第6話 珠美さんと、お友達
第6話 その1
武闘大会から二週間後、インテリアの買い物に出かけてから数日後のことです。
「ねえ、シンちゃん? 同棲を始めた女友達のところに遊びに行く場合、お土産は何がいいと思う?」
場所は僕のアパートの、いつものテーブルに向かい合ってのことです。
ははあ、同棲を始めた女友達というのは、おそらくマリさんのことですね。結局しっぽりと、うまいこといっているのですね。
ぐへへ。
あ、下品でしたね。
ま、僕はそんなこと知らないことになっているので、あくまで一般論として答えればいいでしょう。
「あくまで一般論ですが……」
「うんうん、なあに?」
「避妊具を箱で」
「却下ね。そんなもん、どこで買うのよ」
「あちこちで売っているじゃないですか。薬局とかコンビニとか、通販とか、自動販売機とか」
「自動販売機? そんなのあるの?」
「薬局の隣に小さな自動販売機があるでしょう」
「あるわね」
「あれ、そうですよ」
「え! そうなの! 夜中に風邪薬とか頭痛薬とか買うためのものかと思ってた!」
「はあ」
「でも待って! 自販機でそんなもの売っていたら、間違って高校生がこっそり買っちゃうかもしれないじゃない!」
「高校生がこっそり買うためにあるようなものですよ」
「そうなの? 高校生って、そうなの? そんなことになっているの?」
そんなことになっているのかどうかは知りませんけど。実際薬局のカウンターで買うのは恥ずかしいと思うんですよね。店員さんにお説教とかされそうだし。
というわけで、僕も夜中に自販機でこっそり買った小さな箱を、机の引き出しの中に隠し持っています。使う機会がいつになるのか分かりませんが、備えあればなんとやら。
「それよりも、珠美さん。お土産はどうするんですか」
「そうなのよ! 新居に合うようなちょっとした置物とかいいんじゃないかって思ったんだけど」
「でも、インテリアは揃えてあるんじゃないですかね」
「そうねー。好みの違いもあるだろうしね」
「むしろ食べ物なんかの消え物のほうがいいと思いますよ。一番無難だし」
「うーん。まあ最初は無難なほうがいいかしらね」
「そう思います」
「じゃあ、お菓子か何かを選んでみるわ」
「はい」
「ということで、トイレ貸してね」
「どうぞ」
珠美さんはトイレに消えていきました。
「こんにちはー」
「どーぞー」
出迎えてくれたのは、マリさんひとり。訪れたのは、珠美さんとアルルさんとセレナさんという、いつものメンバーです。
同棲を始めたばかりのマリさんは、なんだか初々しい新婚の奥さんみたいですね。
「お邪魔しまーす。うわ、結構広い!」
はい、そうなんです。マリさんとショーンくんが引っ越した先は、家族用の一戸建てなのです。しかも、騎士団の宿舎だから、格安らしいですよ。
いや、綺麗にしていますね。僕の部屋も男子の一人暮らしにしては綺麗だと思いますが、この家は片付けのセンスを感じます。
通されたリビングも、綺麗にまとまっていました。完全に女性の趣味ということもなく、棚にはショーンくんの持ち物らしきものも並んでいます。玄関近くの壁に剣を飾ってあるのは、騎士ならではというか、いつでも剣を持って飛び出していけるようにという、実用目的ですね。
「お土産ー、どうぞ」
珠美さんが渡したのは、ナッツをふんだんに使ったクッキーです。市場で売っているものですが、ちょっとお高いので普段は手を出しづらい。こういう時だから、思い切って買ってしまったようですね。おそらく、一緒に食べるつもりなのでしょう。
「ありがとう。お茶いるよね。座って、座って」
リビングにはソファーが置かれていて、本人たちがくつろぐもよし、来客をもてなすもよし、いずれにせよ準備万端、いつでも本物の家庭になりますよという意気込みを感じます。
テレビがないのは仕方がないですね、この世界にはそもそもテレビという機械が存在しません。機械があったとしても、放送の電波が送られていなければ何も見れないわけですが、テレビの機械がなければ電波を出す人もいません。テレビは普通に考えて人間が見るものなので、機械だけがガッチャンガッチャンと通信している様子というのも想像しづらいです。
そう考えると、こちらの世界の電波を使った放送メディアというのは、実にうまく作り上げられたのだなあなどと感心してしまいます。
ローレンシアには、まだ有線で数カ所に音声を伝える技術しかありません。テレビ放送なんてみんなの想像の範囲外です。ですから、リビングのソファーにテレビをつけっぱなしにしてふたりでゴロゴロしたりイチャイチャしたりしながら、流れてくる恋愛ドラマを見て「この人たちよりも私たちのほうが幸せだよね」「そうだよ、ほら、こんなこともできちゃうし」「いやん」的な流れで、エロいことが始まったりもしません。
じゃあこいつらどうするんだよ! どういう流れでそっちに持っていくんだよ!
計画的か? 計画的なのか? 火曜日と土曜日はそういう日とか、そんな感じか?
