十九冊目――九年目の記録壱――

 一年考えて、いろんなことを見て、やってみて、勉強して、相談して、悩んで、私が出した、私が得た、結論は母と父から逃げ出すこと

 それ以上にいい方法は私の小さな頭じゃ考えつけなかった

 一応の答えは見つけたし、私はここに縛られたらいけないから、だからこの日記も少しだけ書き方を変えようと思う

 母にとって、私は邪魔ものだし、私にとって母は恐怖の対象でしかない。親子として健全な姿って、きっとそうじゃないんだって、私はそう思う

 だって、そうでしょう?

 私はもう母に怯える生活を続けるのは嫌だ。母がいくら私を支配したいって思っても、私はそれを否定したい

 だって、私は私だ。母のお人形さんじゃないし、ましてや母のドレイでもない

 私は母の都合よく動くモノなんかじゃなくって、命と心のある私っていう一個人なんだ

 だからもう支配されるのは嫌

 

 だけど、逃げ出すタイミングはちゃんと図らないといけない

 私は今だっておこづかいだってほとんどもらってないから、突然家から追い出されると行き場がないし、最悪の場合死ぬしかなくなくなる

 電話回線も母の名義で契約してるし、それを切られたらお姉さんにも連絡取れなくなるよね

 そうです、書いてから気付きましたけど、電話回線を打ち切られた時のために、お姉さんとおばあちゃんの電話番号はこっちで紙に控えておいたほうがいいよさそう

 母はそこまでするかっていうと、分からないけど、私に使うお金が減ればその分自分が使えるお金が増えるって気づけば十分やりそうってそう思う

 だから、ちゃんと時期が来るまで私がしていることを母には隠しきる必要があります

 一応、お姉さんも準備に協力してくれているし、おばあちゃんにも、あなたがそう望むならあたしは構わないし、いつでもおいで。って言ってもらえて、だからあとはタイミングだけ

 それさえ間違えなければ私は生きられる



 母に少しだけ聞いてみた。私がここじゃないところに住みたいって言ったらどうするって、聞いてみた

 何も疑問に思うこともなく、引っ越したいの? って言葉が帰ってきて、あぁこの人はダメなんだなってそんな風に思ってしまった

 だって、もし私が同じ立場だったとしたら、そんなことを聞かれて真っ先にいじめを疑うもの。それを考えもしないでただ能天気に引越ししたいなんて、そんな風に思えるのって多分おかしい

