第3話 その4
珠美さんがトイレに入ったので、僕はこたつテーブルの天板をひっくり返します。
やあやあ、武闘大会ですね。
武闘大会と申しますってぇと、という具合に、講談師が喋りだしそうな気分になりますが、実は講談師がいます。スポーツ中継のアナウンサーみたいなものですね。
「さあ、始まりました、騎士団男子部武闘大会。ローレンシアの皆様に実況するのは、私、講談師のペテロ・サングリアです。会場で起こっていることを、仔細に皆様にお伝えします。——さて、会場にはもうひとり、解説の方にいらしてもらっています」
「こんにちは、騎士団女子部のアルルです」
「女子部随一の美男子と呼ばれていらっしゃいます、精悍なアルルさんです」
「こんにちは、美男子です」(いい声)
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ちなみに、この実況ですが、ローレンシア全土に生中継……というわけにはいかず、城下街内への中継になります。遠距離を通信する技術は、発明されていないんですね、この世界。城下街への中継も、音声だけですし。いわば有線ラジオ放送みたいなもの、ですかね。
有線なのに
「アルルさんは、今回の武闘大会は、どのような流れになると見ていますか?」
「例年ですと、武闘大会では名誉がもっとも重視されます。武闘大会でよい成績を残した騎士には、名誉が与えられます」
「そうですね。皇女様からの表彰を頂く式典は、まさに名誉ある表彰式です」
「ところが、今年は少々毛色が違います」
「ほう? と、おっしゃいますと?」
「女です」
「女ですか」
「女です。今年の男子部の連中は、女好きです。女のことしか考えていません。野獣のような連中ばかりです。私は見ました。彼らは野獣です」
「見ましたか」
「見ました。彼らの野獣の部分を、この目で見ました。それはもう野獣のようでした」
「ワイルドですね」
「ダンディでした」
「ということはですね、アルルさん。彼らの戦う動機は、名誉ではないと?」
「女です。女子部の騎士にカッコいいところを見せて、泡よくば彼女ゲットというのが、男子部の騎士たちの目的です」
「ほほう。さて、会場では、第一試合が始まろうとしています。第一試合はショーン・チェック対ブラッド・ジャック。これは最初から注目の取り組みですね」
「こいつです! このショーン・チェックが、まさに私が見た猛獣でした」
「猛獣でしたか」
「猛獣でした……」
「さ、うっとりしているアルルさんは置いておいて、試合の様子に移りましょう。ブラッド・ジャックはラフなファイティングスタイルが有名です。武器はハンマー。攻撃の立ち上がりは遅いですが、ヒットすると強烈なダメージになります。対するショーン・チェックは剣です。これは……」
「この剣! 以前彼が使っていたものと、違いますよ。大剣です。彼は大剣使いではなかったのに」
「対戦相手に合わせて、重量級の武器に変えてきたということでしょうか」
「はい、おそらく。しかし、彼にあの大剣を使いこなせるのかっていうと……」
「おっと、試合が始まりました。両者、まずは距離を取ります。アルルさん、このあたりは相手の一撃を警戒してのことですかね」
「当たったら痛いですからね、ハンマーも大剣も。怪我するし」
「怪我ですめばいいのですが、武闘大会は『容赦しない』というのが公式ルールですからね」
「皇女様は血飛沫を御所望です」
「平和を愛する我らが皇女、万歳! 安寧を! 我らが日々に安寧を!」
「デス! アーンド! ブラッド! アーンド! ロックンロール!」
「おっと、試合が動きました。ブラッドが攻めに出ました」
「速い! 巨体なのに、速い動きです! 日頃から使い慣れている獲物だからっ?」
「ショーン、かろうじてかわしました。回り込んでぇ……これも速い」
「いい動きね……。でも、あの動き、何かおかしい」
「どういうことですか、アルルさん」
「大きな振りは大剣の動きだけれど、それにしては速すぎる。つまり……」
「つまり?」
「あの剣は先端部は金属の塊だけれど、途中から柄まではハリボテになっているとしか考えられません」
「おおっと! ショーンがすばやいステップでブラッドを撹乱!」
「ブラッドが振り回されている!」
「背後に回り込んで大きく振りかぶって……間合いが遠いか」
「いや、届きます!」
「大剣の先端部がブラッドを直撃しました! ブラッド倒れる! ブラッド倒れる!」
「そうか、剣の重心は先端部なんだ……」
「ショーンの勝利です! ショーン・チェック、第一試合を制しました!」
「オッズが……オッズが……」
はい、講談師のペテロさんの実況と、アルルさんの解説による、武闘大会第一試合の様子をお送りしました。
勝利者のショーン君のところに、タオルを持ったマリさんが駆け寄ります。甲斐甲斐しいですね。ショーン君が勝てば、マリさんの馬券が当たるからってのは、穿った見かたでしょうね。
男女交際、男女交際。ピュアな男女交際。
会場は第二試合へと移ります。引き続き、講談師ペテロさんの実況が始まるのですが、これを僕が延々と中継しても退屈なだけですね。しばらく黙って観戦しようと思います。
あれれ、珠美さんはどこに行ったのだろう。
「青く晴れた空のした、開催されてきましたこの武闘大会も、残すところ決勝戦となりました」
ペテロ講談師は、日曜日の東京競馬場に響くかのような明るい声で語り上げました。あ、競馬って言っちゃいました。
武闘大会は競馬ではありませんよ。
アルルさんが、何やら紙切れを握りしめて、白い顔をしていますけれどね。むしろ灰色。燃えつきた色。
元気を出してもらいたいものです。
「さあ決勝戦。会場は熱気に包まれています。強豪を制して決勝戦に臨むのは、ショーン・チェックとガブリエル・マッカーシー。これは面白い対決ですね。いかがでしょう、アルルさん」
「私のことは放っておいてくれ……」
「アルルさん、アルルさん、一応ギャラ出ているんですから」
「そうなのっ? ノーギャラって聞いていたんだけど」
「出ますよ。事務所にカモられてないのなら」
「とっぱらいって交渉する! がぜん、ヤル気がでてきたわ」
「それでは、試合に戻りましょう」
「失礼しました。解説のアルルです」
「よろしくお願いします。さて、決勝戦ですが、両者ともに中肉中背——あ、いや、我々庶民と比べれば立派な体格なのですが、バランスが取れていると申しましょうか、アルルさん?」
「はーい、こちらー、観客席のー、アルルでーす」
「あんた、どこにいるんだよ」
「ヤル気を見せるために、観客席最前列に移りました」
「節操ないですね」
「臨機応変です」
「それでは、両者の体格についてですが」
「はい。両者とも騎士としては標準的な体型ですね。スピード重視の軽量級でも、パワー重視の重量級でもありません。戦場ではもっとも重宝されるタイプです」
「言うなれば、エース同士の戦いということですね」
「はい。期待が持てます。おそらく速い試合展開になると思いますが、両者実力は拮抗していますので、万が一長期戦になるようなことになれば、ますます読めない展開になると思います」
「さあ、試合開始です。——おっとぉ! ショーンが飛び出した」
「速い!」
「正面から……ガブリエル、避けない」
ガンッ!
