第4話

 近付いてくるにつれてぼんやりとしていた人影がはっきりと見えるようになってきた。

 黒いドレスを纏った華奢な少女である。

 銀色の髪が月の光に照らされて、淡く輝いているようにも見える。 

 カーミラが丸腰であるのを見てシェインは接続を解除した。

「おい、シェイン!?」

 戸惑うタオをよそにエクスとレイナもそれに続く。

「おい、お嬢に坊主まで……」

「まだ敵と決まった訳ではないわ」

 エクスも力強く頷く。

「それに挨拶するならきちんと顔を見せないとね」

「ったく、わかったよ」

 やけくそ気味にタオは栞を引き抜いた。

 そしてカーミラはいよいよ村の中にやってくる。

「貴様がカーミラか」

「そうだけど、あなた達とは初対面よね?」

 いきなり名前を呼ばれてカーミラは首を傾げる。

「ええ。私達が一方的に知っているだけだわ。私はレイナよ」

 無闇に敵対する意志は無いと示すため、すぐにレイナが名乗った。

「そう、レイナね」

 心当たりを探るようにカーミラがレイナの名前を繰り返す。

「俺はタオ。こっちはシェインだ」

「よろしくね、シェイン」

 続いて名乗ったタオは無視し、直接喋っていないシェインに向けて挨拶を返す。

「僕はエクスです」

 こうなってくると予想もついたが、エクスの挨拶には見向きもしなかった。

「ヴォルデンベルグだ」

 しかし男の中で唯一ヴォルデンベルグが名乗ったときだけ他とは違う反応を見せた。

「ヴォルデンベルグ、覚えがある名前はそれだけね。それも出会うのはもう少し先だったはずだけど……」

 カーミラは唇に指を当て、エクス達四人に疑わしげな視線を向ける。

「貴女は今この状況が運命の書から外れている事に気がついているのね?」

「ええ。だけどあなた達はどうしてそんな事を知っているのかしら?」

 レイナの言葉にカーミラが警戒を強めた。

 他人の運命の書の中身は他人が読むことができない。

 にも関わらず運命の書から外れてしまっている状況で、それを認識している集団が現れれば警戒するのは当然である。

「ひょっとしてあの訳のわからない化け物達をけしかけたのはあなた達? そして今度はその男を使って私を殺すつもりなのかしら?」

 背中にコウモリの羽を生やし、カーミラが臨戦態勢を取った。

「確かにその男は私を殺すのでしょう。でもそれは今日じゃないわ!」

 その手には虚空から呼び出した身の丈程もある巨大な剣が握られている。

「待って!」

 今にも斬りかかろうというカーミラの前に、エクスはそのままの姿で飛び出した。

「エクス!?」

「新入りさん……」

 予想外のエクスの行動に仲間達は、名前を呼ぶ以外何も出来ない。

 ヒーローの魂に接続していない状態であの大剣の一撃を受ければ一溜まりもない。

「僕たちはヴィラン――さっきの怪物達と戦ってるんだ。だから運命の書からズレてるのも外側から見る事が出来るんだよ」

 だがエクスはそんな心配は無いと確信していた。

 自分が接続して事は無いが、カーミラの魂が混ざっている状態のシェインを知っているからだ。

 エクスがジャックの魂から勇気を貰っているように、接続したヒーローからは少なからず影響を受ける。

 カーミラと接続したシェインは決して無闇に人を傷つけるような狂気を感じさせはしなかった。

 それは目の前の本人も同じである。

「……よく分からないけど、嘘をついてはないようね」

 背中の羽は残したままカーミラは大剣を虚空に消した。

「どういう事だ?」

「どうも俺達は間違ってたらしいぜ。コイツはカオステラーじゃない」

 状況が飲み込めていないヴォルデンベルグにタオが答える。

 カーミラは自分がヴォルデンベルグに殺される事を知った上でそれを受け入れていた。

