1年後の現在:戦場の現在


 生物室を出た文哉たちは、懐かしい学び舎を見て回り、かつての思い出に浸る――フリをしながら、長谷川の動向をそれとなく探った。

 しかし、長谷川の動きに不自然な点は見られず、3時過ぎには学校を出ていった。


 収穫なく学校を後にした文哉たちの、次の目的。

 それは『FOE』を実際にプレイすることだった。


 開始から一年も経ったネットゲームは、複数回のアップデートを経て、システム面で大きな変化を遂げているものだ。

 その変遷からルゥ・リドーの戦況を推測できるのでは、と考えての行動である。


 ただ、『FOE』はブラウザ専用ゲーム。スマホではプレイできない。

 文哉の実家には自由に使えるパソコンはなく、葉月の実家へ押しかける度胸もない。そこで選んだのは近場のネットカフェだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



「あたしも夏休みが明けた辺りから、長谷川先生とは接点がなくなったわ」


 葉月は完結済みの、ひと昔前の少女マンガを十冊ほどカゴに入れる。


「思い出したくないのはお互い様だと思って、こっちから話しかけたりしなかったし。文やんだってそうだったんでしょ」

「だな。そうやって、だんだん疎遠になってったよ。同じ学校にいたのに」


 文哉は長期連載中の、序盤の記憶がおぼろげになってきた少年マンガを十冊ほどカゴに入れる。


「先生がまだあのゲームに関わってると思ってるの?」

「わかんねーけど……、手がかりの一つには違いないだろ。先生はこの一年、ずっとあの場所にいたんだ。俺らの知らないことを知ってても不思議じゃない。いくらメルクリウス――『FOE』の管理者がネット上で万能だとしても、物理的な手っていうのは必要になるもんだろ」

「メルの手先になってるってこと?」

「さあなぁ」


 とばっちり・・・・・が来るかもしれない。

 長谷川はかつて、そんなことを言っていた。


 そして、文哉と葉月はそれをこうむった。

 長谷川は物理的な被害を逃れていたが、精神的にはどうだったのだろう。


 ――あるいは、現在進行中でこうむり続けているとしたら。


 何もわからない。すべては想像に過ぎない。だから、その想像を確定させるために長谷川を張ったのだが、それは空振りに終わった。



 広めの個室のソファに、二人して並んで腰かける。


 こういう場所を男女で利用するなんて、倦怠期のカップルのデートみたいだ。

 そんなことを考えたが、口には出さなかった。


 パソコンを使うのは葉月の方だ。

 文哉は先日『FOE』をプレイしようとした際、パソコンが突然シャットダウンして、身体が過呼吸のような異常をきたした。


 原因は不明だが、想像するに、パソコンの方はメルクリウスからブロックされたのだろう。身体の方は、あの事故のショックによる、記憶ではなく身体的なフラッシュバックではないかと考えている。


 葉月は文哉ほど『FOE』をプレイしていなかったし、メールで一方的にとはいえメルクリウスから接触があったのなら、拒絶されているということはないだろう。


 もし身体の方が受け付けないなら、そのときは体感度が下がるが、ネットにアップされているプレイ動画で我慢するしかない。


『FOE』は今やネットカフェのパソコンの、デスクトップ画面にアイコンがある、それほどの有名ゲームとなっていた。


 葉月には、過去に使っていたものとは別の、新規アカウントを取得してもらう。


「……どうして?」


 文哉が先日『FOE』にログインしようとしたときの異常反応。

 あれは文哉のIDを判別して、拒否されたのではないか。その仮説が正しければ、立場的に近い葉月も同様にログインを拒否される可能性がある。


 だが、それを説明するのは難しい。

 メルクリウスに拒否されているかもしれない、とは言い辛かった。

 文哉は言葉を濁した。


「いや、まあ、なんとなく」

「別にいいけど。どのみちパスワードとか忘れてたし」


『FOE』は問題なく起動した。

 横で見ている分には大丈夫なのか、文哉の身体にも異常は起こらない。

 葉月はたどたどしい手つきでキーボードとマウスを操作。数分がかりで機体の装備を整えるとようやく出撃ボタンを押した。

 戸惑うのも無理はない。見知らぬ手順や表示が増えていた。


「わっ」とか「この」と声を上げながらプレイする葉月の隣で、文哉は画面の向こうのルゥ・リドーに神経を集中する。


 味方側の変化。

 害虫側の変化。

 戦場の変化。


 どんな変化も、違和感も、見逃すことがないように。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 久しぶりにログインしたゲームや、交流掲示板、攻略サイトなどから多くの情報を得た。それらの情報はすべて、惑星ルゥ・リドーの戦闘の激化を示していた。


 機体管制AIのアップデート。

 害虫データライブラリの充実や、味方機との戦術的連携のサポートなど。


 機体および武装の強化。

 基礎性能が全体的に向上しており、特に推進剤の増量や動力炉の出力上昇による、ペイロードの増加が著しい。

 それに伴い、携行火器の火力や射程も大きくアップしていた。

 また、特殊弾頭〝殺虫弾〟の実装により、大型害虫に打撃を与えやすくなった。


 目を引いたのは、航空支援の追加である。

 指定ポイントへの爆撃や、補給物資の投下など。

 それは、向こう側・・・・の人類・・・の助力がなければできないものだ。彼らも本腰を入れてきたということか。

 

