一章「事情は事情にして、理由とは異なる」

 金属音と発砲音が響き、時たま爆音が響くビル街。

 高層ビルの屋上でライフルを構える俺は、一人また一人と確実に敵プレイヤーを射殺していく。出来の良い機械のようにボルトアクションを行っては発砲を繰り返すこと既に一時間。 

 今日のミッションは、フリーマッチングでのチーム対戦。

 このリアルゲームにはいくつかのバトル形式が存在する。一つ目は、今まさに行っているフリーマッチングでのチーム戦。ある程度の勢力を有するチーム同士が、ランダムでマッチングされたチームと指定されたフィールドで対戦する形式である。時間制限式かデスマッチかは最初にランダムで設定される。ちなみに今は二時間制限のタイムマッチだ。二つ目は、拠点制圧対戦。勢力別に持つ拠点の攻防戦である。拠点に滞在しているプレイヤーの数が一定数以上である場合のみ、襲撃が可能である。三つ目は、フリーバトル。拠点でも指定フィールドでもない自由戦闘エリアにて行われる野良バトル。初心者やレイドを組まないプレイヤーが主に行うもので、割と簡単な装備でも手を出せる対戦形式だ。

 そんなわけで、現在俺は最初のフリーマッチングバトル真っ只中というわけであり、すこぶる忙しい。

 普段なら、対して気負いしないで参加しているのだが、今日は少し事情が違った。

 今日対戦しているチームだが、現在ウチと上位争いをしているトップチームの一つ「アンリミット」である。

 いつもなら、一発ごとに場所を変えている俺だが、今日にいたっては場所を完全に固定して射撃を続けている。何故か? 理由は簡単。移動している時間すら惜しいからだ。本来一発ごとに場所を変えるのは敵に位置を知られないためだが、今回は見つかってもヤられる前にヤる。そうでもしないとポイントが追い付かないのだ。なぜなら向こうのチームには…………。


「雫ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅううううううううううううううううう!!」


 不意にどこからか、俺の名を呼ぶドラ声が響いてくる。……来たか。

 そう思った瞬間、突然目の前のビルを何かが突き破って大通りに飛び出してくる。直後、そのビルが轟音を立てて倒壊していく。

 激しい振動と土ぼこりがビル街に広がっていく。


「あのゴリラめ……」


 苦笑いを漏らした俺は、土ぼこりの中をじっと見つめた。

 しばらくすると、その中に巨大なごつごつとした影が見えてくる。


「雫ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」


 俺の名を呼ぶ正体は、その影の主で間違いないのだろう。影から低く響いてくる声はだんだんと大きくなっていき、いつの間にか単なる唸り声に変わる。

 土ぼこりの中から現れたのは、巨大なロボットアーマー。

 総称ガシェッドギアーと呼ばれるそのパワードスーツは、異常なまでに魔改造されており見たこともない装備で埋め尽くされていた。


「うっわ。前よりひどくなってやがる……」


 思わず呟いた時、ガシェッドギアーの前のシェルターが開き、コックピットから一人の青年が顔を覗かせる。


「いよぉ! 雫ぅぅぅうう!!」


 キリリとした眉に鋭い瞳、さっぱりとした黒い短髪に締まった筋肉質な体。黒いタンクトップを身に着け、体中にガシェッドギアーとの接続コードを巻き付けている。ニヤリと笑い俺の名を呼ぶこの男、名を葉隠はがくれかいという。一応同じ大学に通っている仲だ。トップチーム「アンリミット」のリーダーでもあるこいつだが、機械に精通していることと、ゴリラっぽいところが特徴だ。俺が先程からポイントを気にしてたのはコイツのせいだ。こいつが暴れると一般戦力の隊員達じゃ歯が立たないどころか、草ぬきの如く次々に殺される。


