第四話 頼政激怒

「……以上の理由により、此度の出陣は辞退いたしたく候」

 頼政は雅頼に渡す書状を自ら開いて、読みあげて見せた。

「蔵人殿、丁寧に読みあげておるところ申し訳ないのじゃが、この話はのう……」

「大納言殿までお許しを得ておるというのであれば、この頼政が直々に赴き、お断りを申す」

「いや、既に大納言殿のお許しは得ておる……」

 頼政は慌てた。もしこのまま左大臣頼長まで話が進んでいれば、話はややこしくなる。

「左府様はどのように仰せでござるか?」

「お許しくだされた」

 頼政は「まずい……」と心の中で呟いた。このままでは、自分が鵺とやらの退治をしなければならないではないか。

「蔵人殿、諦められよ。この話は既に帝の御裁可を得ておる。つまりこれは勅諚ちょくじょう、帝直々の命である」

 こうなってしまっては、もはや従うしかない。頼政は平伏して、雅頼の邸から辞去した。


「此度の化物退治、もはやわしで決まりのようじゃ……」

 頼政はがっくりと肩を落として、猪早太に告げた。

「しかし化物相手では、朝廷からの恩賞は見込めませぬな」

「ああ、そなたへの褒美もやれぬなぁ……」

 主従二人、すっかり気落ちしながら、しぶしぶ鵺退治の支度を始めたのだった。頼政の先祖伝来の鎧と、早太自慢の弓と小刀も、少しくすんで見える。


 いまいち気乗りしない二人に、明るく話しかけてきたのは、頼政第一の郎党との呼び声高い、渡辺競わたなべのきおうだった。

「殿!早太だけでなく、きおうもお加えください!それがしの弓で化物など!」

「何?そなたもか……」

 競の弓は郎党の中でも随一。彼の弓があれば、鵺などたやすかろう。しかし、頼政には彼を連れていきたくない理由があった。

「競、せっかくじゃが、此度はたかが鵺じゃ、化物じゃ。そなたが出るには及ばぬ!そなたの弓は、帝を脅かす逆賊のためにのみ、とっておくものぞ!」

「しかし……」

「そなたはわしがおらぬ間の留守居をせい、しかと頼んだぞ!」

 競はやや不満気だが、主の言葉にしぶしぶ引き下がったようだった。


「ふう……出ていったか」

「殿、なぜ競を連れていかぬのです?」

「いやその……る、留守居じゃ!競は留守居役に必要じゃと申しておろう!」

 頼政には平家の清盛のような財力はない。そして同じ源氏の義朝のように広い東国の地盤もない。摂関家のように荘園も無いし、院近臣のように知行国もない。

 経済力に劣る頼政にとって、恩賞の出ない此度の鵺退治に家人や郎党をむやみに多く連れていけば、その分出してやらねばならない褒美もかさむのだ。

 結局、頼政は、若い早太と数人の従者だけを連れて、化物退治に赴くことにした。


 すっかり支度を整えた頼政の元に、治部大輔雅頼が正式な使者として訪れた。

「蔵人源頼政、そなたに帝を苦しめる鵺の退治を命ず!」

「謹んでお受けいたします……」

 型通りのやり取りを済ませた頼政には、どうしても聞いておきたいことがあった。

「治部大輔さま、此度の鵺退治にはなぜ私が選ばれたのでございましょうか」

「ん?それは……その……なんじゃ……」

 雅頼の答えはどうにもはっきりしない。ふつふつと込み上げる怒りをこらえつつ、頼政はもう一度聞いた。

「要するに特に理由はない、ということでよろしいか?特に何も考えずに、面倒事を我らに押し付けようとしておられるのかな?……聞いておられるか?大輔殿?ん!?」

 雅頼は黙り込んで、そのまま逃げるように頼政の邸から去っていった。

「もし我らが鵺とやらに取り殺されようと、誰も助けてはくれぬだろうなぁ!所詮我らは使い捨ての、武士じゃからのう!」

 頼政は雅頼に聞こえるように、こう言い捨てて、勅使である雅頼を迎えるための正装を乱暴に脱ぎ散らかした。


「おい早太!早太やある!矢じゃ!わしの矢をもう一本、いや十本持って参れ」

「ただいま!」

 頼政はあれだけ嫌がっていたはずの鵺退治の支度を、昨日までとは別人のようにてきぱきと進めている。

「早太!この矢が射るのは、もしかしたら鵺ではないかもしれんぞ……」

「と仰せられますと?」

 猪早太は、怪訝な顔で頼政に問うた。

「わしはな、もし此度の鵺退治にしくじったらな、この矢で雅頼が首を射貫いてやるつもりじゃ!雅頼めだけでは足りん、左府も、摂関どももじゃ!我ら武士どもを軽く扱う朝廷には、いつか一矢報いてやらねばならんぞ!のう早太よ!」


 早太は、怒った勢いで大それたことを口走る頼政の背中をじっと見ながら、朝廷で公卿や他の殿上人から日ごろどれだけ理不尽な扱いを受けても、ただ耐えるしかない主の苦衷くちゅうを、彼なりに察していた。

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