彼女の名前
ガラス張りの部屋に出されてから三日目の夜が訪れる。
今日も多くの人間がホームセンターに訪れ、カシャカシャと小さな板をこちらに向けていた。
この光景には多少慣れたものの夜になるとドッと一日の疲れが体中にのしかかり、目を閉じてしまえばすぐにでも眠ることができた。ただ、一度寝てしまうとまた人間に囲まれた一日がはじまってしまう。
理性と本能の狭間で揺れる僕の意識は一瞬だけ途切れてはまた繋がりを繰り返し、ついには体がよろけて転んでしまった。体を起こそうとするも何度もふらついてまた転んだ。
さすがにここまできたら寝てしまった方がいいのかもしれない。また人間に囲まれた一日が訪れるが仕方ない。そう心に決め僕は寝心地の悪い床に体を丸めた。
その時。
「ずいぶんと疲れてるね。ここの生活には慣れた?」
眠りにつく寸前。意識は聞き慣れない声によって呼び戻された。
「君は誰?」
白い毛並みをした彼女は丸めていた体を起こし、一度ノビをしてゆっくりとこちらに近づいてくる。歳は僕と同じくらいだろう、けれど僕とは違ってどこか余裕があるというかここの生活が長いからなのか、ずいぶんと落ち着いている。
「誰だっていいでしょ。まあ、みんなからはフウって呼ばれてるけど本当の名前は知らない。はい、これで自己紹介は終わり。次、あなた名前は?」
「なんか雑な紹介だね。そういう僕も君とほとんど同じなんだけど」
「みんなからはリンって呼ばれてる。フウは小さい頃からここに? 裏の部屋では見かけなかったけど」
「うん、気づいたら私はここに住んでた」
「怖くないの?」
「怖くないよ。奥の方で寝ていれば人間が来ていても関係ないし。たまにドンドン叩かれるのは眠れないから嫌だけど。というか、私が居たことに気付かなかったの?」
「そんな余裕ない。大勢の人間に囲まれることなんて初めてだから」
初めからこの環境に慣れているなら関係ないのかもしれないけど、こっちは友達が怯えていたんだから不安にもなる。
「しょうがないな。じゃあ、私と友達になってよ。ここでの過ごし方を色々と教えてあげる」
言葉ではやれやれと呆れてる彼女。だけど言葉とは裏腹にその表情はどこか嬉しそうに見えた。
「じゃあ、これからよろしくね。リンくん!」
そう笑顔で僕の名前を呼ぶ彼女。
「うん、よろしく。フウ」
彼女の名前はフウ。
命の値段 幸葉 紡 @Sachiba_word
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