「……また、気持ち悪い改造しやがって……」


 あくまで返答ではなく、毒のある感想を述べる俺。すると、廻は笑って頭を振った。


「はっ! これだから、スカした脱力野郎はよぅ。これの素晴らしさをちっとも理解できてねぇようだなぁ!? まっ! どうせ今すぐわかるだろうがなぁああああ!!」


 言うなり、廻はシェルターを閉じてこちらに向かって飛び上がってくる。脚部のブースターが火を噴き、廻のガシェッドギアーが一気に高層ビルをのぼってくる。

 しかし、俺は冷静だった。


「うららちゃん」


 刹那。 

 突然、横から飛んできた何かに廻のガシェッドギアーが吹き飛ばされる。吹き飛んだ奴は、激しい音を立てて道路に落下した。そこから少し離れたところに、横から飛んできたものの正体である麗が着地する。

 二本の刀を払い、彼女は身構えた。


「……いってぇなぁ!! 浜風ぇえ!!」

「キモイ。ゴリラは黙って森に帰れ」


 怒声を上げる廻に、麗はいつもの調子で返答する。ポニーテールを風になびかせる彼女は、ちらりとこちらを見るとすぐに廻に向き直った。

 俺はやれやれと首を捻ると、ライフルを構えなおそうとする。

 しかし――――――――――――――――――――――――――――――


「――――うおっ!?」


 突然、どこからか飛んできた弾丸が俺の頬をかすめた。


「やっぱお前もいるよな……」


 慌ててその場に伏せた俺が呟くと同時に、発砲者の声がする。


「あれ? 外しちゃったかぁ。残念♪」


 涼しく響くイカしたこの声には、聞き覚えがある。というよりも、今の状況で俺を狙える奴は限られるわけだが……。


「小空……」 


 ちらりと除くと、隣のビルの陰に一人の青年が爽やかな笑顔を浮かべてこちらを見ている。

 小空こあき明人あきひと。「アンリミット」のリーダー補佐にして、イケメン野郎。俺以上にスカしているにも関わらず、どこか自然に見える奴。学年は一つ下だが、やっぱり俺と同じ大学である。戦闘は全くもってダメだが、射撃精度が高く、うっかりしていると今みたく足元をすくわれかねない相手だ。あのゴリラがうまくリーダーできているのは、たぶんこいつの力が大きい。


「いやぁ。久々に出会いましたね♪ 先輩!」


 そう言って、発砲を続ける小空。いちいち語尾に♪つけるあたり非常にムカつく。


「あれぇ? 反撃しないんですか? 先輩? ねぇ? 聞いてます? せんぱーい♪」


 ……今日はよくしゃべりやがる。

 俺は、ライフルをひっつかむとコールする。


「セット・オン!」


 すると、ライフルが発光し、形を変形させる。


《SET・ON! BLADEMODE》


 電子音声とともに、光の刃を伸ばす大剣へと姿を変えたライフル。俺の持つ一級装備「ZC-0205・アクトガノン」は、複数の形態へと変形可能な大型スナイパーライフル。変形機構自体が珍しいため、相当値の張る逸品だ。


「えっ!?」


 突然姿を変えたライフルに、驚愕する小空。

 俺は大剣を振りかぶり、思いっきり振り抜く。すると、激しいショックが腕に伝わり、その直後いくつかの光の線が小空を貫いた。


「ぐぅっふぇっつ!」


 後方に吹き飛ぶ小空が苦しげな声を漏らした。

 何が起きたのか。一言で説明するなら、小空の弾丸をはじき返したのだ。弾丸を見たわけでは無く、奴の発砲タイミングに合わせておおよその弾道予測箇所を振り抜いただけだ。本来なら、ブロックするだけのつもりだったが、タイミングが良すぎたのか運よく打ち返すことができた。


「変形とか……はじき返すとか……聞いてないっすよ」


 その言葉を最後に小空は、あっさりとその場に倒れてしまう。

 あっさり過ぎる上に登場早々の退場だが、戦場ではよくあることだ。俺だって時にはこのくらい早く退場することもある。……ほんっと時々だけどね。まぁ、ゲームだしアバターが死ぬだけなんだよな。ただ、あんまり死んでるとアバター代が結構つらいらしい。滅多に死なないから分らんが……。

