第6話 その2


 神々は——基本的に、人々のありように手を出したり口を出したりという不文律がありますが、この国では「神様のいたずら」という慣用句があるくらい、ちょこちょこといたずらをしてみたりします。


 でもそれは、あくまでいたずらであるべきです。




 夜明け前に、精鋭部隊は出発しました。部隊は移動中軽装を維持する騎士部隊と、戦闘用装備を運ぶ運搬部隊とで構成され、深夜の山の中を小さな松明を手がかりに移動しました。


 移動途中を襲撃される危険性は議論の対象になりました。


 しかしゴンドワナの兵も騎士である以上、不意打ちをすることはないだろうということと、斥候を発見した場合は速やかに捕縛するための軽装のほうが有利であろうという判断から、このような体制になりました。


 国境を越え山側の経路を遠回りで移動し、ゴンドワナ部隊の背後に移動しました。


 夜が明けます。


 木々の隙間から、白い朝日が差し込んできます。


 同時にあたりがものすごい霧で被われていることが明らかになります。自然はローレンシアに味方しているということでしょうか?


 騎士団は装備を整えました。戦闘用の武装は、試合などと異なり本物の剣や槍を防ぐ必要があります。速攻を得意とすると珠美さんですらも、それなりの防具を身につけました。


 そうなのです、この作戦には珠美さんも参加しているのです。


 彼女は黙々と装備を整え、自らの剣を確認しています。


 その表情には緊張も何もありません。無表情で、まるで心を殺しているかのようでした。


 彼女の剣は、皇女陛下から直々に賜った聖剣——ええと、どういう経緯で聖剣が彼女の手に渡ったのでしたっけ。ああ、そうだ。こんな感じでした。


 アルルさんによって回収されたリタの聖剣エクスカリバーは、城の奥にある武具研究室に送られました。そこでは三〇〇年くらい部屋から出たことのないような研究者が、日々武具について研究しています。いかんせん三〇〇年くらい風呂に入ったことのないような変人たちばかりなので、近づこうという人はあまりいませんが。


 彼らが調べた結果、エクスカリバーは偽物でした。


「しかし、聖剣と呼ぶに値する力を感じる」


「力ですか」


 呼ばれて説明を聞いている珠美さんは不思議そうな顔をしました。リタが使っている限り、単なる金属の塊以上の力は感じなかったのですが。


「そこで、この剣は、聖剣エクセルと呼ぶことにする」


「エクスカリバーを短くしたのね」


「だが劣化品だと思わぬほうがよい。エクセルにはエクセルの力があり、使い方がある」


「はぁ」


「気をつけるのだ、若き勇者よ。エクセルの使い方を誤ると、方眼紙になる」


「方眼紙」


「方眼紙だ」


「……方眼紙?」


 今度はちょっと可愛く問いかけてみましたが、答えはそっけないものでした。


「方眼紙だ」


 これ以上は聞くだけ無駄と悟った珠美さんは、聖剣エクセルを受け取ってその場を後にしたのでした。


 こうして、出陣をきっかけに、聖剣は珠美さんの愛用の武器となっています。しかし今その剣に手を添える珠美さんの表情には、虚無しかありませんでした。


 武装した騎士団は、ゴンドワナ部隊を見下ろせる場所に移動しました。霧が深く、敵部隊のキャンプを見渡せる状況ではありませんが、地図を確認する限り、この坂を下れは敵部隊がいるはずです。


「見えるか」


 ショーンが目のよい偵察部隊の兵に聞きました。


「辛うじて、細い煙が見えます。朝食の準備が始まったものかと」


「時間通りだ。それにしても、霧が深いな」


「想定外と言えます」


「ここで引き返すことはできない。攻めるぞ」


「承知です」


 ショーンは騎士団に合図を出し、部隊を前進させました。それにしても、すごい霧です。一歩前に進むことすら危なっかしくてしかたがありませんが、事前の偵察でこの坂に障害物はないことが分かっています。


