第75話 メギド

【概要:女神ケイ 降誕】


死した肉体は、地に還り、風に溶け、空をさ迷う。

だがけっして失われるわけではない。

この世界に無くなるものなどないのだ。

ただその形が変化していくだけ。


微々に砕けた肉は、肉を求めひたすらさ迷う。

再び訪れる奇跡を信じて。

再びあの肉たちと再会できることを信じて。


初めて出会うのに他人のような気がしない。

そんな運命を感じた者と出合ったことはないだろうか?

それは、その者の体内の肉が、昔自分と同じ肉として

構成されていた欠片であるからだ。


彼らは出会うたびに結び合って一つの層を作る。

その層は重なり合って意思のようなものを形成する。


だがそれは幾たびもの破綻によってバラバラになり

再び長い孤独の道を行くのだ。


人が再び元の身体を取り戻すことは不可能であるといえるだろう。

たしかに肉は肉と結びつく性質を有しているが

その欠片は人のみならず、あらゆる生物に取り込まれ体を形成していくからだ。


それらすべてを回収し、わずかの破綻もなく子から子へと肉を繋ぎ

身体を再構成することなど、天文学的確立の事象であり、

宇宙開闢(うちゅうかいびゃく)並の離れ業である。


だが我々は忘れている。

その業を自ら引き寄せ成してしまう存在を。

人はその存在を神と呼んだ。


神の肉を持ちし、女マイア。

ロリュー67代目女皇マイア・ポンパドール・ルルナイエである。

彼女の肉は、100%初代女皇ケイの肉体を有している。

そして、その心もアモンとギーという巨獣の戦いに触発され

取り戻していた。その歪(いびつ)な精神とともに。


死屍累々たる田園地帯を一人行くマイア。

その姿はまるで幽鬼のようであった。


彼女の姿を視認したギー軍兵士がマイアに刀を向けた。

向けた瞬間、兵士は1ミクロン単位に引き潰れる。

地面には染みしか残ってはいない。

血も骨も肉も臓器も人の理解を超えた圧力により蒸滅していたのだ。


女皇の後を追ってきたライドーは思わず腰を抜かした。

修羅場を幾たびも潜くぐってきた男が味わう異常な戦慄。


この凄惨な力の行使をしたのが女皇だと気付いたからだ。

マイアの目を見た瞬間、人のものではないと悟った。

ライドーの脳は瞬間的に超常の存在、神を想起する。


その神は怒りの目をライドーに向けた。

そしてそれは人を心底嫌う者の目だ。

蔑さげすみ、侮蔑し、憎悪を向ける者の目だ。


伝承に残るケイは神から遣わされた偉大な女王であった。

人々を脅かす魔物と戦い。

戦乱に荒れる国々を治め、平和に導いた英雄神。


しかし母ポンパドールの崩御に続き、弟パロの早世に伴い心のバランスを崩すことになる。

それが今まで慈しみ守り育ててきた人の手による謀殺であると知ったからだ。


不遜にも人は神に成り代わろうと考えたのだ。

人間の常に上を目指し、進化しようとする性(さが)がケイという

女神の逆鱗に触れた。


遠い昔の話である。

だが、今目覚めたケイにとっては、つい昨日のこと。

彼女がその決断を下すのに迷うことはなかった。


ライドーは、そして田園地帯にいる兵士たちは、

自らの体が発光しているのに気付いた。


それだけではない。

ロリューの。パレナの。

ラーマ大陸のすべての人間の体が光り始めたのだ。


それは崩壊熱であった。

女皇マイアが、怒れる女神ケイが人の細胞に干渉し

その内包するエネルギーを解き放っているのだ。


それも"現象の底"を抜いていた。

燃えた木が灰になるように。

転がる岩が止まるように、すべての現象には

エネルギーの終着点である底がある。


その底を抜かれたらどうなるか?

エネルギーは加速度的にその力を増していき、

光の速さで爆散する。

真空崩壊という現象である。


たった一つの原子の爆散でも十分な所を

マイアは念入りに、この星を構成するすべての原子の底を抜いていた。

人知を超えた激しい怒りの証左である。

後、数秒もしないうちに人々は、いやこの世界は消えてなくなるだろう。

神に挑んだ愚か者の末路である。

これはメギドの炎。

人々の罪を浄化し、清める聖なる儀式。

人類の不毛な旅はここで終わるのだ。


人々は同時に自らの死を予感し走馬灯を体験した。

涙を流す者、憤る者、塞ぎこむ者、

そんな中、ライドーは薄く笑ってこういった。


「ふむ…どうやらこれで最後らしいな」


「思い残すことは沢山あるわけだが…」


「例えようもない喜びもあった」


「忘れようもない奴らと出会った」


「だからまあ神様に直接、命を所望されたのならさ」


「それはそれで本望というものでしょうよ」


その言葉を受け、険しかったマイアの表情が緩んだ。

そう、時々このような男も生まれてくる。

風のように涼やかで、潔く、そしてもっとも人らしい。


だが、それがどうしたというのか。

失われた者はもう二度とは還らない。

もっとも大事なものたちを奪われた私の心を誰が癒せるというのか。

誰が慰めてくれるというのか。

虫けらの分際でふざけるんじゃない。

ゴミ虫の分際でほざくんじゃない。

だから私は、お前達が、オマエタチガ


『きらいなんだ』


そして放たれるメギドの炎。


次回、壊し屋アモン最終回。

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