第6話 その2


 騎士団に、詰所にて待機の命令がくだりました。


 皇女様から直々の警戒体制指示です。


 騎士が待機状態となれば、その周辺も忙しくなります。食事の世話、衣類の洗濯、武器や防具の整備、城近辺で伝令に走り回る少年少女たち。


 もちろん文官も暇ではいられません。情報収集と分析、部署間の連絡と情報共有。閣僚への説明(こちらの世界でいうところの、「レク」ですね)と、意見聴取。専門家会議の召集と、出欠確認と、事前資料作成と、議事録案作成と、議事録案の承認を得て、議事録へと追加記録。


 どこの世界でもやっていることは一緒ですね。


 どこの世界でもって、本当にここの世界でも異世界でもっていう意味で、どこの世界でもってのが、神様であるところの僕は、むしろ楽しくなってきます。


 しかし、命令発令から三日間が経過し、警戒体制での待機から動きがないとなると、もともと身体を動かしたくて仕方がない騎士団のことですから、やれ戦いはまだか、剣がなまる、鎧に錆が浮いてくるなどと、不満が沸いてきます。


 そんな中、皇女様直々に騎士団へのお言葉がくだることになりました。


 城の一階に騎士団が集められます。総勢二百名。もちろん、騎士団全体としてみれば、城の近辺で勤務しているのはごく一部であって、各地方の分隊所属の騎士のほうが、数としてはむしろ多いです。


 とくに、今回問題になっているのは、ゴンドワナ帝国との国境問題であり、国境警備に配置された騎士たちのほうが、城で待機している団員よりもむしろ緊迫しているでしょう。


 閣僚を従えた皇女陛下が登場しました。


 騎士団一同、頭を下げます。


 皇女が王座に座ったところで、側近が声をあげました。


「騎士団一同、頭をあげよ」


 閣僚による、国境での状況の説明が始まりました。


「ゴンドワナ帝国の小隊は、既に国境を越えて侵攻している」


 騎士団はざわつきます。初耳なのだから、当然です。


「小規模な戦闘行為も発生しているが、我が国の国境配備の騎士団の働きにより、人的損害の発生することなく、防衛を維持している。かねてより、ゴンドワナ帝国が自国の領土と資源の拡大を目的として、軍備の拡張を行っていることは察知しており、我が国は防衛のための十分な対策を準備していた。このことが功を奏したと考えている。何より、民間人および騎士の両者において、人的被害が発生していないことは、非常に喜ばしいことである」


 喜ばしい……ですか。騎士たちの表情がこわばるのが分かります。


 その時、皇女陛下が立ち上がりました。


「我がローレンシア皇国の力は強大である」


 騎士団をゆっくりと見渡します。その表情はあくまで冷静であり、不安や怒りといった感情はみてとれません。


「皇国の強大さを支えるのは、騎士団の力である。皆がいるからこそ、ローレンシア皇国は自らの国家を護ることができる。それゆえに、力を使ってはならない。騎士団は鎧であって、剣ではない」


 そして皇女は口調を変えました。


「皆に願いがあります。——どうか、耐えてください。戦争になれば、誰かが傷つきます。我が国にも、ゴンドワナ帝国にも、死者が出るでしょう。今ならまだ、小さな諍いを交渉の手立てとして、政治的な話し合いができます。騎士団の皆さんが歯がゆい思いをしていることは承知しています。しかしどうか、どうか今は耐えてください。戦わなければ犠牲が出ることはありません。騎士団の力は、ローレンシア皇国を護るためにあるのです」


 騎士団から声は上がりませんでした。


 皇女を讃える声も上がりませんでした。


 誰も彼も、それぞれの気持ちのやりどころに困っているように、僕には思えました。


 珠美さんは、ずっと下を向いていました。




 緊迫した国際情勢ではあるものの、その間、国内の司法や行政の通常業務をとめることはできません。


 日々の生活や、日々の仕事は、いつもと同じように続くのです。


 ビッグマウスさんの裁判が行われました。


 厳密なことを言えば、ビッグマウスさんは村長に雇われた監視役で、雇われた経緯というのも村長さんの側近が、酒場で懇意になったビッグマウスさんを紹介したというもので、実はこの人、どこの誰だかよくわかってない人だったりします。


 本人もそのあたりは明確な説明をしない、というか、えらく口が上手な人なので、取り調べがある度に口八丁手八丁で取調官のほうが煙に巻かれる感じでこれまで進んできてしまったのですね。


 そんなわけで、裁判で提出された資料も、よく読むと具体的なことは何ひとつとして書いていないのですが、ざっくりと読むととても明確で分かりやすいという、とても官僚好みの報告書になっています。


 素敵です。


 裁判をするのにこれでいいのかという議論はあるところでしょうが、裁判というのは善悪を判断する場所ではなく、ある文化、ある社会、ある法律というルールの範囲において、何が妥当であるかを基準にするものです。


 しかしそれはゲームではないですかね?


 神様である僕から言わせると、人間が決めたルールの中でのゲームに過ぎないのではないかしら? などと思ってしまいます。


 ですから逆に、多少ゆるい資料でいいんじゃないですかね。


 雑感ですが、現場からは以上です。


 いやいや、現場ではありませんでした。僕はただ、上から眺めているだけでした。


 神様なので、そんなポジションです。


 裁判の結果はというと、殺人罪で有罪、禁固刑となりました。執行猶予はありません。殺害した相手はデルギット団という盗賊の頭領で、そちらはそちらで本来裁かれるべき悪党です。その点を加味されて執行猶予つきになるかと思っていたのですが、厳しいものですね。


 しかし司法がそう裁いたのなら、この世界ではそういうことなのでしょう。


 ビッグマウスさんが長期禁固される場所が決まるまで、地下牢に戻されることになりました。


 ちなみに、再審上告という制度は、この国にはありません。


 このことは、……おそらく珠美さんの耳にも入ることでしょう。




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