き離しは一応成功だ。こいつは何とか自分で処理する為にも、あの塔へ行ってみよう)
着地と同時に、その場でクルッと回転し、衝撃を和らげる。
その勢いのまま、前へと急発進した。
後ろの者を斜交いに確認すると、相手を引き連れて、先に見える塔の入り口へと向かった。
中は細い小径が続いていた。
石造りの内装で
鉄板の外壁とは、また違う表情を垣間見た。
苔が生え、ヒビ割れた石壁は年代を感じる建造物は、以前は人が住んでいた事を立証するような風貌だった。
ここもまた、中が入り組んでいるよう。
先を見通せるような、親切な建物とは微塵も感じない。
明かりがつけられるような切れ端はなく、視界の悪い状態を甘んじなければいけなかった。
道すがら、何かあればいいと願うばかりだ。
探検するかのように、恐る恐る周りの様子を伺いながら、歩みを進めていった。
(鉄だらけかと思いきや、古城のワインセラーのようなモノがある街とは、正直たまげたわ。朽ちかけた感じで、かなりの年代と推測出来る)
少しカビ臭く感じて、お化けか妖怪でも出てきそうな雰囲気がある。
少し歩くと、螺旋状の階段があった。
それを下へと降りていった。
人か?獣か?
わからないが、所々に骨が幾つも落ちている。
余り気持ちのいい情景ではないが、人がいるかも?という、希望を少し持てた。
螺旋の階段が続くと、更にそこからすぐ廊下のような小径な続いた。
埃と砂利で敷き詰められた床を、そぞろ歩いていく。
小径も、どんどん下に下がっている気がした。
このまま行っても、とりとめがないように思えてくる。
「ここは何だ?休憩場かな?」
辿り着いた先、そこには小さな広場があった。
広場と言っても、先程ナダルといた所よりも、断然こちらのが狭っ苦しいのだが。
少し広いだけでも、開放感が感じられる。
動きやすくなった気がする。
場所の空気も変わり、後ろが気になった。
振り返って見たが、いつの間にか人の気配は消えていた。
メタルの輩は、当の前に姿を消していたようだった。
「誰もいない。ならもう…」
(もうナダルの所に、戻っても大丈夫かな?)
ここに自分がいる、必要性に疑問が出る。
進むほどに暗さは増すばかりで、殆ど闇夜の状態に近いここは、薄気味悪くて頂けない。
それに一抹の不安も出てきた。
地の利のある相手が、どこからか知らない間に逆走し、ナダルやシャーの元へ戻り、また暴れているのでは?という疑念。
(やはり戻ろう。ここに居ても意味がない)
そう思い、元来た道を引き返そうした時だ。
「お前がイマームン…だな?」
「?」
暗闇の中から、自分に話しかける男の声が…。
振り返ると、淡い青で発光している男がいた。見れば、光っているのは武器の銃剣のよう。
この佇まいからして、さっきまで自分を追いかけていた、メタルの輩だと理解した。
「俺はお前を始末する」
(い、いきなり何?)
男はそう言った。
「ガンッ、ガンッ!」
「うッ!」
(さっきよりも早い。そして一撃も重い。あの速度で2回も打ち込めるのか?この暗さと広さじゃ、目も地の利もない自分が絶対に不利!これは身を引いた方がッ)
銃を上げようとした途端、男がいきなりフルスイングで飛びかかってきた。
こちらに考える隙を与える気は無いらしい。
男は先制すると、自分はすぐに後ろに身を引き、再度間合いを取った。
銃の柄を盾にし、剣先を交わしたつもりだったが、相手の勢いに負けていた。
受けた際に、手に切り傷を作っていた。
深くない傷だが、悔しいと言う気持ちは残る。
力の差は歴然だった。
(真っ向勝負は完璧不利だ、逃げて相手の隙を見つけないと…)
迷いの一切ないフルスイング。
間を置かず、また男は容赦なく踏み込んできた。
今度は助走をつけ、剣に溜めをしこたま作った勢いそのままで、自分の脳天をかち割らんばかりに、頭上目掛けて飛び上がってきた。
