第5話
「それじゃあ、歩きながら話しましょうか」
全員が武装を解いたのを確認してカーミラは歩き出した。
「ちょと、どこ行くのよ?」
そのまま話が始まると思っていたエクス達が慌てて追いかける。
「私が今あの子と住んでいる屋敷よ」
「その“あの子”がカオステラーって事ですか?」
シェインの問いにカーミラは無言で頷く。
「ローラ嬢といったか、私の運命の書にもその名が記されているな」
ローラは本来この想区の『主役』を務める人物である。
身近に歳の近い子供が居なかったローラは偶然にカーミラと出会い、吸血鬼だと知らずに仲良くなる。
だがカーミラに魅入られるということはその標的になるという事であり、ある日を境にローラは次第に弱っていく。
最後はヴォルデンベルグがカーミラを倒して事なきを得るというのが本来の運命である。
「でもどうしてそのローラっていう子がカオステラーだと思ったの?」
カーミラやヴォルデンベルグが違うのであれば、『主役』のローラを疑うところまでは理解出来る。
しかしエクスは、直接会っていない相手にそういった決めつけで動くような事はしたくなかった。
「以前あの子が言っていた事が有るのよ。これから起こるイヤな事や怖い事は全部夢だったら良いのにって」
「なるほどな。でもそれだけじゃ弱いぜ?」
この世界では怪我や病気などのアクシデントや親しい人との別離なども、全て決められたストーリーに沿ってやって来る。
それを避けたいと思う心は確かにカオステラーに取り込まれやすい物ではあるが、それだけで断定は出来ない。
「それに今日は、使用人達が私の部屋の近くで幽霊が飛んでいくのを見たって噂しているのを聞いたのよ」
「正しく貴様の事だろう? それがどう繋がるのだ?」
ヴォルデンベルグは話の続きを促すように言った。
まだ警戒はしているが、無闇に戦うつもりはもう無いらしい。
「あの子も近くの村で悪い事が起こっているのもみんなその幽霊のせいよって、そう言っていたの」
「そうだったら良いと思っていたんだね」
病の原因が不明なので、近くで異様な事が起こればそれと結び付けて考えるのは不自然ではない。
「それにヴィランだったかしら? 実際、あれが出てくるのも決まって村に近付いていたときだったしょう?」
「そういえば村に着くまでは平和なもんだったのに、そっからは戦ってばっかだったな」
途中に休憩を挟んで数時間歩いてきたが、それまでエクス達はヴィランに遭遇しなかった。
「私もあの道で見るまで化け物共とは出会わなかったな」
「村から少し離れた所で会ったなら私を追っていたヤツかもね」
確かにヴォルデンベルグと最初に会ったときは、カーミラの人影を追いかけていたときだった。
「つまり、あの子は私を村に近づけたくないのよ。私が居なくても村でおかしな事が起これば、私が疑われる事も無くなると思っているのね」
初めにヴィランを倒して村の中調べたときと、再び村に戻って来たときからまた現れたときの時間の差はこれで説明出来る。
「でもそれって、ローラさんは貴女の事疑ってますよね?」
嬉しそうに思い出し笑いを浮かべながら語るカーミラにシェインがツッコミを入れた。
「ええ、そうなるわね」
二人の関係に結構突っ込んだ質問であるが、カーミラは特に気にした様子もなく答える。
「あとそこまでお前を生かそうとしてるのに、おっさんを起こしてるのも変じゃないか?」
一行の視線がヴォルデンベルグに集まる。
カーミラを疑いから遠ざけつつ、カーミラを殺す存在が近付く事を許している。
その
「そんな事はどうだって良いのよ。だってあの子は疑いながらも、私と一緒に居たいと思ってくれているんですもの」
カーミラの語り口に徐々に熱がこもっていく。
「あぁっ! 愛しいローラ。貴女は私のモノ。貴女の全てを手に入れて、私たちは一つのモノになるのよ!」
その熱が弾けたようにカーミラが叫び出す。
昂りを表すように背中に羽が現れて、バサバサと暴れていた。
「吸血鬼め……」