剣と剣がぶつかる音がしました。つばぜりあい、と言うのでしょうか。
しかし、剣に体重を預けていたのも束の間、ショーンはすっと身を引きました。そのタイミングで、ガブリエルがバランスをわずかに崩します。
ショーンはすかさず踏み込みながら、相手の剣を巻き込みつつ、斬り上げました。
ガブリエルの剣が、宙に舞いました。
勝負あり、です。
「さあ、剣を失ったガブリエルに対して、ショーンは……おっとー! 剣を捨てました!」
「どういうこと!」
「剣を捨てたショーン・チェック。手を前に差し出し……指をくいくいと曲げました。挑発だ! これは挑発だ! ガブリエルも黙ってはいません」
「情けをかけられて、しかも挑発ですからね」
「ガブリエル、挌闘の構えに変えました。ショーンも構えの形をとります。……アルルさん、ふたりの格闘術の力の差はどのようなものなのでしょうか?」
「流派が違います。ガブリエルは力を重視する流派、ショーンは技を重視する流派です。ただ……まいったなあ」
「どうしました」
「計算にいれていなかったんですけれど、このふたり、若い頃はどっちもやんちゃしてたんだよね。だから流派の差は無視しても、乱闘になったら強い」
「ほう」
「しかも、騎士団予備生の頃、このふたりでちょっとやらかして、停学くらっているんだよね」
「ほう」
「それが女の取り合いだったっていう噂でさあ」
などと、アルルさんの解説が場内に響いた瞬間、僕は見てしまいました。ショーン側の控えで、マリさんがタオルをひきちぎっているところを。
学生時分のことなので、許してあげて欲しいですね。というか、許してもらえないと、多分この試合の最終的勝者はマリさんになりそうですね。恐い、恐い。
「さ、試合場では打撃の応酬が始まっています。両者一歩も譲りません。相当の数のパンチが命中しているはずですが、引きませんね。アルルさん、この後の展開はどう見ますか」
「ストリートでは、負けたら死を意味しますからね」
「すると、ふたりともストリート出身で?」
「いえ、ふたりとも名家の出です。名家のボンボンがやんちゃをしてたんですね。だから、正当な試合でショーンの勝ちはないと思ったんだけどなー。ぬかったなー。オッズがなー」
「アルルさん、配当金の話はいいので、試合に戻ってください。いつ終るんですか、これ」
「……さあ?」
パンチ、パンチ、パンチ、パンチ。
ガード、ガード、ガード、ガード。
打たれても、打たれても、打たれても、打たれても。
反撃、反撃、反撃、反撃。
——えーと。
いつまで続くんでしょうね。
一時間が経ちました。
殴り合いは続いています。
さすがに観客も飽きてきましたね。皇女様は……姿が見えませんね。休憩しているのかもしれません。
あ、アルルさんがマリさんのところに近付いていきました。何やら耳元でごにょごにょ言っていますね。何を吹き込んでいるのでしょう。マリさんは反論していますが、アルルさんが説得しています。ショーンのことを応援しろとか、そういう内容なんですかね。
おや、マリさんが決心したようです。
手をメガホンのように口の前に添えて、大きく息を吸いました。
「ショーン! 早く試合終らせて、ぎゅーってしようよ!」
イチャイチャかよ!
ところが、これが効果覿面でした。
「おおっと! ショーン・チェック、足払いから素早い動きでガブリエルの下に潜りこんだ! その体勢から……背負い投げです! 背負い投げです!」
「技アリ! 一本!」
審判が旗を上げました。
審判なんか、どこにいたんでしょう。
いやいや、この際、細かなことは気にしないようにしましょう。実際、見事な背負い投げでしたし。拳闘だけじゃなくて、投げ技もできるんですね。
試合場のふたりの闘士は、荒い呼吸をしながらも晴々とした顔をしています。これだけ殴りあえば満足でしょう。
ショーンさんがガブリエルさんに手を差し出しました。ガブリエルさんは、笑いながらその手を握ります。そして爽やかに言いました。
「いい試合だった、楽しかったよ。ぎゅーって、してこいよ」
「ああ、ぎゅーって、してくるよ」
この人たち、駄目な男子ですね。
ともあれ、武闘大会はショーン・チェックの優勝で幕を閉じました。
結局、珠美さんはどこに行っていたんでしょうね。
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