2月14日のこと・・・・・・1

あなたは、バレンタインデーって、楽しみですか?


……そ、そんなに睨まなくてもいいじゃないですか。

悪い意味があって言ったんじゃありません。



実は――。



2月14日のことでした。

ミコトが行方不明になり、ボクは職員室に呼ばれ、事情聴取を受けました。

朝一番で、怖そうな先生たちに囲まれながら、当日の話をしました。


通り一辺倒な会話、形式的な質問・・・人をみんな同じものだとしか思っていないような、あの話し方で、ボクはただ無為に時間を過ごしたと思いました。


そんなことよりも……ボクはミコトのことが心配でした。

そして、昨日見た、あの―――――冴島さん、だったのでしょうか。



…ボクは、教室に行きました。

まずは、誰でもいい、知っている人なら、誰でもいいから、話がしたかった。

でも、クラスに入ったボクを待っていたのは――。



ボクヲ見ル、冷タイ、軽蔑スルヨウナ眼差シ……



何か、化物でも見ているのではないかと思うほど、その視線は冷たかった。


でも、席に着いたときに感じた、妙な感覚と、鼻を刺すような、強烈な臭いに気づいたとき――

ボクは、その視線の正体に気がつきました。



ボクの机の中には――――



ノートの切れ端に包まれた




腐りかけた薬指が、入れられていたのです










ボクは思わず「うわっ………!!!!!」と言って、指を落としてしまいました。


その悲鳴に気づいたのか、臭いから遠ざかっていたクラスメイトたちが、その指に気がつきました。



そのあとは……悲惨なものでした。


女子の悲鳴――。


嫌悪感で睨まれるボク――。


嘔吐を撒き散らす男子――。


持っていたノートの切れ端を奪われるボク――。


まだ読んでもいなかったその内容を読んだ渡辺君が――。


切れ端を持つ手を震わせながら、その内容を読み上げていました。




 この ノートの 切れ端を 見た 

 ダイスキな あなたへ


 心からの ばれんたいんを 送ります


 受け取ってくれたことへのカンシャとしては、

 まず、あなたに

 わたしのことを知って欲しいので、

 わたしのハジメテを

 あなたにサシアゲます。

 

 次に、これは、ケイヤクです。

 わたしのタイセツなモノをうばったあなたには、

 必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず

 必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず

 必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず

 必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず

 必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず必ず

 セキニンをトッテもらいます。


 最後に、これは、お近づきのシルシです。

 毎日大事に肌身離さず制服のワイシャツの

 胸ポケットに入れて、

 一日四〇回撫でてあげてくださいね。

 大丈夫です。もう、死んでしまっているから、

 動くことはありません。

 それに、もとはあなたのペットですから、

 すぐにナツクと思います。


 でも、時々あなたを見つめて、

 なぜこんなことになったのかを

 恨めしそうにミツメルかもしれません。


 この ノートの 切れ端を 読んだ 

 ダイスキな あなたへ

 ホワイトデー までに 

 お返事を お待ちしております


 わたしを はやく みつけてね




―――その内容が読み上げられたとき


その場にいるほとんどの生徒が、ソレの姿を見てしまったのです





立てるはずのない校庭側の窓の外から……




ソレは確かに見ていたのです




       眼 球 の な い 目 を 真っ黒に広 げ て









冴島禮衣子が、ノゾイていた―――













教室はパニックになりました。


机を、椅子を、ロッカーを、すべてグチャグチャにしながら、逃げ惑っていました。



冴島さんは、窓から教室の中へ、ゆっくりと入ってきました。

一度教室の中へ、ドサッと落ちたと思ったら、姿が消えていました。








   「お…おい……」



渡辺君が、消え入りそうな声で呼びかけてきました。



      ワタシノ ラブレター ミテクレタ ?