だがこちらも、男のモーションを、注視していた事が幸いした。
銃剣を振り落とす瞬間、その場から数回回転し、剣先を避ける事に成功した。
空振りになった男の剣先は、振り落とした際、上手い事に朽ちた石の隙間に挟まっていた。
「クッ」と声を漏らし、剣先を引き抜く男。
男はこちらを見て、ニヤリと笑った。
いや、そう自分が感じた。
渋く光るフルフェイスが『逃がさない』と、こちらに語っている気さえする。
なんとも言えないいやらしさに、背筋に悪寒が走る。
男は銃剣を引き抜く事を途中にし、傍に指していた中型の刀で飛びかかって来た。
水を得た魚のごとく、男の動きは更に軽さが増した。
場所が狭いのは、お互い様のはずだが…。
男はそんなことは気にもせず、やたらめったらとこちらに襲いかかってきた。
振りたいように、武器を振り回す。
1度の攻撃時に、そのまま数発打ち込めるのが、
この男の強みだ。
こちらも全てを交わせる訳もなく、男の一度攻撃に捕まると、2.3回追加で打撲を被る事もしばしばあった。
逃げ回る途中で、何度か蹴りも食らった。
剣筋も全くのデタラメで、決めた照準には死んでも向かってくる、その執念のみで動いているように感じる。
(ネジが切れるまで、止まらないってやつだなわ、これは。本当に自分を殺そうとしてる。ここに来る途中に、広い場所はなかった。敢えてここを選んだと言う事か?用意周到だな)
「イテテッ…、少し乱暴すぎないか?もう少しエレガントにいかないもんッ⁈」
自分の戯言にも付き合う事無く、男は完全無視を決め込んでいた。
この広さで、逃げ回るのも限界だった。
だが、男は自分を休ませる事はなかった。
疲れを知らぬ男は、休む間も無く、間髪入れずに斬りつけてくる。
その行動は、まるで剣道の面の打ち込み練習のようだった。
岩に挟まったり、刃先が朽ちると、また新たな武器を取り出しては、こちらに向かってくる。
一体、幾つ武器を持っているのか?と、何度も首を傾げてしまった。
とりあえず逃げるしかない自分は、どうにかして相手の隙を見出せないか?と探ろうと必死だった。
でも、男の尋常でない攻撃回数に、少しの間も持つ事は許されなかった。
無謀と言えるそのやり方には、さすがに閉口した。
(気でも狂ったか?と思える刀の使い方だ。こんなご乱心になんて構ってられない!)
ここからどうにか退散しようと、考えを巡らしたくて、イライラしていた時だ。
「こいつは、変換種のおいらとも違う『アセカ(超人)』と呼ばれる種だ。あいつらの種の定義にも入れて貰えない、忘れ去られた遺物でもあるけどね」
「慈雨吾?今、起きた?ずっと寝てたから、心配したよ」
「ふぁー、よく寝たよ。こいつはそう簡単に諦めない。ここでやった方が良いと思うぞ?」
ずっとポケットに入れていた慈雨吾が、やっと目を覚ました。
いつもは横長の口も、今だけは縦にも伸びて、顔の半分以上は口の状態になっていた。
慈雨吾は、自分の左肩の上に鎮座しながら、説明してくれた。
「キリコ、やるしかないぞ?もう一体出てきそうだ…こいつは大体、2.3体を一対として行動してるからね」
「も、もう一体?やるって言っても、この広さだよ?隙を与えず、メチャクチャ攻撃してくるやり方にどう対抗しろと?クッ!」
「ガッ‼︎」
「こ、これだよ!普通じゃない打ち込み!敵だから仕方ないけどッ」
また男は、打ち込んでくる…。
その暗い背後から、淡い光りの差し込みが見え隠れする。
焦りで、自分受けも甘くなっていく。
その緩さを、男が見逃す事はなかった。
攻め続ける男に防戦一方の自分。
このままでは、間違いなく自分が終わる。
(来たか?2体目。絶望的展開だけど、大人しく殺られる訳にもいかない。人の事を心配している場合じゃないな。一体どうすれば?)