「気持ちはわかるが今はやめてくれよ」
腰の杖に手を伸ばしかけたヴォルデンベルグをタオが制止する。
「ふんっ」
ヴォルデンベルグはその手を振り払った。
一同に気まずい空気が流れる。
「そうか、僕もわかったような気がするよ」
とここで空気を変えるようにエクスが言った。
「カオステラーになったのは正確にはローラじゃないよ」
「え!? じゃあ、誰なの?」
話を聞いていて、ローラがカオステラーだと思っていたレイナが驚いた声を上げる。
「夢だよ。ドン・キホーテの想区の風車の巨人やアリスの想区のジャバウォックと同じで、ローラの見ている夢がカオステラーになったんだよ」
主要な登場人物と深く結びついた物であれば、伝承や妄想の中の存在もカオステラーとして実体を持つ事がある。
カーミラの話を聞いたエクスは、本人よりも夢の中の幽霊がカオステラーになったと考えた方が納得のいく事の方が多い。
「なるほど。ずっと時間が進まないのも、みんな眠っていたのも、夜はそういう物だからって事ね」
エクスの考えを察してレイナが言った。
「そうか、吸血鬼だけじゃなくて幽霊も夜の方が都合が良いもんな」
「ところでタオ兄は幽霊が怖くないんですか?」
実は恐がりであるタオをシェインがからかう。
「幽霊でもカオステラーなんだろ? だったらいつも通り倒してお嬢に調律して貰えば良い話だからな」
しかしタオが怖がるのは実体がよくわからない存在であり、殴って終わりのカオステラーは恐怖の対象ではないのだ。
「つまりあの子は、私をかばうために別の犯人を仕立て上げたのね」
興奮が収まったのか、いつの間にかカーミラの背中の羽は消えていた。
「ならば私はその代役を倒すための存在だった訳か。我が家の因縁も安く見積もられたものだな」
確かにこれならばヴォルデンベルグがここにいる理由も説明がつく。
「どうやら間違いなさそうね。みんな急ぐわよ」
改めて倒すべき相手を確認してレイナが気合いを入れた。
「しかしアレですね。最初に人と会ってからこっち、ずっと引き返してますね」
しばらく歩いた後、シェインがぽつりとつぶやいた。
「どういう意味よ?」
道の話題が出てレイナがすぐに反応する。
特に誰がどうこうと言われてもいないのにこうやって言いかえしてしまっては、意識していると言っているようなものである。
「いえ、さすが姉御クオリティーだなと」
「言っておくけど、今回は迷ってないんだからね!」
確かにたまたま月が動かなかったおかげでまっすぐ進み、その後は発見した道に沿って行動してきたので迷ってた訳ではない。
「私と会う前にあなた達がいくら迷っていようとどうでも良いのだけど、屋敷はこの丘を越えてすぐの所よ」
ちょうど丘にさしかかった所でカーミラが言った。
「この丘は見覚えがあるな。多分最初に想区に出たのがあの辺りだったはずだ」
タオが道から外れた丘の中腹辺りを指さす。
「僕たち実はカオステラーのすぐ近くに出てたんだね」
「もう、何よみんなして。手がかりが無かったんだから仕方ないでしょ!?」
大きな声を出して誤魔化そうとするレイナの顔は真っ赤に染まっていた。
「うわぁー、大きな屋敷ですね」
丘の頂上に登ると、今カーミラが住んでいるというカーンシュタイン家の屋敷が見えた。
堅牢なそうな石造りで、屋敷というより城という方がしっくりくるような雰囲気の建物である。
「幽霊を見たっていう噂があったのはあの木の辺りらしいわ」
大きな窓の下に、一本だけ屋敷を木が生えている。
幽霊のカオステラーが現れるとすればあそこだろう。
「いかにも何か出そうな所だな」
つぶやいたタオの声は少し震えていた。
「いや出てきてくれなきゃ困るんですよ。幽霊退治に来たんですから」
「幽霊じゃなくて、カオステラーね」
シェインのツッコミをレイナが訂正する。
レイナもお化けや幽霊が苦手であった。
「怖がらなくても大丈夫みたいだよ。みんな見慣れてるヤツらばっかりだから」
木の下からヴィラン達が湧き出して来た。
