第8話 その4

 作戦会議の場所に、僕はフォーカスを移動しました。


 ショーン・チェックは左腕を欠いており、特別に改造を施した装具をつけています。数時間に一度、セレナさんの鎮痛術が必要な状態で、特に寝ている間がつらいようですが、騎士団のリーダーとして作戦会議を場を取り仕切っています。


「次は決戦にする。これが最後だ」


 ショーンは言いました。


「先の戦いで、尖兵となったタマミは、敵の特殊部隊によって本体から隔離された。今回はそれを逆手にとって、特殊部隊をおびき出す陽動部隊を編成する。陽動部隊の隊長はタマミだ。いいか」


 珠美さんは頷きました。


「本体は二手に分かれて、左右から敵を挟み込む陣形を組む。最終的には、一点集中に持っていき敵を叩く」


 全員がショーンの話に聞き入ります。珠美さんが手を挙げました。


「提案があるんだけど、ショーン」


「何だ」


「もう一部隊、用意できないかしら」


「用意してどうする」


「退路を断つの。それと、敵の増援に先制する」


「どういうことだ」


「ここの地形をよく見て。ゴンドワナが本国からの増援を呼んだ場合、その部隊は渓谷を越えてこないといけないわ。だけど、この場所につながっているののは二箇所の橋しかない。ひとつは山奥のつり橋だからお話にならなくて、もうひとつは大きな橋。増援はこちらを通って来るでしょう」


「だろうな」


「この橋を落とします」


「なんだと」


「敵の増援が来る前に、橋を落とします」


「それは……騎士としてフェアじゃない」


「そんなことはない。増援が来て数の勝負になったら、それこそ騎士の戦いなんてできなくなるわ。騎士の戦いを維持するためにも、増援は邪魔です」


「私はタマミの案に賛成」


 アルルさんが片手を挙げて言いました。


 ショーンは少し考えて、決断しました。大丈夫、彼は冷静です。


「いいだろう。もう一部隊を編成し、大きく迂回しながら後ろに回り込んで、橋を破壊する。だが——どうやってだ? 大きな橋なのだろう?」


「私が行きます」


 今度はセレナさんが手を挙げました。


「薬使いは、爆薬の扱いもできますのよ」


 こうして珠美さんの提案は採用されました。作戦会議は終了し、各自、部隊に分かれて戦闘の準備を始めます。


「今度は本当に三人別行動だな」


 アルルさんが言いました。


「これで最後にしましょうね」


 セレナさんが言いました。


「……うん」


 珠美さんは、強い決意を顔に浮かべました。


「なあタマミ、お願いがあるんだ」


「なあに?」


「無茶はするな。ひとりで先走ろうとしないでくれ。マリのことに責任なんか感じなくていい。また三人でこの場所に戻ってこよう」


「そうね、そうして、お茶を飲みましょう」


 タマミさんは穏やかな笑みを浮かべたように見えました。


「そうね」


 そして鎧を固定する紐を、きりりと結びました。




 スライド——-神の世界へ。


 わちゃわちゃとしていますが、八百万の神々も決戦に向けて一丸となろうとしています。


「いまいち、まとまらんな」


「空照大神様、そんなことないです、大丈夫ですよ」


「しかし、そなた、我らと一丸とならずに、周辺をうろちょろしておったではないか」


「見てましたか」


「見ておった。神だからな。使徒を追いやってくれていたので、働きは認めるが」


「ええ、僕は、そんなところで働こうかと思います」


「一丸となれ。一体となれ」


「ええ……まあ……それは追々ということで」


「人間側は決戦である。神もまた決戦である。一心同体、いや一神同体にならねば、ゴンドワナの強靭な神には勝てない」


「いざとならば参戦しますよ。いや、参戦はもうしています。僕なりのやり方で戦っています」


「それは分かっている。だが、いざという時には、我ら一体となれ」


「ええ……まあ……それは、まあ……」


「忘れるな」


「覚えておきますよ」


 神様なので嘘はつけないので、嘘でない範囲でごまかしておきました。


 確かに八百万の神が力を合わせなければならないといけないのは分かります。それくらい、ゴンドワナの唯一神は強いのです。力を合わせても、食われて相手に取り込まれてしまっているくらいなのですから。


 でも、ねえ。


 なんか、ねえ。


 そういうのも、ねえ。


 釈然としないなあと思いながら、僕は神々が戦闘に向かって螺旋を描く流れの周辺でふわりふわりと浮かびながら、進撃していきます。


 人間界では、ローレンシア騎士団が進撃を開始したようです。作戦のとおり、珠美さんを中心とした遊撃隊と本体が左右に分かれて挟み撃ち。それに加えて橋を爆破するための別働隊です。


