第6話 戦う、珠美さん

第6話 その1

「我がローレンシア皇国は、ゴンドワナ帝国に対して、宣戦布告する!」


 皇女陛下が高らかに宣言しました。


 国民はこれを支持し、続きました。騎士を殺されたことにより、国民も、騎士団も、我慢の限界に達しました。皇女陛下もこの事態を見過ごすことはできませんでした。


 なにしろ、砦の内側という、正に皇女陛下の庭先で、騎士であるマリさんを殺されたのです。しかも殺害した犯人は、ゴンドワナ帝国の中心に近い秘密部隊です。経緯としていたしかたがない部分はあったとはいえ、そんな人間の侵入を許し、騎士殺害という暴挙を許した。皇国と騎士団のプライドの問題でもあります。


 無論、密偵は走りました。ビッグマウスを名乗る人物は本当に存在するのか、それは今回の事件の犯人本人なのか。


 万が一、第三国がビッグマウスをかたり、ふたつの大国の間に戦争状態を作ろうとした可能性は否定できなかったからです。


 ゴンドワナ帝国近衛兵団特殊小隊所属——ビッグマウス・ザ・サウザンドナイブズ。


 この人物は確かに存在しました。


 しばらく姿をくらましていて、最近本国の部隊に戻ったことが確認されました。少ない映像情報から、ローレンシアで裁判を受けた人物と、同じであることを確認されました。


 ゴンドワナの特殊部隊のビッグマウスは、意図的にローレンシアの騎士である珠美さんに捕まって、城内に侵入し、逃亡すると同時にマリさんを殺して去ったのです。


 誰も、皇女陛下の決定に反論しませんでした。


 ローレンシアとゴンドワナは、こうして戦争状態に突入したのです。




 実のところ皇女陛下は、すでに騎士団の一部を、ゴンドワナとの国境近辺に展開していました。ただこれまで防衛に徹していた騎士団は、陛下の号令のもと攻撃に転じました。


 戦いには勢いというものがあります。


 これまで防衛一辺倒で忍耐を強要されていた騎士団は、その反動を爆発させ、一気にゴンドワナの潜入部隊をせんめつして行きます。そうなのです、実はゴンドワナの部隊は国境を越えてローレンシアの領土内に侵攻していたのです。これまではこれを必死に食い止めているだけでした。


 今は反撃してよいのです。


 前線は一気に国境に移動しました。そして止まりました。


 この先、ゴンドワナの国境に侵攻した場合、敵国がどのような軍備で待ち受けているのか。まずは情報収集が必要です。諜報部隊にバトンが渡りました。あまり後手に回ると、せっかくの勢いとタイミングを逃してしまいます。


 諜報部隊は国境を越え、ゴンドワナ軍の配備状況、作戦情報の収集に走りました。卑怯な手をつかって皇国を戦いの場に引きずり出した彼らが、どのような戦略に基づいて、どのような戦術を使うのか。そのための道具である、軍備、部隊規模はどの程度なのか。国境付近とその背後には何を隠し持っているのか。


 皇女陛下は、同時に城内の情報解析部門に、ゴンドワナ帝国の国力の洗いなおしを命じました。帝国の大きさを考えると、ローレンシアがゴンドワナを占領することはありえませんが、どこまで戦争状態を続けることが可能なのか。つまり——落としどころは、どこなのか。


 ローレンシア側も、戦争をするだけの準備は持っていたのです。


 そして中央の騎士団からは、志願兵部隊が組織されました。




「私は志願する」


 アルルさんが即答しました。セレナさんもそれに続きました。他にも何名かの騎士が手を挙げました。マリさんの恋人だったショーン・チェックが真っ先に志願したことは、女子部にも伝わっていました。


 珠美さんも無言で手を挙げました。


 マリさんが亡くなって以来、アルルさんは憤りを隠しません。セレナさんは穏やかさを維持しながらも、それを肯定しています。珠美さんは、何も喋りません。マリさんについても、ビッグマウスさんについても、そもそも日常的な会話すらも、無言を貫いています。


