第5話 珠美さん、家庭について考える

第5話 その1

「家を買った、ですか」


 今日も唐突に珠美さんの世間話が始まりした。と言っても、珠美さん自身のことではなく、友達の話のようです。


「や、友達の彼氏なんだけどね」


「はあ」


「家を買ったわけではないのよ」


「どっちなんですか」


「説明するとややこしいんだけど、彼は独身寮みたいなところに住んでいたのね。それで、近々結婚するので家族向けの社宅みたいなところに引っ越させて欲しいってお願いを出して、それが通って、引っ越しちゃったの」


「結婚するんですか。おめでたいですね」


「いや、まだ結婚するとかというとこまでいってないのよ。少なくとも友達はプロポーズされてないし」


「勇み足ということですね。でも逆に、その家を借りたってことが、プロポーズの意思表示のかわりなのではないでしょうか」


「そんな回りくどいの、やだ」


 珠美さんが嫌かどうかじゃなくて、友達の意見がどうかだと思うのですが、こうやって話のネタにしているからには、友達も好ましく思っていないのでしょう。


「そういうことしておいて、ドヤ顔しているのが腹立つって言ってた」


「そうですか。厳しいですね」


「厳しいわよ」


 つまり、マリさんとショーンくんのことなんですけどね。


 あのふたり、武闘大会での様子でも分かるように、なかなかよい関係が続いているらしく、とうとう一緒に暮らすための家の準備まで考えるような事態に進んでいるようなのです。


 おめでたいことではあるのですが、順番がどうもおかしなことになっているらしいのが問題ですね。普通はプロポーズして、同意して、それから生活どうしようか話し合って、新しく家を探すなら一緒に探してという流れなのかなと思います。もっとも、騎士団から家を割り当ててもらう場合、あまり選択肢がないというか、空いているところから決められてしまうので、さほど迷うこともなかったりはします。


 それにしても、プロポーズもしないうちから家を決めるなんてのは、気が早いというか、まず同棲からってことだとは思うのですが、同棲ってもうちょっとこじんまりとした部屋から始めるものではないですかね?


 明らかに手狭な部屋なんだけど、一緒にいるだけで幸せだから一緒に暮らしていて、これはあくまで一時的な生活でふわっとしたもので、いつかちゃんとした家庭を作ろうという、もっとふわっとした夢を見ている、そんなふわっとした時間。同棲生活ってそういうイメージがあります。経験ないので、あくまでイメージですが。


 それなのに、いきなり家を用意してしまうなんて! しかも独断で!


「質問なのですが、そのお友達の彼氏というのは、亭主関白希望なんですかね」


「希望はしていないと思うけれど、自分がイニシアチブをとりたいタイプ? カッコつけたいのよ、きっと」


「そういうところが、お友達の逆鱗に触れたのでしょうね」


「違うみたい。亭主関白はオッケーなんだって。引っ張ってくれる人は嫌いじゃないんだけど、自分勝手は嫌いなのかな」


 なんと亭主関白オッケーでしたか。マリさんの性格からは意外ですね。彼女のほうが引っ張りたいのかと思っていました。


「理想の家庭像ってのは、人それぞれで難しいものですね」


「家庭……そうね。家庭って言われちゃうと、その通りね、家庭を持とうとしているのね。それなら理想の家庭にしたいのも当然ね」


「理想の家庭といえば、サザエさんが理想の家族像だと言っている人たちがいるらしいですよ」


「どこらへんが?」


「その人たちに言わせると、どうも三世帯同居というのがポイントで、そうやって家族が連綿と続くことで国体の維持が云々とかそういう種類の理屈みたいですね」


「国体って何? スポーツ?」


「さあ? スポーツの大会ではないと思いますが」


「あ! そういえばね、私むかし、サザエさんの最終回ってどんなのだろうって想像してみたことがあるの!」


「ほぉ」


「多分ね。大きな事件が起こって人類が危機に陥って、それを助けるために磯野家のみんなが活躍する……なんてことは絶対なくて、前の週の放送と同じように普通に日常が描かれて、最後に『サザエさんは今日でおしまいです。また皆さんと会える日を楽しみにしていますね。それでは、じゃんけんポン! 』で終わると思う」


「その後は、年に一回のスペシャル特番とかで復活するわけですね」


「そうそう、そんなノリ。で、考えたのよ。サザエさんが終わらないといけない時代って、どんな時代になっているんだろうって」


「時代からの圧力で最終回になるのですね」


「スマホもパソコンもないままの世界が、いつか実世界と大きくかけ離れてしまって、誰からも見向きされなくなるのよ。……ううん、見向きする人はいるんだけど、そういう人たちも社会から見向きされなくなる。現代劇としては無理があって、時代劇にもなりきれず、時代から取り残されて、次第に無用の長物だっていう圧力がかかってくる。そういう時代。サザエさんの世界観をリアルに覚えている世代もどんどん減っていって、むしろ日曜日の夕方にあの番組がやっていることが自分の原風景みたいになってしまう」


「いつ頃でしょうね」


「わかんない。でもその時自分はどう思うかって考えたの。寂しいって思うのかしら、それとも清々したって思うのかしら。あんなお話の中だけの家族観なんか必要ないって思うのかしら。もしかしたらそういう時代には、既に家族ってものがなくなっているか、なんでもありになっているか、どちらかなのかしら」


「どちらも怖いですね。でも、みんなサザエさんになったら一番怖いので、やっぱり最終回は必要なんですよ」


「でも目を閉じて想像してみて。サザエさんが終わらざるを得ない時代を。想像できる? ……私はできない。分からないのよ。そして、こういう私みたいな想像力のなさってのが、世の中で悪いことを引き起こしそうで、それも怖い」


「珠美さんは別に想像力不足してないですよ。それよりも、お友達はどういうのが理想の家族像なんでしょうね?」


「うーん。そうねえ……わかんない。聞いてみないとね。あ、ちょっとトイレ借りるね」


「はいはい」


 珠美さんは僕の部屋のトイレに向かいました。



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