「おう、メガヴィランまで居やがるな。みんな行くぞ!」
急に元気を取り戻したタオのかけ声でエクス達は空白の書と導きの書を取り出し、ヒーローの魂と接続した。
「………………」
「ウオォオオオオオンッ!」
まず現れたのは、いつも通りのゴーストヴィランと大型の一匹を先頭にしたワーウルフの集団である。
「コイツ等、何で急に出てきたんだろう?」
ジャックに接続したエクスがワーウルフを斬り伏せながら言った。
「さっき、弱ってる人には針で刺されたような痕ができるって話してたでしょう。多分それを聞いてたんじゃないかしら?」
カーミラも走ってきた勢いのまま飛びかかってくるワーウルフを、逆に大剣で蹴散らしながら答える。
「いや、アレに噛まれたら針の痕どころじゃないでしょう?」
ツッコミを入れたシェインも、今はカーミラの姿をしている。
ワーウルフには斬撃が有効なので、自然とこの三人で担当する事になっていた。
「それじゃあ幽霊だからゴーストヴィランっていうのもかなり安直だよな」
「そんなのはどうでも良いでしょ。数が多いんだから集中しなさい」
「レイナ嬢の言う通りだな。無駄口を叩いている場合ではない」
ゴーストヴィランの方はシェリーに接続したレイナをタオとヴォルデンベルグが援護していた。
「っと……どうやらそうみたいだな」
剣で足止めされている内に魔法のゴーストヴィランに回り込まれていたレイナを、ジル・ド・レからハインリヒに切り替えたタオがで楯カバーする。
同じ数でもこちらと同じく前衛と後衛に役割が分かれたゴーストヴィランの方が厄介なようだ。
「シェイン、こっちはどうにかするから向こうに回って」
「了解です」
シェインが栞を裏返しラーラに変身する。
エクスも同じようにもう一方はアランであったが、より魔法使いが得意なシェインに任せる。
「だからお前の相手は僕だぁっ!」
エクスはシェインが相手をしていた一団に向かって必殺技を放った。
「ウォォォオォォォン!」
前にいた二匹を塵に変え、斬撃がボスワーウルフに向かって飛んでいく。
さすがにボスワーウルフは一撃では倒せず、傷を負いながらもエクスに突進して来た。
凄まじい速さで鋭い爪が迫る。
「く、あぁっ……」
必殺技を放った後で無防備になっていたエクスはかろうじてナイフで受け止めるが、勢いは殺しきれずに吹き飛ばされてしまう。
「ウォオオオン!」
「うわっと」
起き上がる瞬間を狙って繰り出された攻撃をなんとか後ろに飛び退いてかわす。
「行くぞっ、はああぁっ!」
今度はこちらが攻撃の後で態勢を崩したところを突く番だ。
ナイフの連続攻撃で一気に畳み掛ける。
「やあっ!!」
最後に思い切り振り上げた一撃を浴びせると、ボスワーウルフは吹っ飛んでいって消えた。
「エクス、大丈夫だった?」
アリスに変わったレイナが駆け付けてきた。
どうやらエクスが相手をしていたワーウルフが最後だったらしい。
「次、来たわよ」
しかし一息つく間も無く第二波がやってきた。
「いよいよメガヴィランの本格登場だな」
腕が鳴るとばかりにタオはジル・ド・レの顔でニヤリと口角を吊り上げる。
「しかしドラゴンとは、いよいよ何でも有りになってきましたね」
現れたのは一番奥のドラゴンとその前に剣を持った大型のゴーストヴィランGが二体、さらに最前列には先ほどエクスがやっと倒した大型ワーウルフが三体壁を作るように立っていた。
「注意してっ! 大きくなった分体力で押し切られるわよ」
「だったら、こっちも初っぱなから押し切ってやるぜ!」
タオが杖の先から雷の力を宿した必殺の魔弾を放つ。
「ウオォオオオオオン……!」
雷はワーウルフに当たった後もなお直進し、その後ろのゴーストヴィランGを巻き込んで吹き飛ばす。
「まだまだ行きますよ!」
それに合わせて接続をカーミラに切り替えていたシェインが二体まとめて斬りつける。
「エクス、行って」
「わかった。うおおぉ!」
ワーウルフの壁にできた穴を駆け抜け、エクスはドラゴンに向かっていく。
