第七話 勅命違背
主頼政らと共に、数日もの間夜通し苦労して追い回してきた鵺に、ようやく止めをさせるにも関わらず、早太はこの獣を殺したくない、と珍しく頼政の命に背いた。
「何じゃ早太、俄にそのような世迷言を……」
鵺退治は本来勅命であり、逆らう者はすなわち大罪人である。左遷や
その勅命に、一武士である五位蔵人源頼政の、さらに家人である猪早太が、逆らおうとしている。
「何ぞ思うところがあるのか?あれば申してみよ!」
頼政はそういいつつ、その他の郎党どもに刀を収めさせた。
「……わしにはこの獣が化物には見えませぬ!」
確かに、見慣れぬ姿の獣ではあったが、「鵺」と聞いて彼らが想像していた悪鬼のような姿とはほど遠いつぶらな瞳からは、愛らしささえ感じられた。
「殿、あまりにむごうござる!何が鵺じゃ!訳も分からず勝手に怯えておるだけではないか!」
早太の思いはなかなか上手く言葉にならなかったが、彼がようやく絞りだした言葉を、頼政や他の郎党たちは黙って聞いていた。
「訳も分からず怯えておるだけ……か。それもそうじゃなぁ」
頼政はしばらく考え込んだのち、鼻をフン!と鳴らしてこう宣言した。
「よしわかった。この獣、早太に遣わす!此度の恩賞とせよ!」
郎党どもがざわつく。此度の鵺退治は帝の命令である。逆らえばどうなるか分かったものではないが、しかし頼政は意に介さない。
「なに、都からこの鵺とやらを引き離せばそれでよかろう。まさか帝に、鵺の死骸などお目にかけることもあるまいて!ハハハ……」
結局、早太は鵺と呼ばれたこの獣、すなわち六波羅の平清盛邸から逃げ出した「小狸丸」を、頼政の本拠のあった摂津国渡辺で丁寧に介抱してやることになった。
今回の頼政と早太たちの働きで、夜ごとの鳴き声はすっかり止み、都には再び静寂がもたらされた。そして意外なことに、頼政が全く期待していなかった恩賞も出た。彼の勇猛な心を讃えて「獅子王」と号された刀一振りが、帝から直々に贈られたのだ。
ちなみにこの刀は頼政の子孫たちに代々伝わり、その後は持ち主を転々としながら、頼政の時代から800年以上が経った現在まで伝わっているが、それはまた別の話である。
さて、捕えられた「鵺」だが、最初はなかなか早太たちに懐くことはなかった。当然の話である。自らに襲い掛かってきた相手というものは、獣といえども容易に忘れることはない。
しかし、主頼政に一度引き取ると大見得を切ってしまった以上、早太は投げ出すわけにいかなかった。
「早太よ、やはり此度の獣、なかなか懐かんようじゃな。生傷だらけではないか。やはりあの時一思いにとどめをさしておくべきであったかのう……」
頼政は渡辺荘の自邸に戻る度、早太を気遣ってこういったが、早太はあくまでかたくなだ。
「殿、引き取ると申したは私でございます!こやつを一通り手懐けるまで、この早太諦めませ……ア痛っ!」
「ほれ、やはり引っ掻かれておるではないか!そなたはあきらめが悪い!」
そういって早太を笑う頼政だったが、実は頼政自身の方がはるかにあきらめの悪い男だ。後に晩年に差し掛かった頼政は、そのあきらめの悪さ故に大きな名誉と、それ以上の絶望を味わうことになるのだが、これもまた別の話である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます