おかえり

「おまえ、しかえししねぇの?」

「しないよ」

「なんで。あいつらまだ言ってるし」

「いいよ。あんなの。じゃあね」


 夕方

 窓を閉めようとして 聞こえてきた声

 玄関前の砂利を踏む音がして ドアが開く

 ただいま


「おかえり。楽しかった?」

 遊んで帰ってきたきみに

 わたしが言うのはいつも同じ

「うん、楽しかった」

 きみが答えるのもいつも同じ

 今日も 同じ


 ほんとうに?

 ほんとうに 楽しかった?

 嫌な思い したんじゃないの?

「大丈夫?」

 わたしは つい言った

「なんで?」

 汗だくのきみは そう言った


 ちょっと からかわれただけでも

 泣いて帰ってきたきみが

 泣かなくなったのは いつからだったろう

 今日も 楽しかったと

 毎日 夕陽と一緒に帰ってくるきみが

 実は わたしの知らない世界から 凱旋してくるのだと

 お母さんは いまごろ 気が付いた

 きみの

 オレンジを背にして 楽しかったと笑う顔は

 きみが

 今日も一歩 つよく進んだ証だったんだね


 おかえり

 今日も おかえり

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