第一章蛇紋 『待望』
――時は遡り、第一章幕間後。
―――――――――――――――――――
――薄暗い世界に地面を這う音が啜り響く。
先刻まで天から見下ろしていた月はその姿を匿って光源は夜空の星々のはずだが、煙霧がそれらの輝きを霞ませる。その世界は光源が少ないが故に闇と例えるに等しい。
地面を這う音は戸惑うことなくその身をある一点に向けて進めていく。
だが、
――――。
渇いた空気に長い舌を幾度か出して震わせる。その行為は癖や犬が熱を放出させる行為でもなく、何かを探しているようだ。
手足のないが故に舌を遣わせる。
――――。
一度進行を停止させていると乾いた空気を流す風が優しくゆったりと流れる。風が止むと、それは再び戸惑わずにある場所へその身を這わせる。
薄暗い世界をその瞳に映しながら、木や石垣がその場所への障害になっているのにも関わらず、それは一度たりとも衝突することなく、薄暗い世界を這っていく。
薄暗い世界にはしっかりとした光と呼べる存在はないに等しい。
だが、それの瞳には全てが見えている。
一本の木を寸前で減速せずに避けて目的の場所が正面に映る。
それは至って普通な木造建築の家。一つの窓から微かに漏れる朱色の光が、その赤き双眸を光らせた。
「――いだっ。……うぅ」
痛感の後に唸り声。痛覚を堪える声か、感情を押し殺す声か、自負の涙か――。
可愛らしい音色は、何者をも包み込む偉大さと寛大さと儚さがある。それ故に、その音色にだけは『嫉妬』せずにいられ。『慈愛』すら抱く。
だが、それにはその音色を感じることは今は出来ない。閉じた口から長い舌をしゅるりと出して、音色が震動させた空気を伝ってその音色を感じる。
それは赤き双眸を瞬きせずに一つの窓から漏れる光の先を見つめ続けながら、舌を出して、震わせて、引っ込めて、再び出して。それを繰り返して光を見つめ続ける。
遠くから地面を乱雑に乱暴に這う大きな轟音が近付いてくる。地鳴りにも聞こえる音は、それにとっては日常の一時。弾けるようにそれを通過した轟音の正体は、ただの風。
だが、音を感知出来ない今のそれにとって轟音は些細な出来事に過ぎない。地面を乱暴に這うことで誰よりも先に感知出来る、地の震動はそれにとって人の聴覚のそれと同等かそれ以上ではある。
薄暗かった世界は、先刻の風によってなのか。天の星々と大地を分けた煙霧は凪がれ消えて、それの目的であった『彼』のほのかにあった残り香さえも凪がした。
目的を失った、手掛りを凪がされた、一匹は、再びその時が来るのを待ち焦がれる。
凪がされてもなお漂ってくる『その家』から『彼』の微香。
長い舌を空気に這わせて、なくなってしまった残り香の余韻を楽しむように頬張るように、空気に晒していた舌をそっとしまいこんで、赤い赤い瞳を、漂ってくる『その家』に向けて送る。
満天の星空という大いなる光源たちの下で、小さな家のそのまた小さな窓から漏れる光源を見つめる。
瞬きをすることなく、赤き双眸で見つめ続け、待ち焦がれる。
伝えることの出来ない知っている感情『愛』を瞳に映して、
『白蛇』は、彼を待ち続ける。
異世界召喚されたのは御伽世界 きじ @kiji_ibis
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