 そのあとは適当にお茶を濁して逃げてきたけど、身長に探りを入れたりとかはしなくってもよさそうかなって思えてしまった

 私がこういうことを言うのは違うのかもしれないし、よくないことだって、それは分かるんだけど、それでも思ってしまう

 母は、大人になってないんだって、そう思う



 二学期が始まるまでやっておかないといけないことが私には三つある

 一つは去年ぜんぜん見てなかった学校見学へ行って、私が進むべき進路を決めること

 もう一つは私が行く学校をどんな形であれ両親に認めてもらうこと

 そして最後に夏休みにおばあちゃんちに泊まりに行くこと。これは出来れば私一人で行くほうが望ましい

 実績が、いるらしいから。私が一人で一週間か二週間か、そのくらいはおばあちゃんちで一緒に過ごしたほうがいい

 それでもちゃんとした実績になるからって、お姉さんはそう言っていた


 夏休みまではもう少し時間もあるし、どうにか私がおばあちゃんのところへ行くことを認めてもらわないといけない

 最悪の場合は一つだけ切り札があるけど、でもこれが母に有効なのかは今一つ自信がない



 土日を利用してひたすら学校見学へと足を運ぶ

 母は多分私が県内で一番偏差値の高い公立高校に行くって思ってるけど、私にはそれとは別の基準で高校を選ばないといけない

 幸いなことにおばあちゃんちは一応同じ県内だから、違和感を持たれても致命的な乖離感は与えないはず

 それでも多分偏差値が50より下の学校は選べない



 いろんな学校を見てみて、とりあえず志望校を三校まで絞った

 ただ、三校目は母に不審がられると思う。だって偏差値は低いし、ここから遠いし、公立にしては珍しい全寮制の学校だし、そもそも普通科じゃないし多分さんざんです

 でも、私はもしかしたらここに一番行きたいって思ってるのかなって、そんな風にも思うんです

 私のこと、母のこと

 戦わないと、私は諦めちゃいけない。もう諦めるのは嫌だから、逃げるのは嫌だから、だったらやることは一つ



 夏休みに入る前に母に希望を伝えた。夏の間一週間か二週間くらいおばあちゃんの家に泊まりに行きたいって、そう伝えた

 母の目はつりあがっていて、なんでそんなこと言うのって、まるでそれがとても罪深くて許されないことのように言うんです

 でも私はもう気が付いているし、見ないふりをするのも嫌です

 母は変だ

 母の言う言葉は私にとって毒ばかりだ

 たぶんそれはキャンディみたいに甘くてコロコロな毒。そのままいたら私は死んでしまう。私という意識が死んでしまう

 母の言葉は私の心を殺す毒だ。だからそれと戦わないといけない

 どんなに辛いことになるって分かってても、どんなに苦しい目に合うか想像できても、今戦わないと私の心が死んでしまう

 つらいのは嫌だって私は言うし、私もそう思う。でも今戦わないともう後がないから。これ以上毒を貰い続けたら私は死んでしまうから


 嫌だって逃げ出したいって、そう思ったけど、それでも私は母に反論した

 どうしても行きたい、泊まりに行きたいって、そう伝えた

 母の目は如実に怒っていて、今までの私ならそこで引き去ってしまっていたと思う。恐怖がないわけじゃない。足が震えるのを必死に抑えたし、ゴメンナサイって言いそうになる弱い口も何とかなだめた

 なんでダメっていうの? って逆に聞けば、より目がつりあがってイラついてるのがもう誰から見ても丸わかりだと思える

 お母さんを悲しませるためにそんなこと言ってるの? なんて言ってくるから、私も思わず向きになっちゃった

 なんでそうやって人の話を聞いてくれないのって? って、いつもそうだよね! ってもうほとんど叫ぶみたいに叩きつけて、それから思わず苦しくなって足で床を強くふみつけちゃった。そんなことしたの初めてだったから足が痛かった

 出かけるのにはお金かかるんだよ? そのお金は誰が出すの? お母さんでしょ? っていうから、私はしめたって思って、一昨年に貰って一円も使わずにお母さんに渡したお年玉それから全部出してよって言ったら、お母さんは何か都合の悪いことでも隠すみたいに目を泳がせてた

 本当は知ってたよ、私のお年玉なんてもう全部、すっかり全部お母さんがガチャに使っちゃってるだろうなんてことは知ってるよ

 だけど、それは私のお年玉だよね。だから、容赦なんてしてあげられない

 それで今命じられた悪い子ノートもほっぽりだして日記にこうして書きつけてる。そうでもしないと感情がどうしての抑えられないから、母に見つかるリスクを承知でこうして書いてる

 一応母は引き下がって、分かったって言ってくれたけど、もしかしたら手配やチケットを買うお金をくれないかもしれない

 だからそうならないように次善の策もちゃんと考えた

 これからおばあちゃんに電話して、一応言質は取りましたって伝えます。それで私の夏の予定は決定されるから



 案の定母は私に何も言わず何にも用意してくれなかった。多分おばあちゃんちに連絡だってしてないと思う

 ただ代わりにおばあちゃんの家から手紙が届いた

 それはぜひ夏休みに遊びにおいでっていうお誘いの手紙で、中に有料列車の切符が三枚入っているもの。私がおばあちゃんにお願いして手配してもらったモノ。やっぱりお金が絡むことだしお願いするのはどうなのかなって、思ったんだけど、お姉さんと一緒の時にお姉さんが勢いで連絡してしまって、私が電話口でまごついてたら、お姉さんにむしり取られて、交渉されてしまったチケットだ

 ちょっと忍びないけど、でも電話口でそういうことなら惜しまないからなんでも言ってちょうだいなって、おばあちゃんも言ってくれて、あぁ甘えてもいいんだって少し泣きそうになりました

 それを見た私は大げさに喜んでおいた。ちょっとわざとらしいかなって、思ったけど多分母は私がおばあちゃんちの連絡先を知ってるなんて思っても見ないだろうし、多分大丈夫

 問題はチケットが一応三枚届いてるってこと

 おばあちゃんとお姉さんが言うには、二枚は疑られないための必要経費で、恐らく払い戻し狙いでキャンセルされるだろうって話だけどもしかしたら母も一緒に行くって言いだすんじゃないかなってちょっと思った

 だけど、結局二人の予想通りの行動に出るみたいっで、仕方ないから一人で行っておいでっていって、私一人で行くことになった

 こういうのチョロイっていうよね



 二週間の旅行となるとさすがに色々準備がいります。おっきいカバンとかも持ってないし、着替えもいくつかもっていかないとだし、まぁ向こうに洗濯機もあるだろうから考えすぎかもですけどね



 生きることは難しい

 未来のことを考えるのは重苦しい

 だけど、いま生きていることは温かい

 私は最近そんな風に思うんです



 明日からおばあちゃんの家に行ってきます

 受験生だし、遊んでばかりもいられませんから荷物に勉強道具も忍ばせてあります。したら重かったですけどキャリーバックを買ってもらったの何とかなりそうです。めでたしめでたし


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