第1ー10 世界の定義
2人の若い男女が恋をした。
そして、2人は夫婦となった。
2人は未来に希望を持っていた。
しかし、その日のご飯もままならない程、生活は窮していた。
2人はいつも、青く澄んだ空を見上げて願っていた。
『自分たちはどうなってもいい、だが、子供には第5根源種並みの生活を与えてあげたい。その為なら何だってする!』と。
だが、何の手立てもないまま、闇雲に月日は流れるだけだった。
この世界は、今、第4天体後期と命名され、物質的な側面を重視する時代に入っていた。
各期ごとに動物や霊性は進化し、第4天体期で今の「人間」の知性と容姿を、人類は獲得する事に成功した。
第1天体期は「鉱物界の進化と増殖」、第2天体期は「植物界の進化と栄枯盛衰」、第3天体期は「動物界の進化、衰退、それに続く人への道」と、期毎にそれぞれ大きくテーマで分ける事が出来る進化だった。
そして、現人類までの進化の道のりを辿る期毎に存在し、活躍した亜種達の総称を、この世界の人々は「根源種」として位置付けていた。
『全根源種の生命は、神性を宿す立場であり、神との合一性を重んじる。よって宗教・宗派、人種・民族、国、性、貧富諸々の違いによって人を差別することを禁じる』
これが、根源種制定のナショナリズムの大義となった。
「我々は一つ民族であり、平等である」と。
しかし、それは表の顔であり、現実は各民族の思想帰属運動が、地下活動として暗躍していく。
宗教や思想は変えられても、血を変える事は出来ない。
思想統一という枠組の規定に削ぐわない者、反論する者、財産・力のない者達は、第2・第3根源種と勝手に分類され、住む場所さえも制限された。
その発端は『血の浄化』と称した、大規模な民族淘汰を実行し、世界を圧倒させた派閥勢力第1位・AMO。
アストラル体を駆使し、行動の抑止を強制的に行った。
それでも抵抗する者は、脳にバグを流し込み、思想破壊を行うと、まとめて粛清して行った。『我々以外の血は、遺伝子汚染の垂れ流しである!第5根源種の祖は、自分達しかあり得ない!この進化こそが、我々の存在意義であり、今こそ種の入れ替えと総ざらいを実行すべきだ!』と、大々的に宣言した。
アカシック・メモリー・オーガニゼーション。
通称『アモ』と、呼ばれている組織だった。
当然、その表明に反旗を翻し、蜂起した者がいた。
律法観点から異を唱えた、ウラマーが率いる派閥勢力第2位・TALIKA(タリカ)だった。
ウラマーは「イマームンの代弁者」と言われ、可視・不可視世界を行き来する、イマームンを見つけられる唯一の存在として、タリカでは崇められていた。
ウラマーは言う。
『イマームンこそが、神の化身である!初代イマームンのみが、神と唯一対峙したのだ!我々はその子孫であり、第5根源種の祖に相応しい血だ持ち、初代の血は脈々と今も受け継がれている!横暴な派閥の似非の思想統制てあり、AMO打倒は我々の最大悲願である!』と。
タリカの言う神は、人によって定義が違った。
ある人は両親であり、自然であったり、宇宙や人間そのものという人もいた…。
ただそれらは、大きな枠組みの中に組み込まれた事象の一つであり、その中で人は平等であり、自由であると伝えていた。
その唯一、神と相対したのが初代イマームンであり、民衆のイマームン信仰とも言える、歓迎ぶりは熱烈なものであった。
AMOは、常に合理的で規律ある平等を目指す。
「物質」のみに依存し、答えを追求とするよりも、与えられた力-アストラル体を使いこなす種を増やし、己の限界を超え、その先の在り方を考える生き方を提唱していた。
進化の過程で、自己解放を会得し、生まれ変わる如く、第5根源種となれば、超人・覚者への道が開かれる。
無学なる人類への慈悲の保護、争いなき平和な社会を創造する為にも、自分達が第5根源種の祖であるべきと、力説していた。
どちらの陣営も、世界は一つで成り立つ事を目指し、そして自分達がその筆頭にのし上がる事を、前提にしたものであった。
だが、どちらの陣営も本音は焦っていた。
AMOは「暫定第5根源種」という、斬新且つ大胆な新たな試みをしたものの、中身は第4根源種と何ら変わらない事に、民衆は組織に不満をぶつけていく。
非情な選民意識と、窮屈過ぎる階級制度について行けず、タリカへ移行する人間も年々増加していった。
今までの求心力を失う事に、組織は異様な程、恐れを感じていた。
タリカでは、人は平等と説きながらも、血統主義に拘る上層部に、不満を持つ者も出てきた。
世襲よりも、個人の能力で指導者を選定すべきだと。
