十八冊目――八年目の記録三学期――


 大掃除をさっさと片づけてこっそりお姉さんとあってきました

 もうあと何日かで一年が終わるって考えると、それはそれですごいことなのかなって思います。ですけど、一年の終わりと年度の終わりが三か月ズレるのはどうしてなんでしょうか? あとで調べてみよう

 それはそうとお姉さんと会って、おばあちゃんに電話かけてみたこととか色々話しました

 そしたらお姉さなほめてくれて、どうだったって聞いてくれてすごく安心できました

 私っていっつも助けてもらってばっかりで、だからちゃんとお礼も言ったことないんじゃないかなって、そんな風に思って、だからいつもありがとうって、お姉さんに行ったんです

 そしたら今度は頭をなでてくれて、それがどうしようもなくうれしくって、ありがとうって、抱き着いちゃいました

 お姉さんがお母さんだったらよかったのになって、そんな風に思わずにはいられなくって、でもそんなこと考えたらだめだよね、わるい子なのかなって、また思っちゃって、なんでいつもこんなこと考えちゃうんだろって、ちょっとだけゆううつな気持ちになりました。これも全部お母さんのせいなのかなって、ため息を吐きたくなってだけどがまんしました

 それからまた少し話をして、ふっと思ってお姉さんに聞いたんです

 お姉さんはいつ進路を決めたの? って

 そしたら今の私と同じくらいの時だって、教えてくれて、やっぱりそうなんだなって、なんとなく納得しました

 選ぶことって、生きることってこんなに難しいのに、どうしてみんな決められるんだろう。それとも生きるのが難しいって思うのって、私だけなのかな?



 お正月も過ぎて、そろそろ学校が始まります

 そういえばお正月といえばおせち料理らしいです

 私はおばあちゃんちに行ったときに食べたっきりなので、あまりなじみがないのですけど、世間一般的にはお正月にはおせちだそうです

 あっ、でもお雑煮は食べましたよ! 自分で作って食べました!

 でもお出汁取るのが難しくって、あんまりいい感じにならなくってちょっとショックでした

 お餅、おいしいのになぁ

 でも、網にくっつくとお掃除が大変です



 冬がきらいなわけじゃないんですけど、寒いのは苦手です

 寒いのは少し怖いので、苦手です

 寒いと、痛いし、何より寒いのは一人ぼっちによく似ているので苦手です

 冷たくって刺すような痛みは、孤独に震える痛みとよく似てるって思うんです

 逃げ場もなくって、どうしようもなくって、どこへ行っても寒くって

 手も、足も、凍えて赤くなって、どうしようもなくなって

 それで頼っちゃいけないものに頼りたくなる

 そういことが続くと、続きすぎると、段々感覚がマヒしてしまうんです

 昔の私みたいに

 そうすると、本当にもう良くないです

 あの頃を考えると、ぞっとします

 ひとりぼっちで楽しいこともなくって、うばわれるだけうばわれて、かえりみられることもなくって

 ただ、人形のようにそこにいる

 寒いとそういう風になるんです

 最初は大丈夫だったとしても、少しずつ少しずつ体は寒さになれようとしてしまう

 それは身体だけじゃなくって心も同じ

 そういうの正しいことなんだけれど、でも間違ってもいると思う

 なれないと辛いことがずっとずっと辛く感じて、それはやっぱり辛いです

 でも辛いことに慣れ過ぎてしまうのもきっと良くないことなんじゃないかなって、今はそう思えます

 これが成長ですかね?

 それとも、理解、でしょうか?

 わからないですけど、ともかく

 私は寒いのが苦手です



 進路、未だにちゃんと選ぶことができません

 でもそれは一年前のどうすればいいの変わらないっていうのとは少し違っていて、確かな未来の形は確かにまだ選べてないんですけど、それでも私がこれからどうしないといけないかって、どうしたら私が生きていけるのかって、そういうことはなんとなくおぼろげですけど見えてきました

 こう在りたい未来はまだ見つけられないけど、こう在ってほしい未来は見えてきた、そんな感じです



 おばあちゃんに電話して、周りに最新の注意を払って、お母さんがどこにもいないことも確認して、それでも私の声は震えてて、言った後に、あぁついに言っちゃったって、肩の力が抜けたような、なんとも力の抜けた清々しい感覚が降ってきて、多分それは希望っていうものなのかなって、なんとなくそう思ったんです



 一年ぶりの進路希望調査票が配られたので、「子供関係」とだけ書いて提出しました

 それとも教育、カウンセリングとでも書いたほうがよかったかな?

