十六冊目――八年目の記録夏休み――


 夏休みに入りました

 そういえば夏休みは毎年、夏休みの日記を書く宿題があるじゃないですか。いつも日記を書いてる私からしてみればまぁ特に困ったこともないんですけど、それでも毎年この宿題だけはすごく気を使うんです

 だって、今書いてる日記みたいなことって、書けないじゃないですか

 この日記を人に見せたらきっと大変なことになっちゃいます

 そういうふうには書いてないから、だから人に見られる日記の書き方って大変だなって、そう思うんです

 なるべく当たり障りないことや、なるべくいいことだけを書いて、わるいことはあんまり書かないようにして、それで人に話せないこともやっぱり書いちゃだめだから、そういうのってすごく気を使うんです

 でも私最近気が付いたんですけど、普通はこんなにいろんな隠し事とか、そういうのってたくさんあったりするものじゃないみたいなんです

 違くって、もちろん人に言えない秘密とかそういうのは誰でも持ってますけど、それだって、ちゃんと理由があるじゃないですか。ほら、えっちなこと人に言えないとか、体見られたら恥ずかしいとかそういうのです

 でも私の見られたらイケナイは、そういうのとは違うじゃないですか

 例えば、ほら一年生の時の日記を先生に見せようものなら絶対に私もお母さんも学校に呼び出されていろいろ聞かれたりとかするって思うんです。それともこれはいいほうに考え過ぎかな? 見て見ないふりをされちゃうかな?

 だから人に見られる用の日記って、なんだかちょっと他人行儀でお上品な感じになってて、私の日記じゃないみたいなんだけど、でもやっぱり書いてるのは私だから、ちょっと変な感じなんです



 生きるのって難しい



 相変わらず色んなことを考えるんですけど、やっぱり答えは出なくって、でも最近は、それでいいのかななんて思い始めているんです

 だって、こんなふうに考えてみてわかってきたんですけど、考えて答えの出ることって、結構少ないんじゃないかなって、そんな風に思うんです

 答えがないからこそ、みんな必死に生きて、それで答えを探してるのかな、なんてそんな風に思ったりしてるんです

 でもやっぱりそれでも思うんです。必要のない人って必ずいるし、そういう生きていたらいけないような人も必ずいるって、考えれば考えるほど、そんな風に強く思っちゃうんです

 これって、私が変なのかな?

 だって、キレイごとって思っちゃうんです。そりゃみんながみんな幸せなら、それはすばらしいことだって、私も思います。でも違うじゃないですか

 例えば、多分ですけどお母さんは私がいないほうがきっと今より幸せになれるってそう思っているんですけど、そうするとお母さんが最大の幸福を得るには私はじゃまでいらない存在じゃないですか。そんな風に、誰かにとって最大の幸福を得るにはほかのだれかがじゃまで居たらいけない。そんなことだって、きっと沢山あるって思うんです

 こういう答えの出ないことってあって、やっぱりそれはもうどうしようもなくって、どっちかがあきらめるしかないんじゃないかなって、そう思っちゃうんです

 それともこういうのはズルイ考えなのかな?



 ぼんやりしながら料理してると、時々、目の前の食材が私に見える

 錯覚だって、それは分かるんだけど、なんとなくぞっとしちゃう

 まな板のコイってこんな感じなのかな?

 もしかすると私よりはコイの方がマシなのかもなんて



 最近は本当に何事もなくって、だからもう結構悪い子ノートを書いてないんですけど、それが本当にほっとしてます

 だって、あれをすると私が私を自分で否定しないといけなくって、すごくつらいですから

 あんなものを書かせている方も一度自分で試してみて欲しいです

 自分がどれだけざんこくなことをさせているのか

 一番やったらいけないと思います



 本を読んだり、生き方を考えたり、やりたいことを探したり、そんな風にして過ごしていると、ふっと思うときがあるんです

 私はここにいないほうがいいんじゃないかって

 あぁ、えと違う。死にたいってことじゃないです。いや死にたくないわけでもないんですけど、それとは違くって、なんていうか、この家に私の居場所はないから、だから、どこか違う場所に行ったほうがいいのかなって、なんとなく最近はそんな風に思うんです

 私のことを愛してくれる人のところへ、なんてそんなぜいたくは言いませんけど、少なくとも、うとましがらずにおいてくれるところへ行ったほうがいいのかなって、そんな風に思ったんです



 少し怖かったけど、色々考えてお姉さんに少し相談してみました

 この家を出ようと思ったら私はどこに行けるかなって、そういうことを相談してみたんです。うちにおいでって、お姉さんに言ってもらえたらいいなってそんなこともちょっと思ったんですけど、でもそれはやっぱりダメだろうなって思って、それにめいわくだろうしって、なるべくそういうふうに取られないように、隠して話したんですけど、お姉さんが冗談めかして、うちで一緒に住む? って言ってくれて、私はすごくうれしかったです

 それで、お姉さんの時のこととか色々教えてもらって、結局お姉さんは親戚筋ともあんまり連絡取れなくって、身寄りがなかったから児童保護施設に引き取られたって、そういうことを話してくれて、じゃあ私はどうだろうって考えました