そのタイミングを見計らったようにドラゴンは口から火球を吐き出した。
「はっ!?」
サイドステップで回避したエクスのすぐ横を火球が通り抜けていく。
それだけで顔がチリチリと焼けるような感覚が襲ってきた。
「きゃあああぁっ!!」
すぐ後ろでレイナの悲鳴が聞こえた。
「レイナっ!?」
振り向くと火球が立てた火柱に巻き上げられ、小柄なアリスの体のレイナが遠くまで吹き飛ばされていた。
「私は大丈夫……だから、ドラゴンを、お願い……」
「………………」
よろめきながら立ち上がるレイナに、ゴーストヴィランGの刃が音もなく迫る。
「させんっ!」
それをヴォルデンベルグが後ろから狙い撃って、攻撃を阻止した。
「レイナ嬢はフォローは任せとろ!」
「はいっ!」
ヴォルデンベルグの言葉を信じ、エクスは再びドラゴンと対峙する。
「やっ! たあぁっ! どうした、こっちだぞ! はあああっ!」
左右に細かく移動し、ドラゴンの注意を引きつけながら確実にダメージを与えていく。
今のエクスの力では一気にドラゴンを倒すことはできないので、これ以上味方に火球を喰らわせないための綱渡りのような時間が続く。
一方でレイナとヴォルデンベルグは後ろに下がって体勢を整えていた。
「はっ……散りなさい!」
一時的にカーミラが三体のメガヴィランを受け持ってそれを支える。
「まだ戦えるか?」
「ええ、大丈夫よ」
カーミラが止めきれなくなったワーウルフが二人めがけて飛びかかってくる。
「は、やあっ!」
レイナは気力を振り絞って剣で迎え撃つ。
そしてワーウルフがよろめいたわずかな隙で接続を切り替えた。
いつもより強い光がレイナを包み、切り替わって現れたシェリーと同時に魂で繋がっているアリスの傷も癒えていく。
「これでまだまだ行けるわ」
魔導書から魔力が立ち上がり、ワーウルフにとどめをさした。
「一気に減らすぞ。朽ち果てよ!」
数の均衡が崩れたので、一気に畳みかけるべくヴォルデンベルグが必殺技を放つ。
ゴーストヴィランに弱点である魔法の杭が降り注ぐ。
「よし」
倒した事を確信して、ヴォルデンベルグが次のワーウルフに杖を向ける。
「………………」
しかしゴーストヴィランは倒れておらず、完全に意識の外に置いていたヴォルデンベルグの後ろに回り込んでいた。
そこにカーミラが剣を振り上げて飛びかかる。
「なっ!?」
思わず目を閉じ、手を顔の前にやって防御の姿勢を取るヴォルデンベルグ。
「はあぁっ!」
カーミラの一撃を受けてゴーストヴィランGは消えていった。
「油断しないで。次も助けられるとは限らないわよ」
「あ、あぁ……すまん。助かった」
カーミラに助けられた事がよほど意外だったのか、ヴォルデンベルグは呆然となっていた。
「坊主、大丈夫か?」
「まだやられてませんね?」
ヴィランを倒した仲間達が続々とドラゴンと戦うエクスの元にやってくる。
「はぁはぁ……何とか、あとちょっとまで削ったよ」
何度か噛み付き攻撃を受けたらしく、エクスは肩で息をしていた。
しかしドラゴンも同じように体中に斬りつけられた痕が残っており、満身創痍の様子である。
「あとは任せて、エクスは一度下がってちょうだい」
「奴もかなり弱っている。一気に倒すぞ」
ヴォルデンベルグの号令に合わせて全員で集中攻撃を仕掛ける。
ドラゴンは断末魔をあげる間もなく、崩れ落ちるように消えていった。
そしていよいよ噂されている木の下にカオステラーが姿を現した。
「タオシテ……私ガ……ヤッタノ……」
宙に浮かぶローブを纏った案山子のような姿はメガファントムと同じであるが、無言で浮かぶ普通のとは違い片言ながら言葉を発している。
「悪夢のカオステラーだから……カオスナイトメアかな」
エクスがあまりに安直な名前を付けた。
「倒してほしいって言ってるクセにえらいガチガチに守られてますね」
カオステラーの前にはナイトヴィランが二列になって待ち構えていた。
特に最前列のナイトヴィランは楯と槌を構えた重武装型である。
