七冊目――六年目の記録 秋冬


 世界がよく見えるようになりました

 鏡に映った私はちっとも楽しそうじゃないですね

 魚みたいな目をしてます

 生気がないっていうんでしたっけ

 そんな私を見ながらお母さんは幸せそうにスマホをいじくってます

 お母さんはインターネットでひとりごとを言うのが大好きです

 お母さんは私よりひとりごとが大好きです

 時々向きになったみたいにすごい勢いで画面を連打するときがあります

 一体何してるんだろう



 図書館で死に方の勉強をしました

 人に迷惑を掛けないように死ぬのってすごく難しいみたいですね

 調べれば調べるほど死ぬってお金が掛かることなんだなって、そう思いました

 例えば電車の前に身を投げ出すと何千万円っていうばいしょう金が発生するみたいですし首を吊るためのロープも頑丈で途中でちぎれたりしないものを選ばないといけませんし何よりやる前に人に見つかったら大変です

 高いところから飛び降りるのも大変です

 まず高いビルとかを探すのに遠出しないといけません。五階とか六階くらいの高さだとちゃんと頭が落ちる角度を調整しないと痛い思いだけしてうまく死ねなかったりするみたいです。ちょっとくらい痛いのは仕方ないけど、生き残っちゃったら意味ないです

 このあたりは深い川もないし、海も遠いから入水自殺するのも中々現実的じゃないです(現実的って面白い言葉です。先生が言ってました、実現可能かどうか、理に適っていて突飛なところのない様子なんだそうです。えっへん)

 でも電車でずっと行ったところに山があるんです。行ったことはないけど、社会科の授業(業って字は画数がおおい!)で習いました

 みんなのいるところで死ぬときっと大変ですけど、山の中で転落死というのになれば探すのも大変だし、一番いいんじゃないかなって思いました。何がいいって、自殺なのか事故死なのか判別がつかないようなあたりがすごくいいんじゃないかなって思います

 私はこの世界には必要ないみたいなので、きっと早めに死んでしまったほうがいいんです、それが世界のためになるんです



 来年の春から私ももう中学生になります

 中学校の制服は高いね、なんてお母さんに言われました

 ごめんなさいって言ったらどうして謝るのって言われました。なんで私が謝るのか、お母さんには分からないみたいでした

 やっぱり私はお母さんに愛されてないんです

 愛してもらえてないから、お母さんは私の言葉の意味が分からないんです



 もうそろそろさむいです

 体も寒いですけど、一人ぼっちの心がさむいです



 修学旅行に行ってきました

 お城を見たり、お寺を見たりしました

 お友達とお泊りして、おいしいごはんを食べました

 そしたら意味もなく悲しくなってきて泣いてしまいました

 みんなに不気味がられてしまいました

 最近私は笑ってなかったし、突然泣き出して、変な子でした

 でも、みんな私を人間扱いしてくれました。お母さんより優しいです

 男子がお土産屋さんで木刀を見てはしゃいでいるのを見ながらちょっと考えてしまいました。誰かがあれで頭を殴りつけてくれたらすぐに終わるのに、って

 最近はもう、そんなことばっかり考えています

 生きるのって難しいです。私は、誰にも望まれていなくって、もしかしたら誰にも好かれてさえいないのかもしれないです。分かりません

 意味がないんです

 私が、生きている意味が、ないんです。

 つらくて苦しい、この世界に耐えて生きる意味がないんです

 私には、何も、何にも、何一つだってありません

 私はわるい子ですけど、一生懸命いい子にしてたので学校の成績は悪くないですし、先生たちからも何考えてるかわからないとは言われますけど、それだけです

 ただそれだけです

 私には好きなことも、今まで残したものも、一生けんめいになったことも、何一つありません。残っていません

 私の大事なものは何時だってお母さんに無理やり私自身の手で捨てさせられちゃうんです

 私が自分で、私の足あとを捨てるんです

 私が自分で私はいらない人間だって、証明するんです

 お母さんは ざんこくです

 いつだって私に何かをするのは私自身です

 悪い私を悪い私が殺すんです

 そうやっていっつもお母さんは私に手を下させて、自分は傷つかない位置からいい人ぶるんです

 お母さんは嫌いです

 お母さんから助けてくれないお父さんも嫌いです

 私を助けてくれない世界が嫌いです

 ずるいです。みんなみんな幸せそうでずるいです

 私も幸せになりたかったです

 幸せって、なんなんでしょうか? 私にはよくわかりません

 ただ幸せじゃないってことと不幸であるということが=じゃないことだけは分かります

 生きるのって大変です

 大人はみんなすごいです



 最近日記が長いです

 うらみつらみばかり書いてる気がします

 こういうのよくないですよね。私は良い子ですからね



 本格的に冬が来ました

 冬には私の誕生日があります

 誕生日が過ぎたら、死に場所を探しに行かないといけません

 中学校は今までよりお金がかかるみたいですからね、私は良い子だからそろそろ死んでおかないとダメなんです

 それが私が出来る唯一の良いことですから



 冬休みです

 小学校最後ということでいつもは行かないお母さんの実家に行くことになりました

 お母さんはすごくいやそうな顔をしていましたけど、私は楽しみです

 あそこには山もあるので、もしかしたらこっそり家を出てそのままそうなんしちゃえるかもしれません



 今お母さんの実家で日記を書いています

 小学校の入学式の時以来のおばあちゃんに会いました

 おばあちゃんは私より背が小っちゃかったです。昔はもっと大きかったと思うんですけど、どうしてでしょう?

