3 アイドル達の旅、調律の旅(エピローグ)

 想区が調律され、狂った筋書きは、本来あるべきものに戻った。

 ロキとカーリーは、エクス達が調律の完了を実感するよりも先に想区を去った。

「フフ、カオステラーの依代よりしろが更に強力な想区では、こうはいきませんよ。ですがこのロキのしくじりに始末をつけていただいたことには、礼を申し上げさせていただきますよ。それでは皆様、ごきげんよう」

「お疲れさまでした『調律の巫女』一行様。この想区をストーリーテラーから解放できなかったのは残念です。またお会いいたしましょう」

 と言葉を残すとエクス達の返事も待たずに、魔法によって霧のように姿を消した。おそらくはロキが事前に移動の準備をしていたのだろう。

 エクス達がカオステラーの出現した想区を調律し続ける限りは、再び相見あいまみえる日もそう遠くはなさそうだ。

 そして想区が狂い、調律した影響は――少しはある。調律とは、過去への巻き戻しロールバックではない。カオステラーが出現しなかった場合の状態へと、想区世界を書き換え直す修正なのだ。

 町へ攻め込んだ軍勢は、大規模な軍事演習と祭りのためのパレードという事実になり、人々の混乱は起こらなかった。怪物へと姿を変えたクリスティーヌはアイドルを兼ねた女優に戻り、マッチ売りの少女は相変わらず街角でマッチを売っている。

 その他、調律の内容に若干の違和感があったとしても、時の流れが綻びを見えなくしてしまうことだろう。


 今エクス達は町の外に出て旅を再開し、農場が点々と並ぶ平原の道の上にいた。

「白雪姫、お世話になったね」

「いえ、エクスさんやレイナさんも、お疲れさまでした」

 エクス達は祭りの期間、町やアイドルの警備を頼まれて白雪姫の事務所に滞在した旅の者、ということになっている。

 大きな道が二手に分かれている。この想区で知り合ったアイドル達とも、ここで別な道を進めば、お別れだ。

 1番のアイドルを決める『グリムライブ』の投票結果は、調律の影響か、それとも正真正銘の偶然かは分からないが、4人のアイドルが同じ得票数でトップになった。

 白雪姫、シンデレラ。そして棄権したというのに、かつてない乱入ライブと破壊的な音楽で支持されてしまった赤ずきん。

 カオステラーとして反逆を起こしたアリスは、調律によってライブをしたことになっていた。ヴィラン化していた町の住民たちが「よく覚えていないくらいに物凄く盛り上がったような気がする」と言って、票を入れたのだった。

 トップアイドルとなった4人は、最高のアイドルユニット『グリムノーツ』を結成して全国ライブツアーの旅に出ることになった。

 この先、白雪姫たち『グリムノーツ』は想区の各地でライブを披露して、人々を楽しませることだろう。

「それにしても、赤ずきんとアリスは、本当に大丈夫なの?」

「ほえ……」

 エクスが名前を言うと、赤ずきんが気の抜けた声を出した。

 ゲリラのライブで、身体の中にあるエネルギー全てを使い切る勢いで熱唱した赤ずきんは、抜け殻そのものだった。ハイになったついでに、燃え尽きて灰のようになってしまったのだ。

 顔を傾けて立ったまま、意識がはっきりしているのかさえよく分からない表情で、青空を流れる雲を眺めている。

「ほえほえほえ……」

 そして、たまに出る呆けた声。

 人生のすべてを賭けただけに、いろいろと終わってしまったのではないかと、エクスは心配した。

 シンデレラが赤ずきんの手を握り、心配はいらないと話し始める。

「赤ずきんちゃんはアイドルのお稽古、ずっと積んできたんだから、ステージに立ったらすぐに元通りになるはず。ねっ、赤ずきんちゃん」

「ほえ~……アイル、ビー、バック私は戻ってくる……ほえほえ」

 何やら途中で、小さな声の呟きが混ざった。ということは、大丈夫なのだろう。

「まあ、あのデスメタルを何度もやったら、消耗が激しそうですけどね」

「あれはあれで満足したみたいだし、また可愛い路線に戻るんじゃないかしら」

 シェインとレイナはそう口にして、生返事をする赤ずきんに挨拶を済ませた。

 青空を見上げている少女は、もう1人いる。白雪姫に手を引かれて立つアリスだ。

「アリスも、大丈夫なの?」

「疲れているだけだと思いますよ。ほらアリスちゃん、エクスさん達に挨拶して」

「はへ」

 こちらもまた、魂の抜けたような状態だ。軍隊を動かし、反逆を起こし、自らも暴れ回り、叩きのめされた後に心が折れるようなことがあったのだ。

 想区が調律されたとしても、覇気を出し切ったことと心にショック与えられたことは、なかったことにすればすぐ治るという訳にもいかないのだった。

「アリスもステージに上がれば、しゃきっとするのかな」

「はい。何といっても私達は、トップアイドルですから!」

「はへ、はへ……」

 白雪姫が大丈夫というのなら、これ以上エクス達が心配することはないのかもしれない。アリスは大げさに、かくんかくんと縦に首を振っていた。

「私達の歌を聞いてくれてありがとう、エクスさん、タオ・ファミリーの皆さん」

「この辺で、お別れだね」

 白雪姫とシンデレラが、言った。

「『グリムノーツ』の全国ライブ、見に行けないのが残念だよ」

「私達にもやらなきゃいけないことがあるのよ」

「お互い、これから満足のいく旅になるといいですね」

「あーあ、もっと滞在していたかったぜ。霧が出るの早すぎだったなあ」

 皆、思いを口にしてから、アイドル達と別れた。

 エクス達の進む道の先には、長い街道。レイナはその上に、違う想区へとつながる霧が出現していることを感知していた。

 次にこの想区を訪れることがあるのか、来たとして、いつになるのかも分からない。名残惜しくても、多くの出会いと別れを越えていかなければならないのは、想区を渡る『空白の書』の持ち主の宿命だ。

 もちろん、エクスは想区に留まらずに、レイナ達との旅を共にする。


 異なる想区で会う君たちが、なるべくならば善き人でありますように。

 ――さようなら、アイドルの皆。




【notes】

 記録、メモ、原稿……

 ――(楽器の)音、音色ねいろ

 ――音符。


 エクス達はアイドルの想区を調律し、

 かくして『グリムノーツ』は結成された。




 霧の中を歩くエクス達は、アイドル達に貰ったグッズの『音を記録する魔法の石』を使って、歌を聴いていた。

「これを聞いているだけで、心細くならなくて助かるね」

「気が緩まないか、心配になるわ」

「姉御、常に緊張しっぱなしの糸は、突然切れてしまうですよ」

「大丈夫だろ、お嬢は飯食って寝てりゃ息抜きになる」

「ちょっとタオ!」

 このような具合で、旅路の会話をしながら、旅が続く。

 そして霧が晴れ、次なる想区へ。

 エクスの持つ魔法の石からは、霧を出てもなお音が再生されていた。


『グリムノーツ』の美しい歌声が、想区を越えて風渡る。

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GrimmsLive! ~運命の書とアイドルの物語~ 加藤雅利 @k_masatoshi

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