第5話 その3


 おや?


 おやおや?


 この頭の奥のほうでチリンチリンの鳴っているのは、呼び出しですね。僕に対する、上位の神様からの呼び出しです。


 ちょっと戻りますかね。


 頭の横、耳の上のあたりをコツッと叩き、意識をふっと浮かせて、不安定さを自覚したところで、


 ——スライド。


 スライドとしか表現しようがありません。上とか下とかとも少し違う。


 テーブルの裏のパネルに飛び込むのとも違います。あれは実際の異世界とのインタフェースですから。


 僕は移動する先は、異世界にある神様の世界です。神様の世界と言っても、幾重にも重層しているわけですが、その中のローレンシア国のスライスです。


 スライスとかスライドとか重層とか、突然何を言い出すのかと思われてしまいそうですが、他にうまい表現が分かりません。


 神様の世界という容器があって、その中には無数の神様が存在しているのですが、神様の間では縄張りのようなものがあって、それが神様を崇める国や民族ごとに分かれています。その区切りが、容器のなかに小さな箱がいくつもあるというイメージではなく、書類が何枚も重なっているイメージに近いです。


 神だけに、紙に近いとかいうダジャレではなくて、三次元に対する二次元のようなものというと、伝わる人には伝わるのではないでしょうか。


 二次元を理解する者は、より神に近い存在である。


 そんな適当なことを言っておけば、当面は細かな突っ込みをかわせることでしょう。


 僕がいまいるスライスには、ローレンシアの神々が集まっています。この国は何でも神様にしてしまうので、それこそ山のような数の神様がいます。山の神様だけでも、山のような数になります。なんでしょう、このトートロジー。


 これだけ神様が集まると、騒々しいことこの上ないし、仮に何か相談をするとしても、きっと話がまとまりませんね。


「皆に相談がある」


 ローレンシアの神々の中でも一番偉い太陽の神様が言い出しました。


 まとまりっこないと思うのですが、どうしてそういうことを言い出すのでしょう。


「聞くだけ聞こうかの。空照大神よ、話してみんしゃい」


 老齢の神様がいいました。太陽神である空照大神が最上位であるはずですが、ここではわりと老人の発言力も強く、そして空照大神は実はそれほど老人ではありません。


「ゴンドワナ帝国が、ローレンシア皇国を狙っていることは、皆も承知だろう」


 神々が一斉に頷きます。


「ゴンドワナ帝国は、一神である。つまり、彼の国には、神はひとりしかいない。皆も承知だろう」


 はい、僕も知っています。ゴンドワナの神は唯一無二の神様であり、それゆえに強大な力を持っています。ゴンドワナの人々は、唯一の神を絶対的に信仰しており、絶対的な服従をしています。


 強い神です。


「神においても、同じことが起こっている」


 空照大神が言いました。


「ゴンドワナの神から、私に接触があった。彼の国では神の名前は口にしたり記したりするものではないとのことなので、その習慣は尊重するとして、ニックネームで呼ぼうと思う」


「天照大神よ、ニックネームとは」


「ゴンでよいのではないかと」


「ゴン」


「ゴンか……」


「悪くないな……」


「ゴン、お前だったのか……」


「そのゴンじゃない」


「まあいい、空照大神よ。ゴン殿の接触とやらを、聞こうではないか」


「うむ。あれは……まるで挑発であった」


「接触という話ではなかったのか」


「ゴンは、攻め込むつもり満々のようだ」


「血気盛んな神だな。やはり肉を食っているだけのことはある」


「どうしたものか。皆の知恵を借りたい」


「そこで丸投げか、空照大神よ」


「投げてみようかと」


「では、神々諸君。空照大神から提出された議題について、議論をしたい」


「議題、なのか? 知恵を借りたい、ということなのでは」


「空照大神は知恵を借りたいとのことなので、知恵を出そうという議題である」


「相変わらず、目的のはっきりしない会議であるな」


 そうですね。三人よれば文殊の知恵と言いますから、八百万くらいの神が集まれば知恵も出てくるだろうとは思いますが、どこに向かおうとしているのか僕はさっぱり分かりません。


