第5話 その2
異世界パンゲアの映像に目を移しましょう。
うーん、実に平和です。
マリさんと珠美さんは、ふたりでショッピングに出かけています。市場とは別に、家具とか生活小物とか秘石とかを扱う店が並ぶエリアがあるんですね。そういうところには買い物客をターゲットにした喫茶店なんかもできますから、ちょっとしたお散歩にはうってつけの場所です。
で。
結局マリさんが怒っていたのは、割り当てられた家が非常に日当たりが悪くて気に入らなかったのと、そんな物件を掴まされて平気な顔をしているショーンの無神経さというか無頓着さに対してだったのですね。
「やっぱり私がしっかりしないと駄目なのかなあ」
マリさんは言いました。
「でも、こういうところは男の人にしっかりして欲しいなあ」
意外とこういう性格なんですね。ふむふむ。
「それで、どうしたの?」
珠美さんの質問に、
「ショーンに説明して、騎士団の担当者のところに行かせて、別の家を割り当てて貰った。今度の家は、結構いいよ」
「最初っから一緒に家を選びに行けばよかったのにね」
「最初っから完璧な家を彼が用意すればよかったんだよ」
「むー。そんなにいい家に住むのなら、いっそ結婚しちゃえばいいのに」
「や、そこはまず同棲から」
「むー」
珠美さんには色々思うところがあるようですが、家の件は一件落着したし、「ではインテリアを」ということで、ふたりは買い物にやって来たのでした。
「ねえねえ、マリちゃん、インテリアは彼と一緒に選ばなくていいの?」
「いいって、いいって。彼、そんなセンスないから」
「むー」
ショーンくんが不憫に思えてきました。彼らはこの先、幸せにやっていけるのでしょうか。
「えっと、食器はペアで揃えたいよね。それにカーテンも新しくしたい」
「ペアなんだ」
「え? そこはそうでしょ」
「仲良しさんなんだ」
「そうよー。いいでしょー」
「むー」
僕はこの状況をどう理解すればいいのでしょうか。仲がいいのか悪いのか。男心の問題なのか、女心の問題なのか。本当に分からなくなってきました。
珠美さんは、むーとか言いつつも、買い物が楽しいらしく、あちこちのお店を順番に見て回っています。重くて荷物になるので、実際に買うのは後にして、まずは品定めのようです。もしかすると買うのはショーンくんと一緒の時で、荷物持ちをさせるのかもしれません。不憫……。
ふたりのウインドウショッピングは続きます。今日中に一通りのインテリアを見てしまおうという計画のようです。
おや?
何やら商店の前で騒ぎが起きていますね。人も集まっています。どうしたのでしょうか。
貴金属を取り扱う店のようです。店構えからすると、かなり繁盛しているようです。清潔で上品で、かつ豪奢な佇まい。なかなかのものです。きっと皇女陛下にもお納めしているようなお店なのでしょう。
問題の騒動はというと、中心にいるのは店のご主人と奥様のようですね。それと奥方の隣には子供がふたり。男の子と女の子です。どちらも十歳よりは上でしょうか。
「いい加減にしなさい。人が集まってきた。これ以上私に恥をかかせるんじゃない」
「ええ、結構ですよ。私は子どもたちをつれて家を出ていきたいだけですから。道を開けてください」
「そんなことは許されない。子供は大切な跡取りだ」
そこに珠美さんとマリさんが割り込みました。
「皇国騎士団女子部のマリとタマミです。お話を伺えますか」
「これは騎士様、お揃いで。家庭の問題を晒してしまいお恥ずかしいです。いえ、これは本当に家庭の問題ですから、騎士様のお手を煩わせるまでもありません」
「騎士様! 助けてください!」
「奥様の考えは違うようね。いいわ。騎士として仲裁に入ります。奥様の話を聞いたほうがよさそうね」
そして奥方は事情を説明し始めました。
うーん。珠美さんとマリさんは腕組みをして頭を抱えています。なかなか込み入った事情だったのです。
まず奥方の希望は、ふたりの子供を連れて家を出ていきたい、です。ご主人はこれに反対しています。跡取りを連れて出ていくなど、とんでもないというのが一番の理由です。奥さんのことはどうでもいいんですかね?
