二章「学校時々、動きあり」

「雫ぅぅぅぅぅううううううううううううううううううううううううううううううう!」


 大学の空き時間、講義室の机でうつぶせていた俺に、どこからか先日聞いたような声が響いてくる。

 顔をあげると、廊下の方から何者かが走ってくるのが分かる。……まぁ、何者もくそも、こんな風に俺を呼ぶ奴なんて限られるが……。


「雫ぅぅうう! 昨日はやりやがったなぁ!!」


 葉隠廻である。


「……ゲームの話を大学でするな」


 俺は、冷めた返事を返すが、廻は俺にズカズカと近づいてくる。……周囲の目が痛いからやめてくれ。マジで。


「場所なんざ関係ねぇ! 今すぐにでもインして俺とたた――――――――ぐはぁっ!」


 突然横に吹き飛んだ廻。……なんかデジャブ。

 壁に激突して呻く廻をよそに、俺は奴を吹き飛ばした正体に視線を向けた。


「……ねぇ。うららちゃん。学校で暴力はイカンでしょ」

「別に校内に乱入した動物を黙らせることは、規則に反しないと思うけど? それと、学校でその名前で呼ぶのやめてもらえる? 仮にも私、先輩なんだけど」

「あー。すんません。浜風先輩。…………でも、あれっすよ? これって動物虐待とかになるんじゃないすか?」

「いいのよ。別に」


 回し蹴りの体勢から足をおろした麗は、口に手を当て小さな欠伸を漏らした。……廻が動物ということは確定なのね。つか何その欠伸、ちょっと可愛くて不覚にも見とれてしまったんだけど。

 普段はチームの一員であり部下である彼女だが、現実では大学の一つ上の先輩である。どういうプライドか知らないが、みんなの前では「うららちゃん」と呼ばれることを嫌う。二人でいるときは、何にも言わないくせに……なんなら満更でもないような素振りすら見せるくせに……。


「なんか……目が生意気」


 そう言った彼女は、不機嫌そうにポニーテールを揺らす。いつものミリタリーチックな恰好とは異なり、肩の出た大きめのシャツにホットパンツといったラフな装いの麗はどこか新鮮に見える。ただ、いちいち反応がだるい。


「あー。すんませんすんません。……それよか何すか? わざわざ教室まで来て」


 メンドくせーとか思いつつ適当に返すと、彼女は俺にそっと近づくと耳元で小さく囁いた。


「やっぱり今日は出れないわ。ごめんなさい」


 なるほど。そういうことね。

 納得した俺は、コクリと頷く。その反応を確認した彼女はそれ以上は何も言わず早々に講義室を後にした。

 別に大した連絡ではないが、敢えて直接かつ小声で連絡しに来るには理由がある。それは、彼女がうちのチームのリーダー補佐だからだ。校内には、廻をはじめとする多くのプレイヤーが存在する。麗は、うちでも随一の戦闘力を誇るため、居ないとなると結構の痛手である。が、それでも彼女がいないことを知られさえしなければ、敵は警戒しなかなか攻撃してこない。ただ、居ないことが分かれば、そこに付け込もうと考えるプレイヤーは多い。つまり、彼女は情報漏洩を防ぐためにわざわざ直接言いに来たのだ。まぁ、うちは麗だけじゃないんだけどね。他にも強いのいっぱいいるよ?

 というわけで、麗なりの気遣いを受けた俺は、やれやれと頬をかく。


「……ってことは、今日はアレだな」


 そう呟いた俺は、ゆっくり席を立つと、まだ呻いている廻の介抱に向かう。……どんだけ強く蹴ったんだよアイツ。



×××××××××××××××××××××××××××××××××××



「はーい。皆さん。というわけで今日はうららちゃんが非番でーす。特に作戦予定も無いんで、各自フリーで行動していただいていいんすけど。何点か注意がありまーす」


 壇上で総勢360人の隊員を前に俺は注意事項を述べる。


「えーっとぉ。まぁ、いつもの事ですがぁ、幹部以外は数人のレイドで行動してください。それと、拠点には誰も残らないこと。あと、死なないこと。以上ですねぇ。……つぅわけで、ゴミ虫どもー気合入れていけよコラー」


 気合の無い棒読みで告げた最後のセリフ。いつもなら、麗がこの類のセリフを最後に言い放つ。……ほんと、言ってて恥ずかしくないのかねコレ。

 そんな俺のふぬけたセリフだったが、何故か隊員たちはいつものように「うおおおお!」と雄たけびを上げる。

 毎度のことだが、たかがゲームで何故にこんな組織じみたことしなきゃいかんのだろうか……。まぁ、ここにいる連中は、こういうのが好きな軍事オタクばっかりだからだろうけど。……あー。それと先代がそういう組織の仕組みを作っちまったからからだな。俺の場合はスカウトされたから入隊したわけだが、ほとんどの連中はこういう組織に憧れて入隊している。……みんなが望んでいる以上、リーダーとしてやらねばならんことはやらねばならない。

 俺は、眼下を埋め尽くす赤の迷彩集団にため息を漏らした。

 全体報告が終わり、10分も経たないうちに全隊員が拠点から出ていく。

残された俺は、一人ゆったりと準備を整える。こうして一人黙々と作業するのも、たまにはいい。普段がうるさすぎる分、ほんと落ち着くまである。

なぜ、拠点を留守にする必要があるかだが。それはゲームのマッチングシステムに関係がある。

拠点制圧。それは、特にトップチーム間で積極的に行われるマッチ方式。一言で言えば、敵の陣地に出向いて攻撃、占領するという内容。しかし、その際敵陣が無人であれば占領はできない。敵陣のチーム人数の半数以上がその場に滞在しない限りは、マッチ自体が発生しない仕組みになっているのだ。

そして今日は、うちのエースが不在。攻めるも守るも万全を期す主義のうちとしては戦う理由がない。だから、みんなには自由行動をとってもらう。まぁ、週に一回は幹部不在に関係なく自由な日はあるんだがな。

一通りの支度を終えた俺は、ライフルのボルトアクションを行う。正常な動作が行われたことを確認した俺は、ライフルを肩にかけテントを後にする。

俺は、テントの外に立てかけてある黒いリング状の物体に近づく。二重のリングの中心には座席とエンジン機器のようなものが設置されている。

リングを立て座席に乗り込むと、リングが起動し二重のリングがクロス状に浮遊しその中心に俺が座る。ホログラムパネルが出現し、俺はそこに手を乗せた。

動き始めたリング状の乗り物。すぐに移動を開始するリングに、俺はピューと口笛を吹いてみる。

こいつの名前は、ガシェッドギアー「オード・ライズ」。いわば浮遊するバイクである。

ギアーを飛ばし拠点を出た俺は、フィールドの点在する市街地エリアではなく、未開の自然エリアへと向かった。

自然エリアのほとんどは未開であり、区分としてはフリー対戦の行える場所となっている。ただ、野生動物や予想外のことが発生しやすいためプレイヤーたちには好まれていない。場所によっては、戦いにくいジャングルをあえて戦場にすることで競い合うところもあるとかなんとか聞いたことがあるが。

林に入った俺は、ギアーの速度を少し落とし周囲をキョロキョロと見回した。

しばらくそのようにしてギアーを走らせていると、人感センサーに反応があった。俺はギアーから降りると、ギアーをドローンモードに切り替え上空の警備に飛ばす。

俺は、特に身構えることもなく反応のあった場所へと歩いていく。このエリアには現在ある種類のプレイヤー達が滞在している。今回は彼女に用事があって、俺はここに来た。別に戦うつもりは無いし、それはまた彼女も同じことだろう。

反応のあった地点に来ると、そこはたくさんの花の咲く植物密集エリアだった。

俺は、その中で花を手に取って調べている女性プレイヤーに声をかける。


「ウィーッス。……お久ぶり」


すると、振り返った彼女は嬉しそうな笑顔を見せゴーグルを額に押し上げた。


「おー! しず君。久しいね」


彼女の名は、広居ひろい咲夜さくや。トレジャーハントを行う珍しいプレイヤーだ。

 咲夜は、草花をかき分けながらこちらに歩いてくる。真っ白なシャツに作業ズボンとウエストポーチ、軍事用ブーツ、腰には一丁のハンドガンと袖を結んで括り付けた上着。驚くほどの軽装の彼女は、ショートヘアの髪を土まみれにしている。