「ふぁー、ま、キリコを狩ろうとしてるんだな。これくらいは用意しないとね」
「悠長な事を言ってる場合じゃないよ。慈雨吾は買い被りすぎだ。てか、こんな狭いところに3人もいたら、身動きなんてまず無理だ!」
「おいらに考えがある。キリコ、手を貸して」
「じ、慈雨吾?こ、これは…」
大きな口を開けて、何度も欠伸をしていた慈雨吾は、目の前に移動してきた。
慈雨吾の言葉と、今見るもの全てに対して、自分は感嘆の声を漏らす他なかったのだった。
「おい!ナダル、何処に行く気だ?」
「俺はキリコのところに行く」
「ふざけるな!こっちはまだ片付いていないんだぞ、後1体残っている」
「キリコは敵を分断する為に、1人であの塔へ行ったんだ。残りはお前らで殺れるだろ?」
「また、仲間を呼ばれたらどうするんだ?まずはここの殲滅だろ?それに負傷したミリタンもいる。キリコなら放置はしない」
計8体。
メタルの輩同様の体が、地面に転がっていた。
ミリタンの負傷者が約15名。
ほぼ全員のミリタンが、男との接近戦で鋭く切り刻まれていた。
相手は己が致命傷を負うと、仲間を次々呼び、戦闘はエンドレスな泥仕合を擁していたかと思われた。
だが、胸と頭をほぼ同時に仕掛けると、相手は仲間を呼べずに果てる事が分かった。
残り後1体というところまで、相手を追い詰めていた矢先の事だった。
ナダルは戦線離脱しようとするのを、シャーが止めた。
頭と胸への攻撃は時間を空けない同時攻撃が原則であり、この連携が完璧に出来るのは、今はナダルとシャーの2人しかいなかった。
2人とて、傷を負っていないわけでも無く…。
だが、2人の言い合いは、更に激しさを増していくのだった。
「負傷者多数で連携が取れないんだ。ミリタンを見殺しにする気か?」
「キリコは1人で行ったんだ。連携もクソもないだろ?連携無くても、手数で押せばどうにかなる。それさえもキリコは出来ないんだ、お前はキリコが心配じゃないのか?」
「…」
「ガンッ!」
引き止める腕を振り払い、ナダルはシャーに言葉を吐き棄てた。
ナダルの刺すような視線に、シャーは言葉を吞み込むのだった。
お互い、思っている事は、同じだと分かっている。
互いはそれを敢えて言葉として鮮明にせず、腹の探り合いが続けていく。
しかしメタルの男が、この好機を逃す訳がなかった。
2人の間を割くように、チカラいっぱい剣を振り下ろしてきた。
同時に2人は、後ろに身を引いた。
「ナダル、待て!行くな、そっちは危ない!それに全然火力が足りなッ!」
メタルの男は、シャーの方へと刃を向けた。
シャーは遠距離攻撃からの離脱を、余儀無くされていた。
動きが尋常でない輩は、負傷者に更なる傷をつける恐れがあると思われた。
シャーはナダルと合流した時点時から、ずっと接近戦を強いられていた。
手強い猛者に、得意の銃でなく剣での対応。
いささか、輩の方に部がありそうだった。
応戦する中、シャーの刃の耐久性が脆くなっていく。
このままでは、刃が折れると分かっていても、ジリ貧で逃れる隙が見つかりそうにない。
苦悩するシャーの気持ちをせせら笑うように、己の刃こぼれも気にする事なく、間を空けずに打ち込んでいった。
「済まない。俺は行く」
「ナダルッ!うわッ」
「ガシッ、ギギギ…!」
「シャーさん、危ないッ」
「こっちに来るな!ナダルの後も追うな、 。ミリタンは仲間の手当をしろ。スーフィーに応援要請するんだ!繋がりにくいから、根気よくするんだ、こいつの相手は俺がやる!」
シャーの制止も聞かず、ナダルはシャーを振り返る事なく、その場を去って行った。
まだ動けるミリタンは、シャーの援護をするべきか?ナダルに付いて行くべきか?
正直、迷っていた。
輩と揉み合う仲にも割って入れず、立ち尽くすミリタンに、シャーは指示を出した。
指示に従い、ミリタンはその場を離れた。
その光景を目の端で捉え、安堵するのも束の間だった。
一瞬の気の緩みに乗じて、輩は面白そうに襲ってきた。
輩の攻撃は、 受ける剣の重さに堪え兼ね、シャーはその場に膝をつき、転がっていった。
転がるシャーに馬乗りになるメタルの輩は、首筋に向かって、ザクザクと刃先を向けて行く。
左右に首を捻りながら、数回交わしたものの、何度も通じる手ではなかった。
(このままじゃ殺られる!放置も出来ない!それにこのタイミングで銃を使われたら…)
不安を気取られぬよう、ポーカーフェイスを保つシャーだった。
輩は刃には、相当の自信があるようだった。
多数の刃を用意し、粘り強い攻撃と、間合いに緩急をつけて交戦する。
全てを使って、輩がシャーを追い詰めていく。
輩の自由奔放な所作に、シャーのタイミングは完全に外されてしまった。
首筋から、血が筋となって滴り落ちていく。
既に首の左右に、輩の刃2本、突き立てられていた。
両サイドに動こうとも、剣の腹は内に向けられたままの為、動く手段を失ってしまった。
動けば首諸共切断されてしまう状況に、シャーは「ギギ」と歯ぎしりしていた。
輩はこれを機とし、攻撃の更に強めていく。
新たな剣を手にした輩は、その刃先を天から地面へと、一気に切り裂いていった。
出し惜しみ無しのラストスパート。
しかしそのモーションは、シャーにも目視済みだった。
「ガガッ」
シャーは出来得る限りの動作で、その刃を受ける。
「グッ!ギギギ…」
受けた刃の力は、今までで一番の力を感じた。
全体重を乗せ、刃に力を込めていく輩。
上から押し通す強力さに、両腕がプルプル震えていった。
間も無く肘は折れ、顔と刃先の距離が、どんどん近くなる。
表情は見えなくても、輩は自分を見て、笑っているかのように思えた。
そして、更に力を加えていく輩。
「ギッ、ギギッ」
受ける刃に、上から押される刃が刺さる。
その切り込みは深くなるばかりだ。
このままでは刃が折られるのも、身が一刀両断されるのも、時間の問題だった。
「ピキッ」
(や、刃がッ!)