話を難しくしているのが、ふたりの子供のうちの息子のほうです。
この息子さん、ひどい吃音——いわゆる「どもり」ですね——に加えて、右半身に軽い麻痺ががあるらしく、思うように動かせないことがあるらしいのですね。僕なんかは、だったら将来はバックヤードで働けばいいんじゃないのかな、などと思うのですが、ご主人としては店の跡継ぎはちゃんと人前に出れるようでないと困る。息子が無理なら、娘に婿を取らせて云々と考えているようです。
息子のことはどうでもいいんですかね?
いや、多分、どうでもいいんですね。このご主人、自分と店の都合だけで、それに合わない人間はどうでもいいと思っているんじゃないかなという気配を感じます。
一方奥さんの言い分はこうです。
息子に対して、そのような扱い方をするような人間に、娘を任せることはできない。だからふたりともを連れて、家を出ていく。
分かります。そうなりますよね。
「むーん。このお父さん、なんかひどい人ね」
「でも店と家を守る責任があるから、ご主人の言い分も分かる」
「えー、私は分からないー」
珠美さんとマリさんの意見も分かれています。
「でもね、タマミ。奥さんが子供ふたりを連れて家を出たとして、どうやって生活していくの? 女の人がひとりで子供を育てながら生活するのって、簡単じゃないよ」
「子供たち、それなりに大きいんだから、普通に仕事できるんじゃない?」
「そんな仕事、簡単には見つからないよ。それに、この家で家庭教師に見てもらえたほうが、子供にとってもいいと思う。むしろ奥さんが息子だけ連れて家を出たほうがまだ可能性があると思う。子供ひとりなら養えるかも」
「むーん。でもね、正直自分の息子をああいう風に扱う人が、娘をちゃんと育てるかしら。お母さん、心配なんじゃないかしら。任せておけないんじゃないかしら」
「分かるけどね」
珠美さんとマリさんが陥っているのは、お互い意見は違うけれど、相手の意見も分かるということで、それはつまり、ご主人の都合も分かるし奥さんの都合も分かるということで。あっちを立てればこっちが立たない。難しい。騎士たるもの、びしっと采配して見せたいところですが、意見が割れているし、そうもいかない。
「マリちゃん、ちょっと待っててねー」
珠美さんがトイレから出てきました。
「お茶でもいれますか?」
「こぶ茶がいい」
「はいはい」
僕は立ち上がってキッチンに向かいました。こぶ茶が常備されている我が家というのも、大したものです。
珠美さんはテーブル前に座って、バタンと仰向けに倒れました。両手を伸ばして背伸びをします。
「家族って大変よねえ」
「そうですねえ」
「やっぱり……結束? みたいなのが、最後は求められるのかしらね」
「結束……ですか」
「一致団結とか結束とか家族の絆とか。……本当かしら」
「言葉の響きだけはいいですけどね。表面的な綺麗事だけでは、うまくいかないことは多いと思いますよ。はい、こぶ茶」
「ありがとー。……熱いっ!」
「ああっ、ごめんなさい。言葉が足りなかったですね」
「らいりょうぶ。れも、した、あるいあるい」
「え、見せてください」
「やら」
「え、いいじゃないですか。見せてくださいよ」
「やら、えっり」
「珠美さんの粘膜を見せてくださいよ」
「あほかーっ!」
はい、調子に乗りました。
「ごめんなさい、ごめんなさい。話を戻しましょう。家族のことですね」
「そう。家族が一緒にいて、強く結びついているのはいいことなんだろうけれど、どこかに歪みが出てくると大変よね。誰かが我慢しないといけないようなことになったら、とてもつらい。……そういう時って、我慢しないといけないのかしら」
「具体的な例がないのでなんともいいかねますが、我慢することを強いられるのは疑問を感じますね。だからと言って、我を通すのも難しいのですが」
「具体的な例は……むーん、出せないんだけど。我慢してまで家族やっているべきなのかってことよね。色々な家族がいるし」
「いますねえ。全員がお互いを大事にできればいいのですが、父親の振る舞いひとつとっても、兄弟の誰かだけ大事にされたり、奥さんだけ大事にされたり、血縁の親だけ大事にされたり、自分のことしか大事じゃなかったり。どの場合でも、家庭の事情があるでしょうから、他人が口を挟むのは難しいですが、なるべくなら幸せな人がひとりでも多いほうがいいですよねえ」
「そうよねえ」
珠美さんは冷めてきたこぶ茶をすすります。
「歪みがないのが一番だと思いますよ」
「そうね。そういう方向性よね……でもやっぱり、家庭の話題は私には荷が重いのかも」
珠美さんは立ち上がり、トイレに向かいました。
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