だが、それでは民心を一気に掴む為には、役が大き過ぎたようだった。
実績も過去の栄光もないただの人間を、人はそう簡単に信用するものではない。
『初代イマームンの血統』と言う、肩書きを祀り上げる事の方が、手っ取り早く結果は出てくる。
そのカリスマ性は、律法主義者や学者達が、喉から手が出る程の羨望でもあった。
『誰もがイマームンになれる!』
そう.律法主義者は民衆に説いて回り、民衆蜂起と殉教を促しても、強引なやり口に叩かれる事もしばしばあった。
『奪ってでも、イマームンを作る必要がある』
タリカのウラマーは、こう確信した。
数で劣勢になりがちなタリカは、強行手段に打って出た。
「民族繁栄の為、教義又は伝わる神話等でっちあげる事も辞さない。他の宗教・思想を横取りしてでも、意図的同化を企ててみせる」と。
タリカに伝わるイマームン伝説に『イマームンがルジューウ(再臨)すると同時に、新天体期が始まる』と、言われている。
そして、1人男が空を見上げている。
男は常にそこにいた。
いつも、同じ台詞ばかり吐いていた。
「ここはいつも空が暗いなぁ」
そこは毎日のように、雨が降っていた。
タールのようなどす黒い粒が、体に滴りながらも、男はその場から立とうとはしなかった。
崩れ落ちた壁の残骸にそっと身を預け、身を丸くしながら、ずっと空を見ていた。
(何やってんだろ…俺)
「なーにも、ないなぁ。あるのは死体の山だけだぁ〜」
雨はどんどん強くなり、目も開けるのも困難になってきた。
「…つか?噂の…」
「…い、そのようで…」
「⁉︎」
突然、人の声がした。
瞬時にハンドガンとナイフに手がいく
(……あ、いいや、べつに)
臨戦態勢で、固くした身の緊張もすぐに解いた。
ここはどこで、何の為に人を切り裂くのか?
その理由も分からない。
物心ついた時から、ずっと人を殺めてきた。
昼夜関係なく、老若男女問わず、ただ目の前の障害をなぎ倒すように…。
でも、そんな現実も疲れてしまった。
何故なら、もう自分以外、敵も味方も死んでしまったからだった。
(タバコ、濡れて吸えないなぁ)
濡れたタバコを咥えながら、近づく足音の方に顔を向けた。
身なりのいい初老の紳士を先頭に、傘を差し出す者、鞄を持つ者、連れ立って4.5人が近づいてきた。
(高そうなコートだ、ここに何しに来たんだ?俺を殺りにきたとか?…ま、それでもいいか)
「ガッ」
足音は目の前で止まった。
舗装されていない泥水の中を歩いても、紳士の靴は汚れを弾いていく。
自分との大きな差にも、何も感じない。
「何?あんた、タバコ持ってる?」
「これだけの人数、1人でやったのか?えらく若い男じゃないか」
「1人で…うーん、確かに最後は1人だな、ね、タバコ持ってる?」
紳士は死骸の山を目にして、ある種嬉しそうに見えた。
もう、敵も味方も区別はつかない。
「ころがってると、邪魔だしね。それに、いざって時は盾になるし、何かと便利なんだ。ね、タバコ持ってる?濡れて火が付かないんだ」
紳士は後ろに控えている男に、首で合図を送った。
控えの者は小さく頷き、タバコに火をつけ、咥えさせてもくれた。
「ふーッ、やっぱりいいよね、仕事の後の一服は。ありがとでした」
タバコをくれた控えの者が、傘まで差してくれていた。
初めて濡れず、タバコを最後まで吸えそうで、自分まで偉くなった気がした。
ぺこりと、軽く会釈をする。
(もう、思い残す事はないな…)
敢えて言うなら、何年も見ていない、晴れた空をもう一度見てみたかった…。
「若いのに、いい腕をしている。年は16、18か?もうここでの仕事はない。どうだろう?私の元に来る気はないか?」
「…あんたの元に?何で?」
「君の腕が必要なんだ。 私の元で、その力を存分に発揮してみないか?君には、不自由のない生活を保障しよう」
「………いいよ、やる事ないし、どうせ、死のうと思ってたし。拾ってくれるなら、それはそれで有難いからさ」
差し伸べられた手を、迷わず取って、立ち上がった。
紳士は思ったよりも小柄だったが、力強い手をしていた。
武器や銃を握った事のある手だと、瞬時に悟った。
「背も体格もいい、それに男前だ。やはり君で正解だった。ここまで来た甲斐があったよ」
「…俺、何すればいいの?」
「後でゆっくり話そうじゃないか」
「うーん…、でも一応、教えてくんない?出来ない事もあるかもだしさぁ」
「…そうかい?じゃ、率直に言おう。君にイマームンの後継者を殺って欲しい、保名君」
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