『ザグッ』
「グアッ…」
「?」
一瞬、何が起きたか?
シャーは分からなかった。
手にしていた刃は真っ二つに折られ、腕が軽くなったと同時に、もう終わりだ!と思った…。
急に体が重くなった。
いや、体の上に被さってきたんだ。
すぐさま首に手を当て、繋がっているのを確認すると、危機を脱した事に安心した。
次の瞬間、シャーはすぐに身構える。
この状況を作り出した人物への警戒の為に。
しかし、そんなものはすぐに解かれていく。
面倒臭さそうな物言いは、相変わらずだった。
「早く起きろって、助けてやったんだ。礼ぐらい言えば?」
「…、あんたがここで誰かに見られたらマズい。一旦退いてッ」
「お前の仲間は向こうにいるよ。気狂いのようなアセカに、誰一人関わりたくないだろうよ。そうそう!ナダルはもう行ったか?」
「今はキリコの元へ…。いや、行っててもおかしくないな。助かったよ。ありがとう、保名」
目の前には、保名が立っていた。
保名は笑っていた。
敵の体を上から、心の臓を垂直に一刺した刀と共に。
その刀を勢いよく引き抜き、鞘に収めた。
引き抜くと、シャーの体にかかる負荷は、更にに上昇していく。
上から被さる負荷を、シャーはそれを押し退ける。
目の前に出された手を握り返すと、シャーは反動をつけて立ち上がった。
ついた砂を払いながら、シャーは言う。
「どうしてここに?TALIKAの命か?」
「ロッシャンから、ここで大規模索敵あるって聞いたから、遊びに来ただけだ。俺は誰の命令も受けないよ。そういうのは10年以上前に辞めたんだよ。おまえは…まぁがんばれ」
ハハッと笑って軽口叩く保名は、シャーに水筒を差し出した。
『ありがとう』と礼を言うと、その水筒を口にする。
一口飲みといかに体が水分を欲していたか?
良く分かった。
戦闘の最中、気づかずに緊張していた事を。
あっと言う間に、シャーは水筒の中身全てを飲み干したていた。
シャーから空の水筒を渡された保名は、肩をすくめて苦笑していた。
保名は手持ち無沙汰を解消する為、口にタバコを加えた。
少し間を空けて、シャーはぽつりと口を開いていく。
「ここに来て、4.6に全く遭遇しなかった。いや、誰1人会っていない。やはりもう…」
「それは早計だな。確かに発病はしている。半数の4.6は死に至る病状態だよ。でもまだ息してるのもいる、キリコもその1人だ。ここは異常に広いから、中々会えないだろうが…。そんな事より、キリコの護衛をしっかりしろよ?分かってんだろ?4.6の座を賭けて、サバイバル争奪戦が始まってるってのは?」
「キリコは女だ。イマームンにはなれない」
近くの鉄壁に背を預け、そのまましゃがみ込むシャーは首を折り、項垂れた状態でゆっくりと答えた。
その声はひどくしゃがれて、悲壮以外の何物でもなかった。
保名は慰めるように、シャーを労って言う。
「この際、そんな事はどうでもいいんだよ。キリコには頑張ってもらわないと困るんだ。卵母の為にもね。おまえも状況分かってて、よくそういう事言えるね?ま、一番苦労してるの、分かるけどね。ナダルがあれだしな」
「…」
「ま、いいよ。俺もキリコには手を貸すし。昔からキリコは素直で良い子だったなからな。久々に会いに行ってみるかな?」
「キリコに会うのか?」
保名の言葉に、シャーはすぐ反応した。
下に向けられた視線は、保名に凝視していた。
シャーの困惑した表情に、保名はほくそ笑む。
「そんな怯えんなよ。影からそっと見るだけ。ガッツリ会いませんから。それしても、今は何の利益も出ないくらい、俺だって分かってるから。じゃ、頑張れよ」
「…」
保名は背を向け、その場を離れた。
シャーの視線は、再び足元へと向けられた。
肩を落とし、いかにも辛そうなシャー。
深く大きな溜め息を何度も繰り返していた。
「キリコ、キリコッ!」
(こんな埃っぽいところに、まだキリコはいるのか?もう、外に出てるとか?)
