第32話
「どうなってんだ!」
片目のダークブロンドが大声を張り上げ、怒鳴り散らした。赤毛は冷や汗を掻きながら、急いでモニタを確認する。
「URLが消えてるんだ。さっきまで繋がってたのが急に止まって………」
「何とかしろ!」
片目の激しい八つ当りに、赤毛がパニクっている。
「おかしい。サーバにダウンロード出来たパケットまで消えてる」
廃棄ビルのビジネススクール跡では、にわかに仲間割れが始まっていた。一人が怒鳴り、一人が焦り、もう一人はぼんやり突っ立っていた。
汗臭い獣のような三人組が、ドタバタコントを演じている。美島美登里はその様子を伺いながら、ほくそ笑んだ。
大猿どもめ。いい気味だ。
しかし、美島は内心ひやひやだった。(レンズ)から加賀に送られる送信が、今にも途絶えそうなのだ。骨伝導音響装置からの電磁誘導がないので、バッテリーがみるみる減って行くのがわかる。
(加賀さん、早く気付いて!)
身の置き場がわからず、うろうろしていたブロンドが、ふいに無線LANの接続状況に気付いた。
「なあ、ここって、誰か他に通信、使ってる?」
ブロンドの一言に、片目男が沈黙した。
「何だと?」
美島はドキリとした。縛られた両手に冷や汗が流れる。
(まずい!)
ブロンドが無線LANのモニタを示して、接続状況を確認した。
「ほら、誰か(レンズ)で接続してるだろ?」
片目が美島を振り返った。思わず身がすくみ、その仕草でばれる。片目はつかつかと歩み寄ると、美島の顎を掴んで引き上げた。
「ひっ!」
へんな声が出た。涙で視界が霞む。
(もう駄目!)
片目男の太い指が黒ぶち眼鏡を持ち上げる。そして装着された、鳶色の美島の(レンズ)を確認した。
「お前、………騙したな!」
美島は咄嗟に何か言い返したかった。だが、恐怖で声が出ない。
(お母さん………)
次の瞬間、この場にそぐわない、拍子抜けした物音がした。
こもった音で、少し反響する、控えめなノックである。
窓の方からだった。
振り返ってみると、暗い窓ガラスに人影が動いていた。黒ずくめの忍者のような姿が二人。ロープにぶらさがって、こちらに向かって手を振っている。
ガラス越しに、忍者の一人が声を掛けた。
「Hi, bad boys!」
(パシャッ!)
消音器付きの短い発射音。
九ミリオートマチックの弾丸が、振り返った片目男の右眼窩を貫通した。男が最後に見たのは飛来する平板な黒い影だった。ホローポイント弾のマッシュルーミングが後頭骨を大きくダメージする。吹き出る血飛沫が美島の白い頬に散った。片目男は両眼を失い、スチール椅子に縛られた美島に抱きつくように崩れた。茫然自失の美島の鼻先には、男のミドル脂臭が漂っていた。
忍者は残る二人の諜報員にも、反撃の隙を与えず、手際良く四発の弾丸で仕留めた。
晴れて美島美登里は、拉致から解放されたのであった。
救助は、数分で片付いた。
窓を割って侵入した忍者チームは、手際よく三人の死体を袋詰めにした。その他サーバ等の設備も抜かりなく、回収袋に放り込んでいく。
ようやくスチールの事務椅子から拘束を解かれ、身を固くしたままの美島には、毛布が巻かれた。
しばらくして窓から初弾を発射した黒づくめの男が入って来ると、おもむろに頭巾を外した。若い男だった。さらさらのブロンドヘアがこぼれる。
忍者Aは、我らがダグラスであった。
ハンサムな口元に白い歯が光る。
「モウ大丈夫デスヨ。綺麗ナ、オ嬢サン」
美島美登里は気を失う直前、夢見るように恋に落ちた。
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