第76話 フィナーレ

【概要:アモンvsギー 最終戦】


アモンとギーは足を止め

壮絶な殴り合いを続けている。

その姿はまるで戦い方を知らぬ幼子のよう。


もはやお互い、からめ手などで

どうこうできる存在では なくなっていたのだ。

究極の力を手にした両者は皮肉にも

その戦いのレベルを下げざるをえなかった。


だが打つ。打つ。打つ。打つ。

体がほのかに発光し始めた。崩壊熱である。

もうすぐ、世界は浄化の炎に包まれるだろう。

それを悟らせるかのように二人の脳内は走馬灯を見せた。


しかし、二人の男は戦いをやめようとはしない。

二匹の雄にはそんなことは関係ないのだ。


目の前の男を打ち倒す。それが雄の本能であり、さがである。

それだけでいい。それだけでいいのだ。

他はいらない。

他は不純物。

男ならば。男ならばだ。

挑んだ、挑まれた勝負を途中で捨てることなどあってはならない。

勝ち負けではない。生き死にではない。

それが男だからだ。

それが誇りだからだ。


ギーはいびつにその口を開けた。

なんと笑っているのだ。

普段の無表情な顔からは想像もできぬほどの良い笑顔。

喜びであった。

肉の歓喜であった。


アモンも笑う。ギーも笑う。

細胞の崩壊熱。そこから剥離した原子が蛍のように宙を舞った。

草原いっぱいに広がる草花の光子の群れ。

まさに天国といった風情である。


二人の至福の時間はこの神々しい空間で延々と続けられた。

だが、それにも終わりの時がくる。


徐々にではあるが、ギーが押され始めたのだ。

地刹数ちさつすうでの変化も、ナノプローブでの強化も長時間の

運用を想定していない。

ゆえに変化しては戻り、強化しては弛緩しを繰り返して

長期の運用に耐えれるようにしているのだが、この休むヒマさえない

高速拳の応酬はギーを疲弊させ、体からその力を奪った。


唐突に前に出たギーは、折れた歯とともに血飛沫ちしぶきを吹いた。

目潰しである。ここにきて勝負を賭けにきたのだ。


血で視界を覆われるアモン。そこに走るギーの剛拳。

だがギーの拳はアモンに届くことはなかった。

それより前に飛んできたアモンの拳が彼の顔面を捉えたからだ。

血飛沫ちしぶきに構わず放たれた全身全霊ぜんしんぜんれい乾坤一擲けんこんいってきの打拳である。


ギーに敗因があるとすれば、究極の戦いで小技に

走らなければならなかったことであろう。

過度なドーピングが、ナチュラルの持久力ちからを奪っていたのだ。


ギーの脳は、この致命的な状況で過去へと戻っていった。

そして、彼女に再び出会う。

站椿たんとうを続ける少年時代のギー。

その彼にやさしく微笑みかける彼女。


「ああ、そこにいたの…」


「いや…ずっと、いたんだね。ずっと…」


「わかった…還ろう。」


「私も、そこに…」


アモンの渾身の右が振り抜かれ、

ギーの頭蓋と首の骨が砕けた。勝負は今ついたのだ。


その時、周囲は目も開けれんばかりに光り輝く。

メギドの炎が放たれたのである。

世界を焼き尽くすであろう聖なる炎。

これを前にしては最強の獣アモンもすべてを天に委ねるしかなかった。


だが、世界は滅びなかった。

徐々に光は収束していき。元の原子に戻っていく。

滅びかけた大地が再び息を吹き返し、世界は

風も、色も、時間も取り戻していた。


「お姉ちゃん。僕はここにいるよ。」


「ずっとそばにいたのに気付かなかったの?」


超常の存在マイアに背後からそっと抱きついているアルビノの少年。

彼の名は、パロ・ポンパドール・ルルナイエ。

女神ケイの弟である。

数千年の時を経て、集結した肉たちが再び彼を

この世に現出させていたのだ。


大粒の涙を流すマイア。

それを受けて少年も涙を零した。

そこには、怒りも憎しみも残ってはいなかった。

あるのはただ人への深い慈しみといたわり。


かくしてケイヤの地より神は去り、

残った人間の受難の旅は続いていくことになるのであった。


時は過ぎ、パレナ・パイシー山麓のメンデルススタジアム。

闘技台の上には一人の男が立っていた。


ジャジャ・ローソンというロリューの拳法家である。


ジャジャはシルバーコレクターというあだ名を持っていた。

秀でた才を持ちながらも、優勝したことが一度もないのだ。

それもすべてはザケルという稀代の天才のせい。

ジャジャの出る大会には、必ず彼が出場しゴールドメダルを奪っていく。

だが、彼はもういない。

長い屈辱の日々を晴らす相手はもういないのだ。

修行の旅の果て彼用に開発した技を使える機会はもうない。

そこで、アモンの話を聞いた。あのザケルを倒したというアモンの。

挑まないわけにはいかなかった。


そういう経緯でセッティングされたこの試合。

