第3話

「知っているのか? カーミラの名を」

 名前に反応したのを見て、ヴォルデンベルグはエクスの肩に掴みかかった。

 大柄な男の指が肩口に食い込み、エクスは痛みで顔をしかめる。

「いや、すまん」

 それを見て我に返ったヴォルデンベルグはすぐに手を離す。

「シェイン達はそういう話を聞いた事があるってだけですよ」

「詳しく聞かせて貰えないだろうか?」

 ヴォルデンベルグの目には今にまた掴みかかっていきそうなほどの熱を宿っている。

「その前にまず私たちの話をしないとね。まだ自己紹介もきちんと済んでないわ」

 それを落ち着かせるようにレイナが声を上げた。

「まずは俺だな。俺の名前はタオ。このタオ・ファミリーのリーダーだ」

 四人だけの時なら誰がリーダーかという事で、レイナと小競り合いが始まるのだが話が進まないので今は口を挟まなかった。

「僕はエクスって言います。よろしくお願いします」

「シェインです」

 タオ・ファミリーの中で一言で説明できるような言葉が無かったエクスと、基本的に誰に対しても素っ気ないシェイン。

 意味は少し異なるが二人とも簡単に名前だけを告げた。

「私はレイナよ。この三人と一緒にカオステラーによって運命を歪められてしまった想区を調律する旅をしているの」

「ん?」

 初めて聞く言葉の連続にヴォルデンベルグは怪訝な表情を浮かべる。

「不思議に思うかも知れませんが、最後まで聞いてください」

「うむ、そうだな。聞いてみないことにははっきり言って何の事だかさっぱりだ」

 エクスの言葉でヴォルデンベルグは顎に手を当てて考えているような姿勢になった。

 少しだけ長い話になるが、エクス達の旅の目的を理解してもらうにはこの世界の成り立ちから説明しないとならない。

「この世界には人々の伝承を元にして、その劇中の出来事を再現する想区と呼ばれる空間がいくつも存在しているの。生まれたときにストーリーテラーから贈られる運命の書はその中での役割が書かれた台本のような物ね」

