かの星の疑惑


 複合群に指揮個体。

 短期間になされた立て続けの敵戦力増加アップデートはユーザを大いに困惑させた。


 無理ゲーと喚く者、手応えがあっていいと肯定する者、ゲームバランスの改善要求メールを送りつけてくる者、反応はさまざまであるが、難易度が跳ね上がったという点で意見は同じだった。


 同人ゲームであることと、βテスト中であることから、大きな反発は起こっていないが、これが一般サービス開始後だったら炎上騒ぎになっていたかもしれない。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 指揮個体に率いられた<飛蝗ホッパー>との戦闘があった翌日。

 文哉はメルクリウスと話をするために、いつものように生物室に向かっていた。


 ところが途中、廊下で長谷川に呼び止められ、校外へ連れ出されてしまう。

 行動を共にするほど親しくない相手だが、昼飯を奢ってやろうと言われると逆らえない、悲しき金欠男子高校生である。


 向かったのは、学校からやや離れたところにある喫茶店だった。

 文哉はそこで特製ハンバーグ定食を注文した。

 分量的にも価格的にも、最もボリューム感のあるメニューである。

 長谷川の苦い顔に満足し、胃袋も満たされた。


 食後のコーヒーをたしなんだところで、本題とばかりに長谷川が切り出してくる。

 文哉を誘ったのは、メルクリウスには聞かれたくない、この話のためだった。


「僕なりに、惑星ルゥ・リドーの状況を調べてみたんだ」

「状況って……、戦況のことですか?」

「地形学さ。古代の人類と同じように、この大地が平面ではないことを証明する――そんなところから始めてみたんだよ」


 長谷川の話はゲームのこと――特に懸案である害虫への対策とはかけ離れていた。

 文哉はどう応じたものかと言葉を捜すが、長谷川はかまわず続ける。


「ある地点から地平線までの距離が測定できたら、地球の直径との比較で、惑星ルゥ・リドーの直径も大まかにわかる。三平方の定理は覚えているかい?

 導き出された直径は地球にかなり近かったよ。最初の基準が正確とは言えないから、誤差はプラマイ10%くらいは見ていてほしいけれど。

 そして、次は駆除者プレイヤーがロボットに乗って〝召喚〟される地点だけど――」

「惑星上のどこが戦場になるかは、ランダムだったはずじゃ」

「でも、海を見たことはないだろう?」

「それは……」


 そのとおりだった。

 プレイヤーからの報告でも、海、砂漠、氷雪地帯、そして市街地での戦闘を行ったという、証明可能な報告は皆無だ。

 

「結論から言うと、戦場は惑星上のごく狭い範囲に限定されている。とはいえ、大まかにオーストラリア大陸内陸部くらいの広さはあるだろうけれどね」


 長谷川は独自の情報収集を行っていたらしい。


『FOE』の掲示板でゲームのスクリーンショットの提供を呼びかけたのだ。

 戦闘ではなく主に風景を撮影したもの。

 上空の太陽や星、遠方の山脈や湖など特徴的な地形、そこに撮影時刻と方位を添えた画像データ。それらを分析して推測されることのひとつ、それが――


「被写体の重複が多すぎるのさ」

「それは……、地球こっちでいうところの富士山とかエアーズロックとか、わかりやすい地形が写っている写真が多い、ってことですか」

「そのとおり。撮影した位置は違えど、明らかに同じものを写している画像がいくつもあって、しかも、その頻度は〝好きな景色を撮ってみた〟結果にしては、あまりに偏りすぎている」


 たとえば、富士山が目視できる距離にいる100人、というサンプルならば、大半が富士山を収めた写真を撮るだろう。

 だが、ひとつの惑星上の100人という広範なサンプルでは、そんな重複は起こり得ない。


「どうだい? それなりに説得力はあると思うんだけれど」

「そう……ですね」


 文哉は頷かざるを得ない。

 だが、そうなると疑問が生じる。

 害虫の脅威とは、どの程度のものなのか――ということだ。


 ルゥ・リドー側の対応の鈍さから、少なくとも人類が滅ぶようなレベルの危機的状況でないことは察していた。しかし、それ以上の楽観的状況、すなわち害虫の出現地点をごく狭い範囲に限定、封じ込めが出来ているのだとすれば。