 彼らは彼らで必死なのです。


 ローレンシアの神々と、ゴンドワナの神と使徒とが、接触しました。


 概念戦——信仰と信仰とがぶつかり吠えます。


 僕は中心となる大きなうねりを周囲を回りながら、時折こちらの世界に手を出してくる使徒を追い返します。


 後光フラッシュの波状攻撃。


 こんなに連発していたら、ご利益も何もあったもんじゃありませんが、こういうところで使わないと意味がありません。


 そう、僕は時間稼ぎをしていました。珠美さんのために時間を稼ぎ、タイミングを見計らわなくては……。




 左右からの挟み撃ちを展開したローレンシア騎士団に対して、ゴンドワナ軍は左右の防衛に加えて中央にも布陣を敷いています。左右を手薄にして中央突破という作戦に備えてのものと思われます。


 これは好都合です。


 ローレンシアはもとより左右から押していくことしか考えていないので、ゴンドワナが中央に兵を配備した分だけ、左右の防衛は弱くなります。


 最終的には中央付近で全軍衝突することになるわけですが、それまでに左右の軍勢をどこまで削れるかがローレンシアの勝利の鍵となるでしょう。


 一方、珠美さんは少人数部隊を率いて出陣しました——ああ、もしかするとこの部隊が中央突破をしようとしていると読まれたのかもしれません。


 当然のように、ビッグマウスを中心とした特殊部隊が珠美さんにまとわりついてきました。想定内です。珠美さんは、特殊部隊の攻撃をかわすために、中央からどんどん逸れていき、山の中へと戦いの場所を移していきました。


 しかし当然これは特殊部隊に誘導されたからではなく、予定通りの行動です。


 戦いは、ローレンシアが描いた形に向かっているように見えます。


 僕は安心して珠美さんの動向に集中することにします。


 いやいや、安心なんかできないんです。


 珠美さん部隊には、小型の弓使いを含めています。これは、ビッグマウス(もうさん付けはやめましょう)の部隊が飛び道具を得意としていることへの牽制です。ふたつの部隊は、距離をとりながら場所を移動し、木々が生い茂る山の中へと入って行きました。


 これだけ木が立ち並んでいると、飛び道具は役に立たない……と思いきや、ビッグマウス部隊は木の隙間を縫って的確に狙ってきます。凄腕です。


 しかしこれまでの戦闘で、敵の陣容もおおよそ把握できました。人数にして珠美さん部隊と互角です。


 珠美さんは部隊を集めました。


「部下をお願い。動きを止めて。私はビッグマウスさんを引きつけます」


 それを合図に、部隊の騎士は展開しました。1対1で敵に張り付けば、敵もその場から動けなくなります。


 珠美さんは走り出しました。


 森の中の道なき道を、上へ、上へ。


 気配を感じます。追ってきています。確実にビッグマウスです。攻撃は仕掛けてきません。珠美さんを追うのが目的のようです。


 森を抜けて渓谷に出ました。そうです、この地域を孤立させている渓谷です。


 珠美さんが出たのは、計算通り、小さなつり橋のすぐそばです。


「ビッグマウスさん! 出てきて! いるんでしょう!」


 短剣が飛んできました。それを軽く聖剣で弾き飛ばし、珠美さんはつり橋のほうに移動します。森の中に潜んでいるはずの、ビッグマウスを警戒しながら、つり橋に足をかけました。


 その時——暗い森の中から、ビッグマウスが歩み出ました。両手には短剣。左右にぶらりと垂らしているものの、隙はありません。


「騎士殿、最後のチャンスです。考え直しては頂けないでしょうか?」


「またそれ?」


「はい。何度でも言います。考え直してください。私とともに、帝国に来てください。身分は保証します。そして私と共に生きてください」


「は!」


 珠美さんの速い踏み込みと、聖剣の打ち込み。それをビッグマウスが避けて短剣を構えて珠美さんの懐に入る——退避。距離をとる。後退しながらつり橋の上に。


 ビッグマウスがそれを追うようにつり橋に足をかけました。


 珠美さんの踏み込み、剣の交差、回避、後退。


 それを繰り返します。


 いつの間にかふたりは、つり橋の中央まで来ていました。


「ビッグマウスさん。私はあなたを許さない。マリちゃんを殺したことも、ショーンの腕を傷つけたことも、何より、私がどうして怒っているのか理解しようとしないことを、絶対に許さない」


「残念です」


「ええ、残念だわ」


 その時、遠くでドゥーンッという音がし、地響きが起こりました。セレナさんたちが、橋の爆破に成功したのです。


 僕は俯瞰モードに切り替えました。橋は大破しています。成功です。


 一方、左右からの本体は拮抗していますね。中央の部隊は左右からの攻撃への応戦に合流したようです。


 ——一体となれ。


 空照大神の声がしました。


 ——ゴンドワナの神が吠えておる。一体となれ。


 お断りです。僕は僕のやり方でやらしてもらいます。それにおそらく、ゴンドワナの神は——。


 突如空が暗くなりました。雲が渦を巻いて集まってきたかと思うと、遠くでゴロゴロという音がし始めました。


 ゴロゴロッビシィッッッ!


