その7

「ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 毎朝恒例となった、鳥の妖怪の鳴き声が響き渡り、目が覚めた。


「ん。ここは? イタッ」


 ムクリと起き上がると体中がズキズキと痛む。


「おやまぁ、気がついたのね田吾作。まだ体が痛むだろうから横になっておきなさい」


 時雨村長夫人(母さん)はそう言って、僕を横に寝かす。


「母さんが居るということは、此処は実家ですか。僕はどれぐらい寝ていました?」

「そうねぇ、三日くらいは寝ていたかしらねぇ。田吾作の寝顔が沢山見られて、母さん幸せだったのよー」


 母さんはのほほんとした口調で答える。


「三日もですか、あの鳥の声を聞いても起きなかったとは、よほど体力を消費してしまった訳ですね」


 僕は、あの鳥の騒音にも勝てたと思うと、嬉しくもあり悲しくもあった。


「あまり無理しちゃ駄目よ。育ての親とはいえ、母さん心配しちゃうからね。そうそう、ローズちゃんって子が田吾作の目が覚めるのを待っているのよ。ローズちゃん、田吾作が目を覚ましたわよ」


 母さんがローズを呼ぶと、ローズが恐る恐る部屋に入ってくる。


「やぁ、ローズ。わざわざお見舞いに来なくても良かったのに」

「だって、田吾作のことが心配だったのですもの。これくらい当然ですわ。あと、兄様はあの一件で田吾作のことを認めて下さったみたいです。肝の据わった大した男だ、と褒めていらしたわ」


 ローズは僕の前髪を優しく撫でる。


「そうか、それなら良かった」

「これで、田吾作はわたくしの眷属に晴れてなれるのですのね」


 ローズは嬉しそうに微笑む。


「ローズ、そのことなんだけどさ」

「田吾作が眷属になりたくないことくらいは分かっていますわ。だから、無理強いはいたしません。その代わりに、私からのお願い聞いて下さりません?」


 ローズの耳が紅潮する。


「わ、わ、わたくしとこれからも仲良くして下さいますか?」

「うん、もちろんだよ。僕が元気になったら、また図書館で本を読んだり、色んなところへ行ったりしよう」

「はい!」


 ローズの目には嬉しさの余り涙が零れた。




 僕が完全復活を果たしたのは、それから一週間後のことだった。丁度、朝市開催の日だったので間に合って良かった。


「田吾作どん、決闘で大怪我を負ったと言う噂を耳に挟みましたが、その後どうですか?」


 檸檬の店に行くと、檸檬が心配そうに僕に声をかけた。


「この通り完全復活だよ。ありがとう。ところで、頼んでおいたものを取りに来たんだけど、仕入れ出来た?」

「バッチリですよ。この店の仕入れに不可能という言葉は有りませんから」


 檸檬はそう胸を張りながら、僕に一つの包みを渡してくる。僕が中身を確認する。


「うん、頼んだもの全部揃っているね。有難う、また頼むときは宜しくね。ところで、御代は幾らだい?」


 値段を聞かれた檸檬はしばし考え、算盤そろばんをはじく。


「田吾作どん復活記念ということで、まけておきますね。合計でコレくらいで如何でしょう?」


 檸檬から提示された値段は僕の思っている値段から三分の二くらいの価格だった。


「この値段でいいのかい?」


 僕はあまりにも値下げされていて、心苦しくなる。


「いいんですよ、田吾作どんはお得意様ですから。持ってけドロボー!」


 檸檬がそう言って引いてくれないので、僕は提示された価格の金貨を支払った。


「まいどありー。また、よろしくお願いしますね」


 元気に手を振る檸檬に見送られて、僕は学校では無く、実家を目指す。



「父さん!」


 僕は急いで玄関から父さんの書斎まで駆け抜ける。


「何事じゃ、田吾作。息切れまでしおって」


 父さんは怪訝な顔をして僕を見る。


「父さん、お誕生日おめでとう。コレ、プレゼント」


 そう言って僕は檸檬の店で買った包み紙を渡す。


「お、ワシの誕生日を覚えてくれていたのか田吾作よ、ワシは嬉しいぞー」


 父さんは流れる涙を着物の袖で拭く。


「どれどれ、中身はなんじゃのぅ。って、ギャァァァアアアアア」


 包み紙からプレゼントを出した瞬間、父さんから悲鳴が出る。

 父さんが包み紙から取り出したのは、父さんが大嫌いな“虫”の図鑑。


「た、た、田吾作よ、わ、わ、ワシの嫌いなモノは分かっておるだろうが。そんなにワシのことが嫌いか!」

「父さんのことは大好きだよ。でも、嫌いなモノは克服しないとね」


 僕はニコリと笑顔。一方の父さんは段々顔が青ざめていく。


「ワシがお前のこと育てた恩も忘れたというか、この、田吾作の人でなし、悪魔、鬼!」

「鬼は父さんの方じゃん」


 クールにツッコミを入れる僕に、父さんはなす術が無い。


「ううっ、田吾作のばかぁ……」


 仕舞いには僕に抱きついて泣きじゃくる。これでは村長の威厳が台無しである。


「全く、そっちはダミーだよ、父さん。本当はこっち」


 泣きじゃくる父さんに、今度は小さい包みを渡す。


「ふぇ、今度はなんじゃ。こ、コレは……」


 父さんは小さい包みを開いて、目を見開いた。

 包みの中身は万年筆。


「僕からの本当のプレゼントだよ。これでお仕事頑張ってください」


 僕がそう言って笑うと、再び父さんが抱きついてきた。


「有り難きことじゃ。感謝するぞ、我が息子。ついでに食べさせてくれたら言うことないんじゃが」

「調子に乗らないで下さい。虫投げますよ?」

「ご、ごめんなしゃい」


 父さんは畏まった様子で土下座をした。


「では、僕は学校にいってきますね」

「おう、気をつけて行ってくるのじゃぞ」


 僕は父さんに見送られて、颯爽と学校へと向かう。



 今日も村の皆は出会う度に、食べていいかと訊ねてくる。

 普通の人間にしてみれば、それはとても異質なことなのだろう。

 そもそも、魑魅魍魎たちと生活していることが異質か。

 でも、それが僕にとっての日常。食べてもいいかと聞いてくるとは言え、村の皆は優しいし、人情味に溢れている。

 僕はこの森、村の皆が大好きなのである。だから、この村から逃げることは決して無いだろう。

 たとえ、食べられるときがやって来るとしても。


 学校の校門前で、ローズ・金柑・柊が待っていた。


「皆、お待たせ!」


 三人は僕が来るのを待ちわびたように僕の元へと駆け寄ってくる。


『田吾作復活おめでとー』


 三人はそう言って僕に拍手を送る。


「あ、ありがとう」


 いきなりのサプライズに僕は顔を赤らめた。


『それと、田吾作のこと食べちゃ駄目?』


 そう三人仲良くハモるので、僕は面白くてつい笑ってしまう。


「駄目に決まっているでしょ。さぁ、始業のチャイムが鳴る前に教室に入ろうよ」


 僕はそういいつつ、三人の背中を押し、学校へと入っていった。



(了)

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田吾作どん、食べちゃダメ? 黒幕横丁 @kuromaku125

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