二一冊目――九年目の記録終わり――

 後顧の憂いもなくっていうのはこういうことなのかな

 合格の報告をお姉さんにして、それから今度はおばあちゃんにもした

 喜んでくれて、じゃあ準備しておくからって、行ってくれて、いろんな処理とかそういうのも水面下で進んでるからって太鼓判を押してもらって

 だからあとは私が母に真実を突き付けて私自身の生き方を選ぶだけ

 何度考えても、どう考えても、私と母とは和解なんて出来やしないから


 だから決別する

 私たちは初めから家族なんかじゃなかったから、今でも母は家族じゃないから

 血のつながりに絶対的な信頼を寄せるのは間違ってると思う

 だってそこにあるのはただ同じ遺伝子を融通してもらった間柄というだけに過ぎないじゃないか

 私を助けてくれたのは母でもなければ父でもない

 私と似た経験を持った見ず知らずのお姉さんだった

 ただ強いていうならこういうふうには言えるのかもしれない

 母には人を愛する才能がなかった、と

 そして私には運がなかった、と



 卒業式、みんなわんわん泣いていて、小学校の時は平気な顔してた男子まで涙ぐんでいたりして、あぁやっぱりこういうのって感動的なものなんだなって、改めてそう思った。思わされた

 確かに私も感慨がないわけでもないけど、それでも私の心は水を打ったように穏やかで、ともすれば妙に清々しい気分だった

 卒業証書ももらったし、これであとは最後の一仕事だけ

 でもこれが私にとっては一番大事な一仕事

 覚悟は、もう決まってる

 そういえば部屋の中片づけて着替えとかバッグに詰めたらなんだか部屋ががらんとしちゃったな。もともとそんなに荷物もないんだけど女の子の部屋とは思えない感じになっちゃってるや

 うん、とりあえず終わらせて来よう



 今私は特急列車に乗っておばあちゃんの家へと向かいながら日記を書いている

 事のてんまつはやっぱりちゃんと記録しておかないとって気分になったから

 でもそれを書くというのもなんとなく少し気が咎める感じがないでもない

 それでも書こうって気になったのは、やっぱりそれが一区切りの証でもあるって思うからかな

 卒業式のあの日、私は母に真実を突き付けた

 あなたが私に指定した高校じゃなく、私が自分の希望を通りの高校を受験してそれに受かったことを告げた

 簡単なからくり、母に書いてもらった時は下書きのまま渡して受け取ってから正しい文面に書き換えて清書した。ただそれだけのことだ

 何も難しいこともないし、清書じゃないことに気が付けばすぐにばれるような杜撰なズルだけど、母はそれにさえ気が付かないほど私に興味を抱いていない

 母は震えて、それから発狂したみたいに私に詰め寄った

 もとより濁っていた目は怒りに狂って完全に正体をなくしてるって、そう思った

 フーフー言いながら私は首を絞められて、それでなんでとか、あんたはとか、いうこと聞いてればいいんだとか、繋がりもしないようなことをボロボロ口にして、私を締め上げて、このままだと死んじゃうって思ったけど、それはある意味では自業自得なのかな、なんて考えて

 それでもやっぱり諦めたくなくって、だからお母さんを蹴とばした

 

 よろけて、お母さんに向って何するの!? って金切り声をあげるのを見て私は人の首絞めておいて何言ってるんだろうなんて考えてた

 だけどそのままにしておくわけにもいかないし、というかそのままだと私本当に殺されちゃうかもしれないし、だから取りあえず釈明というか弁明というか説明というか、間を伸ばすために話をした

 やっぱり私はどうしてもその高校に行きたかったから、ってウソをついて、諦めきれなかったから、だますような真似してごめんって、心にもない謝罪をした

 それでも母の目は憎しみに染まっていて、だから私は母の言葉を待ってた

 母の言葉を待ってた

 母のあの言葉を待ってた

 私が思い通りにならないんなら、母にとって私は家族じゃなくなるはずだから、だからその言葉を待ってた

 顔を真っ赤にして、髪を振り乱して、ぶるぶる震えて暗い言葉をぶつぶつ呟く母から私への言葉をただ、ゆっくり待ってた

 でも、決定的なその一言は待っても待っても、出てくることもなくって、もうとっくに正体もなくしてるのかって、そんな風に見えた

 から私は自分から踏み込んだ。この状況、猛スピードで走ってる自転車がスリップしたのにブレーキもかけずさらに無理やりこごうとするくらい愚かなことだって思ったけど、それでも言った


 ねえ、私はあなたの人形でもなければドレイでもないよ


 そういった

 次の瞬間には母の目に光が戻った気がした。気が付いたら私は母に絞められていて、その次には突き飛ばされていた


 あんたなんかもういらないわよ!


 怒り狂った母がついに私にそういって、無理やり腕を捕まえて今から放り出された

 望んでいて、待っていた言葉だけどいざ言われるとやっぱり吐きたくなるね、これ

 それからもうほとんど叫ぶみたいな、出て行って! あんたなんかいらないから出て行って! って酷い声が聞こえた

 あぁ、やっぱり家族じゃなかったんだなって、私は強く再認識してでもホッと胸をなでおろした

 私の知っている母は確かに私の母だったんだって、私のことをよく知らない母のことをなんで私が知ってるんだよって、ばかばかしい気持ちになって、それで私はカバンをひっつかんで家を出てきた

 もう、この家には帰らない。これで決別だから


 これで良かったんだって私はそう思う

 私も母も、これで幸せになれるから

 だからこれで良かったんだって思ってる

 さようなら、お母さん。もう二度と会いたくもないよ


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