 トレジャーハントを行うプレイヤーはトレジャーハンターと呼ばれ、最低限の防衛行動以外は戦闘を行わず、世界中にある様々なアイテムや物質、現象、生物の調査や採集を基本活動としている。とても希少な存在で、中には政府から直接依頼を受けている優秀なプレイヤーもいるらしい。咲夜に至っては、完全な趣味的な部分が多いわけだが……。


「メガネやめたんだな。……最近どうよ?」

「まぁね。調子はぼちぼちかな? しず君は、聞いてるよ。 最近ますます名をはせてるらしいじゃんか。え? どうなのよ?」


 そういって、いたずらっぽく笑い小突いてくる咲夜。


「まぁ。そろそろ仮面がいるくらいには、活躍してる」

「ふふっ。相変わらず、謙遜って言葉を知らない人だね。でも、そうやって下手に飾らないところ好きだよ」

「はいはい。そうやって女が軽く好きなんて言うんじゃねーよ。うっかり勘違いする」

「そういう変なところも相変わらずだね」


 軽い調子で言葉を交わす俺たちは、互いに少しの間笑いあった。


「で、今日はどうしたのさ? うららんは?」

「アイツは、今日非番な」

「あー。なるほど」


 何かを察したようにポンと手をうつ咲夜。俺は、そんな咲夜に今回の要件を伝える。


「最近、なんか妙なもん見たって聞いたからな。……詳しく聞かせてくれよ」


 すると、咲夜は渋い顔になり目を細める。


「……まったく、どこでそんな話仕入れたんだか……」

「企業秘密ってとこかな?」


 そういって、今度は俺がいたずらっぽくニヤリと笑う。

 そんな俺の態度に、咲夜は諦めたようにため息をつくと歩き出す。


「こっちだよ。ついておいで」


 手招きする咲夜について、俺は真剣な表情で歩き出す。

 俺が事前に仕入れた情報はこうだ。

 先日、一部のユーザー間で噂になっていたから調べた話なんだが、どうやら見たことも無い野生動物が数件目撃されているという話だ。野生動物と言ってもどうやらその外見は架空のモンスターに等しいようで、現存するどの生物にも類似しないらしい。目撃された生物の外見は様々だが、類似特徴がみられるところから同種族の可能性が高い。そして、どうやらその死骸をとあるトレジャーハンターが手に入れたとかなんとか。

 そんで、さらにうちの連中に探り入れてもらった結果、そのプレイヤーが咲夜である可能性が高いと分かったわけだ。

 別に新種の生物ってだけなら気にしないのだが、妙な情報が一件。それ故に俺はここに来た。


 「……これよ」


 連れてこられたのは、咲夜の所有している倉庫。布を被せた何かの前で、彼女はそう言って俺の方を見た。

 俺は、布を被せられた巨大な物体にそっと近づく。そして、その布に手をかけ一気に引きはがした。

「へぇ……こいつは」

 つい声を漏らした俺は、目の前にある異形の生物を見た。既に絶命してはいるが、その肉体は腐敗することなくハッキリと形を留めている。形は類人猿を思わせる二足歩行型で、真っ白い肌には血管が無数に浮き出ており弱い淡い赤色で発行している。顔はワニのように前方に突出し、巨大な口と綺麗に生えそろった牙を持っていた。口以外の顔パーツは存在しておらず、耳にあたるであろう部分には小さな穴が開いている。背部には配線が千切れたような跡があり、腸のような管がだらしなく伸びていた。全体的に非常に発達した筋肉を有し、全長も5mほどでかなり大きい。


「こいつは、いったい……?」


 俺の問いに、咲夜は答える。


「私は死んでるのを見つけただけよ。いろんなスキャンで調べてみたけど、こいつは変異種でもなければ、自然種ですらないわ」

「自然種じゃない? それってどういう――」

「おそらくだけど……改造生物よ」


 そう言った彼女は、一枚の紙を俺に手渡す。そこには、無数の生物の遺伝子データが記入されていた。


「こいつは?」

「……この化け物のDNAから、検出された遺伝子よ。……これだけの遺伝子が自然的進化適合過程で発生するとは考え難いわ。……つまり」

「……誰かが、人為的に作ったってことかよ」

「そうなるわね」


 と、そこで俺は一件だけ耳にした妙な話を思い出した。それは、目撃された化け物が人に似た生物を背中に乗せていたという情報だ。詳しいことを目撃者に聞いてみたが、どうやら乗っていたやつは人間の様だったが、明らかに人間ではなかったということ。……ということは、可能性としてそいつが化け物を作っているのだろうか? いや、もしかすると、まだ発見されていないだけで、人間以外の人型生物がこの星には住んでいて生体兵器の実験でもしているのでは?