「産み出したローラは倒させるつもりでも、カオステラー自身はやられたくないでしょうからね」
「なんかややこしいヤツだな」
葛藤から産み出されたカオステラーも、同じように葛藤を抱えて居る。
今までに見た以上に不思議な存在だった。
「どちらにせよやる事は一つでしょう?」
カーミラがぶんっと鈍い音をさせて大剣を構える。
「そうね。行くわよ!」
レイナが必殺技を放つと同時に最後の戦闘が始まった。
「たぁっ! くそ……防御力が下がってもこれじゃあ……」
ジャックの体力が限界だったのでアランに切り替えたエクスは苦戦を強いられていた。
楯で受けられると、魔法のダメージはかなり軽減されてしまうのだ。
「ここまで手応えが無くなるか……」
切り替えが出来ないウォルデンベルグも同じように決定的なダメージを与えられずにいた。
そんな中でナイトヴィランに有効なダメージを与えられるのは、重量のある剣を使うカーミラとシェインだけである。
「マズいですね。かなり押されてますよ」
「そうね。でも人の心配をしてる余裕は無いんじゃない?」
攻撃がまともに通るといっても簡単に蹴散らせる程ではない。
エクス達は徐々に押し込まれていた。
「仕方あるまい……朽ち果てよ!」
状況を打開するためにヴォルデンベルグが必殺技を放つ。
固まって攻撃してきたナイトヴィラン全体に魔法の杭が降り注ぐ。
一網打尽とはいかないが全体にかなりのダメージを与える事が出来た。
「はああぁ、えいっ! よし、行けるわ」
必殺技を浴びせたおかげで、エクスやレイナたちの通常攻撃でもナイトヴィランを倒す事が出来るようになっていた。
徐々に数を減らし、壁にぽこぽこと穴が空いていく。
「ようやく一発ぶちかましてやれるな、カオステラー」
タオはまだ残っているナイトヴィランの横を突っ切って、カオスナイトメアのめがけて走り出した。
「私ヲ……タオシテ……」
カオスナイトメアの言葉とは裏腹に、再び湧き出た楯持ちのナイトヴィランがタオの行く手を阻む。
「ったく、言ってる事とやってる事が合ってないって言うんだよ……ぐはっ」
カオスナイトメアから放たれた魔法がタオに直撃する。
現れたイトヴィランをさっさと倒そうと気が急いて、その先のカオスナイトメアまで意識が回らなかったのだ。
「くっ、やべえ……」
「甘いわっ! はぁぁぁ、えいっ!」
しかし追撃をしようとしたナイトヴィランは目の前で霧散していった。
後を追いかけてきたレイナが、そのまま走り抜けナイトヴィランの背後に回り込んで斬りつけたのだ。
背中を取ってしまえば楯を持っていようが関係なくダメージを与えることができる。
「すまん。助けられたなお嬢」
「焦らないで。まずはコイツ等を片付けるわよ」
レイナの言葉に頷いてタオは立ち上がる。
「坊主、シェイン、そっちを引きつけておいてくれ」
「合点です」
「わかった」
タオとレイナはエクスとシェインに正面を任せ、ナイトヴィランを挟撃する。
仮に振り向かれたとしてもこれなら確実にどちらかが背後を取る事ができるのだ。
タオ・ファミリーの四人と入れ違いにカーミラとヴォルデンベルグの二人が前に出た。
「私ガ……ゼンブ、ワルイノ……」
カーミラは言いながら放たれる魔法をスッと横に逸れて躱す。
「ここまであからさまに嘘で庇われると、気分が悪いわね」
カオスナイトメアと直接対峙して、カーミラはクレイモアを構え直す。
「ローラ嬢の好意に震えるほど感動していたのではなかったか?」
「私が好きなのはあの子だもの。こんな出来損ないの幽霊ではないわ」
煩わしい虫を見るような冷たい視線でカオスナイトメアを見据える。
「私も我が家の因縁をあの様な代用品で果たせると思うのは甚だ不快だ。我が家の魔法は貴様という吸血鬼を倒すために磨かれた物だからな!」
ヴォルデンベルグの杖の先から魔法が迸る。
「タオシテ、私ヲ……私ヲ……」
「言われなくてもそうしてあげるわよ」
同時にカーミラも己の身の丈ほどもある大剣を真上に掲げ、叩き付けるように振り下ろした。