「害虫群は――サファリパークの、放し飼いの動物みたいじゃないですか」

「それもひとつの仮説だろうね」

「他にもあるんですか」

「遺伝子操作による生物兵器説」

「ベタなSFですね。なんらかの理由で暴走して制御不能になった生物兵器、それが害虫群の正体であった――みたいな」

「そうそう、そういう話だよ」

「生息場所が限られているなら、空爆で一網打尽にできそうなものですけど」

「もったいないと感じているのかもしれない」

「兵器としての使い道を考えてるってことですか?」

「昨日の戦闘」

「……ああ」

「指揮個体によって群れの統制が取れるなら、それは兵器たり得るんじゃないかな」

「サファリパークじゃなくて大規模実験場……」

「性能実験にはもってこいの場所だね」

「じゃあ、僕ら駆除者は被験体ってことですか」

「こちらだってゲームとしてやってるんだから、かまわないと個人的には思うがね」

「でも……、なんか複雑ですよ」

「気持ちの問題より遥かに重大な懸念がある」

「もったいぶらないでくださいよ」

「ルゥ・リドーは地球にとって危険なのではないか」


 文哉はとっさに言葉が出なかった。

 24000光年離れた惑星など、本来なら無縁の世界だ。

 それが、メルクリウスの来訪によってつながりができてしまった。

 しかも、救難信号SOSを名乗ったくせに、肝心のその惑星は、特に危機的状況というわけではなさそうなのだ。

 何か別の目的があるのではないか、と勘ぐってしまう気持ちもわかるが……、


「でも、手出しをしようにも遠すぎますよ。こっちに来てるのはメルクリウスだけですし」

「その彼女を、君は信じているのかい?」

「危害を加えるようなやつじゃ……、少なくとも、敵ではないです」

「それを決めるのは君でも彼女でもないよ。惑星ルゥ・リドーにいるであろう、彼女の管理権限保有者アドミニストレータだよ」


 文哉は我知らず長谷川をにらんでいた。

 長谷川の言い方は、メルクリウスの自由意思を否定するものだ。


 人工知能に意思があるのか、なんて真顔でする話ではない。

 それでも文哉はメルクリウスを、独立した存在であり、人間と遜色のない思考を行い、対等な意思の疎通ができる相手だと認識している。


 俗な言い方をすれば、友達と思っていた。


「冷静に意見交換のできる話題ではないようだね」


 長谷川は苦笑いを浮かべる。文哉が苛立っていることを察したのだろう。


「メルクリウスがただの〝つかい〟だってことは理解してますよ。それに、どこに所属しているのかはっきりしてないってことも」


 文哉の言葉に、長谷川は感心したように眉を上げる。

 ルゥ・リドーにとって害虫が本当に害悪しかない存在なら、向こうの科学力、軍事力によって滅ぼされているだろう。

 そうなっていないのは、利用価値を考えてキープされているか、あるいは実際すでに利用されているか。

 そして、利用されているのなら、用途は間違いなく軍事目的だ。

 兵器としての害虫を管理している者と、その被害者がいる。

 ルゥ・リドーの中でも争いがあるのだ。害虫対人類ではなく、人類対人類の争い。

ありふれた戦争が。


 そんな内輪揉めの真っ最中である星からの来訪者が、その星の総意の代表であるわけがない・・・・・のだ。


「確かに、君の言うとおりだよ」


 長谷川は立ち上がると、テーブルの端に5000円紙幣を置いた。


「だから心構えはしておいた方がいい。いつ、どんな形でとばっちり・・・・・が来るかわからないからね」




 釣り銭は長谷川からの餞別だったのかもしれない。

 この日を境に、二人の関係はただの生徒と教師に戻っていった。


 秘密を共有している気安さは消えうせ、そしてすぐに〝あの日〟がやってくる。


 

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