 おばあちゃんの手は温かくって、しわしわしてました

 そういえば、こうして日記をつけているのもおばあちゃんが教えてくれた大人への第一歩というやつでした。思い出しました

 夕ご飯はうそみたいにおいしかったです

 お母さんが変な感じに顔をしかめてました。何が気にくわないのか良く分かりません。こんなにご飯がおいしいのに

 こっちは寒いです

 お家はいつも暖房をつけてたから温かかったけど、おばあちゃんちは、えぇと、平屋! で一部屋が大きいから温かさが中々充満しきらないみたいです

 でもちょっと寒いけど、広くてなんだか気持ちがいいです



 今日もおばあちゃんちです

 あったことのない親戚の人たちがいっぱい来ます

 おじいちゃんにも初めて会いました

 知らないことがいっぱいです

 みんな楽しそうな表情をしています

 きっと楽しいんです

 私はもう、楽しいがどんな感情がよく思い出せません

 もっと早くここに連れてきてもらいたかったなって、思いました

 私は死なないといけないから、いまさら楽しさを知ってもダメなんです

 ダメ、なんです



 みんな笑ってます

 お酒を飲んで、おいしいものを食べて、みんなみんな笑ってます

 同い年くらいの子もみんな笑ってました

 笑ってないのは私と、それからお母さんくらいです

 楽しくないのって、聞かれました。私は、答えられなかったんです

 お母さんがなんで面白くなさそうな顔をしてるのかはなんとなくわかってきましたけど、私がどうなのかは良く分からないです



 たぶん、私は温かさにとまどっているんだと、そう思いました

 実際には良く分かりません

 でも、私はたぶんここに長くいたらいけないんだと思います

 だって、お母さんが見たこともないほど淀んだ眼をしているから

 でもごはんはおいしいです



 私は良い子です



 年越しそばを食べておおみそかを過ごしました

 そのあとお年玉をもらいました

 初めてです

 こんなにたくさんお年玉をもらうのは初めてでした

 きっと見たことない額になっちゃうと思います

 お母さんの不機嫌の理由が分かりました

 ここには私とおんなじように子供がたくさんいるんです

 お母さんもお年玉をいろんな子に配っていました。ろこつにいやな顔をして、まゆをつりあげてお年玉をわたしていました

 きっとあのお金があれば何回ガチャが回せただろうって思ってるんだと思います


 私がもらった分のお年玉があればきっとお母さんはガチャが回せるんだと思います



 初詣に行きました

 地元の人がたくさんいて神社はすごいことになってました

 たくさんの人がおさいせんをなげてカラカラすずを鳴らします

 みんなみんな一生けんけい何かをお願いしてるみたいでした

 私もお願いしました

 どうか苦しまなくてもすむように死ねますようにって、お願いしました

 お母さんは何をお願いしたんでしょうか? 最初私におさいせんもしぶっていたお母さんは一体何をお願いしたんでしょうか? 私がいなくなればいいってお願いしたのかな? それともたくさんガチャが回せますようにってお願いしたのかな? もしかしたらお父さんと旅行に行けますようにってお願いしたのかもしれないです

 もう私にはあんまり関係ないことだと思えました



 それからおばあちゃんちで一日ゆっくり過ごして、お母さんと一緒に帰りしたくをしました。お母さんはすごくにごった顔をしていて、まるでここにいることは全部私が悪いことで、今お母さんが不幸なのも全部私のせいなんだって言ってるみたいでした

 私はわるい子なんでしょうか?