「タオシテ……タオシテ……」
「うぅっ!」
カオスナイトメアが地面に手をかざすと、魔法の柱が立ち上りカーミラを吹き飛ばした。
「私ガ、ワルイノ……私ガ……私ヲ……」
そこにタオ・ファミリーが倒したのと入れ替わりでまたナイトヴィランが現れる。
「ええいっ! キリがない……」
「こっちは引き受けるわ。あの子も思惑としてもこれを倒すのは貴方の役割でしょう?」
カーミラは標的を新たなナイトヴィランに変えて斬りかかっていく。
「そのような役目、負った覚えは無いのだがなっ!」
だが武器の役割的にそれが自然な分担だった。
ナイトヴィランの壁を崩すために必殺技を連発してしまったが、それを倒した事で再び気力は満ちている。
「タオシテ……私ヲ、タオシテ……」
「朽ち果てよっ!」
カオスナイトメアが魔弾を連発したのと同時に、ヴォルデンベルグも最後の気力を振り絞って必殺技を放つ。
「私ヲ……タオシ、イヤ……死ヌタメニ……ウマレタナンテ……イヤァァァッ!!」
魔法の杭にその身を焼かれながら、カオスナイトメアは最期に初めてローラではなく自身の望みを口にした。
その声を断末魔に、体が崩れて塵となっていく。
元が想像の存在であるカオスナイトメアには本来の姿に戻るべ実体が存在しないのだ。
「やったのね」
カオスナイトメアが倒されると同時に、残っていたナイトヴィランも消滅した。
お互いに武器を下ろしてカーミラとヴォルデンベルグが向かい合う。
「カーミラ、我々はこうやって互いの手を取る事ができたのだ。このまま……」
「勘違いしないで。今回はたまたま倒すべき相手が同じだっただけよ」
歩み寄ろうとしたヴォルデンベルグの言葉を遮り、カーミラがその可能性を否定する。
「残念だけど、『調律』で運命が元に戻ればこのカオステラーで運命が歪められていた間の記憶は無くなってしまうわ」
歩いてきたレイナも首を横に振る。
「それにもし私を野放しにすれば、こんな事を起こしてまで私と一緒に居たいと願ってくれたあの子を殺してしまもの……」
屋敷のローラの部屋を見つめてカーミラがつぶやく。
「もちろんそれも素敵だと思うのだけど、あの子には生きていて欲しいと思う気持ちもあるのよ」
ふっ、と自嘲するように寂しげに笑う。
「カーミラ、君は……」
エクスはカーミラに声をかけようとしたが、何を言って良いのかわからなかった。
「始めるわよ」
レイナはうつむいてしまったエクスの肩に手を置いて、自分の空白の書を開いた。
『混沌の渦に呑まれし語り部よ』
『我が言葉によりて、ここに調律を開始せし……』
レイナの空白の書から魔法陣が浮かび上がり、光の粒子が登っていく。
それは光の蝶が飛び立っていくようにも見えた。
全てが終わった後、エクス達四人は村に続く道を歩いていた。
空は少し青みが増し、これから朝焼けを迎えようとしている。
「今回は何かややこしい想区だったなぁ。結局村の熱病っていうのは何だったんだ?」
「さあ? でもわからないままで良いんですよ。運命の書にも書いてない事なんですから」
タオの疑問にシェインが答える。
「運命の書にも書かれてない事か……」
そのやり取りを見てエクスがぽつりとつぶやいた。
ストーリーテラーに役を割り当てられた『登場人物』の人生にも決まっていない空白がある。
なら空白の自分はどうなのだろう?
エクスはレイナ達と会う前に抱いていた疑問を思い出した。
「エクス、どうしたの? はぐれるわよ」
「そうですよ。迷子は姉御だけにしてください」
「なっ!? だから私もそんなにいつも迷ってなんかないわよ」
レイナとシェインがいつものじゃれ合いを始める。
「うん、今行くよ」
エクスは仲間の元に駆けだして、沈黙の霧の中に飛び込んでいった。
グリムノーツ 夢幻の月~カーミラ~ 古素浪劣 @full_throttle
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