 エクスに説明した時と同じようにレイナが静かに語り出す。

「つまり私が知っている歌劇や童話の通りに作られた世界があり、私自身もこの世界における役割を負った存在であると言うことだな」

 自分で言ったものの実感がわかないのか、ヴォルデンベルグはうーんと唸りながら首をひねっている。

「ちなみにシェイン達の知っているカーミラも、物語としてのカーミラです。この想区でカーミラの運命の書を持っている人の事は知りませんよ?」

 少しだけ落胆の色を見せるヴォルデンベルグ。

「だが、おかしいぞ。私の運命の書には君たちのような者との出会いなど記されていないのだが」

 しかしすぐにその事に思い至ってパラパラと運命の書のページをめくり出した。

「それは私達がその物語から外れた存在だからよ」

「『空白の書』って言ってな、想区の中でストーリーテラーに何の役割も与えられずに産まれてくる奴がいるんだ。俺達はその集まりさ」

 レイナの言葉をタオが引き継いで説明する。

「だがその様な存在が干渉すれば物語に狂いが生じるのではないか?」

 この質問はある意味的を射たものである。

「ああ、そうだな」

 産まれた想区で桃太郎の旅に加わり結果的にその命を散らせてしまった事を思い出し、タオもわずかに顔をしかめた。

「でもそれだけじゃありません。僕達は既に歪んでしまった物語を元に戻す為に旅をしているんです」

 エクスもまた、カオステラーとの戦いに巻き込んで死なせてしまったアラジンの事を思い出していた。

「外からの干渉以外に運命を狂わせる者がいるのと?」

 パラパラとめくっていたページを閉じ、ヴォルデンベルグは運命の書を握りしめる。

 想区に住む人々にとって運命の書は絶対であり、それを狂わせる存在など想像も出来ないのだ。

「それがカオステラー。その想区の物語に深く関わる人物が物語に疑問を持ったときに乗り移って、物語を好き勝手に書き換える存在よ」

「さっきヴィランと戦ったでしょう? あれがカオステラーの作った歪みの一番わかりやすいヤツですよ」

「なるほど確かに自分の目で見た物であれば信じる他あるまいな」

 運命の書には無いヴィランの存在は、かなり大きな説得力を持っていた。

 今までの話に懐疑的だった様子のヴォルデンベルグも、うんうんと頷いている。

「私にはカオステラーが取り付いた人を浄化して想区の物語を元に戻す『調律』という力があるの」

 これで一通りエクス達がどういう目的で旅を続けていたのか説明がついた。

「なるほど、つまり今はカオステラーになっている者を探しているのだな?」

「ええ、そうよ」

 レイナが調律を行うには、一度カオステラーを倒して行動を止めなければならないのである。

「それはカーミラではないだろうか? それならば我が行く手にあの怪物共が現れた事にも説明がつく」

「俺もおっさんに賛成だ。吸血鬼なら夜の方が都合も良いだろうしな」

 種族としては永遠に生きられるはずの吸血鬼であるカーミラ。

 しかし自分の最期は人間に滅ぼされると決まっている。

 その運命を受け入れられないカーミラがカオステラーとなり、自分が活動しやすいように世界を夜のまま固定してしまった。

 タオの考えはこうである。

「そう、ですかね……」

 シェインはこの説にどこか納得がいっていないようだ。

「今ここで話していても意味が無いわ。可能性があるのなら会って確かめれば良いだけよ」

 そのレイナの一言がきっかけでエクス達は再び歩き出した。

 思えば自己紹介だけで結構な時間が経ってしまっている。

 目指すはヴォルデンベルグの運命の書でカーミラと出会う事になっているカーンスタイン城である。

「そう言えば、どうしてこんな夜中に歩いていたんですか?」

「夜中? そうだな。今は真夜中だ。前の村に着いた時点でもう日も暮れていたというのに、何故私は……」

 エクスに言われて、ヴォルデンベルグはハッと何かに気が付いたように周囲を見回す。

「気付いてなかったんですか?」

「あぁ、全く不覚を取ったものだ」

 悔しさを噛みしめるように、ヴォルデンベルグは拳をぐっと握りしめる。

「こんなに大きな改変に想区の住人が気付いて居なかったなんて……」

 カオステラーが運命を狂わせ続けた想区はやがて崩壊してしまう。

 想区の時間だけでなく、住人の認識までも変えてしまっているのならこの想区は思っていた以上に危険な状態かも知れない。

「急いだ方が良いかも知れないわね」

「そうもいかないみたいだぜ」

 先ほどエクス達が通り過ぎた村にはまたヴィラン達が闊歩していた。

「みんな行くわよ」

「おう、すぐに蹴散らしてやるぜ!」

 エクス達はヒーローと接続を開始する。

「推して参る」

 それに杖を取り出したヴォルデンベルグが続いた。

「………………」

 村の中は入り口から広場の反対側の出口までゴーストヴィランで溢れている。

「うわぁ……これ、下手すると村の人より多いんじゃないですか?」

 村の様子を見てラーラと接続したシェインが思わず呟いた。

 敬虔な神官見習いの少女の顔が、うへぇと面倒くさそうに歪む。

「ほら、文句言ってないでさっさと片付けるわよ」

 シェリーに接続しているレイナ、こちらはぼやくような顔がよく似合っている。

「飛ばしていくぜっ!」

 最初はハインリヒに接続していたタオはすぐにジル・ド・レに切り替えていきなり必殺技を繰り出す。

「はあぁっ! 僕が道を切り開くから、援護は任せるよ」

 エクスはいつものようにジャックに接続し、前衛を買って出る。

 しかし敵があまりに多いので、ゴーストヴィランの剣撃を捌ききれずに斬りつけられてしまった。

「うぐっ……くぅ」

「おりゃあっ! 突っ込み過ぎだ。焦るなよ、坊主」

 再び接続を切り替えたタオがハインリヒの槍で助けに入る。

「私も負けていられんなっ!」

 確実に一体ずヴィランを仕留めていたヴォルデンベルグが必殺技を放つ。

 剣のゴーストヴィランの後ろで魔法を撃っていたゴーストヴィランの集団に光の杭が降り注ぐ。

「よしっ、今だっ!」

 後衛が居なくなり攻撃の手が薄くなったヴィラン達をどんどん奥へ押し込んでいく。

「やっと、半分ですか」

 必殺技の連発によって、エクス達はわずか数分で村の広場まで到達する。

 しかしまだ数十体のゴーストヴィランが村の中に残っていた。

「どうした? もう、へばってんのか?」

「まさか、まだまだ余裕ですよ」

 道中で結構な数のヴィランを倒してきたので、むしろ気力は漲っているくらいだ。

「それは頼もしいわね」

「姉御も遅れないでくださいよっ!」

 一時中断した戦いの火蓋を切って落としたのはシェインの必殺技だった。

 雷の魔法を宿した巨大な球体が、ゴーストヴィランを塵に変えながら直進していく。

「先に行くのは私なんだからねっ!」

 その道をレイナとエクスの前衛二人が駆けだしていく。

「いえ、姉御なら迷い兼ねないのでちょっと心配に……」

「もうっ! まっすぐ進むだけなんだから迷ったりなんかしないわよ」

「はははっ、戦いながらもここまで余裕があるのなら安心だな」

 二人のやり取りを見て、ヴォルデンベルグは豪快に笑った。

「こりゃ俺も負けてらんねーな」

 またタオは接続をジルに切り替える。

 今回の戦闘でタオは状況を見て前に出るハインリヒと、相手の弱点を突ける後衛であるジル・ド・レを盛んに切り替えて戦っていた。

「僕も、いっくぞおぉっ!」

 気合い一閃――ナイフから光る剣閃が飛び出していく。

「見えたっ!」

 ゴーストヴィランの隊列が割れ、一瞬村の出口が見えた。

 しかしすぐに残ったヴィランが道を塞いでしまう。

「くっ……また邪魔をしてっ!」

「でも道は見えたわ。ここで一気に決めるわよ」

 畳みかけるようにレイナが魔導書から必殺技を発動させる。

 ヴィランの数が減っている事は確実だ。

 シェリーの必殺技は直接敵を叩く物ではないが、防御力を下げることで一発一発の攻撃がどんどん決まっていく。

「これは良い。怪物共が練習用の的のようだ」

 わずか一撃でヴィランが消えていく事に、ヴォルデンベルグも興奮を抑えきれないようだ。

「これでお仕舞いです」

 最後にもう一発、だめ押しでシェインが必殺技を放つ。

 残っていた三体のゴーストヴィランが塵となり、見える範囲にヴィランの気配が無くなった。

 そこに道の向こうから一つ小さな人影が現れる。

「へっ、やっとボスのお出ましかよ」

 タオがハインリヒの顔で好戦的な笑みを浮かべる。

「ではあれが?」

「ええ、貴方がお探しのカーミラですよ」

 杖を改めて構え直すヴォルデンベルグに、シェインは静かに頷いた。

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