 俺は、すぐさま大剣をライフルに戻すと、廻と麗の方を見た。


「うおらぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああ!」

「吼えるな。ゴミ虫」


 咆哮とともに突き出される機械の拳。それを飛びのくことで回避した麗は、ギロリと廻を睨む。地をたたく機械の拳が、道路を砕く。隆起した大地と飛び散るアスファルト。

 ……なんちゅう改造してやがんだアイツは。


「……厄介」


 そう呟いた麗は、静かに目を閉じると日本の刀を一度鞘に納めた。

 すると、麗に異変が起こる。目を閉じた麗の体が僅かに発光を始める。彼女は、そのまま居合を行うような姿勢で刀に手をかけた。

 そして、


「極意! 発動!!」


 直後、抜き放たれた刀から斬撃が飛翔する。その一撃は、一瞬にして廻のシェルターを弾き飛ばした。


「おっ!?」


 破壊され弾き飛ばされたシェルターが、廻の後方に落下する。目をむいた廻が薄ら笑いを浮かべた。


「やっぱ……来るってわかってても、回避はできねーか」

「ゴミ虫に私の極意はかわせない」


 あくまで態度を崩さない麗に、蚊帳の外の俺は欠伸を漏らす。

 『極意』。リアルゲームにおいて、プレイヤー間に突如発現した異能力。そのメカニズムは解明されておらず、種類も出力も様々。詳しい発現条件は不明だが、名にあるように「自分の中にある真理に到達すること」が条件の一つだと考えられている。

 麗の極意は『万里刀』。刃物を振った際にその斬撃が、振った先にあるあらゆるものにダメージを与える能力。距離も障壁もすり抜ける絶対必中の一撃だ。ただ威力そのものには、わずかにしか補正がかからないため、威力を上げるためには己自身の鍛錬が欠かせない。


「でもよっ! 振った先に居さえしなければ問題無いよなっ!」


 言うなり横に逸れた廻。直後、麗が刀を振った。斬撃は廻のいた空間を通過しビルを斬り裂く。轟音を立てて爆発するビルの一階。

 言い忘れてたが、彼女の攻撃射程は無限だが、斬撃の軌道の先に居なければ当たることは無い。

 爆炎が上がり、煙が立ち上る。

 その時だ。


「極意ぃ! 発動ぉぉぉおおおおおおお!!」


 廻が声を張り上げると同時に、ビルの爆炎が一斉に廻のガシェッドギアーに引き寄せられる。ガシェッドギアーの両腕に纏われた爆炎は、グルグルと回転して一層激しく燃え上がる。

 廻の極意、「炎操」。周囲にある炎を操り、纏ったり発射したりできる能力だ。基本的に自分の能力を他人に明かすことは命とりなのだが、何故かあいつは平気でぺらぺらとしゃべる。俺は死んでも教えねーがな。