 アルルさんとセレナさんは、それを肯定することも否定することもしませんでした。


 何もできない今の状態がここにあるのなら、それを受け入れるしかない。ただ、何かできることがあるのなら、それをやろう。


 志願兵の募集は正にうってつけの「できること」でした。


 珠美さんが志願したことについて、友人のふたりは、ただそっと彼女の肩に手を置いただけでした。それだけで、彼女たちには十分なのでしょう。


 珠美さんは無言で、無表情でした。考えることを、避けているようでした。


 担当官が挙手した騎士の名前を書きとめて詰め所を出ていきました。残された騎士たちは、前線に赴く者がいることなど特別なことではないようにふるまっていました。


 当然のことです。


 騎士団はいつだって、戦う用意があるのですから。




 僕はまた上位の神様に呼び出されました。


 頭の横をコツコツと叩きながら——スライド。


 さて。


 国同士の開戦は、神同士の開戦も意味しました。


 もともとゴンドワナの神から挑発を受けていたわけです。半ば戦線布告に近い形で。


 ローレンシアの最上位神である、空照大神は、ゴンドワナの神に対して開戦を宣言しました。


「売られた喧嘩を買うことになってしまったな。だが、時というものがあるし、我らを信じる民の心というものもある」


「わしは感心せんな」


「そう言うな、爺よ。わが国の神は、人の中に生きる神だ。人が神と認めて初めて、神として存在しうる。民の声は無視できぬよ」


「しかし万策尽きたとは言えまい。まだ交渉の余地はある」


「余地があるとは賛成しかねるな」


 そうなのです。神の中でも、穏健派はいて、戦いを避けようとする意見は一部に根強くありました。僕も、できれば話し合いで解決できないものかとは思います。


 しかし空照大神の言うこともわかります。


 ローレンシアの神は、人々の間のどこにでもいる神様です。人々が神を必要とすることで、存在できる神です。一方、ゴンドワナの神は唯一神であり、神が人々を作ったことになっています。


 彼の国では、人はいなくても神は存在でき、そして強い力を持てるのです。


 そもそも神様の在り様が違う国同士、神同士で、どこまで話し合いができるのでしょうか。


 だけど僕は、あきらめきれないのです。あきらめてはいけないと思うのです。話し合うことをあきらめてしまったら、断絶しかありません。少なくとも我々も彼らも、言葉を持っているのです。言語によって論理を組み立て、論理のよって道理を導ける力を持っているはずなのです。


 道理にずれがあったとしても、それをすり合わせるのもまた、言葉の力だと思うのです。


 おや、空照大神が派遣していた遣いが、戻ってきたようです。


「戦況は」


「国境を根幹とした我が神界と彼が神界との境界において、概念戦が拮抗しており、道に優劣はなく、道理が接戦しております」


「真も義も互いにあるということか」


「御意でございます」


「そうだろうな」


 神同士の戦いは、ひとことで言うと泥沼のようです。こんな状況で、僕は何ができるでしょうか。


 考えてみるために、神のもとを離脱しました。




 さてローレンシアはというと、志願兵の一団が国境に到着しました。


 皇女陛下が情報を集めた結果、出した方針は短期決戦でした。


 ゴンドワナは強大な国力を持っています。戦争が長引いたとしても、簡単には折れないでしょう。ローレンシアも国力としては大きなものですが、消耗することはそもそも本意ではありません。


 短期に戦力を集中し、ローレンシアと戦うことに益がないことを知らしめたところで、停戦の交渉を行うというのが皇女陛下の作戦なのではないかと思います。


 今は勢いがありますが、基本的にローレンシアという国やその騎士団は、平和のために存在しており、戦いを常とする国とは根源的に違うものなのです。


 国境に近い、見通しのよい草地に、騎士団はキャンプを作りました。森の中のぽっかりと空いた空間です。ローレンシアとゴンドワナの国境のうち、戦いの場になっているのは山地です。戦うには双方にとって不利になりますが、条件は同じとも言えます。


 部隊長に自ら志願したのは、ショーン・チェック。頬はこけ、顔にはいくつもの皺が刻まれ、急激に老成した印象があります。しかしその目つきはギラギラと血走っており、彼の中で強烈な熱意が渦巻いていることが見てとれます。


 怒り、なのでしょう。


「敵の前線部隊の背後に回る」


 彼は作戦を説明します。


「騎士である以上、奇襲は義に背く。しかし、想定していない方向からの攻撃の宣言は、やつらの意気を削ぐだろう。我々の有利に働くはずだ。この戦いは短期間で蹴りをつけろというのが、皇女陛下からのお達しである。我々はすべての行動と作戦において、迅速を宗とし短期間での問題解決を目指す。我々に時間はない。迷っている時間も、だ」


 反対はありませんでした。もしかしたら、背後からの攻撃という作戦に不穏なものを感じた騎士はいたかもしれません。しかし誰もが、ショーンの気持ちを理解していました。


 皇女陛下の方針なんか、彼には関係ないのだろうなと思っていました。


 彼はマリさんの仇を打たなければならないのです。


 そのことを、彼自身だけでなく、騎士全員が理解していました。彼女の仇を打ちたいという気持ちは、騎士団すべての通じるものだったのです。


 かくして、ショーンが率いる精鋭騎士部隊は、国境付近の最前線でキャンプを設営しているゴンドワナ帝国の前線部隊に攻撃をしかけることにしました。



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