そこらへんも、珠美さん経由で是非聞いてみたいところですが、珠美さんがそんな質問をするとも思えず、結局僕は悶々としたまま夜を迎えて朝になり、そしてラッシュの電車に揺られて戦場へと旅立つのです。
ま、サラリーマンじゃないんですけどね。
そんな色気の残滓なんかありそうにないリビングのソファーで、珠美さんたちはくつろいでおしゃべりを始めました。
職場が同じ四人の女性がプライベートで集まるとなれば、それはそれは盛り上がります。
アルルさんが聞きました。
「どんなセックスしてんだ?」
お前かよ! お前が突破口かよ!
「んー、内緒」
「内緒かよー。どう思う? セレナ?」
「友達のそういう話は、私はちょっと……。生々しいのは聞きたくです」
「とか言って、気になるくせに」
「ショーンさんの話ならまだいいですけれど、マリさんご自身のことは、ねえ? 恥ずかしいじゃないですか」
「ねえねえ、クッキー食べようよう」
珠美さんの実に平和な発言は、こういう空気では非常に好感持てます。
「あ、ごめんね。お茶まだいれてなかった。ちょっと待ってね」
「私、甘いのがいい」
珠美さん、お客さんだからといって、もうちょい遠慮してもいいんと思います。
「あるよ。最近市場で流行っている、乾燥したキノコが入っているお茶が、甘くておいしいよ」
「飲むー」
「あのう……マリさん? 乾燥したキノコって、最近薬師の間で話題になっているキノコですか……?」
「んー、多分」
そうでした、セレナさんは薬師の資格も持っているのでした。文武両道ですね。
「セレナ、それ私も知っているかも」
おやアルルさんまで知っているキノコがあるのですか。アルルさんなんて、薬草の力を借りなくても常時脳内麻薬がドバドバ放出されていそうなんですけどね。
「えー、なになに?」
「タマミは知らないのか」
「知らない。キノコってあんまり好きじゃないし……。あ、食感がね。お茶に入っているのは大丈夫だよ。甘いのなら、平気」
「タマミさん、甘いだけじゃないんですよ」
「そうそう、すごいらしいよ。な、マリ?」
「うーん。結構、ね」
「すごい? すごい? 味? まずいの?」
「まずくないです。そのキノコ……その……新婚家庭向けで大人気なのです……」
「そ、もう、ラブラブなのが超ラブラブになっちゃうってな」
「んー? キノコなのに? 甘いから?」
「タマミは、そういうの分からないかー」
「しかたがないですね」
「しょうがないよ、ね?」
ふむふむ。このキノコのことは、僕も知りませんね。何か特別なキノコなのでしょうかね。どうにも気になります。珠美さんに質問された時のために、ちょっと調べておきましょうか。
僕はちょちょいと視点を操作して、町の遠景に移動し、市場に場所を移します。そこでの噂に耳を傾けてみましたが……それらしき情報は耳に入ってきませんね。
ちょっと場所を変えてみましょうか。市場のメインストリートを外れて、乗合馬車の停車場に抜ける道に向かいます。ここがちょっといかがわしいというか、変な空気の場所で、昼間はよいのですが、夕方以降になると歩く人の種類が変わってくるという通りです。
今はまだ……おや、なんか紙の箱が置いてあって、そばに男性が立っていますね。
紙の箱の上には、小さな袋が並んでいて、キノコの絵が描かれています。これですかね。ズームしてみると、絵の下に小さな文字で説明が何行かあります。
……なるほど。
要するに、媚薬ですな。しかも、男女兼用の。
ふっふーん。ほっほーん。
マリさん、早くもこんなのに頼ってしまって、大丈夫でしょうかね。
などということを考えてはみたものの、よそ様の新婚家庭の、新婚家庭特有の事情に、新婚家庭でもない僕が口を挟むというのは、よいことではないですね。
ええ、そうなんです、僕には新婚家庭とか、まだ無縁なんです。
珠美さんも見るからに無縁そうな顔をしていますし。ほらほら、フォーカスをマリさんの新居に戻してみましょう。
クッキー食べてますよ、珠美さん。それはもう小動物がドングリ食べるみたいにもぐもぐと。あ、お茶も飲んでいますね。大丈夫かな。幸せそうな顔をしてはいますが。
四人が楽しそうにおしゃべりをしていると、ショーン君が帰宅しました。
「「「お邪魔してまーす」」」
「早かったのね」
「詰所での待機命令だよ。準備と、君らに連絡するために帰ってきたんだ。女子部も同じように待機命令が出ている」
「どうしたの?」
「ゴンドワナ帝国の国境付近での動きが激しくなってきた。諜報部隊からは、敵国の特殊部隊が侵攻する準備をはじめているという情報も入っている。戦いになるかもしれないな」
「戦い……戦争ってこと?」
「下手をしたら、国境での小競り合いで済まないってことだ。マリ、君も支度をして女子部に待機するんだ。みんなも、だ」
戦争という言葉が不気味に響きます。三人の女性は騎士の顔になり、マリさんの家を後にしました。
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