第3話 その3
あっちの僕と、こっちの僕。
あっちとは異世界パンゲアの大国、ローレンシア皇国。こっちとは、こっちです。
正確には、僕はあっちの世界で実体化したことがありません。何故なら、こっちの世界の吉祥寺に具現化したからです。突如と言っても、ローレンシア皇国の人々が勇者を使わす神様の出現を望んだからという理由はあり、それがあっちの世界である以上、僕はあっちに出自を持つ存在と言えるでしょう。
実は時々考えます。
あっちの存在である僕があっちに存在していないはずはないので、こっちの僕はあっちの僕の写像でしかなく、あっちにはあっちの僕がいるのではないかと。
つまり僕はあっちとこっちの両方に同時に存在しているのではないかと。
だとしたら、どちらが主でどちらが従なのかと。
考えても無意味とは思うんですけどね。
「珠美さんは、あなたは影の存在なのですって突然言われたら、どうしますか?」
「私? 私なら、
「いや、知りませんけど。多分内閣じゃないです」
「内閣じゃないんだ……。でも、備えは大事よね」
「そうですね」
「影の存在には影なりに、頑張るべきポイントがあると思うの」
「うーん、そうですか。珠美さんはポジティブですね」
それからしばらく、珠美さんは黙り込みました。何かを考えているようでして、すっと顔を上げると言いました。
「シンちゃん、もしかして、遠回しに浮気しているって言ってる?」
「ええっ! なんでそうなるんですか! 浮気なんかしていませんよ」
「本当?」
「ううううう浮気なんかかかししししていまいませんせんせんって」
「どもるのが怪しいわね」
「いや、本当にしてないですよ。どうして、そんなことを考えたんですか?」
「だって、私が影の存在って、他に女性の影を匂わせているわよね」
「いませんよ」
「むしろ、私が日陰者の女?」
「珠美さんはネガティブですね。——それにしても、二号さんとか日陰者の女とか、ああいう表現って問題にならないんですかね」
「嫌よね。だいたい、複数の女の人と付き合っておいて、それに一号とか二号とか順番をつけるのが嫌だわ」
「みんな仲良くとはいかないでしょうからね」
「そうかなあ。私、もしシンちゃんが浮気しても、その浮気相手と友達になれる自信あるわ」
僕は飲んでいたコーヒーを、こたつの上に吹き出しそうになりました。
「無理でしょう。いくらなんでも、無理でしょう」
「うーん、でもね。シンちゃんが好きになるんだから、私と同じようなタイプの人だと思うの。でもって、私、自分のこと大好きだから」
「すごいですね」
「そうかしら」
「そうですよ」
僕だったら自分と同じような人間……いや神様が他にいたら、どうするでしょうね。好きにはなれないと思います。こんな面倒くさい神様は、ごめん被ります。
こたつテーブルを挟んで、僕と珠美さんが座っています。コーヒーがそろそろ冷めて来ました。
「神様ってね?」
「はい?」
ドキリとしました。珠美さんは何を言い出すのでしょう。
「最後の審判とか言うじゃない?」
「そういう宗教もあるみたいですね」
「神様が人を裁くってのと、人間が人間を裁判をするってのは、矛盾しないのかしらね」
「何に則って裁くかによるんじゃないですかね。宗教裁判ってのもあったみたいですし」
「そうなのよ! 誰かがバサッと裁いて、それが神様なら、みんな納得すると思うのよね」
「いやいや」
それはないですって。宗教裁判に平和なイメージがあるとは、僕には思えないです。それに、僕が神様にバサッとやられたら、やっぱりムッとしますね。自分だって神様だということを差し引いても。
「シンちゃん、たとえばね、誰かが悪いことをしたとするの。でもそれは、悪人をやっつけるとか、なのよ」
「正義の味方は殺人罪に問われるか、という問答ですか」
「そう! それ! どう思う?」
「正義のためなら、殺人を犯してもいいのかってことですよね。……そもそも、正義というもの自体が、相対的ですよね。たとえば僕の正義と珠美さんの正義は、違うわけですよ」
「え! 違うの?」
「いやいや、概ね同じだとは思うんですけど。価値観とか似ていると思うし」
「そうよね」
「でも細かいところでは違うと思うんですよ。たとえば、僕は宝くじが好きですけれど、珠美さんは宝くじも含めてギャブルなんて嫌いでしょ?」
「そうねえ。だって、当たらないじゃない」
「実益の部分はともかく、ギャンブル嫌いですよね。でもどちらが正しいかなんて、分からないでしょう。国や文化が違えば法律も違いますし、正義も違います。一応自然法って考え方はありますが、それだって宇宙人には通じないかもしれません」
「それでシンちゃんは、正義の味方が人殺しをすることについては、どう思うの?」
「正義の名のもとに行う殺人は、戦争と同じですよ」
「うーん」
ビッグマウスさんの裁判のことを言っているのだろうとは、想像できます。あの場所に立ち会っていた珠美さんとしては、彼に同情する気持ちもあるのでしょう。でもだからこそ、公正な場である裁判に持ち込んだのではないでしょうか。
その裁きは、法のもとにおいて、公正です。
法が正しいという前提ですけれどね。
ただひとつだけ、宣言しておくと、神様である僕は、人間が作った法律なんか、知ったことではありません。
ですけどね。珠美さんたちは、法のもとに生きているべきなんです。それが自分の身を守ることにもなるんだから。
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