その6
時は進み、ローズが転入してきて一週間が過ぎた。彼女はクラスにも溶け込み、楽しい学校生活を送っている。僕の眷属化計画も進行中らしく、時々追いかけてくるのが玉に瑕だけど。
とは言っても、放課後は僕とローズの二人で仲良く図書室で読書をしている、周囲は僕らのことをお似合いのカップルとか囁いてはいるけれど、僕たちは未だそんな進展は一切ないのである。
そんな一週間も経ったある日の夜、僕がぐっすりと眠りに落ちている時、突然、パリーンという大きい音がなり、目を醒ます。
「うわっ、なんだ!」
僕が飛び起きて、部屋の明かりを付けると、床にはベランダ側の窓ガラスの破片と、僕の目の前には大きな黒い翼を生やした金髪隻眼青年が居た。
「だ、誰?」
「貴様が田吾作か?」
青年はドスの効いた声で僕の名を聞く。
「え、そ、そうですけど」
僕がドスの聞いた青年の声にビビりながら答えると、ぞっと悪寒がする。
「よくも妹を誑かしおって、コロス」
そう言って、隻眼青年は僕に向かって尖った爪がついた手を振り下ろす。
「さっぱり状況が飲み込めないんですけど!」
僕はそう言いながら、彼の攻撃から逃げ惑う。
逃げるばかりではいけないと思った僕は、手当たり次第、物を掴んでは彼に投げるがイマイチ攻撃は効かなかったが、
「アチッ」
銀製のドアノブ(元々アパートに付けられていた物)を投げ、彼の左手に当った時、彼は異常に熱がったのだ。
ということは、
「君は、吸血鬼なの?」
僕の質問に彼はフンと鼻を鳴らす。
「今更気付いたか、小僧。オレの名前は、フレーシア・カンカーンルア。貴様のクラスに居る、ローズの兄だ」
「お、お兄さんですと!」
僕は衝撃の事実に腰を抜かす。
「そうだ、妹のローズはオレが大切に育てた大事な娘のような存在だ。それを何も知らない人間ごときが馴れ馴れしくしやがって」
お兄さんの怒りはマックスに達していた。
「お、落ち着いてくださいお兄さん。ローズは僕を眷属にしたいからって僕にくっついているだけであって、そんな疚しいことなんて一切していませんから」
「ならん、お前みたいな貧弱な奴に妹の眷属なんか務まるわけが無い。どうしても、眷属になりたいと言うのなら、このオレと勝負しろ!」
「いや、誰も眷属になりたいなんて一言も」
「なら、コロス」
僕のツッコミにお兄さんは再び鋭い爪を出す。
「そんな理不尽な」
僕に、選択肢はデッド(人間としての終わり)&デッド(肉体丸ごととしての終わり)しか残されていないみたいだ。
「では、勝負は明日の夜。広場で待っているぞ。逃げてもコロスからな」
お兄さんはそのまま割れたままのベランダから飛び去ってしまった。
「逃げ道まで塞がれたじゃないかぁ。ってか、この惨状をどうすれば」
部屋を改めてみると、窓ガラスは飛び散り、周囲は散乱していた。仕方なく僕は夜通しで片付け作業をすることとなった。
「まぁ、兄様が奇襲に来たんですの。それは、兄様が大変失礼なことを致しました。後で叱っておきますわ」
放課後、僕は教室に残って晩に起こった出来事をローズに話していた。
「いいんだよ。それにしても、ローズのお兄さんはローズのことを大切に思っているんだね。だって、妹のために僕を殺そうとまでしていたんだもの」
僕は乾いた笑いしか出なかったが、ローズ兄のメンツを一応守る。
「シスコンもいいところですけどね。でも、混血のわたくしが生まれて、わたくしと混血の元となったお母様が周囲から虐められていた時、自分の右目を潰してしまう事態になっても、わたくしのことを庇って下さったの。兄様は純潔の吸血鬼なのだから、わたくしたちを別に庇わなくてもよろしかったのに。この村に引っ越そうと決めたのも兄様なのですよ」
「あっ、何か辛いことを思い出させちゃったみたいだね」
ローズの重い過去話に僕は心臓がきゅっと締まるような思いになる。
「いいんですの。今はこの村に来て幸せですから、それに、田吾作がいよいよわたくしの眷属になると決めたみたいですし」
彼女はそう言って満面の笑みをこぼす。
「いや、一言も眷属になるとは言ってないぞ」
