二〇冊目――九年目の記録弐――
山はキレイだし、ご飯はおいしいし、おばあちゃんとおじいちゃんは優しいくて温かいしやっぱり来てよかった
ここに来た目的を果たさなくっちゃいけない
晩御飯の時におばあちゃんとおじいちゃんに相談した
したんだけど、家ではどんなふうかって、それを説明するのが少し苦しかったから持って来ていた古い日記を二冊ほど読んでもらうことにした
それで、また明日改めて話をするってことになった
今少し後悔してる。アレを本当に見せてしまってよかったのかなって、後悔してる
だけど、必要だから、私が生きるのに必要だから。そうするしかないっていうのも理解してる
少しぜいたくかなって、なんとなくそんな風に思って、だけどもういい子悪い子を意識する必要はないんだろうなって、思い当たった
私はもう母にとって「都合のいい子」であるのはやめるって、そう決意したんだから
もう一度話をした。日記の内容におじいちゃんとおばあちゃんは絶句してた
どうもそんなにひどいものだったらしい。私にはあまり良く分からなかったけど、それでも普通じゃないんだろうなって感覚はあったからストンってふに落ちた
おじいちゃんとおばあちゃんはこんな育て方するんなら向こうの家には帰したくないって言ってくれて、おじいちゃんなんか今からガツンと言ってやるって息まいてくれたんだけど、でも今すぐはタイミングが悪いから思いとどまってもらって、それから本題を切り出した
来年、高校生になる春休みからこっちにおいてもらえないかっていう話。出来れば、高校の三年間は置いてほしいという願望込みで
答えは二つ返事で、それ以上に今から帰すのも渋る勢いだったからなだめるのに苦労しました
母には私から話をして、決着をつけるつもりだからって、そう伝えたら、そうかって言って二人して私に抱きついて涙ぐむんです。つられて私まで泣きたくなりました
それから、出来れば親権とか養子縁組とか、そういうのもちゃんとしてここの家の子になりたいって話とか、もう進学する高校は家よりもこっちからの利便性を考えて選んでることとか。もしかしたら全寮制の学校に行くかもしれないこととか、いろんなこと相談したら全部うまくいくようにするって、そう約束してくれて、あぁこの人たちはよく知りもしない私にこんなに良くしてくれる人っているんだって、なんかそんなことしみじみ思いました
心配事を早々に片づけられたから私は晴れて自由の身です
田舎のそこそこ大きい平屋で風通しのいい縁側に陣取って勉強なんてすごくぜい沢だって、ちょっと誰かに自慢したくなりました。ふふーん
夏
知らない土地、知らない空。なのにどこかなつかしい
こういうのを原風景っていうんでしたっけ
なんとなくここにはそういうのがある気がします
どこへ行くにも車を出さないとやや不便だし、虫はたくさんいるし遊ぶところもないし、図書館は遠いですけど、でもなんだかここは快適です
ずっと居たいなって、そう思えるんです
家にいるときは母の機嫌を取るためにお手伝いをして、いい子で居て、それが当たり前だと思ってて、でもおじいちゃんもおばあちゃんもそんなことする必要ないって言ってくれて、でも怖いからとかじゃなくって手伝いたいって思えるんです
おばあちゃんもおじいちゃんも温かいから、だから何かを返したくなるんです
きっと、本来的に家族ってこういうものじゃないかなってそんな風に思えたんです。私たちのいびつな関係とは違うもっと自然な何か、それがここにあるような、そんな気がするんだと思う。だから私はここに来たいんだってそう思う
なんとなく空を眺めてぼーんやりしてたらおばあちゃんがスイカをくれた
スイカを食べながらおばあちゃんの昔の話を聞いて、今とは違う何かに触れた気がして、それがなんとなく面白かった
できればなるべくここにいたいなって思いが強くなった
新しい家がここなら私は生きていける。そう思う
気が付けばもう帰る日だった、おばあちゃんとおじいちゃんに一時の別れを告げて、私はまた特急に乗る
次にここに来るときはここに住む時だ
二週間ぶりに帰ってきた私を迎えた母の対応はそっけなかった
あぁ帰ってきたの、とでも言いたげなその表情に少しばかり落胆させられる。未だ私の中にそんな淡い期待が残っていたことに驚いた。少しでもいいから情が欲しいのかもしれない。二週間もいなくて寂しかったって言ってほしかったのかもしれない。望むのはタダだし別にいいのだけどそんなこと望んでも得られるものがないことは明白だろうに、私っていうのはどこまでも、おろか
荷物を置いて、久しぶりに食べた晩御飯は非常に、その言いにくいのだけどまずかった
長い間家を空けていたからすっかり忘れていた。ついでに言えばおばあちゃんの家の味にすっかり慣れた私の舌にはうちのご飯は驚くほど合わなくなっていた
今までよくこんなので文句の一つも言わなかったものだって、過去の自分にいっそ感心するほどに、まずかった
いや、もうほんと笑っちゃいますねこれ
なのに母は、久しぶりのご飯はおいしいでしょっていうんですよ。もうどんな味覚してるんだろうって、不思議
でももしかしたら補正があるかもしれないですね。私はこの家が嫌いだから、だから母のご飯は余計においしくなく感じられる
これならいっそ、私が自分で作ったほうが満足できる気がする
二学期始まりました
先生に進路について少し相談します
多分、私の家庭環境がどんななのか先生は薄々察してる。だからこのまま隠したままでいるのは良くないかなって、そう思ったから。でも本来的に私はとても打算的だから、母との決別を目前にして多分少しでも、一人でも多く味方が欲しいんだって、きっとそう思ってるんだ
