箱庭の愛

茸桃子

第1話 入ってこないで。

 彼女はただ、「俺も」という言葉が欲しかっただけだった。


しかし、運命は変わらない。

いつまでもその気持ちは受け入れられず、彼女は執念の塊となった。


執念の女王となった彼女は、今日も、

若い男女を自らの箱庭に閉じ込め続ける。


そんな箱庭に侵入者が4人。


箱庭の命運は主と侵入者に握られた。



 緊張感のない穏やかな森に4つの足が音をたてる。桃色の優しい光が、先行く彼等を包み込む。漂う花の薫りが鼻腔を通り抜ける。天国への道のようなこの森の先に、果たして、本当に...


「姉御。本当にカオステラーがいるんですかぁ?」

目を擦りながら話しかけたのは仲間のシェインだった。呑気に欠伸までしている。注意するにも自分を含め、残りの人間も同じようだった。

「反応はあるわよ。でも、行ってみないと分からないわね。」

必死に目を開けながら眠気に耐えるのはレイナ。カオステラーの気配を感じとり、それを消滅させるのが彼女の使命であり、やりきると決めたこと。


 しかし、本当に緊張感が無い。確かに眠いが、どちらかと言えば、この場に留まっていたい。という、みっともない願望を、レイナとシェインの背中を見つめるエクスは持っていた。隣いる兄貴分のタオを、ちらっと見る。彼は欠伸を炸裂させている。空気と同化してしまいそう。エクスがぼんやり思った時だった。


 「誰か!!助けて!」

前方の遠くから女性の叫びが響いた。それはボケていた人間を覚醒させるには十分だった。後ろには女性を睨んで離さないヴィランの群れ。

「やっぱり、私は間違ってなかったようね!」

半開きを繰り返していたレイナの眼が、完全に開いた。そして、全員『運命の書』を構え『栞』を挟む。日光に勝る光が4人を包む。運命の書を与えられながらも、どこのページにも運命が示されていない彼等の特権。栞に宿るヒーローの力を使うことで、彼等は一層強くなる。彼等はヒーローに変身をとげ、各々武器を構え、群れに飛び込んでいった。


 冒険を重ねている4人にとって、敵であるヴィランの退治は容易いものだった。すかさず、エクスが女性に駆け寄る。

「大丈夫でした?戦ってる間、気を使えなくて。」

「はい、大丈夫です。ああ、なんとお礼を言ったら宜しいか...」

まるで、神を拝んでいるかのような熱のこもった瞳が彼を見つめる。

「はっ!これが私運命の人...!」

「え?」

女性の一方的な思いに戸惑う頃には、エクスの腕は、既に捕らわれていた。振り払おうとするも、力は強まるばかりだった。しかし、その腕はあっけなく解放された。  

「いけない、間違えたわ。私のは、もっと先のはず...」

女性が熱を持った顔から、すっと、真顔になった。そして、エクス達が来た方向へと、走り去っていった。嵐のように去っていった女性の姿が見えなくなった頃に、耳を疑う言葉が聞こえた。

「誰か!!助けて!」

さっきと同じセリフが遠くで聞こえた。声の主は先程と同じだった。

「もしかして、あの女性の運命の書に恋仲となる人と出逢う場所とかシチュエーションが示されているんですかね?」

「そう仮定すると、僕たちがさっき助けた時は、それに当てはまらなかったってことか。」

「うーん...新人さん。」

シェインは決して、エクスを名前で呼ばない。出会ったときから『新人さん』と呼び続けている。そんな、先輩なシェインがびしっと、指さしてこう言った。

「今回の想区。優しさとか気遣いは誤解を招く気がするので、封印したほうがいいと思います。」

シェインの思わぬ提案には驚かせたが、一寸前の女性とのやり取りを思い出し、全員納得した。

「今回も厄介そうね...」

「エクス、頑張れよ。」

「うん。頑張る。」

優しさがエクスの良いところの一つ。それを否定しないと誤解を招く想区の本当の恐ろしさを、4人はまだ知らない。戦闘前に彼等を包み続けた心地よい誘惑は、依然として存在しているが、もうそれは彼等には効かないようだ。

 4人は確実に足を進めていった。それが想区の女王を怒らせたことも、まだ知らない。

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箱庭の愛 茸桃子 @kinoko

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