第7話 その2

「我が名はタマミ——ローレンシアの騎士にして、勇者である」


 珠美さんが、ローレンシアの部隊の先頭に立ち、大きな声で宣言しました。


「参る!」


 珠美さんが剣を抜き、ローレンシアの騎士団は侵攻を開始しました。


 場所は周囲を森で囲まれた中にひらけた空間。以前、ゴンドワナ軍が陣地を敷いていた場所から広がる場所です。


 騎士団は矢印の陣形をとりました。中央の先頭には珠美さんを配置し、左右の部隊がそれに続きます。


 珠美さんは今回も猛攻を繰り広げています。俊足を活かし、次々とゴンドワナ兵を倒します。


 ——いや、駄目だ。


 珠美さんは前に出過ぎています。本隊がついてこれていません。


 先頭を突っ走る珠美さんは徐々に森のほうに移動しています。周囲を敵に取り囲まれているのです。誘導されているのです。


 この敵はやばい。明らかに精鋭部隊です。精鋭部隊が、珠美さんを孤立させようとしています。


 珠美さんは移動しながら応戦しますが、敵からの攻撃は次第に近距離線用の飛び道具が増えてきて、近くに敵が存在していることはわかるものの、珠美さんの聖剣の間合いではダメージを与えられません。


 この姑息さ——ビッグマウスさんの気配を感じます。


 珠美さんは完全に森に迷い込みました。四方八方から敵の存在感を感じます。しかし敵は攻撃してきません。


 珠美さんは身動きがとれなくなりました。


 呼吸を整えます。全身の感覚をセンサーにして、気配を感じ取ります。同時に覇気を全方位に放出することで、敵に攻撃を躊躇させます。


 勇者だからこそできる技と言えましょう。


 とは言え、長くはもたないでしょう。次の一手はどちらが先に出すか。


 ——間。


 動きました。珠美さんが一歩踏み出しました。ガサリという草を踏む音。そこをめがけて、短刀の投擲。予測していた珠美さんは、すばやく避けて、退避する——いや、短刀が投げられた場所に俊足で接近します。


 草むらに全力で剣を突き刺します。鎧が割れる音に続いて、兵が倒れる音がします。


 間を開けずに、距離をとります。敵はひとりではありません。


 先に動いたほうが負けだなどと言われますが、スピードで圧倒できるのであれば、先に動いたほうが有利です。ビッグマウスさんレベルの腕ならともかく、の兵士の反応速度では、珠美さんのスピードには到底かまいません。