例のごとくライドーの調整と商人ワンのお膳立てである。


漁師のガイは腕組みをして観覧し、

妖精アギーとゴサクは一緒に作った横断幕を掲げ、

ダロスは、試着も兼ね、新開発された鎧を着ながら座っている。


レイベッカ、ミーチャ、ベティは売り子としてビールを売り、

エンキョウはそのビールを買っていた。


バニー服を着たハンナとマシラは最終試合を告げるフリップを持ち

闘技台を周回している。


ムラサキは子供を連れてきていた。隣に座ったミリアは、

ムラサキの子供にちょっかいを出している。


貴賓席にはロリューの女皇マイアとアルビノの少年パロ。

パレナの属国タルフ国の王女エルルーンと沢山の弟妹たち。

隣には魔道士会の長ナザレとその愛人キュラ。

この試合はロリューとパレナの親善試合も兼ねていた。

そしてドレスアップしたフィナのアナウンスでアモンが入場してくる。


広い会場を圧倒するかのような神々しい筋肉のアモン。

観客は思わず息を飲んだ。

ジャジャは、それを見て気圧けおされながらも

"自分なら5分"で仕留められると踏んでいた。

格闘技は遊びではない。ただの力持ちが

勝てるほど甘い世界ではないといきどおってもいた。


その時、ジャジャはアモンの表情が気になった。

困ったような…そうこれから、何か繊細な卵でも

扱う時のような顔をしていたのだ。


そしてドラが鳴らされ、飛び掛るジャジャ。

試合は2秒で決着した。


「勝負アリ♪」


マイクで決着を宣言するフィナ。

スタジアムを興奮の怒号が包む。

アモンの中のモノは語りだした。


『まったくほんとに退屈だぜ。毎回毎回こんな相手じゃよ』


『いやいや秒殺だが、こいつは強かった方だぞ?ただアモンが規格外すぎんだよ。』


『退屈結構じゃない。だいたい僕らにヒマなんて概念ないだろう?』


『ほんとほんと。ヒマじゃないのはヤバイってことさ。もう二度とあんな思いはごめんだ』


『でもさ。あれって結局。何がしたかったんだろうね?』


『領域外の話しかい?だったら論じるだけ無駄だよ。理解を超えてるから』


『僕らが認識している事実なんてのは世界のほんの一欠ひとかけなんだよ』


『そうそう、まさに神のみぞ知るってね』


『だが、大事な事はいつだって一つさ。わかるだろ?』


『なんだよ、もったいぶって』


『まあ、わかるがね』


『そうそう、それはわかるわかる♪』


『ならばだ。さあ!いっちょパーッといくかい!』


『ほーら!酒が来たぞぉ!肌の準備いいかあ!それ!摂取飲め摂取飲め!』


スタジアム内の人間が闘技場内になだれ込んできた。

そして手にした酒を次々にアモンへと浴びせる。

パレナ流の祝福である。

このような格闘技に限らずイベントのフィナーレには

観客全員で場内に入り酒を浴びせ、酌み交わすのが恒例となっていた。


アモンはその喧騒を嫌い、早々に立ち去るのが常であったが

興奮したフィナに抱きつかれたため、逃げ遅れたのだ。

いつのまにか、場内に入っていたシルフの楽団が演奏を始める。

シルフの中には何故かファイナやザケルなどの写真が入った額縁を掲げたものがいた。

写真の人々はどれも笑顔。

彼女たちの調べに乗り観客たちは歌って踊る。

フィナもシルフたちに促うながされパレナの民謡ウィンディーネを歌いだした。

春の到来を願い精霊たちに捧げられる歌。


それは営み。絶え間なく続けられた命の逢瀬。

ここに集った誰も彼も、

アモンですらその営みの一欠ひとかけにすぎない。


100年経てばここにいる者全員、誰も生きてはいないだろう。

しかし営みは続いていく。

これ以上の奇跡があるだろうか。

それ以上に望むものがあるだろうか。


南から吹く不吉な風は、やんでいた。

変わりに穏やかに流れる東からの風。

春はもうすぐそこまで来ていたのだ。


宴はまだまだ終わりそうにない。




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ここまで見て頂き本当にありがとうございました。

★や💛、レビュー、コメント等も頂けてとてもうれしかったです。

壊し屋アモンこれで最終回となります。

この後も、パレナ革命編、魔大陸編へと続くこともできたかと

思うのですが、ここで区切る方が綺麗なのかなということで

一応の最終としています。

続きをやるかどうかは迷っている所ですが

また皆様に作品を見てもらえることになれば嬉しいと思っています。


イナナキゴロー

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壊し屋アモン イナナキゴロー @inanakigoro

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