その5
村長の住む屋敷(僕の実家)の玄関に入り、僕は声を掛ける。
「父さん、田吾作参上しましたけどー」
村長(父さん)を呼ぶと、村長は這いながら玄関までやってくる。
「と、父さんどうしたんですか?」
余りの光景に僕は目を丸くする。
「た、田吾作、助けてくれ……。妻の時雨(しぐれ)が出かけている今、お前だけが頼りなのだ」
父さんが涙ながらに自分の書斎の方を指差す。
「あ、あそこに……」
「あそこに」
僕の緊張感が一気に高まる。
「アシタカグモが出たのじゃぁ。退治してくれー」
「え。その為に呼んだんですか?」
「当たり前じゃ。ワシの命の危機なのじゃ」
父さんが泣きながら僕に抱きつき懇願する。僕は虫退治のために呼ばれたのかと思うと一気に脱力をする。
「父さんの虫嫌いは、今に始まったわけじゃ有りませんが、アシタカグモを退治すると、ゴキカブリが増えますよと、何回も教えたハズですよ?」
父さんの榊村長は村では絶対的なリーダー力を持っているが、実は虫が嫌いである。村人との会議の時、虫が出てきても何とか耐えられるが、僕や母さんの前では、泣いて暴れる。そんな困った人なのである。
「家庭内害虫も嫌だが、大きいクモも嫌なのじゃ。退治に気が引けるなら、外に逃がしておくれ」
そう言って父さんはぐいぐいと僕を書斎まで押す。
「はぁ。分かりましたよ、行ってきますよ」
そう言って僕は。父さんの書斎へと入っていった。
「いやはや、一時はどうなるかと思ったが、助かった。田吾作よ、感謝するぞ」
蜘蛛が居なくなったお陰で、父さんは扇子を振りながら上機嫌だ。
「それは、良かったですね。これからは自分で倒すことを覚えてください」
「何、その、自滅行為。我が息子は自分の父親に死ねと申すのか?」
そこまで言ってないというのに、と思いながら、やれやれと肩を落とす僕。
「ところで学校はどうじゃ? 吸血鬼が入ってきたと知らせがあったが」
父さんは脇息に肘を置き、胡坐という超リラックスモードで扇子を仰ぐ。
「はい、ローズという転入生が入ってきましたよ。いきなり、僕を眷属にするとかなんとか言いだして、困ったものですよ」
「はっはっは。田吾作は種族問わず人気者だな」
「もう、父さんまで。今日もクラスメイトからその言葉言われましたよ」
笑う父さんに、僕は頬を少しだけ膨らませる。
「スマンな」
膨れた僕を見て、いきなり父さんが辛辣な表情に変わる。
「えっ。いえ、別に怒っている訳じゃないんですよ。だから、そんな顔をしないで下さい」
僕は慌てて、父さんを宥める。
「お前にはこんな運命を背負わせて大変申し訳ないと思っているのじゃよ。せめて、お前が食料として生きるということを苦しむ前に、食べてしまえば良かったのかと考えてしまうことが偶にあってなぁ」
父さんはそう言ってホロリと涙を零す。
「いや、食べないでくださいね。苦しむ前も後もありませんから」
僕はスパッとツッコミを入れる。
「やはり、駄目か。何時になったらお前を食べられるんじゃろうなぁ」
「さぁ? 僕の肉がシワシワになってからじゃないですかね」
ツッコミに疲れた僕は、適当に父さんのボケを流す。
「シワシワになるまでワシに待てと申すのか!」
僕の言葉に父さんは、お菓子を待ちきれない子どものようにキラキラとした眼で僕に訴えかけてくるので、僕は冷たい視線を送る。
「う、冗談じゃ。ところで母さんがそろそろ帰ってくる頃だと思うし、久々に家族水入らずで夕飯などどうじゃ?」
息子からの冷たい視線に、流石にまずいと思ったのか、父さんは僕を食事の席に招待する気らしい。
「久々の母さんのご飯は食べたいですね。では、お言葉に甘えて。これから家へ戻って着替えてきますね」
そう言って、僕は屋敷から出て、自分の住むアパートへ向けて歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます