2月15日のこと・・・・・・1
……今日も話を聞いてくれてありがとうございます。
あなたは実に、良い人ですね。
――好きになっても、いいですか?
……そうでしたね、本題に入りましょう。
ボクは、二年前のあの日に、ミコトと冴島さんを殺したことは、事実です。
だからこそ、こんな目に合っているのだと思います。
あなたは、上田秋成、という人をご存知ですか?
彼が編纂した“雨月物語”の中に、青頭巾という章があります。
ある村に住むお坊さんが、旅先からある少年を連れてきました。
その少年は、十二、三歳くらいの年頃で、お坊さんの寝起きの世話をさせていたそうです。
お坊さんは、その少年を深く愛するようになりました。
次第に、日々のお勤めをしなくなっていきました。
しかし、少年は病にかかってしまいました。評判の良いお医者様を呼び、治療をさせたものの、甲斐無くなくなってしまったそうです。
お坊さんは、日夜泣き続けたそうです。……声が枯れるまで。
葬儀もしようとせず、埋葬もしようとせず……。
悲しみと喪失感に堪えず、顔に顔を押し付け、手に手を取って日々を過ごしていました。
少年が生きていた時と同じようにその身体を求めてはまぐわいを重ね、心に空いた穴を埋めようとしていました。
お坊さんの愛したその少年の美貌は失われていきました。
どれだけ失われたナカミとの距離を縮めようとしても、やがてはイレモノも朽ちていくのです。
愛した姿が完全に失われてしまうのなら――。
いつの間にか、お坊さんは心を失ってしまっていたのです。
その皮膚や身体が朽ちてただれ、腐っていくのに堪えられなくなったお坊さんは、その少年の肉を、骨を、失われていくイレモノの肉体を、まるで拭き取るかのようにくまなく舐め始めました。そして、すすり始めたのです。
やがて、少年は少年の姿を留められなくなったとき――。
お坊さんは、ついに少年を――食べてしまいました。
それを知った人々は、そんなお坊さんを、鬼と呼びました。
人の命はいずれ失われていきます。
ボクのここにも、ナカミが存在します。
でも、そのナカミが失われたら、果たして、それでいいのでしょうか。
ボクは、イレモノも大切にしたいと思っています。
ボクは、お坊さんを鬼だなんて思いません。
むしろ、少年への愛を、褒め称えるべきなのです。
さて、ボクは鬼なのでしょうか。
人を愛しては、裏切られることを畏れ、視線を畏れ、離れてしまった心を取り戻すように、殺しています。
カノジョは、殺したボクに何を求めているのでしょうか。
ボクは、呆然と、そんなことばかり考えていました。
2月15日。ボクは左手の薬指を失いました。
元々無かったかのように、第二関節から先が、失くなっていたのです。
あの時廊下で気を失ってから、いったい何があったのでしょうか……。
どのみち、このままではボクは、ほとんどのナカミを奪われて殺されてしまう。
冴島さんが、再びボクの前に現れる前に……逃げなければならないと思いました。
でも、どうやったらカノジョから逃げられるのか……ボクにはわかりませんでした。
保健室で考え込んでいたボクは、霧島さんに視線を向けました。
ボクの左薬指を落とした姿が、写っているかも知れないと思ったのです。
「霧島さん、ごめん。もう一度、借りるね」
――再び映像が流れ始めました。
さきほど見た光景と、全く変わりませんでした。
でも、ボクはふと思ったのです。
この光景は、その人が亡くなる30分ほど前までなら遡れる。
――見れる光景が、大体それくらいの時間分の記憶だったから。
……だとしたらですよ?
この日は2月15日でした。電子時計のカレンダーが1日だけズレていたとは考えられませんよね?
そうすると、この霧島さんの目が見た光景は……。
――今日の光景、ということになりますよね。
じゃあ、渡辺君は?
彼は、いつ死んだのでしょうか。
彼が引きずられて、血を流した光景も目にしていました。
ボクが目を抉られて倒れる姿も……。
……えぇ、そうですね。
彼は、14日に亡くなったのは事実。
でも、あんな姿に変えられてしまったのは……今日、ということ。
しかも、死んでから1日経っていたはずの彼は……ボクの名前を口にしていたということに……。
そして、この目の記憶の中に映るミコトの姿――。
理屈では考えられないことが起こっていました。
考えれば考えるほど、左目が疼きました。
でも、一つの結論には、たどり着きました。
……ミコトが、この校舎内に、いるかもしれないということです。
そのときでした……
……ーン…… ヴィーン……
今日は、この辺にしておきましょう。
ボクも、だいぶ混乱してきました。
もう少し、情報の整理は必要ですね。
……え? ボクがあなたを「彼氏さん」と呼んだ理由ですか?
……まだ、シラを切るつもりなんですね。
その強情を続けてみるのも、いいと思いますよ。
……まぁ、無理にとは言いませんが。
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