 珠美さんは、再び全身のセンサーの感度を最大にしました。


 敵は残り三人。そのうち、ひとりは速い。


 遅いうちのひとりに向かって剣を振ります。風圧で兵を隠していた草木がちぎれ飛びます。あらわになった雑兵に向かって三歩で接近し、剣をふるいました。


 次のひとりは、既に逃げ腰なのを感じました。


 しかし珠美さんは容赦しませんでした。


 逃げようとする兵の背中を切りつけます。容易なことでした。振り下ろした剣を、振り切ったところで、下から切り上げつつ振り返ります。


 そうです。逃げる兵をおとりにして背後に迫った敵がいたのです。


「ビッッッッグマウスゥゥゥゥゥ!」


 珠美さんの剣を、ビッグマウスさんの両手の短剣が受け止めました。


「タマミ殿、投降しては頂けないでしょうか」


「何を言っているの」


「私の口添えがあれば、ゴンドワナ帝国での立場をご用意できます」


「それで?」


「僭越ながら私と暮らしましょう」


「笑わせないで!」


 離れる珠美さん——間合いギリギリまで距離をとってから、一呼吸。


 丹田に呼吸の重しを乗せて、剣を振りかぶりました。


 ビッグマウスさんは、短剣をすばやく腰にホルダにいれ、背中から細身の剣を抜きます。


 間合いが変わる。


 振り下ろした珠美さんの剣は、ビッグマウスさんの長い剣にからめ捕られて、弾き飛ばされました。


 珠美さんの両手が、ガラ空きになります。


 そこに攻め込むビッグマウスさん。


 彼の目的はおそらく珠美さんの捕獲ですが、多少傷つけることは止むなしとでも考えているのでしょう。


 その時、頭上から人が落下してきました。


「ウォォォォォォッ!」


 片腕で大剣を振り下ろしながら、木の枝から飛び降りてきたのは。


 ——ショーン・チェック。


 ビッグマウスさんの動きが止まります。すかさず、剣を納め、牽制のための短剣を投げました。


 ショーンはそれを軽くなぎ払い、珠美さんの前に出ました。


「下がってろ、タマミ」


「ショーン、腕は?」


「寝てられるか」


 形勢不利と判断したビッグマウスさんは、次の短刀を抜いて両手で構えつつ、距離をとり、そして撤退しました。


「本隊は、どうなったの?」


「拮抗状態から抜け出せない。ひとまず撤退の指示を出した」


「ごめんなさい、ショーン……」


「謝ることではない。寝ていた俺も悪いし……そもそも戦争に良いも悪いもない」


 ふたりは本隊と合流し、自軍の陣地へと戻りました。




 そこまで見届けた僕は、神の世界にスライドしました。


 神の世界は模して言えば積層です。一枚の紙がひとつの国の神の世界だとすると、いくつもの国の神の世界は積んだ紙のような関係です。


 あ、繰り返しますが、神と紙という駄洒落ではありません。


 次元の異なる世界について説明する時には、人間の理解できる二次元と三次元の関係に射影して説明するのが一般的な手法なのです。


 ローレンシアの神々と、ゴンドワナの神は戦っていました。


 神を紙に書かれた文字とします。重なった紙と紙が接する面に書かれた文字同士が、接触する界面においてすったもんだしているような感じです。


 こういう書き方をすると緊迫感がありませんが、だいたい神の行為なんて人間の言語で表現すると概念とか信念とか信仰とか徳とか、そんなあいまいな言葉の集合からなるわけで、神と神の戦闘もまた、概念とか信仰とかがぶつかりあって削り合うような、そんな混沌としたものです。


 ローレンシアの神々がひとつの大きな流れとなり、ゴンドワナの神とぶつかりあっているのを見つつ、前線から少し離れたところをうろちょろしていたら、敵側の使徒と呼ばれる手下がやってきたので、軽く後光をかまして退散させました。


 少しは働かないと。


 しかし、この概念戦闘は、終わりが見えません。


 ローレンシアの八百万の神々が束になってかかれば優勢と踏んでいたのですが、ゴンドワナの神は強い。実に強いです。


 使徒を従え、強力な信仰を足がかりに、我々に迫ってきます。


 使徒の一体一体は、後光フラッシュ的なのでえいやと追い返せるのですが、なんど追い返してもやってきます。右の頬をえいやとやったら、左の頬を出してきます。


 なんなんでしょう、この神たち。


 僕は遊撃隊の役割をしようと考えました。八百万のメインストリームの周囲をうろちょろと飛び回り、使徒を後光フラッシュで追い返すのです。


 えい、えい。


 フラッシュ、フラッシュ。


 右だ! 左だ! ボディだ! フックだ!


 ——意外と疲れますね、これ。


 僕は意識をスライドさせました。




 ローレンシア騎士団の陣。


 その隅の隅の隅のまた隅の、誰も見ていない場所で、珠美さんはうずくまっていました。


「家族だから……家族だから……、つらいよう……つらいよう……」


 泣き声ではありません。しかし、それ故に一層切実です。


 どうして彼らは戦わないといけないのでしょう。


 どうして珠美さんが、こんなに苦しまないといけないのでしょう。


 ……って。


 全部僕のせいです。


 珠美さんをローレンシアに召喚したのは、僕です。本人は気づいていません。トイレに入ったら、あれま異世界に送られてしまいましたとしか思っていないでしょう。


 だけど、仕組んだのは僕です。僕の部屋のトイレと、異世界パンゲアをつなげたのは、僕の力です。


 勇者を望むローレンシアの人々の声に応えて、珠美さんを勇者として異世界に送り込みました。


 ビッグマウスさんの件にしたってそうです。僕がお目付け役を手配しようとちょちょいとやったりしなければ、珠美さんとビッグマウスさんが出会うことすらなかったでしょう。


 どっちにしてもビッグマウスさんはローレンシアに潜入して、騎士団を傷つけて、戦争は起こったかもしれません。


 でもそれは、珠美さんの知らない遠いところでの出来事だったのかもしれないのです。


 僕のせいです。


 僕が珠美さんの苦しみの元凶なのです。


 なんていうことをしてしまったのでしょう。


 こんなにも愛しい珠美さんを、どうしてこんなにも苦しめてしまっているのでしょう。


 彼女を救い、ローレンシアも救う方法はないのでしょうか。


 ……僕は考えます。


 そして当然の帰結として、特異点の存在に考えが至ります。


 ビッグマウス。


 あの男が、鍵になっています。


 彼は珠美さんを惑わせます。しかも彼は策士です。彼の動きを封じないといけません。裏をかかないといけません。


 しかし彼は神出鬼没です……いや、珠美さんのところに出現するな……。


 ふむ……。


 彼は鍵ではありますが、同時に珠美さんも鍵なわけですね。


 僕はしばし熟考します。


 勝算はあるか……ある。ありそうです。


 でもそれに、珠美さんが気づいてくれるかどうか。





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