 それでも、神様というのはどういうことはお喋りが好きらしく、みんなでわいわいと話し合いが始まりました。


 ついでに酒盛りも始まります。乾き物がメインですが、酒の肴も出てきました。


 定時を過ぎた昭和の公務員みたいですね。


 それでは僕も柿の種をつまみつつ、みんなの話を聞きながら、状況を整理してみましょう。


 末端の神にできることなんて、ちょっと距離を置いて眺めることくらいです。


 ……この柿の種、普通のより大きいですね。


 ともあれ。


 ゴンさんは、もともとは狩猟の神でした。狩りをして獲物をとり、それを糧にして生活する人々に、日々の恵みを与える神でした。狩りをしていると、縄張りというのが発生します。狩り場というのは限定されますから。縄張りが発生すると、縄張り争いも発生し、隣の部族との戦いが起こります。


 ゴンさんは、やがて戦いの神になりました。


 元から、ちょっと喧嘩っ早いところもあったのかもしれませんね。


 ゴンさんのアイデンティティは攻めることらしく、周囲の国を攻めて併合して国土を拡大というのがゴンドアナのこれまでの勢力拡大の歴史です。


 戦って勝ち取れ。それが国力であり、国力を増強することが正義である。なぜならゴンドアナは正義であり、ゴンドアナの神は正義であり、ゴンドアナこそが世界の正義であるからだ。そうだ、世界の正義と秩序は、ゴンドアナ帝国が護るのだ。そしてその秩序を司るのが——我らが神なのだ。


 彼の国は、そういう国なのですね。


 伝え聞くところによると、国民の全員がそういう姿勢であるというわけではなく、またゴンさんの下で働いている「使徒」とか「天使」とかいう人たちの中にも、必ずしもゴンさんに全面的に賛同しているわけではない人もいるようです。


 人と言いましたが、人なのかはよくわかりません。


 僕達みたいに、「みーんな、神様だよ」って言い放ってしまえば、よほど楽なのになあなどと考えてしまうのは、神様というもの自体にそれほどのアイデンティティを感じていないからなのかもしれません。だけど彼らの国民は、唯一の神であるゴンさんとの関係というのを、自分たちのアイデンティティの拠り所としている節があり、結果として強いアイデンティティを持つ人たちだなあなどと思ったりもするのですが、それって窮屈に感じたりしないのだろうかなどと心配したりもします。


 分かりませんね。……分かり合うというのは難しいことです。


 さてさて、八百万の神が集まったこの会議なのか酒盛りなのか祭なのか神有月なのかよくわからない状態の場も、一応結論というものに向かいつつあるようです。


「対話じゃな」


 老齢の神が言いました。


「対話であるか」


「まずは対話じゃろう」


「挑発をしてきたのにか」


「挑発とて、対話のとっかかりであることに違いはない。プロォトコルというやつじゃでな」


「プロォトコルとは、なんぞか」


「外交儀礼のことじゃ」


「外交であるか」


「外交であろう。何かしら争い事をするにしても、その裏では外交というものが動いているものじゃ」


「難しいものだな」


「その難しいものに、決まりごとを定めようというのが、プロォトコルというものじゃ」


「そうか」


「そうじゃ」


「翁の神が言うのであるのなら、そうなのだろうな」


「お前は若いくせに、年寄の言う事を鵜呑みにするのがよくない」


「どうしろと」


「自分の頭で考えるのじゃ。わしらジジイになると、考える頭すら動かんでな」


「丸投げか」


「ジジイが口出しを続けるよりは、ましじゃ」


「さもなん」


 空照大神はよっこらせと言いながら立ち上がりました。さっそく行動に出るようです。フットワークが軽いというのは、よいことですね。


 気になるとすれば、「よっこらせ」と言いながら立ち上がるようだと、若くはないよなあということくらいでしょうか。


 八百万の神々は、善哉善哉などといいながら、ちりぢりになりました。


 散開です。YMOの武道館ですね。衣装についてはいまだに議論の的になりますね。


 ……違いますね。散会ですね。「お開きって」ことです。




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