第六話 化物追捕

 此度の鵺退治は勅諚、つまりは帝の命である。し遂げなければ今度は自分が退治されることになる。頼政は己の力のなさを嘆きつつも、仁平三(1153)年四月初め、猪早太と限られた家人共のみを伴い、毎夜鵺が出るという東三条殿へと向かった。


 鵺の声がするといわれるのは、正確には東三条殿の北西、内裏にもほど近い角振つのふりはやぶさの二つの神社があるあたりからである。

 頼政らは主に東三条殿の北西を囲み、わざと大きな物音を出してみたり、木の実など鵺の好みそうなものを並べてみたりして、どうにかしておびき出さねばと必死であった。


 丑の刻が近づいてくる。時折ガサガサ……と草ずれの音が聞こえてくる。

「ヒョー……ヒョー……」

 頼政以下主従は、初めて聞く鵺の声に気圧されながらもどうにか弓を引き絞り、一斉に暗闇へ向かって矢を射かけた。幾本もの矢が一斉に空を切ったが、何の手ごたえもない。

 その後も鵺の声が聞こえてくるたびに、感覚を研ぎ澄まし、鵺のいる方向を狙って何度も何度も矢を射かけたが、半時もしないうちに彼らの矢はすっかり尽きてしまった。

「已むを得ん……退け!」

 頼政の号令一下、主従は撤退を余儀なくされた。


 翌日も、また翌日も、猪早太以下、弓の名手を選りすぐって何度も何度も矢を射かけたが、夜を徹しての鵺退治は、何の成果も挙げられなかった。

 この間も帝の苦しみは続き、左大臣頼長の焦りは募る一方だ。頼政たちは頼長からの催促の使者を適当にあしらいつつも、少しずつ「鵺」の正体を掴みつつあった。

「わしは鵺は鳴き声からして鳥じゃと思っていたが……しかし早太よ、鵺の羽音を聞いたか?」

「いや、羽音など全く。不思議な鳥でございますな」

「もしかしたら、あやつ鳥ではないのかもしれんぞ?大和やまとあたりから、山伝いで迷い込んだ獣か……」


 いよいよ四月も十日。月は半月より少し満ち、夜はかなり明るくなった。月明かりのおかげで、おぼろげながらも鵺の姿が見えるようになった。主従が予想した通り、その姿やはり鳥ではない。

「今宵は鳴き声を聞いたらまず空に向かって石を投げよ!鵺が驚いて木から降りたら、次は下へ向けて矢を射掛けよ!」

 鵺の声が聞こえるが早いか、彼らは一斉に石を木の上方へ向かって投げつける。驚いた鵺は、その体を月に照らされながら、木から滑り降りた。すかさず早太が矢を射かけ、その他の郎党どもも続いた。鵺の鳴き声は低く、弱くなっていく。

「どうやら当たったらしい!皆用心して近づけよ……」


 死を間近にした生き物は、何をするか予想がつかない。増してや化物と恐れられた鵺だ。いきなり襲い掛かられてはたまらない。早く姿が見たくてたまらない頼政が慌てて駆けよろうとするのを、早太が制する。いつもとは逆だ。

「殿、ここはお任せあれ」

 幼い日に故郷の遠江とおとうみ国で父と出かけた巻狩りで鍛えた腕が、早太の自慢だ。「ヤァ!」と一声上げて鵺にとびかかろうとするが、早太はみずからの目を疑った。

 鵺と呼ばれ恐れられたその獣は、肩口に矢を受けながらなお、二本の足で立ったまま、悲しげな眼でこちらをじっと見つめていたのである。


「待て!待て!こやつを殺すに及ばず!」

 思わず早太は周りの郎党の動きを制していた。

「早太、いかがした?」

 頼政が、早太のただならぬ様子を見て近寄ってきた。

「殿……これが鵺でござるか?夜ごとの鳴き声で帝を苦しめた、鵺?」

 頼政ら主従は、改めて松明たいまつで鵺と呼ばれた獣の姿を照らしてみた。眼は丸く見開き、猿のような体つきだが、狸のようにも見える。赤茶色のふさふさとした体毛が、血でしっとりと濡れている。帝を苦しめた化物だというが、その割には随分とこじんまりとした、かわいらしい姿ではないか。

 頼政が鵺の姿をまじまじと見ていたら、早太は突然叫んだ。

「わしはこやつを殺しとうない」

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