 帰ったらきっとまたわるい子ノートです

 それは、いやだなって思いました



 今、帰りの電車でお母さんが眠ったのを見て日記を書いています

 なんでそんな危ないことをしてるのかというと、どうしても早めに書いておかないといけないことがあるからです

 別れるときのおばあちゃんがなんだか目に焼きつきました

 それは、なんだか良く分からないのですけど、とにかくなんというか、優しい感じがありました

 だけど、悲しそうで、何かを言ってほしいような、そんな感じでした

 もしかしたら私がお母さんに愛されてないことに気が付いていたのかもしれないです

 おばあちゃんは私には何も聞きませんでしたけど、たくさんお話をしてくれました

 本当は私がたくさんお話をしたらよかったのかなって今になっておもいました

 でも、声が出ないんです

 私は全然ちゃんとしゃべれなくって、おばあちゃんとあんまりお話しできなかったです。あとでまたもうちょっと書きます



 お家に帰ったらお母さんがいきなりおこりました

 予想はできていましたけど、やっぱりこうなるのはいやです

 お母さんはまるで私がしょ悪のこんげんだ、みたいな目でずぅっとにらむんです

 やっぱり私はいらない子なんです

 やっぱり私はわるい子なんです

 だから、こんな私は、どこかに行かなきゃいけない

 ここじゃないどこかへ

 行かないと、どこか遠くへ行かないといけないって私が言うんです

 お母さんが言うんです

 お母さんの代わりに私が言うんです

 私は入りません。私はいません

 私は、いなくなります。いなくならないと意味がないです

 こわいけど、私はここからいなくなります



 雪が、ふりました

 雪は、まぁ毎年ふるので別に別に珍しくもないのですけど、それでもなんだか今年の雪には不思議な感覚がありました

 私がここからいなくなるって決めたらでしょうか?

 それとも、本当に雪が変なんでしょうか? 私には良く分かりませんけど、雪はすきです



 最近は学校が終わってから一人で町を歩いています

 死に場所を探して、町を歩いています

 これが中々楽しいです

 車の通りが多いところはどこかなって、交差点を見てみたり、カギがかかってないビルを探して屋上にこっそり昇ってみたりするんです

 高いところに上って、ぼぉって人の流れを見てたりするとなんだがちょっと偉くなったような気がして、胸がすぅってなります

 そんなときにはいつも後から思うんです。あぁやっぱり私はわるい子なんだなって、思うんです

 だって、わるい子じゃなかったらそんなこと思わないと思うんです

 私がわるい子だから、私がいつまでたってもいい子になれなかったから、私はこうして死に場所を探しているのに、それが面白いって、なんか変ですね

 でも、少なくともお母さんといっしょにいるときよりは私はずっと自由で楽しいです



 今日は真夜中にお母さんに叩き起こされたから私はねむいです

 なんで私は真夜中にお母さんの無駄話を聞かないといけないんでしょうか、私が悪い子だからです

 なんだか近所の人といやなことがあったみたいです

 うんうん、って話を聞いてたんですけど、明らかにお母さんがおかしいと思いました

 これを言うとまたわるい子ノートを書かなくっちゃならないので、私は黙ってましたけど、最近は良く思うんです。お母さんって変です

 変なお母さんから生まれた私も変です

 私がわるい子なのはもしかしたらお母さんがわるい子だからかもしれないです

 だからお母さんはあんなにおばあちゃんがいやなのかもしれません

 私もお母さんがきらいだから、きっとわるい子はお母さんがきらいなんです



 卒業式まであと一か月ちょっとです

 少し気が早いですかね

 でも、私がここからいなくなるまでの きげんって考えればそんなに悠長なこと言ってられないですから

 早く、人の迷惑にならない場所を見つけないと



 一人きりで町を歩きまわってるのがお母さんにバレました

 何してるのか聞かれたから、散歩してるだけってごまかしました

 じっさい私は別に何かしてるわけでもないからウソではないと思います

 お母さんは私のことを信じていないし愛してもいないからきっと私が本当は何をしてるのかなんて気が付かないと思います



 そういえば、どうして私は私を愛してくれないお母さんのために、私が死ぬんでしょうか? なんだか変ですね

 でも、私がいい子じゃないのは本当だから、きっと何も変わらないです

 そういえば、私が死んだほうがいいってことは、お母さんも死んだほうがいいですよね。私よりきっとお母さんが死んだほうが世のためになるんじゃないかな?

 それならお父さんも死ぬべきです

 私たちは、必要ないですからね

 でも私にはきっとお父さんもお母さんも殺せないです

 だから取りあえず自分だけ、自分だけでも ここからいなくならないと

 余計なものは一つでも、一つでも少ないほうがいいもんね



 いい感じなところを三か所までしぼれました

 一つはちょっとへんぴなところにあるビルです

 もう一つは駅のちかくにあるビルです

 最後のはおうちの近くのちょっと大きな道です。この道ずっと行くと小学校の裏側とつながってるんですけど、大体毎週木よう日あたりになると ぼう走ぞくの人たちがすごい音を鳴らしてバイクで走っていくんです

 交通ルールを守ってない人にひき殺してもらえたら、いいと思いました

 私は死ねてこの世界にいいことになりますし、わるい人たちが分かりやすい悪いことをすれば悪い人として けいさつに捕まるので、これもいいことです

 えぇとなんでしたっけ、そうそう、三方よし! ってやつです、先生が言ってました



 なんだかみんなそわそわしてるみたいです

 そういう私も少しそわそわしてます

 死ぬって、どういう感覚何だろう、って。不思議に思うんです

 きっと痛いです

 きっと苦しいです

 きっとつらいです

 でも、きっとそれでいいんだと思います

 私がわるい子だから、わるい子の私に対する最後のバツなんです。きっと



 卒業式まであと二週間です

 いってきます

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