ピンチな姉

 よい子のみんなー!こんにっちわー!




 あたし、サラ。うっるうるの十六歳!花も恥じらうお年頃ってヤツね。そんなあたしには金色(こんじき)の髪に紺碧の瞳を持つお姫様みたいな弟がいるの。そのかわゆいかわゆい弟を傷つけたにっくきアム!そいつが何とあたしたちの泊まっている宿に鬼の形相で向かってくる!?これは一刻も早く逃げなきゃ!と二階から飛び降りたのは良いけど、落ちたところはそう、なんとそのアムのま・う・えでした。テヘッ★もぉ~サラちゃんったら、おちゃめさぁ~ん、なんだから♪




 で・も!大丈夫!謝れば誰だって許してもらえるよ!さぁ誠意を持って、言うんだ!




 せーの!




 メンゴ★(ウインク付き)




 ・・・。




 ・・・。




 ・・・・・・・・・・・・。ハッ!




 ダメだ、今あたし、現実逃避の極みにいたわ。




 戻ってこーい、戻ってくるのよ、美少女サラ!




 飛び降りた後で擦った膝がじわりと痛んで、親切にもこっちが現実ですよーと教えてくれる。




 嗚呼(ああ)、そして何度目を擦ってみても、妄想と違って消えてはくれない目の前のアム・・・。




 だくだくだく、と体中から脂汗が流れている自信がある。




 どっ、どどど、どうしよう・・・!




 いや、どうするもなにも逃げるのよ!とあたしは我に返り、あたふたと逃げだそうと藻掻いた。が、寸前で思いとどまる。




 いやちょっと待つのよ、サラ。




 よく考えて。アムをノエルに近づけちゃいけない。これ大前提。アムはノエルを傷つけた人間だ。前科があるのだ。そう行動するに至った理由は知らないけど、そもそも理由はどうあれ、ヤツが『ノエルを傷つけた』こと、これが一番重要。そして二番目に『二度とノエルを傷つけさせない』、これももの凄く重要。




 けれど悔しいことにこのアム、強い。しかも結構。だから、正面切って戦うのは全く得策じゃ無い。




 一番良いのは、捕まってしまう前にスタコラサッサ逃げること、なんだけれども・・・。




 そこでだ。サラ姉さんは天の啓示のように素晴らしいことを閃いた。そう、人は最早サルでは無い。考えることが出来る生き物なんだ。言わば、発想の転換というやつだ。




 アムをノエルに近づけない。二人を近づけない。つまり・・・。




 ノエルをアムから引き離すのでは無く、アムをノエルから引き離せば良いと思いついたのだ!




 これは我ながら天才的な考えだわ!




 幸いにして、ノエルはあたしを追って窓から飛び出すような愚を犯してはいない。ちらりとあたしが飛び降りてきた上に視線を向けるが、開かれた窓枠が見えるばかりでそれは静かなものだ・・・って、えっ、まずい!自信を持って言えるけど、十中八九、ノエルはあたしを追って階下に降りてきている!あの具合が悪いのにあたしを探して村の入り口にまで迎えに来るような優しいあの子だったら、普通は不安げな顔を窓から覗かせるぐらいはするはず。それがないってことは・・・ヤバイヤバイヤバイ絶対に降りてきている。ここに来てしまう!




 敵(アム)がいるここに!




「どぅりゃ!」




 あたしはもしノエルが来た時のことを考えて、咄嗟に、動けないようにアムを拘束しようと勢いよく押しつぶした。




「おい!?」




 珍しく焦ったようなアムの声がするが、あたしはいつノエルが登場するかというハラハラでそれどころではない。




 というかアムの上という無理な体勢から拘束しようとしたから、拘束と言うよりはただ抱きついているだけのような・・・ん、ちょっと待って。これ客観的に見たらあたし痴女的な結構あられもない格好なんじゃ・・・?




「離れろ!」




 いやもう客観的とかこの際どーでもいいわ!ノエルを守るのが最優先!あたしは身動きするアムに更に強く抱きつく。




 そんなことをしていると、背後が何だか騒がしくなってきた。え、まさかノエルが来たんじゃ・・・。ま、まままままままずい。どうにかしなきゃ。どうにかして一刻も早くコイツをここから離さなきゃ・・・。




「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!ヘーイ!ヘイ、タクシー!」




 突如あたしは大声で叫んで指を指した。方向なんてモチロン適当だ。しかし都合よく、指さした先にガラガラと馬車が止まった!




「ああーっ!ほら!ほらぁああああ!!」




 何が「ほら」なのかはわからないが、あたしはぶんぶんと激しく腕を振った。




「は?」




 アムの顔には明らかに『ついにこの女頭がおかしくなったのか』と書いてある。




「はやく!」




「はぁ?」




「はやく!乗らないと!急いで!はやく!」




 あたしはアムの腕を引いて無理矢理立たせると、ろくに立ち上がりきっていないアムをドドスコスコと張り手の容量で突きとばしながら馬車へ押しやった。デイン!デイン!とつんのめってるその尻を押す。




「やァめろ!」




「あんたがさっさと歩かないから押してあげてるのに!」




 尻をね。




「なんっ・・・なんだおまえは!突如人の上に落ちてきたかと思えば抱きつくし、遠慮無く小突き回しやがって!」




「オッケーオッケー!大丈夫大丈夫!平和バンザイ。話は後で聞くから、乗って!」




 あたしは適当に喋りながら、アムと共に狭い馬車の中にもつれ込むようになだれ込むと、即座にバタム!とドアが閉まる。乗ってから気づいたが、やたら高級そうな馬車だ。あたし達以外に、人は居ない。行き先も告げていないのに、カラカラと馬車が発車する音がする。




 ふぅ、これでひとまずは、安心…。危機は去った、かな…?あたしは一仕事終えた達成感からなんとなく額の汗を拭う仕草をした。ノエルのいるところから「危機」を離せたからとりあえず良しとしよう。まあ隣にいる人がその「危機」なんだけどさ・・・。




 て言うか今気がついたけど、これ、ノエルの危機は去ったけどあたしの危機はこれからなんじゃ・・・?




 それに気がついた時、もの凄い視線を横から感じて、あたしはギクッ、と軋むような動きでそちらに首を向ける。




 ギギッ、ギギギッ、と音が出そうなくらい殊更ゆっくり、そちらを向く。




 お隣には、眼力だけで人を殺められそうなアム様がいらっしゃいました。




 ピンチ、続行・・・?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あいらぶらざー! 50まい @gojyumai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