その3

 朝市を後にして、道中、僕は皆からの熱いラブコール(主に食べても良いか的な)を受けつつ、なんとか学校に着いた。

 まだ始業時間まで時間があることもあってか、校内に居る生徒は疎らでしんと校内は静まり返っていた。

 僕は職員室から図書室のカギを借り、図書室まで向かいカギを開ける。


 中に入って一目散に人間の世界に関する資料コーナーに足を運ぶ。

 人間の住む世界から断絶された獄の森で住む僕が、人間の生活や様子を知るのはこの図書室の本のみだ。なので、何時人間の里に足を踏み入れても良いように、こうして毎日の勉強は欠かせない。


「この間は和歌集読んだし、今度は何にしようかなぁ?」


 大小様々な資料本を前に僕はどれを読むかを悩みながら、本棚の周りをウロウロと動き回る。

 頭を悩ましながら本棚から目に付いた本を数冊取り出し、席まで持っていく。


「よし、今日は歴史を中心に読んでみようかな」


 そう言って僕は、世界史と書かれた本を広げる。本には、人類の祖先が誕生することこから始まり、どういった文明が生まれ、衰退していったかと言う内容が書かれており、かなり読み応えがある。

 僕が読みふけっていると、いきなり図書室の引き戸がガラガラと音を立てた。


「あら? こんな早い時間に先客が居るなんて、驚愕びっくりですわ」


 凛とした声に僕が前を向くと、そこには薄緑色の左右不対称アシメ調の髪で金色の猫目をした少女が居た。

 見たこと無い少女だな、と僕は本に目を移そうとした。


「あら? 貴方……」


 そう言って彼女は僕に向かって近づいてくる。


「えっ。何。一体何!」


 本の続きを読もうとした僕に、少女がくっつくように僕の匂いを嗅ぎ始めた。あまりの事態に僕はパニックになり、図書室にも関わらず、大声を上げてしまう。(幸い早い時間だったので誰の迷惑にもなっていないが)


「貴方から人間の匂いが微かにしますわ。それも、とても美味しそうな匂いが」


 少女はうっとりとした口調で僕に言う。


「君は誰?」


 僕が人間だと言うことを知らないとなると、この少女は村の人間ではないことになる。もしかして、今朝に檸檬が言っていた吸血鬼なのか、と僕は思考を巡らせていた。


「わたくしの名前は、ローズテリアと申しますわ。吸血鬼ですの。今日からこの学校に移って来た、所謂、“転入生”というところかしら? お気軽にローズとでも呼んでくだされば結構ですわ。そういう貴方の名前は?」

「僕? 僕は、大滝田吾作」


 僕が名前を名乗ると、ローズは何かを理解しような表情をした。


「貴方は噂の田吾作ですのね。妖怪しか居ないこの森人間の匂いを纏うモノが住んでいるなんて全く信じていませんでしたけど、これでナゾが解けましたわ」


 彼女はなにやら独り言を呟きながら、うんうんと頷いていた。


「僕の名前ってそんなに有名なの?」


 僕は、ローズが“噂の田吾作”という言葉に恐る恐る質問を投げる。


「えぇ、わたくしの住んでいた町でも噂はかねがね聞いていましたわ。まさか本当だなんて誰も信じておりませんでしたけど」


 閉鎖的な吸血鬼の村でも噂が広まっていると言うことは、かなりの広まり様を見せていると僕は知り、更に頭を抱える。


「そうだ、田吾作?」


 彼女は不意に僕の顎を人差し指でくいっと持ち上げ、ニヤリと微笑む。


「わたくしの眷属になる気はございませんこと?」

「!?」


 いきなりの彼女の言葉に僕は戸惑ってしまう。


「眷属って何? 僕はまだ食べられる気は無いからね!」


 僕はローズに少し睨みを利かせる。


「人食い鬼のように食べたりしませんわ。だって、わたくしは吸血鬼ですもの。肉を喰らわない代わりに、貴方の血液を頂きますわ。吸われた貴方は私の眷属として、私に血を捧げ続けて頂くだけです。血が枯渇するまで、肉体は消滅しませんから貴方は生きながらえることが出来る。どうです? なる気はありません?」

「ない! 断じて無いからね!」


 僕はそう言って、ローズの手を振り払ってあとずさる。


「あら、断るんですの? こんなに美味しい話はありませんのに」


 ローズは残念そうに僕を見る。


「嫌だ。僕は何も提供する気はないからね」


 僕は鞄を前に掲げ、防御のポーズを取る。その姿を見てローズはふぅと息を吐く。


「仕方ありませんわね、今日のところは諦めてあげますわ。でも、いつか貴方の血を吸って差し上げますわ」


 彼女はそう言って図書室から去っていった。


「やっと解放された。でも、あの様子じゃ諦めてくれてなさそうだし、どうしたものか。きっと同じクラスになりそうだし」


 僕は安堵の声の後に深いため息が出る。



 これが、この森で育った僕の運命なのだろうか。



「とりあえず、この一冊だけは読んで教室へ行こう」


 僕はイヤなことを考えることを止め、世界史の本を再度読み始めた。

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