 そんな確証の無い憶測だけが、次々に浮かぶ思考をなんとか振り切り、俺は深く息を吐いた。

 そして、俺は黙り込み、しばし死骸を見つめた。死骸は、今にもまた動き出すのでは無いかと思えるほどきれいな状態だった。一般的に生物の肉体は、死亡すると腐敗が始まってくるものだ。しかし、この生物は死んでいるにも関わらず全く腐敗する気配がない。


「咲夜。これ……いつ見つけた?」


 険しい表情で問いかけると、咲夜はしばし黙った後に意を決したように口を開いた。




「二週間前よ」




×××××××××××××××××××××××××××××××××××




「あ? 未回収のユニットがあるだぁ?」


 苛立った様子の声がフロアに響く。

 薄暗いフロアには大型の円卓が置かれており、そこに10人の男女が座っている。姿をはっきりとは認識できないが、彼らが人間ならざる者であることはその雰囲気から察することができた。

 円卓の中心には報告者がブルブルと震えながら立っており、ひどく怯えている。

 はじめに声を上げた者が荒っぽい仕草で立ち上がると、報告者がビクリと身震いした。

 立ち上がったのは、声からして男性であり長身で良い体つきをしていた。

 男が言う。


「テメェ。今回の作戦チャラにするつもりか? え? 自分のしたことわかってんのか?」

「そ、そんなつもりではっ!」


 その次の瞬間。

 男の姿が一瞬にしてその場から消え、気が付くと報告者の前で拳を握っていた。


「おっ! お許しをっ!!」

「詫びて、崩れろ」


 悲鳴にも似た報告者の声を無視した男が拳を突き出す。しかし、拳が報告者に接触する直前、円卓の一席から紫色の光が飛来し男に当たる。

 途端にその場に男は硬直した。


「……おい。7番。邪魔するな」


 完全に硬直してしまった男が、すごい剣幕で光の飛んできた席を睨む。しかし、返事は無い。

 拳は間一髪、報告者に接触することなくギリギリで止まっていた。しかし、拳の余波ではためいた上着が拳に触れた瞬間、それは砂のように崩れ去ってしまう。

 ギョッとした報告者が腰を抜かす中、円卓の別の席から声が上がる。


「まぁ、誰にでもミスくらいあるでしょうに。とりあえず、彼にはなんとしてもユニットを回収してもらわねばなりません。期間は二日以内といったところでしょうな。出来なければ、その時は…………という感じでよろしいのでは?」

「……黙れジジイ」


 額に青筋を浮かべる男は、ギラつく目で円卓を睨み続けて何か言おうとする。しかし、その言葉は、さらに別の席から上がった声によって遮られた。


「私も賛成だ」


 その声は、けして大きくはなかったが、そのどこか冷ややかな響きは一瞬にしてフロアの空気を凍り付かせる。拳を握り硬直する男も、その声には逆らえないのか急に静かになった。


「解いてやれ」


 その一言が響くなり、男の体から紫色の光が飛び散り、男の硬直が解ける。

 男は大人しく円卓に戻ると、ふんぞり返った様子で席につき卓上に足を乗せた。

 冷ややかな声は、続けた。


「まずはユニットの回収が最優先。処罰は後で考えるとして…………。とりあえず、報告者君。頑張っておくれ。…………これは本来許されないミスだ。何としても成功させたまえ。さもなくば――――――――――――わかっているね?」


 その言葉を聞くなり、報告者は大きく頷くと一目散にフロアから出ていった。

 静寂を取り戻すフロア。

 冷ややかな声の主は、静かに告げた。




「さぁ。本当の戦争を始めようか……。あの方の悲願のために」



 

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