 カオステラーに取り憑かれた登場人物にそんな事が言える訳が無い。

「カオステラー? それは何かしら?」

 今度はカーミラが質問を投げかけてくる。

「簡単に言うとあの怪物達の親玉ですよ。この終わらない夜の原因でもあります」

「なるほどね」

 シェインのざっくりとした説明がちょうど良かったのか、カーミラは羽を消して話を聞く意思を見せる。

 そしてレイナは、カオステラーとその危険性についてカーミラに話した。

「それでさっきの話だけど、時間が止まったみたいに夜が続いているのには気付いていたの?」

「私は夜になるとこの村に来る事になっているんだけど、化け物達に追い払われたり、追って行く内に引き離されてしまったり。そんな事を繰り返していたら嫌でも気が付くわ」

 カーミラはもう二十回近く村で戦ったりしていたらしい。

「しかしどうしてそんなにしてまでこの村に来るんだ?」

 さっきの戦いの後確認した限りでは、特に何があるような村でもなかった。

「村の娘を襲って血を吸っていたのだろう?」

 ヴォルデンベルグが射抜くような視線を向けている。

 カオステラーではなかったとしても、彼にとってカーミラは倒すべき吸血鬼である事は変わりないのだ。

「いいえ、私はそんな事しないわ。運命の書にあるのは、屋敷を抜け出して村に来る所までだもの」

「そのような話が信じられるか! 私は若い女性が熱病に冒されている噂を聞いてここに辿り着いたのだぞ」

 更なる証拠としてヴォルデンベルグは噂の内容を語る。

「熱病に冒された女性にはみな針で刺されたような痕が二つがあり、夜中寝ているときに人の気配を感じるという。これが貴様の仕業でなくて何なのだ?」

「それはまたなんつーか……」

 吸血鬼を知っていたら当然その存在が思い当たるような話である。

「確かにこれまでの“カーミラ”はやっていたかも知れないわね。だけど“私”がそうするとは限らない」

 詰め寄るヴォルデンベルグに、カーミラは淡々と答える。

「詭弁を! そんな物はいくらでも言い逃れ出来よう。他人の運命の書の中身を知る事は不可能なのだからな」

 ヴォルデンベルグも頑として己の主張を曲げない。

 目の前にいる吸血鬼の少女は先祖から引き継いだ因縁の相手であると同時に、倒さねばならない絶対悪であってほしいのであろう。

 だがカーミラがカオステラーではないとわかった以上、この熱病の犯人探しは無意味である。

「おっさん、悪いんだが……」

「待って、最後までやろう」

 話を打ち切ろうとするタオの肩に手を置いて、エクスは一歩前へ出る。

「僕は、カーミラの事信じて良いと思います」

 このままヴォルデンベルグが納得しないと、カーミラとの戦いに発展しかねない。

 それでどちらかが負けて最悪命を落とす事になっても、レイナの調律では元に戻すことはできない。

 だからここは、 ヴォルデンベルグが納得するまで話さないといけない場面なのだ。

「少年、なぜ吸血鬼の味方をする?」

「私も聞きたいわ。自分で言っておいてなんだけど、私の言っている事はかなり怪しいはずでしょう?」

 ヴォルデンベルグはおろかカーミラからも不思議そうな視線を向けてくる。

「話が怪しいからです」

 エクスの言葉を聞いて、さらに二人が訝しむような顔になった。

「カーミラが始めから言い逃れをするつもりだったら、もっと筋道が通った事を言っていると思うんだ。でもそうじゃないって事は、カーミラの運命の書には本当に村に来る事までしか書いていないんじゃないかな?」

「むう……」

 納得できる部分もあったようで、ヴォルデンベルグは腕を組んでうなり声を上げた。

「シェインもカーミラはやってないと思いますよ。だってこの人、殺される事自体は受け入れてるでしょう? タイミングが合ってれば殺されるって言うのに、いまさら嘘なんてつきませんよ」

