2月15日のこと・・・・・・3

 携帯電話の中の画像……着信がくると映るその写真の表情は、不気味に笑みを浮かべていきました。

 霧島さんの顔に見えるソレは、真っ赤な口を覗かせて、ヒビから大量の血を流していました。


 背後からの気配を感じたボクは、恐る恐る振り返ってみました。

 そこには、保健室のベッドしかありませんでした。

 ボクは、そのとき少し安堵していました。


 よかった――誰もいない―――。


 緊迫感に包まれていた肩が、荷を降ろしたように、少し楽になりました。

 ですが、本当は、全く良いことなどありません。

 なぜなら、誰もいないということは――そこにあったはずの死体が、消えてしまっているのですから。






             ドウシテ デンワ デテクレナイノ ?




 どこからか、声が聞こえました。



             ドウシテ デンワ デテクレナイノ ?             ドウシテ デンワ デテクレナイノ ?             ドウシテ デンワ デテクレナイノ ?             ドウシテ デンワ デテクレナイノ ?             ドウシテ デンワ デテクレナイノ ?



 何かがボクを問い詰めるように、同じ言葉を繰り返していました。


 ボクは、その声の主が何かわかりました……。

 恐怖で後退りをしたときに、ソレを踏みつけてしまったことによって……。


 グチャ……


 本来であれば、こんな効果音はふさわしくないのです。

 ボクが踏んだもの……それは、さきほど落としてしまった携帯だったから。


 携帯のはずなのに……あまりにも柔らかく、弾力のある何かを踏み潰していました。

 そう、それは、なにか膨らんだものを踏んで割ってしまったかのような、それでいて、中身が水々しく、ドロドロとしたものが割れ出てしまったかのような……。


 そのとき、ボクの足を何かがつかみました。


 ボクは、視線を落としました。


 ボクの右足の下に広がる血と膿と肉片……。

 ボクが踏み潰してしまったもの……それは……。



 そのとき、ボクの名前を呼ぶ声が、繰り返し呟かれるのが聞こえました。

 何秒かに1回の感覚で、ボクの名を呼んでいました。

 ボクの右足を掴む手が、腕が、頭が……顔が……見えました……。



 そこにいたのは……渡辺君でした。

「なんで……渡辺君がここに……?」と思った矢先でした。

 渡辺君は……左側に向けていた顔を、少しずつボクに見せてきました。

 ボクの名前を、呼びながら……。

 左目がありません。ボクが彼の左目を抜いてしまったから……。

 その何もない空洞の左目が、物悲しそうにボクを見つめていました。

 首は、そのままボクに顔を見せようと、ねじ切れそうになりながら首を180度回転させようとしていました。

 そして、180度回転されたとき、彼の目が、もう片方も失われていることに気がつきました。

 いや、失われたのではありませんでした……。


 本当のことを言ってしまえば……ボクは、渡辺君の目を、踏み潰していたのです。



 彼は、ボクの右足を思い切り掴んでいました。

 あまりの強さに、右足がとても痛くなりました。ボクは、立つこともままならず、あまりの痛さにその場に倒れこむように座ってしまいました。


 渡辺君は、両目の空洞をよりいっそう大きくさせながら、ボクの左足を、右ふとももを、左腰を、右脇腹を……よじ登るようにして這い寄ってきていました。

 彼は既に体も中身もありません。

 彼がこれまで来た道をたどるように、体を引きずってここまでやってきた跡廊下の方から伸びる大腸が残っていました。

 そのとき、思ったのです。

 渡辺君の体には……肺以外の臓器は残っていませんでした。

 それが、今ここまで大腸を伸ばしながらやってきていたのです。


 渡辺君は、左胸を、右肩を……よじ登ってきました。

 ボクは、動けませんでした。

 あまりの不可解な光景に、頭の処理が追いついていなかったからかもしれません。


 それでも、彼はなくなってしまったナカミを求めるかのように、悍ましい声とともに、ボクの名を呼び続けていました。


 そして、その手は……ついに、ボクの顔を捉えていました。

 ボクの失ってしまった左目を探っていたのです。


「…オレノ ドコダ」


 ボクは、渡辺君を突き飛ばしました。

 思いの外、彼の体はすぐに引き剥がせました。ナカミがなかったからでしょうか。

 保健室にある机にぶつかり、ぐったりとしていました。

 しかし、すぐに渡辺君はカタカタと動き始め、ボクに向かって這いつくばってきたのです。

 ボクは保健室から逃げようとしました。思い切って足を踏み出そうとした時に、ボクは何かに掴まれて、その場に転びました。

 足元を見ると、ボクの足に血がついていました。

 その血は、ただの血ではありません。

 ボクの足にくっきりと、何者かが掴んでいるかのように、手形の血がついていたのです。ボクは何者かに足を掴まれていました。その視線の先に……ボクの携帯がありました。携帯は、着信と共にその体を震わせていました。ボクは、その携帯の着信画像を見て、ぞっとしました。

 その携帯のヒビの入ったところを避けるように……霧島さんが覗いていたからです。

 不気味な表情を浮かべながら、「ドコニイクノ……?」と聞いているかのように。

 後ろからは渡辺君が這って来ていました。


 ボクは、咄嗟に渡辺君の手を掴みました。

 そして、渡辺君の体を使って……ボクの携帯目掛けて叩きつけました。

 渡辺君の頭はグチャグチャに潰れて、頭からナニかが飛びててきていました。

 携帯は完全に画面が割れて、壊れました。

 ボクの足を掴んでいた手形が消え、血の跡も無くなっていました。

 すると、いつの間にか、これまで消えていた霧島さんの身体が突然現れました。

 ……もはや、誰の顔なのかがわからないほど、潰されていました。


 ボクは、保健室を後にしました。

 どうしようもないほど、気分が悪くなっていました。

 ボクは、冴島さんだけでなく……二人のクラスメイトを完全に殺してしまったのですから。……愛してもいないのに。



 ……今日は、この辺にしておきます。

 ごめんなさい、少し話し方が雑になってきてしまっていますが……。

 その時のことはあまり詳しく覚えていないのです。

 頭が痛かったから……。


 では、よろしければまたお話させてください。

 まぁ、無理にとは言いませんが。

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