「でも、兄様とわたくしの眷属になるための決闘をするのでしょ?」
彼女はきょとんとした顔で僕を見る。
「アレは断れば僕が殺されるからであって、志願した訳じゃ」
「いよいよ、田吾作がわたくしの物に。楽しみですわ」
ローズは楽しみのあまり、テンションが高くなる。
「もう、皆どうして話が先行しちゃうかなぁ? 全くもう」
僕は呆れ調子で笑うしかなかった。
夜。村の広場には父さんを始め村民の多くが決闘の開始を、固唾を呑んで見守る。
僕も、広場の中心に立ち、お兄さんの到着を待つ。
「フン、待たせたな」
空から影が現れ、僕が上を向くと、そこには昨晩と同じく、大きい黒い翼を広げ宙を飛んでいる、ローズ兄、フレーシアさんの姿が見えた。
「逃げない根性だけは認めてやるが、眷属に相応しいかは別問題だ」
そう言って、フレーシアさんは広場へと降り立った。周りはどよめき立つ。
「貴様が負けたら、妹に馴れ馴れしい態度を取った罪として、死んでもらう。万が一オレは負けることがあれば、その時は眷属になっても良い。しかし、オレは決して負ける気はない。あと、他のものは決して手出しはするな。コレはオレ達の戦いだ」
そう言う、フレーシアさんのオーラは殺気で満ちていた。
「死ぬのはゴメンなので、僕の方こそ本気を出させていただきます」
僕も自分の命がかかっているので、必死である。
「フン、人間の貴様がオレに勝とうなんて五千年早い! 参るぞ」
こうして、僕とフレーシアさんの決闘の火蓋が切って落とされた。
フレーシアさんは飛行と凶器の爪を生かして、長距離から一気に短距離へと距離を縮め、僕に攻撃をする。僕はその攻撃を必死に目で追い避けるが、攻撃が早くて避けきれず、何箇所か裂傷を負う。
「所詮、人間は人間なのだ。大人しく地獄に落ちろ!」
フレーシアさんが僕の心臓に向けて手を振りかぶる。
「鬼火!」
僕はそう叫び、僕の胸部とフレーシアさんの手の間に炎を出現させる。
「……っ。貴様、妖術の類が出来るのか」
僕は父さんに幼い頃に妖術を教えてもらっていた為、少しなら妖術の類が使えるのである。しかし、使える妖術にも限度があり、炎を突然発生させること・光を突然発生させること・幻覚をみせることの三つしか使えない。あと、使えば使うほど、僕の体力が一気に奪われるのである。
「下等な人間ごときが生意気な」
フレーシアさんの攻撃は更に激しくなる。僕は鬼火をこまめに出しながら戦っていくが、徐々に僕の体力がゼロに近づいていき、ハァハァと息が上がる。
僕に残された体力は僅か、倒れたら終わりだ。
「貴様はそろそろ限界のようだな。コレで終わりだ」
フレーシアさんは、僕にトドメを刺そうとしていた。
これで終わりたくない!
「射光!」
僕が叫ぶと、周りが眩いばかりの光に包まれる。
「ま、眩しい、目くらましか」
フレーシアさんが目を閉じている内に、僕は幻術の妖術を使う。
光は段々と弱くなり、元と同じ暗さに戻ると、フレーシアさんが目を開く。
「目くらましとは卑怯な手を。き、貴様、まだそんな武器を隠し持っていたのか!」
フレーシアさんはわなわなと恐れ慄きながら、僕の持っている最終兵器を指差す。
ちなみに、僕が持っているのは厚紙製のハリセンであるが、フレーシアさんの目には銀製の剣に見えるようになっている。
「僕だって、やる時はやるのですよ。コレで終わりです」
そう言って僕はハリセンを振り下ろす。
「や、止めろ!」
フレーシアさんは銀の剣で攻撃されると思い、僕を止めに入る。
「いーかげんにしなさい!」
バシーン。
ハリセンから発せられた軽快な音が村中に響き渡る。フレーシアさんは頭にハリセンの攻撃を受け、そのまま気絶してしまった。
「やった、田吾作が勝ったぞ!」
決闘の一部始終を見ていた村民達は歓喜の声を上げる。
「か、勝ったのか、やった。これで、死ななくてす……む」
僕はボロボロの体で勝利に酔いしれたかったが、体力も全く残っていなかった。
そのまま地面にバタリと倒れ、僕は意識を失った。
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