 落雷の音です。雷が地面まで到達するのが見えました。直後、ドドドドドという長い地響きが起こりました。


 改めて俯瞰モード、場所を移動します。


 ローレンシアと戦地をつなぐ道が、崖崩れでふさがれていました。


 ——ゴンドワナの神の仕業か! 我らが急所を攻めるとは!


 空照大神が叫びます。猛攻が始まりました。神同士の決戦です。


 そうじゃないんだけどなあと思いながら、僕は意識を珠美さんに戻します。


「ビッグマウスさん、あなたは、私に固執しすぎたわ。それがあなたの失敗」


 珠美さんは剣の構えを解き、真下に向けました。そして全身全霊、勇者の力を込めて、つり橋の床面をトンと突きました。


「邪悪なる力を解き放て、聖剣エクセル! 汝が持てる技のすべてを使い、方眼紙たれ!」


 その瞬間——橋は破片に分解しました。すべてが小さな正方形。それはまるで——方眼紙のようです。聖剣エクセルにはエクセルの使い方があり、誤った使い方は方眼紙になる。珠美さんはあえて、その誤った使い方を実行したのでした。


 橋は四角い破片となって崩壊しました。


「何だとッ!」


 ビッグマウスと珠美さんは、渓谷へと落下していきます。


 ビッグマウスは四方八方に縄のついたナイフを投げましたが、距離がありすぎてどこにも引っかかりません。為す術もなく、落下するのみです。


 珠美さんも同じです。目をつぶって谷の下に落ちていきます。


 彼女は最初からそのつもりだったのでしょう。でもこれでは——まるで心中ではないですか。そんなこと、僕は許したくありません。そうです、これは傲慢で自己中心的な僕の自分勝手な怒りです。彼女をこんな風に死なせることは我慢ならないのです。


 ——許してください。どうか、せめて、これだけは。


 僕は神としてあるまじき行為——人間世界への強力な物理介入をします。


 強い風を起こし、珠美さんの体を包みます。落下速度を低減させ、ゆっくりと、ゆっくりと渓谷の壁面から突き出た岩場に着地させます。


 珠美さんは驚いた顔をして、岩場の上で立ち上がりました。


 ビッグマウスの行方は、分かりませんでした。




 ローレンシア、ゴンドワナともに、増援の見込みが立たない状況に陥ったことは、すぐに情報が飛び交いました。


 三〇分もしないうちに、双方から、停戦を求める打ち上げ花火が上がりました。


 どちらも身動きとれないのですから、ここで戦いを続けても、両方が全滅するまで続けるしかありません。


 そんなことが不毛なことくらい、誰だって分かります。


 近衛部隊のビッグマウスが所在不明になったことも、ゴンドワナ側の事情としてはあったのかもしれませんが、敵国の内情までは分かりません。


 珠美さんはあの後、部下に救出され、本体に合流しました。騎士団の犠牲が、思いのほか少なかったことは、僥倖だったといえましょう。




 スライド。


「はいはい、人間たちは戦争やめましたよ。神様も散った散った」


 頭に血がのぼった空照大神とゴンドワナのゴンちゃんを黙らせて、神々の戦いも一旦は終結に向かうことになりました。


「崖崩れはないだろう」


「しょうがないですよ。敵は我々を喰らっているのだから、そこからウィークポイントの情報を集めたのかもしれません」


「秘密にしておくべきであったな」


「今言ってもしょうがないですよ、空照大神。頭を冷やしましょう」


「そうか……そうかもしれん」


 八百万の神々は、ひとつの大きな流れから解放されて、八百万から少し減ったくらいの神々に戻り、もといた場所に散っていきました。


 神々だって日常があるのです。自分の受け持ちだってあるでしょうし。


 そして僕は、爺神様が別れ際に言い残したことが、ものすごく気になっています。


「この国の古い古い話なのだがな。空照大神の父方にあたる神で、イザナギという男がおってな——」



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