でも改めてそういうのを話すってなるとやっぱり少し怖い。ウソを言った、すごく怖い
それでもこのままなんてダメだから
インターネットは便利です
児童虐待って検索すると虐待の分類やそれに類する刑事事件なんかの記事がわんさか出てくる
いくつか記事を読んで見て私のこれまでを客観的に判断してみれば多分立派な精神虐待なんだって、今更ながらに思い知らされてちょっとへこむ
分かってはいたんですけどね、分かってはいたけど、やっぱりこうして確認作業をして、あぁやっぱりそうだったんだって実感すると少しこたえます
学校の先生だし流石におばあちゃんたちみたいに甘えられないし、日記を見せるのもとまどわれるしで、結局色々調べてから先生に説明した
私が一般的な虐待とは少し違った特殊な虐待を受けて育ったこと。それは多分間違った考えから生じたものであるだろうこと。ある意味ではネグレクトに近いものだろうということも
先生に、話してくれてありがとう。そうか、つらかったよなってワシャワシャ頭を撫でまわされた
それでそのあとで高校進学と同時に祖父母のところへ逃げようと思ってるっていうことも話して、それを踏まえてどこを選べばいいか悩んでるっていうのを相談した
実質的に家庭の事情には俺たちはあんまり踏み入れないから、今まで力になれなくてごめんな、って言われてそのあとでいくつかアドバイスをもらった
やりたいことがもう決まってるなら確かに寮のあるこの学校は魅力的だけど、そうじゃないなら未来の可能性を広げるために普通科に行くのも悪い手じゃないという話だとか、そこそこ山近くの学校には基本的に地元の子が多いから外から来た人には冷たいかもしれないとか、そういうのも話してくれてだけど、最後はやっぱり私次第だって、そういわれた
私次第。結局最後の最後、ほんとのところは分かってた
選ぶのは私。だって今私は未来を選ぶために母と決別しようとしてる
だったら私は、その先の未来だって自分で選べるはずなんだ
前を向くのは難しい
前を見据え続けることはもっと難しい
見据えた前に歩き続けることはもっともっと難し
でもきっとみんなそうやって生きてる
私もそうやって生きたい
修学旅行に行ってきました
二泊三日の寺回り、何故かとにかくひたすら寺院と仏閣を見て回った修学旅行でした。一体どうしてこんなことになってしまったんだろう
でも楽しかったは楽しかった
仏像にも割といろんな種類があることとか、千手観音の実物の物すごさとかなんか言葉では表しにくい不思議な圧倒される体験だった
でも圧倒され過ぎて旅行中の夢まで全部仏像、観音像、阿修羅像まみれになるのは勘弁してほしかった。でもそれぐらい圧倒されて記憶に残ってるってことだよね
うん、でも観音像のお饅頭まで買ってきちゃったのはちょっとダメだったかな? おいしいんだけどね
決めた
私の道は私が決める
誰の意見なんて関係ない
私の生き方はちゃんと自分で決めるんだ
志望校を母に告げたら猛反発された
その反応は分かってた。家から通えない距離だよね、ダメだよ、あなたの成績ならこっちの一番偏差値高いところだって十分受かるでしょう? そっちにしなさいって何か、この世の終わりのような顔していうんだ
知ってるよ、私は知ってる。母がご近所に私は県内で一番偏差値の高い高校に行くんだって、そう言いふらしてたこと、知ってる
母には私が勉強できることが誇らしかったの知ってる
私が母のために一生懸命勉強してたんだって、そう思い込んでたのも知ってる
でもね、私は体の良い世間体を取り繕うお人形さんじゃないんだ
私にはやりたいことがあるし、何より私はちゃんと私のために生きてみたいんだ
あなたの意見なんかもうとうに知らないし、聞いてもない
だけど多分私が言うことを聞かないとダメだってゴネ続けるんでしょう。それも知ってる
だから私にも考えがあるんだ
あなたが私のためだっていう正義を騙ってきたように私もあなたを騙します
願書のちゃんとした書類を先生に渡したら驚かれた。裏技使っちゃいましたって言ったら、悪いことしてないだろうなって、ちょっと怪訝な顔されたけど、ズルはしましたけど悪いことはしてないですよって言ったら一応納得してくれました
いやでも意図してない書類にサインをさせるっていうのは一応書類偽造扱いになるのかしら?
まぁ流石に訴えられたりなんてことは流石にないよね。意味もないし
もうそろそろ二学期も終わりに近づいて来て、なんとなくせきりょう感を感じます。最近知った言葉を使いたかったんですけど、漢字がややこしかったからひらがなにしました
感傷的っていうのか、つまりあぁもう終わりなんだなって、惜しくもないのにそう思う
自分に酔ってるって言ってもいいかも
でもそれくらい許されてもいいよね
今まで私頑張ったもん。だからそれくらいの自己陶酔は許されてもいいんじゃないかって思う。違う思いたい
神様どうか私に力をください
もうすっかり年の瀬です
今年の冬休みもいつもの通り大したこともないものになりそうです
神社へのお参りへ合格祈願をしておくくらいしかすることもなくって、いつも通りに出来れば志望校もまず受かるだろうって先生も模擬試験の結果も言ってくれてるし、根を詰めないように気を付けてます
それに、私が一番体力を使うのは合格発表の後だから
前期の面接試験を受けて、その結果を見たら早くも受かってしまっていて拍子抜けしてしまった
でもこれで肩の荷が下りた
母には受かってたよってだけ言って、あとは卒業式までの一か月隠し通せばそれでおしまい
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