 お父さんのほうのおじいちゃのばあちゃんにはそういえばあったことないなって、思って。それからじゃあやっぱりおばあちゃんかなって、思いました

 少なくとも、うちよりもおばあちゃんのところのほうが温かいんじゃないかなって、そう思えました

 ただ、これはきっと私のわがままです

 でも、お姉さんはそうは思ってないみたいで、その家の連絡先とか分かる? って聞かれました

 そう聞かれて、そういえば私はあの場所がどこなのかも知らないことに気付きました。私って何にも知らないんだなって、また少しへこみました

 それからいろんなこと相談しました

 具体的にどうすればいいのかっていうのはちょっと難しい話も入っていて、私にはちょっと理解しきれてないんですけど、それでもそういうのを前向きに考えたほうがいいっていうことはなんとなくですけど分かりました

 私はここから逃げ出す方法を真剣に考えるべきなのかなって、そう思いました



 林間学校に行ってきました

 夏とは思えないほど山の中は涼しいんですね。夜はちょっと肌寒いくらいでした

 動物と触れ合ったり、山の中を歩き回ってみたり、キノコを採ってみたり、風景を模写してみたり、いろんなことをしました

 風景を模写したんですけど、一緒の班の子に見せたらぞぉっとした顔をしていて、どうも、また失敗したみたいです。うーん、確かに私の絵はうまくないですけど、見たままを書いてるつもりなんだけどなぁ

 あと、牧場の牛乳を飲みました! いつも家で飲んでるやつよりも濃くっておいしかったです。お塩を入れて振るとバターが作れるんだそうです。やってみたかったけど、予定が詰まってたので、そこまでは出来なかったんですよね、残念。あ、でも牛乳飲んだ後にソフトクリーム買いました! おいしかった!

 そういえば古いお話を聞きました

 なんでも私たちが宿泊したところは江戸時代には流刑地だった場所だそうで、罪を犯した大名だとかの偉い人が島流しにされてくる陸の孤島だったんだそうです

 いちゃいけない人をここじゃないどこかへと流す場所、だったんだそうです

 私にお似合いの場所かなって思って、それから少し失礼かなって思いなおしましました。だって私別に偉くもないし、そもそも罪人という訳でもないです。ただ必要のない、生きる意味のない人間だって、ただそれだけですからね。色んなものを積み上げた末に断罪されたような人とは違います


 充実した三日間でした

 


 何かを積み上げるって、難しいことだってそう思うんです

 私はこれまで何にも積み上げてこなかったから、だから余計にそう思うんでしょうか? 考えても結局答えなんて出ないし、なんとなくもう意味もないのかなって思い始めてきたんです。けど、でもうん、だとしてもやめることは出来ないんですよね。だって、私はちゃんと考えないといけないから。

 これまで考えてこなかったこと、これから先考えないといけないこと、その両方に通じる「今」をちゃんと考えないといけないんです

 そうしないと本当に私はいらない子になっちゃうから



 お姉さんと一緒に遊びに行ってきました

 去年は泳ぎに行ったので、今年はハイキングです

 小さい山だって聞いてたんですけど、結構けいしゃがきつくって、頂上に着いた頃にはへとへとになっちゃいました

 でも山の空気はおいしかったです

 あと、空がよく見えました

 空って、なんていうか、なんでしょう? 青いんですね

 いえ、知ってますよ。空が青いってことくらい私だって知ってました

 なんで青いのかは知らないですけど、それでも青いってことくらいは知ってました。というか多分赤ちゃんでも知ってますよ

 そうじゃなくって、雲があって、それが白くって、青くって、遠くって、こんなにも世界は広がってるんだなって、なんとなくそんな風に思ったんです

 前に星の見えない月だけがぽっかり浮かんでる空を見たときもそういえばお姉さんと一緒でした

 その時も、私は空が高くって、夜が暗いって、そういうのを改めて思い知って、それがなんだか心地よくって、ほんとはきっとそうなんだなって思うです

 ほんとは、本当は私が気が付いてないだけで世界はもっともっと、広くって、ここじゃないどこかが沢山あって、それで、もしかしたら私がいてもいいところあるのかもしれないですよね。そんな風に思うのはちょっと都合が良すぎるのかな。でもそうであってほしいなって、今はなんとなくそんな風にも思うんです

 去年の私だったらきっとこんなこと考えなかったです。だって、どこに行ったって私には居場所なんてないって、そう思っていたから

 だからこれってすごい進歩だって思うんです。だって、去年は私が私自身を全否定してたのに今はもう少しだけ前向きになったんです。これってすごいことなんじゃないかって、自分では思います

 それからお姉さんと沢山、沢山お話をして、またグルグルいろんな考える課題が増えました。でもそれはいいことだって、なんとなくそう思うんです



 そろそろ夏休みが終わります

 まだ、答えは見つかりません

 いえ、多分答えは見つからないんだろうなって、そういうことは薄々分かってきたんですけど、それでも私は答え欲しいなって、思います


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