追いかけて来たナダルは、キリコを見つける事が中々出来ずにいた。
行っても行っても、また同じところに戻されているかのように、細かい道を走っていた。
レーダーが通りにくい場ではあるみたいだが、
キリコの居場所も一応確認は取れていた。
だが、そこを目指して辿り着こうとしても、弾かれるように違う道に出てしまう。
何度もこの状態が続くと、疑ってしまうのは人の性だ。
誰かが、そう仕組んでいるのでは?と。
ナダルは更に焦りを覚える。
(キリコは間違いなく、危ない状況にある!何とか辿り着かないと…)
「ハァハァ…、キリコを助けないと!」
息を切らして、先を急ぐナダルだった。
その焦りは、不安も強くしていく。
ナダルは一瞬立ち止まった。
行きたいのはヤマヤマだが、このまま行ってもも大丈夫なのか?と、様々な憶測が頭の中を滑走した。
過ちを正すかのように、ナダルはその考えを払拭していく。
自分の身より、今はキリコが一番だと。
(こんな時に何考えてんだ!キリコに何かあったら、俺はどうするつもりなんだ!)
必ず自分が助ける!と誓ったその時。
奥から音がした。
それは爆破の音でも無く、銃撃の音でもなかった。
キーンと耳に残る感じもない、この音に釣られたナダル。
レーダーに映っていたキリコの元へは行かず、音の方へと足を向けたのだった。
行けども行けども、キリコの傍に近づけなかったナダルだったが、音の後は難なく目的の場所まで移動する事が出来た。
取り立てて不思議とは思わず、ナダルは細い道を通り抜けて行った。
行くほどに何かの残骸らしきものを、ナダルは目にしていく事になる。
その数は足が進む分、量も大きさも大きくなっていった。
周りが薄暗い為、 ハッキリとは分からなかったが、それは粉砕した後のようだった。
ナダルの目には、渋い銀にテカるモノとして印象に残った。
「こ、これは…き、キリコなのか?」
「?あぁ、ナダルか?そっちは大丈夫か?こっちは今終わったところだよ」
一瞬何が積まれているのか?分からなかったナダルだった。
それが突然襲ってきた、あの機械体が山積みになったものだと分かるまで、少し時間がかかってしまった。
辺りも暗く、余りに数が多く…。
それに何より、そこにキリコが居た事に一驚いていたからだった。
積まれたガラクタの中で、立ち尽くすキリコはナダルがいるのに気付いた。
積まれた山を左右に見ながら、ナダルはキリコの傍へと歩み寄って行った。
途中、積まれた物体を触りながら、密かに心に沸いた疑問を復唱しながら。
(さっきの音はこいつらを殺った音みたいだな。それにしてもこれを全部キリコ一人で?いつの間にかそんなに強くなっていたのか?)
「キリコか?無事だったんだね、良かった。一人で行ったから、心配したよ」
「こっちは大丈夫、みんなは無事?」
刀を鞘に収めながら、キリコはナダルに尋ねた。
ナダルは少々バツ悪そうに、キリコに答えるのだった。
「今、シャーが手当てしていると思う。キリコを追って、途中から俺は飛び出してきたから、今は分からないけど。これ全部キリコが始末やったのか?すごい数じゃないか」
「後からウジャウジャ沸いてきてね、驚いたけど何とかなったよ」
「レーダーでは違う場所にキリコがいるようになってたけど、ずっとここにいたのか?」
「ここは上手く機械が作動しないようだ。色々動いてたから、ここにずっとはいない。とっとと回収して帰ろう、こんなとこ懲り懲りだよ」
「あ、待って。キリコ、怪我はッ?」
(あれ、キリコは銃がメインじゃ?)
「怪我はないよ。早く戻ろう」
ナダルとの会話を、手短に切り上げるキリコ。
シャー達の元へ向かう為、キリコはナダルと目を合わせる事無く、移動しようとしていた。
ナダルは遅れまいと、キリコの後を追ったのだった。
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