その4

「おはよう、田吾作。今日も一段とお前は美味しそうだな、この野郎」


 鵺でクラスメイトの柊が涎を垂らしながら僕に挨拶を交わしながら席に着く。毎朝恒例の僕に対する挨拶だ。


「おはよう、柊。毎回涎を垂らしながら挨拶をするのはやめてくれない? 冗談に聞こえないんだけどなぁ」


 僕はそう言いながら、彼の頭部にチョップを繰り出す。


「すまん、すまん。ついつい本音が。って、嘘だから、これ以上チョップしないでー」


 柊が冗談を続けるので、頭を割るようにチョップを繰り広げていた僕だが、彼が謝ってきたので手を止める。


「おはよー、田吾作と柊。田吾作は今日、木蓮が君の家に侵入したって? あの子も大胆だよね」


 同じくクラスメイトで僕の隣の席である、人食い鬼の金柑が話しかけてくる。


「そうなんだよ。金柑の方から何とか言ってよ。僕はゆっくり安眠したい」


 彼女は木蓮のお姉さん的存在として親交があり、彼女の言うことなら木蓮は何でも聞くのである。


「いいけど、田吾作は人間だから不法侵入されるのは仕方ないと思うなぁ。私でも侵入したくなっちゃうね。でも、安眠したくても、どうせあの鳥の鳴き声で起きちゃうんでしょ? あの声五月蝿いから幾ら良く眠る私でも目を覚ましちゃうよ」

「うっ。全く持ってその通りです」


 金柑に痛いところをつかれ、僕はがっくりと項垂れた。


「まぁ、そんなこともあるって。ところで、転入生が来るって話聞いた?」


 項垂れる僕の為に話題を替えた金柑の話に、柊が食いつく。


「おー、知っているぞソレ。吸血鬼が入ってくるって話だろ?」

「そうなのよ。でも、吸血鬼って朝弱いハズだけど大丈夫なのかしら?」


 僕を残して、金柑と柊の吸血鬼談義は続いていく。すると、始業のチャイムが鳴り、担任の菊花先生が朝に出会ったローズを連れて教室へ入ってくる。


「皆さんおはようございます。早速ですが転入生を紹介しますよ。ローズテリア・カンカーンルアさんです。吸血鬼の村から諸事情でこの村に引っ越してきたとのことなので、皆さん仲良くしてくださいね」


 先生の転入生紹介の後で、彼女が微笑みながら自己紹介を始める。


「皆様御機嫌よう。菊花先生からご紹介を受けました、ローズテリア・カンカーンルアと申しますわ。気軽にローズとお呼び下さいませ。まだまだ村に来たばかりなので不慣れな点もあるので、教えて頂ければ幸いです。それと……」


 彼女は僕の方を向いて、顔を少し赤らめながら、僕のことを指差す。


「そこに座っていらっしゃる、田吾作さんをいつか私の眷属として従わせたいと思っていますの。田吾作、覚悟してくださいませ」

「はぁ!?」


 僕は彼女の宣誓に卒倒しそうになる。


「すっげぇな田吾作。転入生から愛の告白か!」

「田吾作どんモテモテやねー」

「モテ男は辛いねー。コノコノー」

「美味しい男は、愛されキャラで困っちゃうね」


 クラスメイトたちの声に恥ずかしくなって、僕は顔を伏せた。


「はい。田吾作いじりもそこまでにして、ローズテリアさんにしつもーん。吸血鬼らしいけど、日光に当っても大丈夫なの?」


 金柑が空気を読んで話題を替える。


「わたくし、吸血鬼と濡女子ぬれおなごの混血なのです。だから、強い日光に当たりさえしなければ平気ですの。あと、わたくしのことはローズと呼んで下さって構いませんよ」


 ローズがくすっと笑いながら質問に答える。


「なるほどそういうことなのね。教えてくれてありがと。私の名前は金柑っていうの。これからよろしくね、ローズさん」

「コチラこそよろしくお願いしますわ」


 ローズと金柑は熱い握手を交わすと、クラス中が拍手で包まれた。



 全ての授業が終わって、僕が図書室に行こうかと思った最中、ローズがひょこっと顔を覗かせる。


「田吾作。どうせ図書室に行くのでしょう? わたくしもお供してよろしいかしら?」

「うん、いいけど。また、変なこと企んでいないだろうねぇ」


 今朝のこともあるので、僕は怪訝そうな顔をする。


「していませんわよ。わたくしは純粋に図書室に行きたいだけですわ」

「なら、いいんだけど」


 僕はまだ勘ぐりながら、鞄を持って教室から出ようとした時だった。



 ボォォォォオオオオオオオー



 村長の家の方向から法螺貝の音色が響く。


「えー。こんなときに呼び出しかぁ」


 僕を呼び出すときは決まって法螺貝を吹いて合図をしてくる。この方が近くに居ても、遠くに居ても、呼び出されているとすぐ分かるからだ。


「ローズ、ゴメン。村長に呼び出されたみたいだから、一人で図書室へ行ってくれない?」

「あら、そうなんですの? 呼び出しとあっては仕方有りませんわね。お気をつけてお帰りになってくださいませ」


 ローズは、少し寂しそうな顔をしながら、教室から図書室の方向へ歩いていった。

 ローズに申し訳ないことをしたという気持ちになりつつも、僕は身支度を整えて、教室から出た。

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