 登録者数は50万オーバー、ピークタイムの同時接続者数は3万を超えている。

 これが人類側の兵力だ。


 害虫側の変化については、数回のプレイで全貌を把握することはできなかった。


 種類は増加の一途をたどっており、新種発見の報告が毎日寄せられているほどだ。

 ただ、分類学上で近しい種類であれば同じような戦法が通用するため、さほどの問題ではない。

 たとえば、地球上では、アリ科の昆虫は一万種以上が確認されており、生息地域や生活様式も多岐に渡っている。

 しかし〝インセクティサイド〟に乗って対峙する限りにおいては、一種ごとの違いなどたいした差ではない。

 6本脚で強力な噛み付きと、怒涛のごとく押し寄せる数が最大の武器。最もポピュラーな〝兵隊〟の一種だ。稀に蟻酸を用いるものもいるが、その場合は管制AIが警告してくれる。


 人類側にとって最大の脅威は、戦術の向上である。

 害虫の集団は複合群が基本となっており、その中でそれぞれの害虫の特性に沿った部隊編成がなされていた。

 具体的には、機動力の高い<蜂>でこちらをかく乱し、連携を崩したところへ群生相となった無数の<飛蝗>を殺到させ、とどめに外骨格の強固な<甲虫>を突撃させる、という多段階攻撃などである。


 その工夫だけでも十分に手ごわいが、加えて、まれにこちらの弱点を狙ってくる群れも出現しはじめていた。

 弱点――すなわち電波塔である。

 

 駆除者ゲーマーの操作を〝インセクティサイド〟にフィードバックする、超空間通信のルゥ・リドー側での要。


 最近まで、害虫の攻撃対象は「動いている〝インセクティサイド〟」のみであり、動かなくなった残骸は放置していた。また、攻撃に関与しない不動の電波塔は、害虫にとっては巨木や岩と同列の地形でしかなかった。


 その前提が崩れてきていた。


 指揮個体はフェロモンと指揮波のハイブリッドによって群れの指揮を執っている。

 以前、メルクリウスに調査してもらった結果から、指揮波の正体が超長波から極超長波帯域の電磁波であることはわかっていた。


 電磁波の発信ができるのならば、受信・感知ができても不思議ではない。

 ただ、指揮個体が人類の用いる電波について理解しているのかは不明だ。

 単に不快な電磁波の出処だから潰したい、というだけの攻撃動機かもしれない。

 あるいは自身と同じ指揮存在と認識し、重要攻撃目標に設定したのかもしれない。


 ともかく、電波塔の防衛は最優先事項だ。

 破壊された際の影響はゲーム内での作戦失敗ミッションフォールドにとどまらない。

〝インセクティサイド〟との通信が途切れて、唐突に落ちて・・・しまう。

 事情を知らないプレイヤーにとってはただの通信エラーである。


 電波塔防衛は、高難度なぶん高報酬。

 現状でもっとも厄介かつ重要なミッションという位置づけだった。


 そして、戦闘フィールド。

 文哉が最も気にかけていたものが、これだ。

 長谷川の仮説によれば、害虫群の活動区域は惑星上のごく一部に限定されている。

 それを裏付けるように、戦闘フィールドは代わり映えがなかった。


 どれだけの戦力を投入しようが機体をバージョンアップしようが、戦闘フィールドに変化がなければ、害虫群の封じ込め自体は継続できている。

 逆説、見たことのない場所での戦闘が発生していれば、害虫群は檻から逃れてしまっていることになる。

 前線を破られることは、いちばん分かりやすい戦況の変化といえた。

 

 その変化を示す文字列が攻略サイトの一項目にあった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『緊急ミッション』

  小型の害虫が大量発生するという緊急事態が発生。

  駆除者エクセクト諸君は軽装備にてポイントへ急行、可及的速やかに害虫群を駆除せよ。

  下記の装備を制限する:

  ロケット弾、バズーカ系、スナイパーライフル、クラスⅡ以上の

  敷設兵器。  ※ 加えてすべての火器は自動的に弱装設定となる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 身体が〝あの日〟を思い出して緊張をはじめる。


 以前、一度だけ文哉も参加したことがある。

 あの戦場は何もかもが異質だった。

 敵が強いとか、不慣れな地形だとか、そういう問題ではない。


『FOE』というゲームの根幹そのものを否定するようないびつさ。

 異星の害虫をやっつけて平和を取り戻す、そんなノリを嘲笑うよこしまさ。


 えも言われぬ、平衡感覚の狂いそうな雰囲気が、あの偽りの戦場には漂っていた。

 あのとき文哉は確かに、ディスプレイ越しに知覚したのだ。

 鉄錆びに似た、血の臭いを。

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