第2話 その3
今日のパンゲアの夕暮れは、それは綺麗なオレンジ色の夕焼けです。
野外訓練場に長くのびた騎士の影。マリさんと、ショーンくんは、互いに剣を持ち、間合いをとって向き合っています。
マリさんは訓練用の軽装備、ショーンくんは全裸に腰タオルです。……服を着させてもらえなかったのですね。かわいそうに。
ひゅるりと風が吹きます。夕方ともなれば、少し肌寒く感じるでしょう。誰か、ショーンくんにタオルを……投げたら「負け」になってしまいますね。ショーんくんは、タオル一枚で戦わないといけません。
「いざ!」
マリさんが、細身の剣を構えました。ショーンくんも中段に構えます。
「くらえっ! 乙女の純情斬りッ!」
いきなりの攻撃です。乙女の純情を笠に着るとは、これは太刀打ちしようがない。
ショーンくんは剣で受け、横に流しました。
その後も繰り出される攻撃を、ショーンくんは器用にかわします。しかし体勢としては、不利です。なにせ彼は、タオルがめくれないように時々手で押さえないといけません。そうでないと、剣を振りながらチンも振ることになります。下半身ときたら、素振りと空振りばかりです。素振りチンに空振りチン。
圧倒的に、不利です。
まさに、不利チン。
辛うじてタオルの中身が見えることはありませんが、観客の女騎士の間からは、きゃーきゃーという黄色い声が飛んできます。
何のショウなんでしょう。
などということに気をとられていますが、試合はいたって真剣です。リーチの差があるので、マリさんは剣を振るものの、ことごとくかわされてしまいます。形勢としてはマリさんが押しているのですが、片手でこの状態を維持できるというのは、ショーンくんは相当の腕なのでしょう。
そうでした。合コンに出ていたのは、全員武闘大会の予選通過組でした。ショーンくんも、予選を通過する腕を持っているのです。
……おや?
マリさんの剣が鈍っています。どんどん力任せに振るだけになっていますね。
カンッ、カンッ、カンッ!
あ。
ショーンさんの剣が、マリさんの剣をからめとり、飛ばしました。
数メートルは離れた場所に、マリさんの剣が落下し、マリさんはその場にしゃがみこみました。
「ひどいよ……、ショーン」
「聞いてくれ、マリ。俺は本当に、彼らを止めに行ったんだ。決して覗きじゃないんだよ」
「でも、覗いたんでしょ?」
「見ていない! 断じて見ていない! そういうのは……け、結婚してからだって、思っているから」
「ショーン」
結婚ですってーっ!
珠美さんの心の声を代弁してみました。
涙を流しながら、マリさんは顔をあげました。彼女の前に立つ男、その名はショーン・チェック。聴衆の間にも、自然と感動の波が広がっていきます。
その時、小さな風が吹きました。熱くなった訓練場の空気の中に、一筋の涼しげな風です。
ハラリ。
ショーンくんの腰のタオルが落ちました。
彼の腰の前には、マリさんの顔があります。
真正面です。
風が吹きました。
揺れました。
悲鳴が上がりました。
マリさんの全力の正拳突きが、目の前の物体を叩き潰しました。
いや、潰れていなかった。セーフ。
倒れましたけどね、ショーンくん。
疲れた顔をして、珠美さんがトイレから出てきました。
「男子って、やーね」
「僕も男子ですが」
「シンちゃんは、別よ。だいたい、自分のことを『俺』って言う人って、なんか怖い」
「そんな人、いっぱいいるじゃないですか」
「そうよねえ。だから男の人って、基本的に怖いのよ」
「そういうものですか」
よっこらしょっと座った珠美さんは、あぐらです。僕は、目の前であぐらをかく女子が怖いです。目のやり場に、なんか困るから。
「女同士が楽しいと思う。私はね」
「いいんじゃないですか。僕も男友達と遊ぶ時間と、珠美さんと遊ぶ時間の両方があって楽しいですから」
「女の団結力はすごいのよ? 女の子の集団って、なんか家族みたい」
「女子だけの姉妹の家って、大変そうですね」
「だけど、楽しいと思う」
珠美さんにとって、騎士団はとても大切な仲間なようですね。
「ところで珠美さん。そろそろ、僕のことを名字で呼ぶのをやめてくれませんかね?」
「なんで? シンノだからシンちゃんでいいじゃない」
「こう見えても、友達からはダンちゃんと呼ばれています」
「ウルトラセブン?」
「違います」
「ふうん」
珠美さんは、ごろんと横になりました。おへそが見えそうなのが、とても気になります。
くすり、と、笑いました。
「どうしました」
「友達の恋バナ、思い出しちゃった。実るといいなあ」
僕も、くすりと笑いました。
そうですね、マリさん、幸せになるといいですね。
ショーンくんも、幸せになるといいですね。
もう一度僕は、くすり、と笑いました。
珠美さんもつられて、くすりと笑いました。
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