 さっき剣を取り出したときも、自分が殺されるのは今じゃないと言っていた。

 カーミラが抵抗しようとしたのは殺される事ではなく、運命の書の記述よりも早く死ぬことだったのだ。

「ふふっ、よく見てくれているのね。貴女とは良いお友達になれそう」

 冗談めかした口調ではあったが、カーミラの目は妖しくシェインを見つめていた。

「まあ、あなたの事はそれなりに知ってますから。一方的にですけど」

「その話もいつか聞いてみたいわね」

 カーミラは、ふふっと今度は本当に愉快そうに笑った。

「ではこの村の熱病騒ぎは何なのだ?」

 その問いに答えられる者はどこにもいない。

 けれど最初に口を開いたのはカーミラだった。

「右手と左手、どっちでコップを持っていようと水がこぼれると書かれた運命からは逃れられない。私たちの運命の書ってそういう物でしょう?」

「そうね。それは間違いないわ」

 酷な話だが、レイナの調律した後にもこの村では原因不明の熱病で女性が死に、ヴォルデンベルグがやってくるのはその後になる事はストーリーテラーによって定められている。

 それこそカーミラが血を吸っていたのか否かに関係なく。

「そうか。つまり君達はカオステラーが怪物共を使って運命をねじ曲げていない以上、村の人々は助けられんと言うのだな?」

 ヴォルデンベルグの責めるような視線が、今度はエクス達に向けられる。

 レイナは静かにそれを受け止め、タオはバツが悪そうに頭を掻き、シェインは表情を隠すように目を閉じている。

 エクスも思わず目を背けて拳を握っていた。

 彼らだって決して好きで見捨てる訳ではないのだ。

 一方カーミラはヴォルデンベルグの言葉で何かに気が付いたらしく、一瞬はっと目を見開いたかと思うと突然笑い出した。

「あははははっ、そういう事だったのね。あぁ……私はなんて幸せなカーミラなのかしら……」

 両手で自分を抱き締めるようにしてぷるぷると身体を震わせている。

「おいおい、突然どうしちまったんだよ?」

 急に様子が変わったカーミラからタオがさり気無く遠ざかる。

「あなた達が言うカオステラーの正体がわかったのよ」

 聞かれれば言葉は返ってくるものの、その目はうっとりと虚空を見つめていた。

「マジかよ!? 一体誰なんだ?」

「おっと、答えを聞くのは後になりそうですよ」

 シェインがそう言って空白の書を取り出して見せる。

「ゴーストヴィラン!? いつの間に」

 いつの間にかゴーストヴィランが復活していた。

「………………」

 物言わぬ影が再び村中を埋め尽くしている。

「長居し過ぎたようね」

 背中にコウモリの羽を携え虚空から大剣を取り出し、カーミラはゆっくりと歩き出した。

「はあぁ、たぁっ!!」

 行く手を阻むゴーストヴィランに華麗な連続攻撃で切り捨ててると、村の外に出た。

「………………」

 ゴーストヴィラン達も大半がカーミラを追いかけるように動き始めた。

「な、何だ……?」

「よく分からないけど、とにかく追いかけるわよ」

 立ち尽くすヴォルデンベルグをよそに、エクス達はヒーローの魂を呼び出す。

 おなじみのジャック、シェリー、ハインリヒの三人に、シェイン接続したラーラがすぐさまカーミラに変身する。

 今村の外に出て行ったカーミラとの違いは、背中に羽が無い事と握っている武器くらいだ。

 十字の形に黄金色の刀身を持ったシンプルなカーミラの大剣に対し、シェインが持つのは燃えさかる炎を思わせる深紅の片刃剣である。

「なっ!? その姿は……」

「よくわかんねーけど、とにかく追いかけるぞ!」

 驚きのあまり言葉を失ったヴォルデンベルグを尻目に、エクス達もタオの号令の元カーミラを追って走り出した。

「ほら、行きますよ」

 接続の切り替えで一歩遅れたシェインが立ちすくむヴォルデンベルグの背中を押す。

「ええいっ、くそぉっ! 今はとりあえず良い。一刻も早く怪物共を倒して、正常な運命に戻してやる」

 頭を振って思考を切り替えたヴォルデンベルグは、思い切り魔法を撃ちまくる。

「その意気ですよ」

 その勢いに乗ってシェインも剣を振るい、道を切り開いていく。

「やああぁ……はあぁっ!」

 カーミラを追って背中を見せているゴーストヴィランに攻撃がおもしろいように決まる。

 それでもゴーストヴィランはエクス達へは目もくれず、執拗にカーミラを狙っていた。

 村を出てすぐの何も無い草原の道。

 ゴーストヴィランの大半は道にそって直進してくるが、剣を持っているものは近くまで来ると横に広がって回り込む隙をうかがい始める。

「まったくどうなってるのよ!? さっき村の中を調べたときはもっと長く居たけどなんとも無かったのに」

「私が居たからよ」

 レイナの愚痴にカーミラが淡々と答える。

「えっ? どういう……はぅっ!」

 ヴィランが集中していただけあって、カーミラの近くに来ると攻撃の厚みが桁違いだった。

「何やってんだお嬢! そんなのは良いから今は集中しろ」

 タオも本当ならジル・ド・レに切り替えたいのだが、レイナやエクスが魔法攻撃の直撃を受けないようにフォローするので精一杯だ。

「朽ち果てよ!」

 そこにヴォルデンベルグの必殺技が炸裂する。

 集まって攻撃していたのが災いし、ゴーストヴィラン達は一気に半数近くまで数を減らした。

「すまん、遅くなったな」

「いや、ナイスタイミングだぜ、おっさん!」

 攻撃の間隔が開いた所を見逃さず、タオが栞を入れ替える。

「おっしゃあっ!」

 気合いを込めた魔法弾が敵の中を突き進み、ゴーストヴィランの列に穴を開けていく。

「僕も行くぞぉ!」

 エクスもその横の列に必殺技を放ち、その穴をさらに広げる。

「まだまだ!」

 そしてすぐアランに接続を切り替えて魔法を放っていく。

「私? ふぅん、おもしろい事ができるのね」

 敵をなぎ払った合間に、カーミラは自分の姿をしたシェインに視線を送る。

「あとでゆっくりと説明しますよ。姉御、お願いします」

「わかったわ」

 シェインがラーラに変身すると同時にレイナが必殺技を放った。

 ゴーストヴィラン達の防御力が下がり、各人が放つ魔法の一発でおもしろいように消えていく。

「これで最後。散りなさい!!」

 カーミラによる前へ進みながらの三連撃が見事に決まり、全てのゴーストヴィランが塵となった。

「思いの外早く片付いたわ。あなた達のおかげね」

 一息ついてカーミラが羽と剣を消して普通の少女の姿になる。

 同時にエクス達も空白の書から栞を引き抜いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る