UNITE・SOUL-スカーレット・ファントム-

US・PROJECT

プロローグ「虚ろな現実」

  

 疑問というには少し拙く、空虚なものだった。

 自分という形がどのように定義されているのか。自分という存在が如何にして存在できているのか。それがわからない……それすら理解に及ばない。そんな時代に、俺は生きていた。



「リーダー。で、今日はどうするの?」


 ぼんやりとした意識の中、視界に迷彩服を着た女性が映る。清潔そうな黒くて艶のあるポニーテール。整った容姿にスラリとした体躯。赤、黒、灰色、の組み合わされた奇妙な迷彩柄。ゴーグルを首に下げ、防弾チョッキに黒い指ぬきグローブを纏い、ごつごつとしたバトルブーツを纏う。腰には二本の刀とハンドガンが装備されている。彼女の凛とした雰囲気にその装備たちが醸し出す殺伐とした空気が混ざり、何とも言えない危険なオーラを放っていた。

 俺は、ゆっくりと寝そべっていたソファーから体を起こし、欠伸をする。

 ここはとある砂漠にあるベースキャンプ。俺がいるのは、その中心にあるリーダー室のテント。部屋は整頓されていて、隅にあるボックスには一丁の大型スナイパーライフルが顔を覗かせている。

 俺は、まだはっきりしない意識の中で言った。


「あー。そうだなぁ。……今日はぁ……休みとかは?」

「働けクズ」

「冗談だよ。わかるだろぅ? うららちゃん?」


 罵倒をもってして返された提案。俺はやれやれと立ち上がり、彼女の方を見る。

 うららちゃんこと浜風はまかぜうららは、俺を半眼で見つめつつ敬礼の姿勢をとった。


「あのさぁ……うららちゃん。そういうの疲れない? これゲームだよ? ゲーム」

「形から入る方だから、私。……まぁ、基本脱力系のゴミにはわからないことかもね」

「形から入るなら、まずそのゴミとかクズとかやめようか? 仮にも俺のほうが位高いからね?」

「大して自覚ないくせに…………クズ」


 まだ言うかこの女。……まぁ確かに自覚は薄いんだけどね。

 深いため息をこぼした俺は、仕方なしに彼女に「いつも通り」とだけ告げてテントを出た。

 外は日差しが強く、途轍もない熱気が全身を包み込む。俺は、別のテント間を行き来する隊員たちに手を上げてあいさつすると、空を仰ぐ。



「リアル……か」



 その呟きは、虚しくも宙に溶け世界に消えた。



 西暦3041年。世界は完全なる人類のデータ化を成し遂げた。脳のオーバースキャンによる意識のデータは如何なる高性能AIをも凌駕し、新しい人類の形を現した。月日は流れ、いつしか全人類がデータ化されデータ世界が構築されるまでになり、人類にとっての現実とはデータ世界を示すようになった。データとなった人間同士でも意識と潜在メカニズム、遺伝子プログラムなどのランダム融合によって新たな生命を誕生させることが可能となり、世界の進化は加速する。

 そして、西暦4026年現在。

 世界は完璧なデータ化された文明社会を構築していた。現実と何ら変わらない世界を生きる人類にとって、もはやリアルとは忘れられたものとなる…………はずだった。しかし、ある日生まれた一つのゲームがその定めに亀裂を入れた。

 『リアルゲーム』。データ化された人類がリアルに飛び出し、戦うことで競い合うゲーム。それは、万能化されたデータ世界で唯一表現できなかった『生きる生々しさ』を人々に与えた。プレイヤーは、特殊な製造技術で作成された生身のアバターにリアルタイムで接続されたデータ意識の分身を宿すことで、ゲームを行った。西暦2000年代をモチーフにしたフィールドで戦う彼らは、活躍によるポイントで一喜一憂する陰で疑似的な命のやり取りをしている。弾丸を受ければ死ぬし、当てれば殺せる。そんないかれたように聞こえる世界。アバターにはあくまで意識の分身が宿っているに過ぎないわけで、本当に死ぬわけではない。だが、人類はそこにリアルを感じていた。生身だからこそ感じる生死の感覚。それがリアルだ。



 俺こと清浦きようらしずくもまた、そのゲームに参加する一人にして、トップチーム『スカーレット・ファントム』を率いるリーダープレイヤーであった。



「んじゃ。今日もやりますか。……ね? うららちゃん」


 そう言って背後に首を捻る俺に、麗は無言で先程の大型スナイパーライフルを手渡してくる。ずっしりとした重みがアバターを通して感覚として伝わってくる。その当たり前の感覚すら、どこか新鮮である……そう思ったこともあった。

 ライフルを受け取った俺は、それを肩にかけゆっくりと歩き出す。すぐさま麗がそれに続く。

 あわただしく動き出す隊員達。

 そして、彼らの先頭を歩く俺は、再度呟いた。



「リアル……か」

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