 でも本当は「生きる」って書きたかったです



 今日、卒業式でした

 三年生の先輩方が卒業です。お世話になったのでお礼もかねて新聞部らしく記事風なお別れ文を用意して渡しました。喜んでもらえたので頑張って作ったかいがありました

 卒業って、どんな気分なのかな?

 泣いてる人は多いけど、どんな涙何だろう

 うれしいからなのか、悲しいからなのか、それとも寂しいからなのか、清々しいからなのか、単に感動してなのかな?

 でも、女子の先輩はボロボロになってる人多いし、男子よりもきっと女子のほうが泣きやすいんだよね。私には良く分からない

 昔から泣かない子と評判が立つくらいでしたからね

 私が一番ひどく泣いたときって、いつだったかな。アーノルドを捨てさせられちゃったときかな

 でもあのときの悲しみは今はもう思い出せそうにないです

 忘れてしまった、というわけではありませんよ

 ただ、そのときの自分が分からないんです。思い出として自分の記憶を追体験できない

 確かに小さなころの記憶って成長するにつれて風化してしまうものだと思います

 でも、私のはそれとは違う

 多分カギがかかってるんです。絶対に開けられないように

 それを開けてしまったら私は私でいられなくなっちゃうかもしれない

 当然じゃないですか

 だって私のやったことはざんこくです

 私が私の手でやったんです。お母さんに言われただって言ったって、それで手を下したのは私だ

 ごめんなさい、書いてて取り乱しました

 卒業式の話にもどしましょうか

 同じ立場になれば、そんな感覚も分かるのかな?

 分かるようになれればいいな、って思うんだけど、もしかしたら私には難しいのかもしれないなって、なんとなくそう思いました



 この一年、ずっとずっと考えて、ずっとずっと悩んで、自分に必要なものが何なのか、生きるってどういうことなのか、そういうのをずっとずっと、自分なりに迷って調べて、なんとなく少なくとも最初の一歩として必要なものはこれなんじゃないかなって、いうものに思い当たって、でもそれが本当に正しいのかどうか、ずっとわからなかったんだ

 でも、それでも多分私は未来に進むために、何より人らしく生きるためにこれを選ぶのは絶対に必要なことだって、なんとなくそう直感してる


 私は、お母さんとお父さんと、いいえ、今いるこの家とかな

 とにかく私が今私のために選ぶべきものって、


 決別


 だと思うんです


 あのお母さんのやり方に付き合い続けることなんてきっと長続きしません

 付き合い続けていたら小学生の時の私みたいに、またこわれてしまいます

 それは流石に確信を持って、言えます

 あんなことに長々と付き合っていたら、人は壊れてしまう


 そしてあんな風に人をこわれさせてしまうような人はもう、その時点で人としてこわれてしまっているって思うんです

 どうなんでしょうか?

 少なくともお母さんはまともじゃない

 

 お父さんはどうなんでしょうか

 私にはよくわかりません

 そもそもお父さんとの思いでなんてほとんどありません

 いつも家にいないし

 何をやっている人なのかもほとんど知りません

 家に帰ってきていても私と話をすることなんてないですし

 よく考えると私は一体何年くらいお父さんの声を聞いていないんですかね?

 毎日の食事だってお父さんと一緒に食べた記憶はほとんどありません

 同じ家にいるはずなのに、同じ家に住んでいるはずなのに、どうしてこんなに私はお父さんを知らないんでしょうか?

 実は家にお父さんなんていないんでしょうか?

 いえそんなはずはないです。間違いなく、いますそれは確かです

 だけれど、お父さんは私にはかかわってこない

 お母さんには関わっているんでしょうか? わかりません

 今、本当に今少しだけ考えて私の中の常識が何だったのか、崩れている気がします

 だっておかしいじゃないですか?

 十四年ですよ。十四年家族として過ごしてきたはずなのに、私の中にはお父さんとの思い出らしい思い出が一つとしてないんですよ

 それなのに、そんなことに違和感一つ覚えませんでした

 孤独が人の記憶をなくさせるのでしょうか? 

 分かりません


 でもそれならやっぱり私は、お父さんお母さんと決別する必要があるんだと思います

 取り殺されてしまう前にお母さんから離れないといけないし、何の思い出も残っていないお父さんと親子でい続ける理由も考えつけない

 生きるために決別します


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