2月14日のこと・・・・・・2
……あぁ、お連れの方でしたか。
急にいらっしゃったもので、失礼いたしました。
さて、話の続きでもしましょうか。
気を失ってから、数時間が経過した頃。
ボクは、渡辺君の声で目覚めました。
その声は、とてもとても、か細く、まるで、虫の息のような声で、ボクを呼んでいたのです。
失った左目から、血が流れていました。
頭もズキズキしていて、酷く痛みました。
かろうじて、指や腕を動かすことができました。
どうにか体を動かそうとして、ボクは、左腕を伸ばしました。
ボクの名を呼ぶ、その方向へ――。
そのとき、ボクは何かをつかみました。
左側を向いていた顔を、ボクは真っ直ぐに直しました。
ぼんやりと見える視界の中で――渡辺君が、ボクの頭上で横たわっていました。
目は虚ろでした。口は、ぽかんと開いていました。
ただ、何秒かに1回の感覚で、彼はボクの名を呼んでいました。
右目で見える視界が、少しずつ鮮明になってきたとき、ボクは自分が何を掴んでいるかがわかりました。ズルズルと自分の顔の方へ引いてくると、どうやら、誰かの足のようでした。
足――? にしては、あまりにも軽すぎました。到底、その時のボクには、体ごと引きずる力はなかったと思います。
視界がはっきりと見えるようになったとき、その足が誰のものか、わかりました。
なぜなら、書いてあったからです。
その足が身につけている、上履きに……「渡辺」という文字が。
ボクは、はっとしました。
数秒おきにボクの名を呼ぶ彼は、一体……ボクは、力を込めて体を起こしました。
あまりにも無理のある体勢だと思ったんです。
だって、おかしいですよね? その人の頭の前に、足があるなんて。
……そうです。
渡辺君は……頭と体だけになっていました。
渡辺君の体には“人体模型”と、血で書かれていました。
ボクは、必死で起き上がり、渡辺君に声をかけました。
――渡辺君、渡辺君!
体を揺すると、その体はいとも簡単に転がりました。
納得がいきました。だって、渡辺君の体の中には……ほとんど、何も、入っていなかったのですから。……肺だけを残して。
ワイシャツの中身は、背骨が見えていました。
……ちょっと、これ以上は、思い出すと、その時のように……戻しちゃうので。
渡辺君は、まるで壊れた人形のように、ボクの名を呼び続けていました。
目は虚ろで、口をぽかんと開けて……いつまでも、いつまでも――。
ボクは、起き上がり、その場に座り込みました。
少し、考え込んでから、渡辺君の開いた目を見ていました。
ボクの左目が疼いて、痛くて、空洞を埋めたくて……そんな欲求が、そうさせたのかもしれませんが、ボクは、渡辺君の目を綺麗に取り出して、自分の空いたその中へ入れました。
…どうされました?
あぁ、冗談ですよ。だってそのほうが、おもしろいでしょう?
…あ、あぁ、すみません。まだ義眼が馴染んでいなくて――たまに血が漏れてしまうんです。えぇ、大丈夫です。
ボクは、その時、妙な光景を目にしたのです。
ボクの目に、ボクが写っていました。
ボクの左目を抉られたボクは、その場に崩れ落ちて行きました。
怖くて、逃げ惑っていたのでしょう。視界があちこちを向いて、その光景を見ているボク自身も頭を振り回された感じでした。
教室の隅、そして、廊下へ出ようとしたとき、視界は突然、床目掛けて急降下しました。誰かに、掴まれて、倒されたのだと思います。ズルズルと引きずられていき――。
教室内を目にしながら、床が、血で溢れていく姿が写り、妙な光景は消えて行きました。
ボクは、その時思ったのです。
誰かの目を自分にはめることで、その人が死ぬ前に見た光景を、見ることができるのではと……。
……ちょっと、頭が痛くなってきました。
今日は、この辺にしておきましょう。
また、来てくださいね。お待ちしております。
まぁ、無理にとはいいませんが……。
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