「燃えろぉぉおおお!!」


 怒声を上げて麗に襲い掛かるゴリラ。

 刀を構える麗だが、何かを察して飛びのいた。が、少し遅く突然発生した爆発が彼女を襲う。


「うっ!」


 苦痛の声を上げる麗が地に転がる。見ると、周囲には至る所に小石サイズの小型爆弾がばらまかれている。…………小空め。置き土産しやがって。


「ついにアンタを仕留める日が来るとはなぁ!」


 傷を抑えうずくまる彼女に、歓喜の声を上げる廻。……こいつ俺がいること忘れてやがるな。



「伏せろ。麗」



 無線越しに低い声でそう告げた俺。

 いつもと違う様子の俺の口調に、麗が僅かに身震いしその場に伏せた。

 敵を前に突然伏せた彼女に、廻は何のためらいもなく炎の拳を振り上げた。


「……極意。発動!」


 俺の構えるライフルが発光を始める。

 スコープ越しに奴の背中に照準を定めた俺は、奴が腕を振り下ろす瞬間に引き金を引いた。

 弾丸がライフルから射出され、一瞬のうちに麗の直前の地に着弾する。

 顔を上げた彼女は、慌ててその場から駆け出した。

 その直後、胸に穴の開いた廻がガシェッドギアーもろとも爆発する。弾丸は、強化装甲を上書きされた超硬金属を貫通し、そのまま廻の心臓を貫いたのだ。

 爆発の直前、驚愕に目をむく廻が僅かに振り向いたのが分かるが、今となっては跡形もなく消し飛んでいる。


「…………そうやって、周りが見えなくなるから、テメェは倒しやすい」


 そう告げた俺は、下で何やら文句を叫んでいる麗を一瞥し、無言でその場を後にした。



×××××××××××××××



 データ世界にも、病院は存在する。

 データとなった人類にもある程度の現実的行動が必要である。そうでもしなければ人間は精神的な退化を余儀なくされる。故にデータ世界にも施設は存在し、交通機関もある。行動することで刺激される精神は活性化し、結果として現在でも人類の魂は大古と変わらずにあるのだ。

 そして、現在の俺は、その病院にいる。データ世界での生活はリアルとは異なる。が、それでも今、俺が生きてる世界はここなのだ。

 入院棟の一室の前に立つ俺は、静かにそのドアを開ける。

 病室に入った俺は、そこにあるベッドに横たわっている少女を見た。雪のように白い肌に艶のある栗色のロングヘア―。小柄で美しい容姿を持つ彼女は、小さな寝息をたてている。


「寝ちゃってたか……」


 優しい口調でそう呟いた俺は、ベッドに横にある椅子に腰かける。リアルなら椅子のきしむ音くらいするものだが、ここではそんなことは無い。それどころか、座った際のグッとくるような感覚も無い。ただ、自分は座ったのだと理解する分だけの感覚プログラムが内に響く。

 皮肉なものだ。普段はこんなこと何とも思わないのだが、この部屋に来るとどうしてもそんなことを考えてしまう。

 ベッドに横たわるのは、俺の妹だ。

 名前は、清浦きようら小雪こゆき。数年前に発生したバグウイルスに感染して、視覚障害とスキャン不能障害を患った。両親もそのウイルスに感染して死亡したため、彼女の面倒を見れるのは俺だけだ。俺もウイルスには感染していたが、もともと外部プログラムへの耐性が強かった俺は、なんの障害も残らず生き延びた。

 両親の残した財産とゲームで稼いだポイントで、生計を立てている俺。高スコアトッププレイヤーにのみ与えられる権限であるポイントの換金システムが無ければ、俺たち兄妹はとうの昔に政府管理下の孤児院に入れられていた。それはそれでいいこともあるだろうが、俺はあくまで自分の力で生きる方法を選んだ。

 哀愁漂うため息を漏らした俺は、静かに寝息をたてる彼女の頭をそっとなでる。


「……俺が、治してやるから…………心配するな」


 そう言って、そっと席をたった俺は、それ以上は何も言わず病室を後にした。

 小雪の障害は、金次第では治せないことは無い。だが、金がない。俺は、稼いだポイントのほとんどを小雪のために貯めている。が、治療にかかる費用は、高スコア獲得者のポイントをもってしても簡単に貯まるものではない。

 うちのチーム全体が年間稼ぐポイントでもってしても、その値までは到達しない。正直途方もない額である。

 周囲は、このことを知らないし教える気もない。

 チームに迷惑はかけられない。それは、先代からリーダーの座を引き継がれた俺の責任であり、義務である。事情は事情。戦う理由とは関係ない。戦うのはチームの勝利にため。

 だから、俺は黙って戦わないとならないのだ。黙って妹を救わねばならないのだ。自分の手で。



 例え、それが無謀に等しい挑戦なのだとしても……。



 病院を出た俺は、音声通話アプリケーションを起動する。


「……もしもし? うららちゃん? ん? あー、ワリーワリー。……いや、ごめんって。…………それで、明日のことだけど――――――」


 あくまでいつもの調子を崩さない俺の声が、虚しくデータの海に消えていく。



 あぁ。……哀しい世界だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る