 慎重に進軍してはいるものの、下り坂を進むうちに徐々に速度が上がります。


 しかし前は見えません。霧ですから。


 こらえきれなくなったショーンが、ときの声をあげました。


「我はショーン・チェック! ローレンシア皇国騎士団の騎士なり! ゴンドワナ帝国に宣戦す! 我らと剣を交えよ! さあ! さあ!」


 敵陣地から悲鳴があがります。


「敵襲だ! 敵の——奇襲だ!」


「うわ、なんだこの霧は! 何も見えないじゃないか!」


「奇襲だ! 奇襲だ!」


「卑怯なり! ローレンシア兵!」


 奇襲じゃないとショーンが叫びますが、その声は敵には届きません。そもそも霧が濃すぎて相手がろくに見えないのですから。


「仕方がない! 前進だ! 敵陣に進め!」


 ショーンは号令を出しました。ローレンシアの騎士団は、一斉にゴンドワナの陣地を襲撃しました。


 その後は、混戦としかいいようのない状態でした。


 遠距離からの攻撃は同士討ちになりかねません。至近距離まで接近し、剣などでの戦いが主体になります。そうなると物を言うのは、スピードです。たとえば珠美さんが得意とするような——彼女はどこに言ったのでしょう。


 僕は霧の中で視点を移動させて、必死に珠美さんを探しました。


 ローレンシアの騎士は、懸命に戦っていました。ゴンドワナ兵の特徴的な鎧のシルエットを霧の中から発見し、接近し、剣を交え、敵であることを確認してから切りつけます。そんな戦闘が、あちこちで繰り広げられています。


 ああ、珠美さんがいました。


 珠美さんもまた、敵への接近、確認、攻撃を繰り返していました。しかも、彼女の俊足を生かした、猛烈なスピードで。敵は反撃の隙すら与えられません。剣を交えた次の瞬間には、急所に刃を突き刺されていました。珠美さんの戦い方は、確実に相手に死をもたらす攻撃でした。戦闘不能ではありません。死です。


 首筋を狙うか、鎧のわきから心臓を狙うかのいずれかに的を絞っていました。


 容赦はありませんでした。


 それでいて珠美さんは、無表情でした。苦しくもなく、悲しくもなく、厳しい顔ですらなく、無表情に殺戮を繰り返していました。


 まるで心を殺してしまったかのようです。


 僕はいたたまれなくなって、スライドしました。




「爺神殿、少し聞きたいことがあります」


 僕は穏健派の老いた神に問いかけました。


「何用だ」


「いくらなんでも、霧が深すぎませんかね」


「さすがに分かるか。ちと、大気に介入しておいた」


「人々には介入しないのが原則では?」


「原則はあくまで原則だ。わしは争いは好まないが、身内が負けるのも好まん。なあに、霧がひどくなって程度で何がどう変わるということもあるまいて」


「しかし爺神殿、結果的にローレンシアが奇襲攻撃を加えた雰囲気になっていて、しかも戦闘は混迷しています」


「まずいかの」


「まずいかと思います」


「困ったのぉ」


「困りましたね」


 いやこれは、結構困ると思うんですよね。


 空照大神には、念のため報告をいれておきましょうか。しかし報告というのも難しいですね。あちこちの顔を立てないといけませんし、それでいて筋は通さないといけません。


 神が人に介入しないのは原則です。しかし原則論は原則論でしかないので、理由があれば介入やむなしではあるのですが、その理由は説明できて納得できるものではないといけません。


 爺神殿は、どうも気分でやっちまった感じがしますね。エモーション、みたいな?


 みたいな? じゃ困るんですよね。


 困るんですよねえ……。


 なんと報告したものか。


 しばらく悩んだ末、僕は事実を事実として報告しました。それがもたらした影響については、推測と想像でしかないので省きました。


「承知はした。気には留めておく。そういうことなら、人間の階層はちと騒がしいことになるだろう。目を離すな」


「わかりました」


 そして僕は、スライドして戻りました。




 人と人との混迷を極める戦闘の中に、花火——いや曳光弾というのでしょうか——が打ちあがりました。緑色の光。


「我、和平交渉を望む」


 ゴンドワナ帝国からの、停戦の申し入れです。


 ショーンが叫びました。


「総員、撤退! 戦闘中止だ! 繰り返す! 戦闘は中止だ! 戦うな! 撤退しろ! 撤退時の襲撃に備え、周囲に目を配れ! 繰り返す! 撤退しろ! だが気を緩めるな!」


 停戦申し入れがトラップである可能性を含みつつ、彼は全員に撤退を命令しました。


 命令は珠美さんにも届きました。彼女はすばやく剣を引き、俊足で戦地を後にしました。


 命令に忠実な機械のような動きでした。


 こうして国境付近での戦いは、ローレンシア皇国優勢の状態で停戦協議の場に移ることになりました。


 ゴンドワナからすると、「霧の朝をねらった卑怯な奇襲攻撃」となってしまっているのが、僕には気にかかります。




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