左側を向くと、ボクの横に、長い髪の毛が垂れていました。


思わずボクはたじろいてしまった……

そうしてボクは……







  グチャ……






薬指でした……




ボクは、あの切れ端の中に入れられていた薬指を……





踏んでいました――。




あまりの怖さに、ボクは逃げ出したくなりました。

怖さと同時に、こみ上げてくる嫌悪感がボクを包みました。

心臓が…口から飛び出そうになるほどの吐き気と、暴れまわる心拍音が、

鳴り止みませんでした。


すると、カノジョはその潰れた指を大事そうに拾い上げたんです。

嬉しそうに、カノジョはその、薬指のない手のひらに乗せました。


垂れた髪の毛は、ゆっくりと頭を起こしていきました。


カノジョは、その潰れてグチャグチャになった、骨なのか、油なのか、脂肪なのか、肉なのか、なんなのかさえわからないその指を……

ボクのワイシャツのポケットに入れました。


鼻の曲がるような臭いがしました。

道端で死んでいる猫を見つけたとき、そのハラワタをついばむカラスが捨てていった猫の死骸が、ゆっくりと腐っていったときの臭いと同じような、むせるような臭い。


鼻を覆うことも、逃げることもできませんでした。


なぜなら、ボクはもうすでに

カノジョに捕まえらあいされていたからです




ボクの目の前に、眼球のない、紫色の服を来たカノジョが

ボクの顔に手を伸ばして、ボクの顔を掴んでいました。



すると、ボクの視界には三本の指が徐ろに近づいてきました。

その指が、ボクの、左目にまっすぐと忍び寄ってくる――



       カエシテ





……もしかして、わかったんですね。



ボクが眼帯をしている理由が。



       カエシテ、カエシテ




――薬指のない、その手がボクの目の周りに触れていく



かえしてかえしてかえしてかえしてかえしてかえしてかえしてかえしてかえしてかえしてかえしてかえしてかえしてかえしてかえしてどこにいったのわたしのめわたしのめわたしのめかえしてかえしてかえしてかえしてかえしてよかえしてわたしのくすりゆびだいちょうしょうちょういぶくろかんぞうじんぞうしんぞう



カノジョの思念なのでしょうか…

カノジョがボクに触れた途端に、カノジョの頭の中の言葉らしきものが

一気に流れ込んできました。


そのためでしょうか・・・ボクは、その時、カノジョが、しようとしていることが

鮮明にイメージできていました。


ボクは、逃げられず、固まった体をただなすがままに明け渡すことしかできませんでした。

目からは涙があふれていました。

声が出ませんでした。


ただ、自分の中にある心拍数だけが

ボクの中でこだまして、弾むたびに音を奏でていました。


そして――とうとうその瞬間を――迎えることになりました


「――人差し指」  

この世のモノとは思えない声が聞こえてきました…


      やめてくれ…と、ボクは小さくささやきました 


「――中指」    

ボクに触れてくる得体の知れない何かが、ボクになにをしようとしているのか…


      誰か誰か・・・誰か誰か誰か誰か誰か誰か

 誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰かダレかだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかたすけてたすけてたすけてたすけて!!!!!



次の指が何かが分かった途端、すぐに知れることになりました。




   ―――タスケ……






「――親指ィィィィィィィィィィィッヒヒイッヒヒヒヒイヒヒヒひっひひいグチャ…いひひひひひひっははははははははははははははははははいひっひひひひひひひひグチャ…いいいっはははははははははははひおやユビいいいいグチャ…いひいっひひひ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



血飛沫が飛びました。ボクの左目をかき混ぜながら、カノジョはとてもとても、嬉しそうに笑っていました。

幸せそうでした。

空洞の目が、口が、この世のものとは思えないほどガバッと開いて、笑っていました。


三本の指が…ボクの視界を閉じたんです。

目の視神経をズタズタに掻き乱され、自分の触れられないところを、まるで宝物でも漁るかのように・・・

ぐちゃぐちゃになった、ボクの左目をカノジョは自分の左目にはめていました。

ボクの意識があったのは、ここまでです。




               アシタハチガウモノヲトリニクルカラ


               タノシミニ マッテテネ 


               だ ぁ り ん





……思い出すのも、辛くなってきました。


続きはまた後日にしましょう。また来てくださいね。

まぁ、無理にとは言いませんが。


ところで、さっきから気になっていたのですが・・・








あなたの後ろ…にいる人……だれですか?



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